128.夏がくる、その前に
128.夏がくる、その前に
七月に入り、教室にはじんわりとした熱気がこもるようになってきた。外では蝉が鳴きはじめ、夏の気配がすぐそこまで来ていることを感じさせる。
黒板には「期末試験まであと6日」の文字が赤字で大きく書かれていた。
「うわぁ、もうそんな時期か……」
昼休み、ノートをめくりながら陽翔がため息をつくと、隣の席から声が飛んでくる。
「勉強のことでそんな顔してたら、試験当日には干からびてそうだね、藤崎くん」
軽口を叩いたのはクラスメイトの神谷蓮。前のクラスでは接点がなかったが、二年になって同じクラスになり、昼休みやグループ課題などでよく話すようになっていた。
「まあでも、由愛ちゃんと一緒に勉強すれば集中できそうだよな。羨ましい限りだよ」
その言葉に、陽翔は少しだけ照れたように笑った。
「……そんなに都合よくはいかないよ。たまに、お互い気を抜きすぎて脱線するし」
「それでもいいじゃん。誰かと一緒にいる時間って、そっちのほうが大事だと思うぜ」
蓮の言葉に、陽翔はふと目を伏せた。
(……確かに、そうかもしれない)
気づけば、隣で過ごす時間が「当たり前」になっていた。だけどその「当たり前」が、どれだけ特別なものなのかを、最近やっと意識するようになってきた。
—
放課後。
図書室の一角、勉強道具を広げて並ぶふたり。
「うーん……関数、やっぱり苦手かも」
「グラフの動きは、視覚的に覚えたほうがいいよ。……ちょっと待って、図描いてみるね」
由愛のノートに、陽翔が丁寧にグラフを描いて説明を始める。
その横顔を見つめながら、由愛の胸の奥には、少しずつ、でも確かな想いが育っていくのを感じていた。
(ずっとこの時間が続けばいいな……)
だけど、ふと脳裏によぎるのは「夏休み」という時間の流れ。
長い休みに入れば、今のように毎日会うわけにはいかない。家族との予定や部活、友達との約束——環境が少しずつ変わっていくことへの、不安と期待が入り混じる。
「ねえ、陽翔くん。夏休み、もしよかったら……どこか、一緒に出かけない?」
突然の言葉に、陽翔は驚いた顔をする。
「えっ……いいの? もちろん、行きたいけど」
「うん。……今年の夏は、ちゃんと“思い出”作りたいから」
そう言って微笑む由愛の目には、まっすぐな光が宿っていた。
陽翔もまた、少しだけ照れたように、でも確かな声で応える。
「じゃあ、試験終わったら、計画立てよう」
「うんっ!」




