126.夜の通話、確かめ合う心
126.夜の通話、確かめ合う心
夜十時。静まり返った部屋。カーテンの隙間からのぞく街の灯が、微かに天井を照らしている。
由愛はベッドの上に膝を抱え、スマホを耳に当てていた。呼び出し音のあと、聞き慣れた優しい声が鼓膜をくすぐる。
「もしもし。今、大丈夫だった?」
「うん。ちょうどお風呂上がって落ち着いたとこ」
答えながらも、胸の奥がふわりと揺れた。
——声を聞くだけで、こんなに安心できるんだ。
そんな感情が、じんわりと胸に広がっていく。
「……あのね、今日、ちょっと真帆お姉ちゃんと話したの」
「うん、LINEで言ってたね。どうだった?」
由愛は少し間を置いてから、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……不思議だったよ。ずっと怖くて、遠くて……完璧なお姉ちゃんが苦しかったはずなのに、話してみたら、そういう気持ちより、なんか、やっと分かり合えたような気がして」
——あの人も、あの人なりに苦しかったんだ。私は、ずっと自分ばかりが苦しんでると思ってた。
「お姉ちゃんも、私と同じように、誰かの期待に応えようとしてたんだなって……気づいたら、なんか、少しだけ胸が軽くなったの」
陽翔はしばらく黙っていた。だが、由愛にはその沈黙に不安はなかった。ただ、真剣に、丁寧に言葉を受け止めてくれているのが分かるから。
「……そっか。ちゃんと向き合えたんだね、由愛。すごいよ」
その声に、由愛の喉の奥がかすかに熱を帯びる。
「……違うよ、すごくなんてない。ただ、陽翔くんと話してると、ちゃんと自分の気持ちに向き合おうって思えるようになっただけ。……私、前は自分の本音を言うの、すごく苦手だったから」
——だって、傷つくのが怖かった。誰かに否定されるのが、一番怖かった。
でも。
今は違う。
陽翔の前なら、自分でいられる。どんな気持ちも、受け止めてもらえる気がする。
「……私、ちゃんと前に進んでるかな?」
そう呟く声はかすかに揺れていた。けれど、その裏には、もっと確かな希望があった。
陽翔は迷わず答える。
「うん。由愛はちゃんと、自分の足で立ってる。……すごく、かっこいいと思う」
——本当に強い人って、完璧に振る舞える人じゃない。弱さを受け入れて、それでも前を向こうとする人なんだ。
そう、目の前にいるこの子みたいに。
「ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「いつか……ちゃんと、お姉ちゃんにも私の気持ちを全部話してみたいな。子どもの頃のことも、今のことも。……陽翔くんのことも」
その言葉には、少し照れながらも確かな意志があった。
「うん。きっと伝わるよ。由愛の言葉なら、絶対に」
陽翔の声はいつも通り穏やかで、どこまでも真っ直ぐだった。電話越しなのに、そっと頭を撫でられたような気持ちになる。
「……ありがとう。今日、話せてよかった」
「俺も。おやすみ、由愛」
「おやすみ、陽翔くん」
通話が切れたあとも、由愛はスマホを胸に抱いてベッドに横たわった。
——陽翔くんと出会って、私、変われてる気がする。
胸の奥で小さな自信の芽が、そっと芽吹いていた。




