121.揺らぐ視線と、小さな嫉妬
121.揺らぐ視線と、小さな嫉妬
数日後の昼休み。
教室の窓際で弁当を広げていた陽翔のもとへ、悠馬が手にトレイを持ってやって来た。
「なあ藤崎、隣いい? ちょっと話したいことあってさ」
「……うん、どうぞ」
陽翔は少し警戒しながらも、空いた席を指し示す。
悠馬はそこに腰を下ろし、開けたばかりのカツサンドを一口かじったあと、陽翔に目を向けた。
「ストレートに聞くけどさ、由愛ちゃんのこと、本気で好きなんだよね?」
「……当然だろ」
即答した陽翔の目は、揺るぎのない真剣さを湛えていた。
だが、悠馬はその反応にも動じず、軽く肩をすくめた。
「だよなぁ。でもさ、悪いけど俺、まだあきらめる気ないから」
「……」
「中学の頃、何度か告白しようと思ったんだけど、タイミング逃してさ。でも今なら、同じクラスだし、まだ間に合う気がするんだよね」
陽翔は、強く拳を握った。
(なんだこいつ……ただの軽口かと思ったら、本気で狙ってるのか)
その瞬間——
「……陽翔くん?」
教室のドアが開き、由愛が顔を覗かせた。
手にはふたつの缶コーヒー。
「あっ……悠馬くんも一緒なんだ」
由愛の笑顔が、ほんの一瞬だけ揺れる。
「……陽翔くん、ちょっといい?」
「うん、行くよ」
陽翔は悠馬の前から立ち上がり、由愛のもとへ歩いていった。ふたりの背中を、悠馬は静かに見つめていた。
(……やっぱり、あの空気感、簡単には崩せそうにないな)
でも、それでも。
彼の目に宿った光は、まだ諦めの色をしていなかった。
放課後。
屋上で並んで自販機のコーヒーを飲みながら、陽翔と由愛は並んで座っていた。
「……さっき、何話してたの?」
「……由愛のこと。あいつ、まだあきらめてないってさ」
由愛は少しだけ目を伏せた。
「そっか……。でも、私は陽翔くんの彼女だよ。揺らがない。何があっても」
その言葉に、陽翔の中のもやが晴れていくのを感じた。
彼は由愛の手を、そっと自分の手の中に重ねる。
「信じてる。でも……俺も、もっとしっかりしないとって思った」
「うん。……じゃあ、頑張ってね、彼氏くん」
由愛の微笑みに、陽翔も素直に笑い返した。
ーーー
ゴールデンウィークを間近に控えたある日の放課後。
教室では、生徒たちがそれぞれの帰り支度を始めていた。陽翔は由愛を迎えに行き彼女の席を見る。
「……由愛、もう帰った?」
すでにその席に彼女の姿はなかった。
少し寂しさを感じながら教室を出ようとしたそのとき——
昇降口の近くで、由愛と悠馬が並んで話している姿が、陽翔の目に入った。
由愛は何か戸惑ったように笑い、悠馬はやけに距離を詰めて話しかけている。その様子を見て、陽翔の胸に小さなざらつきが走った。
(……あいつ、まだ諦めてないんだな)
声をかけようとして、ふと足が止まる。
由愛の顔に、微かな迷いのような表情が浮かんだように見えたからだ。
そのまま声もかけられず、陽翔は靴を履き替えると、一人で校門を出た。
―――
次の日。
朝の教室。由愛が陽翔の席に近づいてくる。
「おはよう、陽翔くん。昨日、ちょっと話したかったのに……急に帰っちゃったんだね」
「……ああ、ごめん。用事思い出して」
「……そっか」
由愛は少し眉を下げて寂しそうに笑った。
その微妙な空気を、後ろの席から見ていたあかねが、何かを感じ取ったようにノートを閉じる。
そして放課後。
ふたりはようやく、静かな場所で向き合った。いつもの図書室の隅——他の誰もいない時間。
「ねえ、陽翔くん。……何か、怒ってる?」
「……怒ってるわけじゃない。ただ……正直、ちょっと不安になった」
由愛はきょとんとして、それからすぐに頬を赤らめる。
「昨日のこと……悠馬くんの話?」
「うん。無理に距離を詰めようとしてるの、見えてたから。由愛が困ってるなら、俺がちゃんと……」
「違うの。……あの時、ちょっと迷ったの。どう言えば、ちゃんと断れるか。でも、私は陽翔くんがいるって、ちゃんと伝えたよ」
そう言って由愛は、そっと陽翔の手を取った。
「不安にさせたなら、ごめん。でも、私は……ずっと陽翔くんだけだから」
その声に、迷いはなかった。
陽翔はしばらく黙って由愛を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「……うん。俺も、信じなきゃな」
繋いだ手を、ぎゅっと握り返す。
ふたりの間にあった曖昧なすれ違いは、そうして静かに溶けていった。




