119.季節のはざまで
119.季節のはざまで
四月の風はまだ少し冷たく、けれど新しい制服に袖を通した生徒たちの表情には、どこか晴れやかな緊張が浮かんでいた。
二年生の生活が始まり、10日ほど経ったある日。廊下の窓から見える桜は、すっかり花を散らして、新しい季節の訪れを静かに告げていた。
昼休み。校舎裏の静かな階段に、陽翔と由愛の姿があった。
「ふぅ……こっちのクラス、雰囲気まだ慣れないかも」
陽翔がそう言って笑うと、由愛も小さくうなずく。
「私も……でも、朝、廊下で会えるから、ちょっと嬉しい」
「俺も。前よりちょっとだけ距離があるからこそ、会える時間が大事に思えるっていうか」
由愛はうつむき気味に微笑み、鞄から小さな紙包みを取り出した。
「……あのね。バレンタインの時、言いそびれちゃったことがあって」
「ん?」
「手作り、実は……お姉ちゃんに味見してもらってたの」
「え、そうだったの?」
陽翔が意外そうに眉を上げると、由愛は少し恥ずかしそうに頷いた。
「自信なかったから。でもね、お姉ちゃん、『これなら大丈夫』って言ってくれて。それがすごく嬉しくて……」
「へえ、なんかいい姉妹だな」
「うん。……少しずつだけど、お姉ちゃんともちゃんと話せるようになってきたの」
その言葉には、確かな成長と、過去への和解が滲んでいた。
午後の授業が始まってから、陽翔はふと、教室の後ろから視線を感じた。
振り返ると、あかねがじっとこちらを見ていて、目が合うとすぐに目をそらした。
(……まだ、ちゃんと普通に話せてないな)
あの日、ちゃんと気持ちを伝えてくれたあかね。その勇気に応えたくて、変に気を遣わずに接していたつもりだった。
でも——たぶん、それは「まだ」うまく届いていない。
放課後、教室を出るタイミングで、陽翔は自分からあかねに声をかけた。
「ねえ、ちょっとだけいい?」
廊下の窓際。まだ夕陽の差し込む時間。
「昨日は、ありがとう。……ちゃんと、あの言葉、嬉しかった」
「ううん、こっちこそ……変に気まずくしちゃってごめん」
あかねは頬をかきながら、小さく笑った。
「でもさ、わたし……ちゃんと納得できたよ。だから、これからも“友達”でいさせてね」
「もちろん」
その言葉に、互いの肩から少しだけ力が抜けた。
そして校門の外。由愛が、ぽつんと陽翔を待っていた。
「……話してた?」
「うん、ちゃんと。あかねとも、これからも友達でいられそうだよ」
「そっか……よかった」
そう言って歩き出すふたり。
桜の花びらが、ゆっくりと地面に舞い落ちた。




