118.知らなかった想い
118.知らなかった想い
翌朝の教室。春の光が窓から差し込んでいる。
新しいクラスにも少しずつ馴染みはじめた雰囲気の中で、陽翔は自分の席に着き、かばんからノートを取り出す。斜め前の席には、水瀬あかねが、ゆっくりと髪を結び直していた。
ちら、と視線が交わる。
「……おはよう、陽翔くん」
「あ、おはよう。今日、英語の小テストあるって聞いた?」
「え? うそ、やば。……教えてくれる?」
「もちろん」
いつものように、自然な会話。でも、昨日の出来事が胸にわだかまっていたのは、あかねだけではなかった。
一方、教室の扉の外では、由愛が陽翔の姿を見つけて、小さく息を吸い込む。
(……昨日、不安だなんて言っちゃって、重かったかな)
不安と甘えの境界線が曖昧になる。けれど——。
「……おはよう、陽翔くん」
由愛の声が届くと、陽翔はぱっと顔を上げて笑った。
「おはよう、由愛」
その自然な笑顔に、由愛の胸が少しだけ軽くなる。
——あの笑顔だけで、全部、信じられる。
放課後、昇降口で靴を履き替えるふたり。
「今日は一緒に帰れる?」
「うん、ちょっと寄り道してもいい?」
「もちろん」
そんな何気ないやりとりの背後で、あかねが静かにその様子を見送っていた。
その夜。あかねは自室のベッドに寝転がりながら、スマホの画面をぼんやり見つめていた。
(わたし……本当は、いつから気になってたんだろ)
最初は、ただの興味だった。転校してきてすぐ、どこか落ち着いていて、でも誰にでも優しい陽翔の存在。
だけど、由愛という彼女の存在を知って、初めて——“羨ましい”と思った。
その気持ちが、何だったのか。
(……もう、ちゃんと決めなきゃ)
そう心に決めたあかねは、次の日の昼休み——陽翔に話しかけた。
「ねえ、陽翔くん。放課後、少しだけいいかな?」
「え? うん、大丈夫だよ」
由愛とすれ違わないように、わざわざ時間を見計らったつもりだった。でも——
「私も、一緒にいていい?」
気づけば、そこには由愛の姿もあった。
あかねは小さく笑って言った。
「ううん、逆に来てくれてよかったかも」
「……?」
陽翔が不思議そうに首をかしげる。
あかねは少しだけ空を見上げ、それからふたりをまっすぐに見た。
「ちゃんと、言っておきたかったの。……私、陽翔くんのこと、少しだけ、好きだったと思う」
空気が止まった。
けれどあかねは、笑顔のまま続ける。
「でも、ちゃんとわかったの。陽翔くんは、由愛ちゃんの隣にいる時が、いちばん自然で幸せそうだから。……だから、それでいいんだって」
由愛が、何かを言いかけたが、あかねは手を振って制した。
「大丈夫。気まずくなったりしないよ。これからも、普通に話してくれたらそれで十分だから」
その言葉に、陽翔も由愛も、静かに頷いた。
春の風が、やさしく吹き抜ける——
新しい季節が、また少し動き出したような気がした。




