117.揺れる視線と、確かな想い
117.揺れる視線と、確かな想い
翌日の昼休み。教室では何人かの生徒が机を囲んで賑やかにお弁当を広げていた。
陽翔は席でパンをかじりながら、ノートに数式を書き込んでいた。その隣には、やはり自然に水瀬あかねの姿がある。
「それ、また数学? ほんとストイックだね」
「うん、昨日のとこちょっとだけ納得いかなくて」
そう言って笑う陽翔に、あかねは少しだけ目を細めた。
(彼女がいるのに、どうしてこんなに自然体でいられるんだろ)
昨日、「彼女がいる」と聞いてから、あかねの中で何かが変わっていた。
別に、好きだとかそういう感情じゃない……はず。でも、気づけば目で追ってしまう。
由愛という名前も、どこかで聞いたことがある気がする。そう、春の文化祭でステージに立っていたあの子。あの儚げな歌声と、陽翔と並んでいた姿——
(あの子が……彼女)
その時、廊下からふわりと現れた影があった。
「あ、陽翔くん」
由愛だった。手には、ふたり分の缶コーヒー。
「ごめん、購買混んでて。はい、いつものやつ」
「あ、ありがと」
自然に缶を受け取り、微笑み合うふたり。
そのやりとりを、あかねはじっと見ていた。
(……なんか、すごく自然だな)
横から見ていてもわかる。会話のテンポ、表情、呼吸の間さえも合っている。
その瞬間、あかねの胸に、ちくりと小さな痛みが走った。
(……そっか。これが、本物なんだ)
⸻
放課後、校門の前。
「ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「私、ちょっとだけ不安だったの」
由愛がぽつりと口にする。
「あかねさんがすごく綺麗で、陽翔くんとすごく自然に話してたから……私、比べちゃって」
陽翔は驚いたように足を止め、彼女の方を向いた。
「……ごめん。気づかなくて。でも、絶対に誤解しないで。俺が好きなのは、今も昔も、ずっと——由愛だけだから」
その言葉は、まっすぐに、迷いなく届いてくる。
由愛の頬がふっと緩み、小さく笑った。
「うん……わかってる。でも、言ってもらえると嬉しい」
風が吹き抜ける道で、ふたりは歩幅を合わせながら並んで歩いていく。
それは、“恋人”という言葉では足りないほどに、心が近づいた証のようだった。




