112.春を待つ教室
112.春を待つ教室
三学期の終業式を終えた教室は、どこか浮ついた空気に包まれていた。
窓の外には、まだ芽吹き前の桜の木々。それでも、肌に触れる風は少しずつ柔らかくなり、冬の終わりを告げているようだった。
陽翔は、椅子に腰掛けながら教室のざわめきをぼんやりと眺めていた。
(あっという間だったな、1年……)
入学して、クラスに馴染むのに時間がかかって、気づけば隣には由愛がいて——今では誰よりも大切な存在になっていた。
隣の席では、由愛が通知表をのぞき込みながら、小さくため息をついていた。
「……うーん。保健体育、またBだ」
「体力測定で腹筋サボってたろ」
「ひどい。ちゃんとやったよ……ちょっとだけ、数え間違えただけ」
「それサボってるって言うんだよ」
そんな他愛のないやりとりさえ、どこか名残惜しく感じる。春からは、クラスが変わってしまうかもしれない。それが、少しだけ寂しかった。
「……また同じクラスになれるかな」
ぽつりと由愛が呟いた。
「どうだろうな。でも、クラス変わっても、俺らの関係は変わらないよ」
「うん……分かってるけど。朝一緒に登校して、席が近くて、帰り道も笑って帰って……そういうのが、なくなるのかなって思うと、ちょっと不安で」
陽翔は少し笑って、彼女の手をそっと握った。
「だったら、春休みの間にいっぱい思い出作ろう。クラス替えしても『寂しくない』って言えるくらい」
由愛はその言葉に、ぱっと花が咲くように微笑んだ。
「……うん。じゃあ、私、春休みの予定、全部陽翔くんにあげる!」
「おいおい、そんな大盤振る舞いして大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないかもしれないけど、今はそうしたいの」
由愛は照れたように言ってから、小さく声を添える。
「……陽翔くんの隣にいられる時間を、もっと大切にしたいから」
そんな想いが、春の空気の中にふんわりと溶けていくようだった。
教室のドアが開き、卒業式を終えたばかりの三年生たちが、花束を抱えて挨拶にやってくる。
それを見て、陽翔もふと未来を想像した。
(二年後、俺たちはどんな形で、どんな気持ちでこの教室を離れるんだろう)
そんなことを思いながら、彼は由愛の手を、そっともう少し強く握った。




