111.特別なあとの、日常
111.特別なあとの、日常
バレンタインの翌日——
教室は、いつもと変わらないように見えて、なんとなく浮足立っていた。
それは“昨日、誰が誰にチョコを渡したのか”という話題が、あちこちで囁かれていたから。
「ねぇねぇ、結局、藤崎くんって誰かにもらったのかな?」
「橘さんと帰ってたらしいよ?」
そんな声が、ちらちらと陽翔の耳にも届く。
だけど、気にするふうもなく彼は席に座ると、少し離れた席の由愛と目が合った。
——ふわり。
由愛がほんの少し、微笑む。
昨日のチョコと一緒に添えられていた短い手紙。それを思い出すだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
由愛は、まるでいつも通りを装っていたけれど、耳の先がほんのり赤いのは隠せていなかった。
「藤崎~、なんかニヤけてない?」
近くの席から、クラスメイトの男子に突っ込まれ、陽翔は苦笑しながらごまかした。
「気のせいだって」
でも、ごまかしきれないのは、やっぱり自分の中にある“特別”な想いだった。
⸻
昼休み。
ふたりで校舎裏のベンチに腰かける。
昨日よりも少し、距離が近い。手が触れそうで、でもまだ触れないその距離が、どこかくすぐったい。
「昨日のチョコ、ちゃんと食べてくれた?」
「うん。すごく美味しかった。甘さもちょうどよくて、手紙も……嬉しかったよ」
「……ふふ、よかった」
由愛はそっと笑って、少しだけ陽翔の肩にもたれかかる。
「もう、これからは誤魔化さなくていいね。堂々と好きって言っていいんだよね?」
「うん。俺も、好きだよ」
寒い冬の空の下、それだけで十分なあたたかさがあった。
そして——
「……来年も、チョコあげるからね」
由愛のその言葉は、未来を自然に語るような、優しく確かな約束のように響いていた。




