110.届け、この気持ち
110.届け、この気持ち
2月14日。空気は冷たく澄みわたり、校庭の木々も寒さに震えていた。
放課後のチャイムが鳴り、教室に少しずつ人がいなくなっていく中——
由愛は、自分の席に座ったまま、机の引き出しにしまってある紙袋をじっと見つめていた。
(大丈夫、ちゃんと準備してきた……練習も何度もした……)
それでも、心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた。
陽翔に会うのは、いつも通りのはずなのに。
今日は、特別な日。
ただ「渡す」だけじゃない。
気持ちを——ちゃんと、伝えたい。
「よしっ……!」
意を決して立ち上がったそのとき、ちょうど教室のドアが開いて、陽翔が顔を出した。
「あ、いた。よかった……」
「……っ、陽翔くん」
「帰ろうか、一緒に」
普段通りの声に、少し救われる。けれど、心の奥の緊張は消えないまま、由愛は小さく頷いた。
⸻
二人きりの帰り道。
いつもの公園の手前、ベンチのそばで立ち止まり、由愛は陽翔の前に回り込んだ。
「えっと……ちょっと、待って」
鞄から取り出したのは、小さな紙袋と、可愛いラッピングの箱。
「……これ、はい」
陽翔は、驚いたように目を見開き、それから優しく笑った。
「ありがとう。……チョコ?」
「うん、バレンタインだから……その……本命、だよ」
最後の一言は、ほんの少し震えた声だったけれど、由愛はちゃんと目を見て言った。
陽翔は、一瞬だけ黙ってから、その手を取る。
「由愛、ありがとう。すっごく嬉しい。俺も——」
言葉の代わりに、ふわりと手の温もりが伝わる。
寒さの中、指先だけじゃなく、心の奥まであたたかくなるような時間。
「これ……作るの、すごく頑張ったんだよ」
「うん。頑張ってくれたの、すごく伝わった。めちゃくちゃ楽しみにしてた」
「え、バレてた?」
「ちょっとだけ」
見つめ合って、笑い合って。
その空気は、甘くて、やさしくて——もう、何も言葉はいらなかった。
⸻
家に帰ったあと、陽翔はそっとチョコの包みを開いた。
可愛らしいハートの形と、手紙が一枚。
『大好きです』
短いけれど、真っ直ぐなその言葉に、思わず笑みがこぼれた。
(俺もだよ、由愛)