表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠
110/250

109.バレンタインと、手作りチョコと

 109.バレンタインと、手作りチョコと



 一月の終わり。寒さが一層厳しくなる中、教室の空気もどこかそわそわし始めていた。


「……ねえ、バレンタインって、もうすぐだよね」


 放課後、帰り支度をしながら由愛がぽつりとつぶやく。

 陽翔はランドセルの中にプリントをしまいながら、その言葉に耳を傾けた。


「うん。来週の金曜、だっけ」


「そう、そうなの」


 由愛は珍しくそわそわと落ち着かない様子で、マフラーを巻く手がどこかぎこちない。


「なんか……去年まではさ、友チョコとか、家族にあげるやつとか、そういうのだけだったんだけど……」


 陽翔が何も言わず見守っていると、由愛はちらりと彼の方を見て、すぐに視線を逸らした。


「……今年は、ちょっと違うかなって、思ってて」


「……そっか」


 陽翔の胸が、少しだけ高鳴る。


「手作りって、難しいよね? でもやっぱり、手作りの方が嬉しい……よね?」


 問いかけるように見つめられて、陽翔は思わず笑ってしまう。


「それはまあ……本命なら、やっぱり手作りだと嬉しいかも」


「……うん。そう、だよね」


 由愛はマフラーの端をぎゅっと握ると、真剣な表情でうなずいた。


「がんばるね。うまくできるか分からないけど、ちゃんと……渡したいから」


 その言葉に、陽翔はじんわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。


(……楽しみにしてる)


 口には出さず、けれど確かに、陽翔の心は嬉しさで満ちていた。



 ⸻


 二月に入った頃から、由愛の様子がどこか忙しなくなった。


 放課後の帰り道。陽翔と並んで歩いているのに、どこか上の空だったり、やたらとスマホを気にしていたり。


「最近、なんか忙しそうだな。宿題多い?」


 何気ないふりをして尋ねてみると、由愛は一瞬、はっとした顔をした。


「え、あ……ううん。ちょっと、色々調べ物してて……!」


「へえ。何の?」


「ひ、ひみつ!」


 笑顔でごまかされてしまったが、陽翔は心当たりがひとつだけあった。


(……バレンタイン、か)


 あの日、「手作りの方が嬉しいよね」と聞かれたことを思い出す。


 もしかしたら——そう思うと、自然と口元がゆるむ。


 ⸻


 その頃、由愛はというと、家でこっそり“バレンタイン計画”を進めていた。


「えっと、湯煎して……あ、焦がしちゃダメなんだよね」


 エプロン姿でキッチンに立ち、真剣な表情でチョコレートを刻んでいく。


 何度も動画を見返して、レシピも印刷して、使う道具も新しく揃えた。

 クラスの友達には「家族用だよ」と笑って言ってある。でも実際は——


(陽翔くんに、“ちゃんと本命のチョコ”を渡すんだ)


 自分の気持ちを形にするのは、思った以上に難しかった。

 でも、それ以上に楽しかった。


 毎日、少しずつ練習して、ラッピングも何通りか試してみて。


 それは、恋をして初めて迎える“特別なイベント”に向けた、小さな戦いだった。


 ⸻


 放課後、陽翔は気づいた。


 由愛の手の甲に、小さな火傷の跡があったこと。

 そして、甘いチョコレートの香りが、ほんの少し制服の袖に残っていたこと。


(……やっぱり、楽しみにしてていいんだよな)


 心の中で、そっと呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ