106.冬の灯りの中で
106.冬の灯りの中で
映画が終わり、劇場を出た頃には、すっかり日は暮れていた。
街のイルミネーションが静かに灯り、ビルの谷間を淡い光が染めていく。
「……面白かったね、あの映画」
「うん。最後の展開、ちょっと泣きそうになった」
「陽翔くん、泣いてなかった?」
「……泣いてねーし」
由愛がクスクスと笑う。
彼女の笑顔は、街の光にも負けないほど、あたたかだった。
駅前のイルミネーション通りを歩きながら、ふたりは自然と肩を寄せ合っていた。
歩道の端で小さな子どもたちが雪だるまを見上げ、親たちがカメラを構えている。
「……ああいうの、ちょっと憧れるな。大人になっても、こうやって一緒に季節を楽しめたらいいよね」
ふと、由愛が呟くように言った。
陽翔は一瞬、胸の奥がじんと熱くなるのを感じながら、答える。
「……なれると思うよ。俺たちなら、きっと」
その言葉に、由愛は目を見開き——そして、そっと笑った。
「……もう、陽翔くん。ずるいんだから、そういうの」
そう言って、彼女は手を伸ばし、彼の袖をつまんだ。
「手、つなご?」
「うん」
繋いだ手から、冬の冷たさよりも、ずっとあたたかいものが伝わってくる。
駅までの帰り道、言葉は少なくとも、ふたりの間には確かなぬくもりがあった。
恋人になってから過ごす初めての冬。
その静かな夜の空気さえも、ふたりにとっては、かけがえのないものだった。
駅前のロータリーが見えてくる。
少し名残惜しそうに由愛が歩みをゆるめた。
「ねえ、もう少しだけ……ここにいよ?」
陽翔は頷き、近くのベンチにふたりで腰を下ろす。
人通りは少なく、静かな冬の空気の中に、遠くで聞こえるアナウンスだけが響いていた。
「こうやって並んで座るの、久しぶりかもね」
「たしかに。……なんか、初めて一緒に帰ったときのこと思い出すな」
「うん。あのときは……まだお互い、“好き”って言えてなかったね」
由愛は、少し照れたように笑って、陽翔の肩にそっと寄りかかった。
彼女の髪からふわりと香るシャンプーの匂いに、陽翔の心臓がまた少しだけ早くなる。
「ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「こうしてるとね、私、すごく安心するの。……好きって言葉じゃ足りないくらい、好きだなって思うよ」
その言葉に、陽翔は一瞬、うまく返せず、言葉を探すように彼女の顔を見た。
……けど、由愛の瞳がまっすぐ自分を見ているのを感じて、ゆっくりと息を吸い込む。
「俺も。……ほんと、そう思う」
手を繋ぎ直し、そのぬくもりを確かめ合うように、指先を絡めた。
電車の時間が近づいてきて、名残惜しさを残したまま、ふたりは立ち上がる。
「次は……冬休み入ったら、またちゃんとデートしよ?」
「もちろん」
由愛の笑顔に頷きながら、陽翔は心の中でそっと誓う。
(この時間を、もっと大切にしたい)
電車がやってきて、由愛が車内へと乗り込む。
扉が閉まる直前、彼女は笑顔で手を振った。
それはいつもの別れのはずなのに、胸の奥にあたたかい灯を残していった。




