103.向き合う覚悟
103.向き合う覚悟
日曜日の朝、由愛は珍しく早く起きていた。
まだ眠たげなリビングに降りると、すでに母が台所で支度をしていて、父は新聞を読みながらコーヒーを啜っていた。
家の中に、どこかピリッとした空気が流れている。
——今日は親戚が集まる日。そして、真帆が帰ってくる。
(……大丈夫。ちゃんと話すって決めたんだから)
そう心の中でつぶやきながら、自室に戻って着替えを始める。
リビングに戻ると、見慣れたスーツケースが玄関に置かれていた。
「……あ」
気づけば、そこに立っていたのは、姉・橘真帆だった。
変わらない長い髪と凛とした立ち姿。けれど、その視線はどこか柔らかく、以前よりも少しだけ距離が近くなったように感じられた。
「おかえり、お姉ちゃん」
由愛が小さく声をかけると、真帆は「ただいま」と微笑んだ。
しばらくの間、親戚との談笑や食事の時間が続く。由愛も話に加わりながらも、時折真帆を意識してしまう。
(今だ。今話さなきゃ、また逃げる気がする)
昼下がり、片付けのタイミングを見計らって、由愛は声をかけた。
「お姉ちゃん、ちょっとだけ時間もらってもいい?」
「うん。いいよ」
ふたりで並んでベランダに出ると、冬の空気が肌を冷やした。隣に立つ真帆は、穏やかな表情のまま、空を見上げていた。
「……私、小さい頃からずっと、お姉ちゃんに追いつこうとしてた」
静かな言葉で、由愛は話し出した。
「でも、どれだけ頑張っても、誰かが言うの。“真帆ちゃんの妹だからね”って。……そう言われるたびに、自分が消えてく気がしてたの」
真帆は、何も言わずに耳を傾けていた。
「それが嫌で、一時は家族のことも、お姉ちゃんのことも避けてた。自分なんて、必要ないって思ってた時もあった。でも、今は——」
由愛は、陽翔の顔を思い出す。
手を握ってくれた温もりと、あのまっすぐな言葉。
「今は、自分のことも、少しずつ認められるようになってきたの。……だから、ちゃんと話したかった。お姉ちゃんと」
しばしの沈黙のあと、真帆が静かに言葉を返す。
「……ごめんね。気づいてあげられなかった。ずっと“理想の姉”でいようとすることに必死で、由愛の本当の気持ちに気づけなかった」
そして、由愛の頭を優しく撫でた。
「でもね、私はずっと——由愛のこと、すごいって思ってたよ。誰かのために笑って、頑張って、弱いところも隠さないでいられる……そんな由愛の方が、私にはまぶしかった」
由愛の目に、涙が滲んだ。
「……ありがとう」
ようやく、心からの言葉が交わされた瞬間だった。
すれ違っていた姉妹の距離が、ほんの少し近づいたような、そんな午後。
その夜、由愛は陽翔にメッセージを送った。
『ちゃんと話せたよ。ありがとう、陽翔くんのおかげ』
すぐに返ってきた、短いけど温かい返信。
『偉かったな。おつかれさま』
スマホの画面を見つめながら、由愛はそっと微笑んだ。




