100.未来のこと
100.未来のこと
季節は少しずつ冬の気配を帯びてきた。
教室の窓から見える木々も、黄色や赤に染まり始めている。
陽翔は、教卓の上に置かれたプリントに目を落とした。
「……進路希望調査、か」
その声に反応するように、隣の席の由愛がちらっとこちらを見た。
「もうそんな時期なんだね」
「あんまり実感ないけどな。なんか急に現実突きつけられたって感じ」
「ふふ、それ、分かるかも」
由愛は軽く笑いながらも、その表情にはどこか迷いが見えた。
放課後、ふたりで駅前のカフェに寄った帰り道。
陽翔は、少しの沈黙のあと、ふと思い切って聞いてみた。
「……由愛は、もう進路、決めてるのか?」
「ううん、全然。……でもね、ちょっとだけ悩んでることがあって」
「悩み?」
「……将来、やりたいことがあるんだけど、それが簡単な道じゃなくて」
言葉を選ぶように、由愛は小さく続けた。
「親からは、もっと現実的な進路にしなさいって言われてるの。音楽の道とか、やっぱり厳しいって」
「音楽、か」
「うん。もし、ちゃんと向き合いたいなら、遠くの専門学校に行かなきゃいけないかも、って思ってる」
その言葉に、陽翔の胸が一瞬だけ痛んだ。
遠く、という言葉が、彼女の未来が自分の手の届かない場所にあるかもしれない——そんな予感を呼び起こす。
「……応援、するよ。由愛のやりたいことなら、ちゃんと」
それは本心だった。
でも、彼女の隣にいたいという気持ちと、矛盾しているのもまた事実だった。
由愛は、そんな陽翔の気持ちを察したように、優しく笑った。
「ありがとう。……陽翔くんにそう言ってもらえると、すごく嬉しい」
ふたりの間に、秋風が静かに吹き抜ける。
手をつなぐでも、言葉を重ねるでもないけれど——
その沈黙は、確かに心をつなぐ温度を持っていた。




