ゆいこのトライアングルレッスンU2〜消防士編〜
真夜中....
ふとひろしに呼ばれた気がして目が覚めた。
ワンルームの隅にあるキッチンとそのすぐ横の玄関辺りがぼんやりと明るい。
寝起きでハッキリとしない目を擦りながら起き上がる。
もう一度目を凝らすも、未だボンヤリとモヤがかかっているようにハッキリとしない。
確かめようとベッドから立ち上がった瞬間、鼻をつくプラスチックの溶けるような匂いと煙を肺いっぱいに吸い込んでしまい、激しく咳き込んだ。
ベッドに倒れ込んで、咳の激しさに涙目になりつつ、もう一度キッチンを振り返った。
火事だ。
キッチンと玄関脇のシューズクローゼットが燃えている。
わたしはパジャマの裾で口元を覆い、必死の思いでベランダへと向かう。
震える手で鍵を開け窓を開け放った。
火が燃え盛る室内の空気と外気の気圧の違いか、窓から勢いよく熱風と真っ黒い煙が吹き出す。
「ゴホッゴホッゴホッ....ハァハァハァハァ....」
ベランダの手すりにしがみつくように立ち上がり、下を覗く。
遠く離れた地面には多数の野次馬がこちらを見上げていた。
消防車はまだ見当たらない。
わたしは途方に暮れて辺りを見回した。
隣のベランダでも住人が恐怖に顔を歪ませて何かを叫んでいるのが見えた。
激しく咳き込んだせいで喉がヒリヒリと痛み、声が出しづらい。
ひろし....助けてっ.....
その時、サイレンと共に数台の消防車が到着したのが見えた。
逃げ遅れた住人から歓声が上がる。
消防車からバラバラと小さな人影が走り出すのが見える。
「ゆいこっ!」
遠くで叫ぶひろしの声が聞こえた気がした。
背後の窓から迫り来る熱風と煙に、背中がヒリヒリと痛みだし、わたしは呼吸のしづらさと共に意識が薄らいでいくのを感じた。
「ひ....ろし....たすけて...」
「ゆいこ!!しっかりしろっ!ゆいこっ!」
ぐんっと体が持ち上がり、ひろしの切羽詰まった声が耳元で響く。
ゆっくりと目を開くと、ヘルメットを被り防火服に身を包んだひろしがわたしを抱き抱えていた。
「ひ....ろ...し....まってた...よ」
激痛の走る喉で小さく呟いた。
「ゆいこ!大丈夫、俺が助ける。しっかりしろ!」
薄らいで行く意識を必死で繋ぎ止めながらひろしの顔を見つめる。
「もう大丈夫だ、俺がついてる。俺が絶対お前を助けるから」
ひろしがそっとわたしの体を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから....」
どんな状況下でも安心できるひろしの声を耳元に感じながら、わたしの意識は遠のいて行った。