6.
もやもやとした気持ちを抱きながら数日が過ぎた。柚月は美術室の裏にある倉庫で画材の整理をしながら、ぼんやりとあの日の出来事を思います。
今まであまり深く考えてこなかったが、蒼はどうして幽霊になってこの美術室にいるのだろう。
あの日見た葵の涙の理由を1人で模索して、でも、答えが出る訳もなく、ただぼんやりとあの日の光景を反芻する。
蒼も人間だったんだ……。
当たり前のことを心の中で呟く。今まで彼のことを、自分とは違う何者かだと思っていたと気づく。生きているか、死んでいるか、そんなことがどうでも良くなるくらい、彼の感情に心乱される。
悲しみ?怒り?諦め?涙が抱く、彼の感情は一体なんなのだろう。
彼は、私を通して誰を見ていたんだろう?
その問いはきっと彼の核心に迫るだろう。なんとなく、そんな気がする。しかし、柚月にはその問いを蒼にぶつける勇気などなかった。ぶつけて仕舞えば、きっと今の関係は壊れてしまう。
綱渡りのような危うい糸で、二人の関係は繋がっていて、一歩でも間違えれば柚月は蒼を失ってしまう。それも永遠に。そんな確信があった。
葵は消えてしまうのかもしれない……。
いやだ、と柚月の心が反発する。彼を失いたくない。彼を失うことへの恐怖心が、どんどん大きくなり柚月の心を締め付けていく。
なぜ、自分がこんな感情になるのか、なぜこんなにも彼に執着するのかわからない。自分が不健全な思考に陥っている気がして、柚月は落ち着かなげに体をゆすった。
はやく片付けて、絵を描こう……。
絵に没頭すればモヤモヤも軽減されるだろうと、急いで画材を集めることにした。先生からこの中のものは好きに使っていいと言われている。
モヤモヤしている時は絵を描くに限る。思い切って久しぶりに油絵でも書いてみようか、と柚月は積み上げられた絵から目当てのサイズを探し出す。ここに置かれているのは先輩たちが練習で描いたもので、もう処分してもいいものばかりだ。木枠を再利用して使うので、先輩には少し申し訳ないが、絵のかかれたキャンバスを剥がして新しいキャンバスを貼る。代々そうして使われてきた。
キャンバスを剥がして貼るのもいい気分転換になりそうだ。柚月は上の方の棚から目当てのものを引っ張り出す。そして、その絵を見て言葉を失った。
なに、これ……?
柚月と同い年ぐらいの少女の横顔がそこに描かれていた。柚月に似た鋭そうな瞳が柔らかく微笑んでいる。
柚月が驚いたのは自分に似た少女の絵を発見したからではない。問題は右下に鉛筆で書かれた文字だった。
そこには消えかかった文字でこう記されていた。
『心へ 蒼』