3.
一度、疑問を抱いてしまえばそれを心から追い出すことは難しい。
蒼に自分の絵を描いてほしいと頼まれてからというもの、柚月の胸に浮かび上がった疑問は消し去ることができず、おのずと蒼に伝わってしまった。しかし、蒼はそれに関して何か口にすることは決してなかった。ただ、少し困ったように笑うと、全く違う話題へと話をそらされてしまう。
しかし、彼と過ごす日が増えれば増えるほど、柚月は蒼に心を許し、彼が美術室で出迎えてくれることを待ち望んでいるようになった。
蒼が生きていたらいいのに。
自然と湧き出ていた己の感情に、柚月は驚き目を瞬いた。自分で思っておいて、自分の言葉に驚き慌てている柚月の姿を、蒼はおかしそうに笑った。
「どうして?人間よりも幽霊のほうがいいって言ってたじゃん」
蒼は気を悪くした様子はなく、柚月の目の前に座り問いかけた。自分自身で言い出したことなので、無視できず柚月はおずおずと心の中で答える。
蒼と同じクラスだったら楽しいだろうなって…。蒼がいたら、きっと、学校を嫌いにならずにいられた。それに……。
「それに?」
言葉の続きを待つ蒼に、柚月は困って絞り出すように、言葉を続けた。
蒼の描く絵を、見たかったから。
幽霊の蒼は、柚月に触れるどころか、筆をとることさえできない。成仏もせずに美術部にいて、それでいて、柚月の絵を好きだと言ってくれる蒼の描いた絵を柚月は見てみたかった。
柚月の言葉に、蒼は「そっか」と小さくつぶやくと困ったような、それでいて少し嬉しそうな複雑な笑みを浮かべた。
「じゃあ、見つけてよ。僕の絵」
試すような蒼の言葉に、柚月は息をのむ。彼の絵がここに、あるというのだろうか。生きていた頃に、蒼の描いた絵が。
手足がスーッと冷たくなる感覚に柚月はたじろぐ。彼は生きていたのだ、幽霊になる前の彼のことを、柚月は無意識のうちに考えないようにしていたのだ。彼は生きていて、そして、死んで何かの理由でここにいる。その理由を知ってしまえば、今目の前にいる幽霊の彼は、消えてなくなってしまうかもしれない。
嫌だな、柚月はモヤモヤとした気持ちのまま、目の前の彼から逃げるように視線をそらした。蒼がここから消えてしまうのが嫌だと、柚月ははっきりと思ってしまったのだ。
そして、それは彼を不条理にこの世に繋ぎとめていることのようで、罪悪感を感じずにはいられなかった。そして、その気持ちを蒼に気づかれたくない、そう思ってしまった。
蒼は柚月の気持ちを勘付いているはずだが、特に何か言うこともなく、柚月の絵に視線を戻した。子どもが親にもらった宝物を眺めているような、キラキラとした宝石のような瞳を、どうして、柚月の絵に向けてくれるのか。その理由が知りたくて、でも、知ってしまえばすべてが終わるようで怖くて、柚月は芽生えた気持ちを思考から追い出すように、今描いている絵に意識を向けた。