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年は巡りて

 月日の経つのは早い。


 なんてことを、この世界の人々も、あたしが(かつ)て生きていた異世界の人々も、こぞって言う。

 でも、エルフにはその実感が無い。いくつ年が明けて、いくつ歳を重ねても、一年は一年。その長さの感じ方は変わらない。

 長命のエルフが時の移ろいを長く感じて、寿命が見えている他の種族が歳を取ると加速度的に時の流れを速く感じるというのは、なんとも皮肉な話だ。 さらに困ったことに、高齢のエルフたちが異口同音に「一年がだんだん長く感じてくる」などと証言をしていることで、他の種族と真逆の時の感じ方に、いささかうんざりしている向きもあるとかないとか。


 もっとも、あたしは異世界に放り出されてしまったので、その際のショックとかこちらの世界で何かしらの力によって時間感覚が変わるかもって期待をちょっとはしたけど、幸か不幸か、月日は蝸牛(かたつむり)の歩みのようにすら思えるゆっくりさを保って進み続ける。


————


 紫陽花(あじさい)と蝸牛。この世界のこの国独自のものである梅雨(つゆ)という時期の代名詞的な組み合わせ。

 雨。あたしは嫌いじゃない。

 この先やってくる灼熱の太陽に焼かれる季節に比べればなんぼかマシだし。また森を好む種族なだけに、雨によって(もたら)される水気を多く含んだ空気に包まれるのはむしろ喜ばしい。


 この世界に適応するには、この世界の文明と馴染(なじ)むのが良いに決まっている。だからあたしは移動手段としてバイクを使っているのだけど、この世界のライダー達にとって雨は天敵かのように思われているようだ。

 曰く、危険であると。路面は滑りやすいし、視界も悪くなると。

 そうかもしれないけど、ならばより気をつけて慎重に運転を行えば良い。それに車だって実のところ条件は同じじゃないの? 道は滑るし視界も悪い。四輪で箱の中という違いはあっても、多かれ少なかれ雨の影響は受ける。


 要は、直接雨が身体に降りかかるのが嫌なんだと思う。でもそれはエルフにとっては好都合。直接、水の潤いを受けられるなんてむしろ有り難い話だ。

 もちろん、地肌とか晴れている時の服で直接皮膚を雨で濡らすわけではなく、そんな事をしたら体温を奪われてしまう。雨具越しに雨を感じるのが、ちょうど良い。


 バイクに乗るなら傘は使えない。だからこんな日はレインスーツの出番。

 いろいろ試してみたけど、あたしは昔ながらの裏地にゴムが引かれたタイプが好き。透湿性は無いけれど、耐水性は抜群。ある程度の値段がする国産品で、生地が柔らかくて動きやすいのも気に入っている。


 あじさい園は日本各地にあるけれど、だいたいいつ頃、どこのあじさい園が見頃なのか、放浪の旅を続けると分かってくる。ついでに駐輪代を含めた無料と有料の別も。

 紫陽花を見るなら雨の中に限る。歩くのなら傘でもいいけど、レインスーツのフードを被った方が両手を使えるので楽だし、結構な雨脚なので傘だと雨から身体をカバーしきれない。

 レインスーツの落ち着いたローズピンクは、紫陽花の控えめなピンクにも似ている。フードからは透明のバイザーが伸びていて、顔に当たる雨を軽減してくれる。時々そこからしたたり落ちる雨粒もなんだか愛おしい。


 至福の時が、ゆったりと流れる。このまま、ずっと……。


————


 の、はずだったのに!

 もっともっと、梅雨を満喫しようと思っていたのに!


 暑いーーーーーー!


 関東甲信地方の梅雨が明けたとみられる(ここが大事。気象庁は常にそう付して発表している)との一報がラジオから入った。まあそれより前から灼熱の太陽が大地を焼き付けてはいたけれど、お天道様が人間の思惑どおりに気圧配置を考えてくれるはずもないので、七月の声を聞けば蒸し焼きになりそうな暑さを警戒するほうが懸命だろうし、現に今年もそうだった。

 こんなときは、暑さから逃げるに限る。幸か不幸か異邦人(エトランジェ)であるあたしは、何に縛られることなく自由に行動できる。

 気温の低い場所を求めるなら、標高の高いところを目指すのが手っ取り早い。今年もまた、信州の高原を訪れることにした。

 一年ぶりの白樺湖は変わりなく、静かで涼しげな空気に包まれている。二年続きで襲ってくる真夏の熱波はむしろ今年に入って勢いを増しているが、まだここはその魔の手から逃れられているようだ。


 あたしが夏になると涼しげな高原を目指すのは、単に猛暑から逃げるため、だけではない、と理由付けをしようとすれば出来なくもない。

 なんて、遠回しな言い方をしなくても良いくらいのれっきとした目的はあるのだが、不意打ちのようにやってきたこの暑さから、半ば衝動的にここまで登って来たこともまた否定は出来ない。

 エルフのなかでも、あたしの属する種族は元来暑さを苦手としているので、あたしの仲間のエルフがもしこの世界にいたとしたら同じ行動を取るに違いない。異世界に飛ばされたエルフが、あたし一人だとは限らない。むしろ、あちらの世界では平凡ないちエルフに過ぎないあたしが、ただ一人選ばれたように別世界に移動させられるなんて無理がある。

 だからあたしは、元いた世界からやってきた、あたしの仲間を探す旅を続けている。

 あたしなりに、この世界を楽しみながら。


 白樺湖は農業のための人造湖だけど、避暑に最適な気候だし風景も美しい。リゾートとして賑やかだった頃もあったが、今は適度に落ち着いた、あたし好みの環境になってる。

 あたしのみならず、大抵のエルフはこういう森と湖に囲まれたところを気に入るものだし、それもあってあたしはここに足繁く通って来た。

 バイクを降りて、湖畔の遊歩道を散策しつつ、周囲を見回す。ここだったか、いやもう少し先だったような。


 あった。

 あたしが去年、この場所に残した、エルフ同士にだけ通じるサイン。

 他にもログとも呼ぶ。

「◯月×日、この地に到達。これに気づいた同胞には返信されたし」

といった程度の事務的な伝言を、エルフ同士じゃないと気づかないし通じない形で残すのが、あたしたち旅するエルフのマナー。そして、自分以外のエルフが記したログを見つけたら、そこに返信を付けるのも大事なマナー。

 世界を歩き回る者が多い種族だから、こうやって自分たちが動き回った痕跡を残すことでお互い助け合える。ログが多いところは大体エルフにとって利がある場所だし、ときには、

「この先危険・モンスター多し」

といったような具体的情報を付すこともある。

 ログは、エルフにとって欠かせないツールなのだ。


 もちろんあたしもログはこまめに残しているつもりだし、他のエルフが残したログや、それらしきものを見つけたら、すかさず返信のログを書き付ける。

 ログの残し方は簡単で、木の幹などに手を当てて、エルフの持つ能力とか霊力とかいうたぐいのものを集中させれば出来上がり。

 でも、手を当てた直後は何が変化したのか分からない。何日も放置しておくと、やがてそこにコケや菌類などが集まり、形をつくる。

 更にそれはハッキリ手の形になるわけではない。力の加え加減で自在な模様になるし、エルフ以外の種族にはこれが意味を持つだなんて分からない。

 つまり、ログと言ってもほぼ自然のものを寄せ集めたようなものでしかないので、風化しやすい。風化が進むと、いよいよエルフでも解読不能となり、やがてそれがログなのかどうかも判然としなくなってしまう。


 あたしが見つけたログの跡らしきものも、実際そうなのかは五分五分といったところ。エルフは自然と共に生きるものだから、そのメッセージも自然に還るのがふさわしい、といったことなんじゃないかな。エコロジーといえばそうかもしれないし。

 ここに来るのは一年ぶりだけど、ログらしきものはほぼ完全に自然と同化してしまっている。でも去年あたしが残したログは、まだ余裕で解読できる。樹幹を覆うコケの一部が、エルフにだけ見分けがつくような配列になって、むしろ読みやすくなってる。

 ログを付けた場所にエルフがまた戻ってくることが多いのは、それだけエルフにとって居心地が良いところだからだし、ログへの反応を確認すれば新たな知見が開けることもあるから。この場所だって、もしこの消えかかったログ、と思われるものの作者がまだこの世にいるのなら多分戻ってくる。そして、あたしの残したログに対して、更なる返信をしてくれる。

 きっと。


 無かった。

 予想に反して、もとい、案の定、無かった。


 この世界に来てから、ずっとこんなことを繰り返しているのだけど、いっこうに返事の来る気配は無い。それを確認する前は強がって期待値を上げているんだ、無理やり。

 だけどその期待は、大抵あっさりとしぼんでしまう。

 がっくりはしたけれど、もうそれにも慣れた。すぐに気持ちを切り替える。


 あたしにはもう一つ、ここでやらなければいけない事がある。

 

 

 


 

 今年も早くから猛暑の夏ですね。早く秋になってくれと念じながら日々を過ごしていたら七月がものすごく長く感じてしまいました。

 さて、このシリーズ久々の続きです。まだ残してある設定をどんどん放出しようと思っています。

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