表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/16

子どもみたいなシュミで悪かったねっ(その実悪いとは思ってない)

 倶知安までは、鉄路と付かず離れず伸びてゆく国道を走ってきたけど、ここからは道を折れ、本格的な山岳ルートへ。

 峠道をひと登りすると、絵に描いたようなカルデラが眼下に広がる。しばしその見事さに見とれ、今度はカルデラの中に下って外輪山を見上げ、再びカルデラの外に出る途中の展望台から来た道を振り返り、その造形美に後ろ髪を引かれつつも走り出し、ようやく小樽に到達。


 函館と同じく、小樽もまた味わい深い坂に恵まれた街。

 例によって、バイクで坂を登り切ったり降りて来たりを繰り返し、木々の幹にサインの痕跡を探す。


 そういえば、あたしはエルフ同士の通信手段のことをずーっと「サイン」って呼んでたけど、どこかしら違和感があった。

 一方、あたしは異世界転移の際に受けたショックのためか、前にいた世界の記憶をかなり忘れてしまっているんだけど、ごくたまに、ひょんなことで記憶の抽斗(ひきだし)が開くことがある。

 それが、久しぶりに起きた。


 ここまでの道中で再会を果たした北海道の駅たち。冬になると訪れる人も少なく、いや、四季を通して人の気配が滅多にしない、あるいは既に駅としての務めを終えた駅舎もある。

 それでも彼らは、来訪者に対して最高の表情を見せてくれる。


 そんな駅舎のもつ暖かさに包まれているうち、思い出した。昔の駅には必ずと言っていいほど当たり前にあった物たちを。

 そのひとつが、伝言板。まだ携帯電話もなかった頃には、駅を使う人々の連絡手段として活躍していた。古い駅の中には今や役目を終えた伝言板がひとり佇んでいることもある。

 そして、あたしたちエルフが通信手段として使っていた木の幹のことも、伝言板と呼んでいた。そう、今は居ないけど、これからここに来そうな誰かに何かを伝えるという、まさしく同じ使い方。

 そして、伝言板は闇雲にメッセージ(これもあたしがサインと呼んでいた物の、もっと一般的な呼び方だと思い出した)を残せばいいものでもなく、どういった特徴を持つ樹木などの、どの辺りに残すかは慣習的に決まっていた。おそらくそうだろう、とは思っていたが、具体的にどんな所が伝言板として選ばれるのかについては記憶がおぼろげ。でも伝言板という言葉を引き出せたことでその霧が少しずつ晴れていく感覚があった。


 このまま上手くいくとは限らないが、伝言板のあるべき所が分かってくれば、新たなメッセージも見つかりやすくなるし、これまで見つけたメッセージらしき物から可能性の高い物を絞り込みできる。今後、少しはこの作業もはかどると思う。

 もっとも一朝一夕でそれが実感できるわけもない。この街でもサイン改めメッセージだと確定できるものは、今日のところは見つからなかった。


——


 踏切で列車を見るのが好き。

 遮断器の軸? が生えてるあたりに、こんもり積もった雪の小山。その上に、ひょいと軽くジャンプして、ちょこんと腰掛けて、両足をぶらんぶらんさせながら踏切が鳴るのを待ってる。

 運転士さんを驚かせてはいけないので、線路に近づきすぎないようにしてる。また、往来の邪魔になる場所に座ったり、バイクを停めてはいけない。

 そういうマナーを守っていれば注意されたりはしない。奇異の者を見る目が向けられることはあるけど。


 でも他人がどう見ようと気にしない。だってあたしがやりたいんだもん。どうしてかは分からないけど、雪が積もるとこれをやりたくなるんだもん。

 でもたぶん、スキーウェアを着てるから雪の上に腰掛けるのは抵抗が無いし、特に北国のサラサラ雪の上に座ったり寝転んだりするのって、とっても気持ちいいからだと思う。

 スキー場とか公園とかでやりなよって話でもあるし、そうする事もあるけど、街なかだと踏切のトコがベストポジションな事も多いから、ついやっちゃうんだよなー。


 あ、踏切が鳴り始めた。

 今あたしが居るのは札幌の郊外。列車が割と頻繁に通るところ。

 道内では何時間に一度しか列車が来ないところも当たり前にあるし、そもそも踏切じたいが減ってしまった。その理由が高架とかになって便利で安全になった、とかじゃなくて、鉄道そのものが廃止されて踏切が踏切じゃなくなっちゃったケースも多い。

 都会では開かずの踏切なんてのがあって、これは困り物だ。

 でも地方に数多ある、開いたまま永久に閉じることのない踏切は切ない。


 結局あたしってば、列車が好きなんだと思う。生まれ育った世界にはこんな乗り物は無かったはずだから、好奇心が降って湧くのは当然なんだよ、きっと。

 だってほら、走る音が近づいてくるとワクワクしてくるんだもん。そしてこの音は電車ではなく、ディーゼル車。線路の上には架線が引かれているけど、それがない路線から乗り入れて来たんだろうな。

 エンジン音が大きくなると、それに比例してワクワクも高まる。いい歳して子どもみたいだって我ながら思うけど、どーせ子どもみたいな外見なんだからいいじゃん、じゃなかった、こちとらエルフなんだぞ。人間と趣味嗜好の年齢的分布が違ってるのが普通かもしれないんだぞっ。

 座って足をブラブラさせるのだって子どもっぽい仕草だけどさ、足が届かないんだからしょうがな、じゃないって、これはバイクにずっと乗ってて疲れた足をリラックスさせるためなんだよ。

 分かってくれたかな? キミも。


 と、あたしのブラブラさせてる足につられて、瞳が左右にくりくら動いてる女の子に、そう心の中でつぶやきつつ、ニコッと微笑んでみる。

 女の子は一瞬、ビックリしたような表情になりかかったけど、すぐさま顔をクシャっとして笑顔を返してくれる。

 女の子が手を繋いでいるのは、お母さんだろうか。そしてお母さんの向こうには、男の子も行儀よく手を繋ぎ、遮断器が開くのを待っている。

 いつしか踏切を待つ人々と、車の列ができている。そして、お待たせと言わんばかりに、いよいよ列車が目の前にやってくる。あたしもテンションが上がってくる。

 特急列車だ。お客さん結構乗ってるね。あ、ちっちゃい子もいる。手を振ってる、かわいーい! 


 ばいばーい!


 あたしは反射的に車窓へと手を振り返す。さっきあたしと目が合った女の子たちも、繋いでいない方の手を振って列車を見送る。


 列車が通り過ぎるとほどなく遮断器が上がり、あたしの横で手を振っていた親子は、今度はあたしに手を振ってバイバイしてくれる。もちろんあたしも、全開の笑顔とともにバイバイする。またねー!

 あたしはもう少し、ここに居ようと思う。なんか、行き交う人々や列車を見てると、時の経つのを忘れちゃう。ココロが何だか、あったかくなってくる。


——


 年が明けてからこっち、道南から道央にかけては寒さがゆるんでしまった。札幌でも、みぞれどころか雨に見舞われる事もあったが、ここ何日かは冬らしい気温と天気に戻ってきている。

 時折ちらほらと舞う雪は、結晶そのままの形で地上に降りてくる。雪雲たちは気まぐれで、時には薄日を透かして見せたかと思えば、折り重なって鉛色に姿を変え、斜め方向から叩き付けるような無数の粉雪を降らせる。

 でも、今日の雪たちはみんな身軽で、地上に軟着陸するかのよう。いつの間にかあたしのスキーウェアも半身が真っ白になっちゃったけど、そっと払うと、はらはらと舞い降りてゆく。


 ついつい買ってしまったホットの缶入りミルクティーもすっかり冷めてしまった。これ、身体を内と外の両方から暖められるんだよね。熱いうちに半分くらい飲んで、あとは何本かの電車を見送りながら、ときには胸を、ときには両手を暖めつつ、ちびちびと残りを味わう。

 空は相変わらず、目まぐるしく表情を変える。お日さまの光と一緒に雪さんも降りてくることもあって、いかにも雪国の冬ってカンジ。

 サラサラの粉雪ってことは気温はかなり下がってるはずなんだけど、雪の上にずっと座ったまんまでもそんなに寒くないし冷たくない。

 スキーウェアだし厚着してるしっていうのもあるけど、やっぱり雪が積もってるぶん、体感の寒さが和らぐんだと思う。空気が乾燥し切った土地のキーンとした冷えとは違って、冷たいんだけど、どこかしらふわっとした空気に包まれてるみたいな。


 ……ぶるっ。


 とか何とか思ってるそばから、震えが来た。

 もちろん、まったく寒さを感じないわけじゃない。でも今の震えは、寒さのせいじゃ、無い。


 あたし、ずっとおトイレ行ってない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ