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こんどこそ、北へ

 止めどなく流れる涙に呼応するかのように、冷たい雨が降り出して地面を濡らしていく。長年の習いでバイクを安全なところに停めてレインスーツを着込んだけれど、再び走り出すことは出来なかった。いい加減涙で視界がにじんでしまったし、無念の想いで伐採の痛みに耐える木々の声なき悲鳴、それに対して何も出来ず、ごめんねとつぶやきながら逃げるように去ってしまった自分への叱責、全てがないまぜになって、あたしは座り込んで泣き続けた。


 雨音はしばらくして穏やかになり、あたしの涙も枯れてしまいそうなほど流れ出てしまった。そこに、聞こえてきた。あたしの心に直接語りかけるような、木々の声が。

 はっきりとした言葉ではない。でもエルフには分かる、ぼんやりと、それでいて曖昧ではないメッセージ。

「ダイジョウブ、ダヨ」

あたしを慰めてくれる、木々の声。

「アナタガ、ワルイノデハナイヨ」

この世界に飛ばされてしまった、無力なヒトもどきにも木々は優しく呼びかけてくれる。

 「ごめん、ごめんね、でも、ありがとう」

枯れたかに見えたあたしの涙は、再びとうとうと頬を流れ落ちた。一部の人間の思惑で命を奪われた木々に対して何もできないあたしを慰めてくれる仲間の木々の優しさは、この涙のようにあまりにも暖かくて、それがなお罪の意識を増大させ、だから、

「ワタシタチヲ、ワスレナイデ」

せめてその希望には応えて、絶対に守っていこう、そう自らに言い聞かせた。


——


 エルフにとって、この国の夏はあまりに酷で、特に前回と前々回の夏ときたら、暦はとっくに秋だというのに、気温はずっと高止まり。

 人々は冷房を頼みにするも、電気代は高いわ、猛暑で野菜も高くなるわ、それらの品々が相乗効果を醸し出すかの如く高みを目指し、寒くなるのはフトコロ具合ばかり、という笑えない事態にあえぐ。

 なにせ(くだん)の夏さんは、狂ったような暑さで本番を終えたかと思えば、誰もしてないアンコールに応えるかの如く舞台に何度も戻ってきて、袖で出番を待つ秋さんもそれを呆れて眺めてるような具合。


 被りっぱなしのヘルメットに隠れたあたしの顔は、涙の筋がいくつも残っているんだろう。でも、植物に元気をもらえたからにはそれを無駄にせず、雨が止んだのをキッカケに走り出した。

 季節の移り変わりは例年より遅いものの、時は着々かつしたたかに進んでいき、季節のシナリオを無理やり次のページへ進めてゆく。そして日の入りの時刻は日に日に繰り上がっていき、強引に冷えた空気を大地にはびこらせる。

 ちょっとだけ、ヘルメットのバイザーを開けて冷気を取り込む。気持ち良い。雨上がりの空気はしっとりとして、

 あたしの試みがオジャンになったことも悔しいけど、こんな形で伐採される木々の悲痛な叫びに、やりきれない思いと苦痛への共感による悲しさとで、すっかり心を消耗してしまった。


 それでも、いや、だからこそ、北へ向かおう。この憂鬱を断ち切り、明日を生きていくために。


——


 もっとも、夜中の街道走りだなんて柄でもないけど。

 気が()いてるのは感じてる。灼熱の太陽を避けたい夏ならともかく、小春日和のなか、のんびり走る方が気は晴れる。だから郊外の適当なところで朝を待つ手もあるんだけど、ふと思いついた夜の北帰行というフレーズに胸が高まってしまい、泊まり場が近づいてもブレーキを握る気にならない。

 これは、古い記憶のおかげかもしれない。


 あたしがこの世界に飛ばされて来た頃は、お手頃な長距離移動といえば夜行列車だった。理由は何といっても安いから。

 エルフにとって時間は有り余っているものだから、昼に移動しても構わない。だけど、目が覚めたら目的地、というのはどこか得した気分だったし、それに昼行の各駅列車は人の入れ替わりも激しく、今ほどでは無いにしろ乗り換えが何か慌ただしい。たとえ安い運賃の旅でも、気持ちくらいはどっしり構えて行きたい。武士は食わねど高楊枝、エルフは文無しでも長い耳。


 イマイチ。


 とまれ、あの頃は、夜のターミナル駅から夜行列車が次々と発車していた。通勤電車に混じってネオン輝く夜の街を駆け抜けるその(さま)に、旅立ちへの欲求を掻き立てられる労働者も少なくなかったろう。

 花形は何といっても東京駅から西へ向かう寝台列車だったが、我ら倹約組はもっぱら普通列車のお世話になった。

 ほぼ直角の四人がけ座席で、いかにして快眠と疲れを取るかが、その道を極めるコツ。普通と快速乗り放題のきっぷが発売される時期は先を取るのもひと苦労なんてこともあったけど。


 一方、季節に関わらず週末となれば賑わいを見せる登山客御用達の普通夜行列車もあった。

 出発は日付が変わる少し前なのだが、それまで新宿駅ホームで何時間も停車しているのが特徴で、暇人もとい暇エルフのあたしは入線時刻に合わせて乗り込むと、夕刊紙をくまなく読むか、さっと眠りにつくか。

 早い客は塩山(えんざん)あたりで降りて奥秩父を目指す(丑三つ時を過ぎたくらいの時刻だから、バスターミナルに新聞を敷いて朝を待つ)。そして甲州から信州に入るにつれ、少しずつ乗客が降りてはいくが、松本から北アルプスの(いただき)に挑むべくバスに乗り込むアルピニストが多かった。

 そこからさらに北陸方面を目指すことも出来たし、のちに新潟方面の旅に便利な快速夜行も誕生した。


 その新潟方面ゆき快速夜行から乗り換えて東北へと向かうのも乙なもので、もう少しで山形というあたりで朝を迎えるのだけど、夜行からの乗り継ぎはどこか気持ちが良い。

 東北方面の旅程が日本海側経由になりがちなのは、東北本線の長距離夜行には優等列車が多かったからで、次々と発車する寝台特急のチケットにはなかなか手が出せなかったものの、急行列車の座席だって結構リラックス出来た。まだ機関車が客車を引っ張っていた時代で、モーターが足元でうなりを上げる電車とは違った乗り心地で眠りにつけた。


 今や鉄道での長旅はむしろ高級志向だし、お手軽旅の舞台はバスに移った。あたしも何度か使ったことがあるけど、森で育った身としてはエンジン音が気になって目が冴えてしまう。

 電車のモーターは良いのに? とか、そもそもバイクのエンジン音は良いんかい! とか、自分で自分にツッコミたいくらいだが、後者について言えば自分で走らすぶんには楽しいのだから仕方ない、としか言えない。


 何にせよ、バイクが旅の相棒となっているからには、この子を道連れの二人旅となるわけで。排気量の問題で(いや仮に中型とかに乗っても高速道路を走る財布の余裕は無いけど)一般道を走るほか無いけど、バイパスのおかげで案外速く北上出来ている。旧道をゆるゆる走るのも好きなんだけど、北行きが遅れたので今回はこっちがありがたい。

 渋滞緩和からの高速走行をキープ出来るのは、かずかずの跨線橋のおかげ。長らく鉄道旅を続けていたものだから、各路線ごとに思い出がある。


 そういえば、私鉄の夜行列車なんてのもあったっけ。夏は登山、冬はスキーと、関東平野を北上して栃木と福島の県境を越え、列車の終点から同じ私鉄の系列によるバスで目的地へ。たしか臨時か団体列車扱いでの運行だった。

 鬼怒川に沿って北上した線路は幾つものトンネルを通過していく交通の難所で、そのルートと並走する国道を走れば、その思い出がより鮮明に思い浮かぶ。

 でも季節が季節だし、夜なので、比較的走りやすいおくのほそ道をたどる事にしよう。






  



 

 


 


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