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幼女、世界と出会う

まあ、間違いだった。

「次は、水くみだな」

井戸から水をくみ上げる。

落としたバケツを引き上げるのもしんどいが、くみ上げた水をべつのバケツに移し、それをまた運ぶのがきつい。

この体はどうも栄養失調気味で、筋力がないのかもしれない。どんな生活をしてきたんだろう。

こんな生活を強いる政府や国の無能さが腹立たしい。

しかし今は、そんなこと、言ってられないぐらいきつい。

「はっはー。水汲みもいい運動だろう」

ルーシーはバケツを二つ抱えて、颯爽と歩いていく。

満杯のバケツを見ると、一応自分のバケツは水が少ない分加減されているんだろとはわかる。わかるが病み上がりにやらせるものじゃない。

水汲みを2往復ほどすると朝食だと呼ばれた。

もうそのころには足も腕もぶるぶるしていた。

ばけつをもとの場所に戻すと、もう歩けないぐらいになっていた。

ここからさらに歩いて、食堂まで行くなんて、信じがたい。

バケツ置き場からふらふら歩いている自分を見かねたのか、ルーシーが歩いてきた。トレーニング用の服なのか、こちらも修道服ではない。そういえば昨日もこんな感じの運動服みたいなのを着ていたな。

ルーシーは自分に近づくとにこやかに笑っていった。

「おお、幼児は頑張ったな。いいか、健全な魂は健全な体に宿るものだ。つまり健全な体だったら、健全な魂が宿る」

ほんとか、それ。

体ががくがくしているので、まっとうに顔すら見れないが、それは成り立たない気がする。

「この国は内乱がずっと続いていて、もうボロボロだったんだ。内乱が終わったのも最近だから国もボロボロだし、国民もへとへとだ。そんな中でも生きていかなきゃいけないから、搾取とか狼藉とかが平気で起こってて、それをどうにかしないと安心して夜も寝られないぐらいだったんだ。」

突然の語りにびっくりするが、明るい口調とは裏腹に内容がなかなかひどい。

ルーシーは笑顔でつづける。

「でも我らがステラアート神は、それでもわれらに勇気と希望を与え続けてくださったんだ。それが筋肉」

ん?

おかしな単語が聞こえてきたぞ。

「心を正すのが難しかったら、体を正してしまえばいい。そういって、私たちの枕元に立って毎日のトレーニングプランを教えてくださった」

ほ、ほう。

もはや神なのかわからない。

ルーシーは呆気にとられながらも息を切らしている自分を抱きかかえると、迷うことなく歩き出す。

どうもこの中の地図がわからない。

歩いている敷地は荒れているのか、そもそもこういう岩肌なのかわからないが、寒々しい枯れ木のような木々がところどころにぽつん、ぽつんとある。

庭木をいじるまで手が回らないのか、踏み固められた露地のままだ。

その中をルーシーは迷わず歩いていくと石で組まれた壁にたどり着く。

かなり高い壁で、同じく石を組んで階段状にしているものをのぼると壁の向こう側が見えた。

いい眺めだった。

声が出ていたら、うわぐらいは言っただろう。

それが歓喜の声なのか、引いてるのか、というと微妙なところだ。この教会はやはり高台にあるようだ。緩やかな勾配で眼下に山間の集落が見える。思ったよりも少なくはなくて一見穏やかな山間の町という感じだった。

「今はこうして穏やかになったけれど、少し前まではあの街は誰も住めないような状態だった。みんなこの教会に避難してた。教会っていうか昔の何かの砦の名残らしい。でも盗賊とか夜盗から身を守るのにこの地形と石壁がすごく役に立ったんだ。んで、寝泊まりしてたらステラアート神の声が聞こえてきた」

言ってルーシーは振り向く。

振り向くと教会の敷地内が今度は見下ろせた。

下には教会らしき建物と、自分たちの寮は上のほう、そしてもう一つ建物が離れたところに見える。

「女児が寝泊まりしてたのは女子寮で、あの上のほうだ。下の教会はもとから何かあった時の避難場所で、そこを変えて教会にしたんだ。この壁もだいぶ補修した。」

だからあんなに武骨で教会っぽくないのか。

下の方にあった教会を見下ろす。灰色で飾り気のない教会。この壁もこの荒廃した土地も、そんな理由があったのか。

悔しさで思わず力が入る。

「幼女はそんな怖い顔をすることない。ほっぺたの肉がおちちゃうぞー」

なんでこいつはこうなんだろう。

「私たちは別に恨んでないんだ。ここに至るまでもう充分大変だった。ならもうあとは生きることを満喫するべきだ。これもステラアート神の筋肉の教えのおかげだ」

だからこいつらはたくましいのか。

まあ何とも言えない気持ちになる。

武器をとって組織を憎んだ自分とあまりに違う。

「それにもうこの地域には男がほとんどいない」

はい?

どういうことだ。

「男は年寄りと時々寄ってくる盗賊どもぐらいだろ。戦争で借り出されて戻ってきてない。だからこの地域はもう女子供と年寄りしか残ってないんだ。ということは、私たちが己を鍛え上げ、己を剣として戦うしかない。だろう」

ルーシーは私をみてにっこり笑った。

それは今迄みたいな変態面ではなくとてもさわやかな誇りに満ちた笑みだった。

「やってみればできるものだ。おびえるだけの日々ではなく、犯罪者にも立ち向かえるようになった。食事もそいつらから教会を守りながら自給自足で野菜や果物を育てられるようになった。あっちの方だ」

言ってルーシーはもう一つの知らない建物があるほうを指さす。

「いずれ見せてあげるが、もうちょい鍛えないと難しいな」

鍛えないと難しいような畑はどういう場所なんだ。

想像が難しい。

「苦しいからといって、立ち向かわないでいてもと永遠には逃げつづけられない。飢えにも、恐怖にも立ち向かう心が必要だとステラアート神は、教えてくれたんだ」

にっこりとルーシーが笑う。

そんなたいそうな神だろうか。供物にアイスを要求するんだぞ、このご時世で。

でもルーシーの笑顔を見ると、何もいえない。それでもいいのかもしれない。

ルーシーのだっこから降ろされ、手を引かれながら寮にむかった。

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