幼女、お祝いされる
一通り洗い終わると、くわえたばこの女に体全身をタオルで拭かれ、体に何やらオイルを塗られる。
少し鼻につく匂いだが、虫とかの予防にと許されなかった。
髪をとかされ、綿のワンピースを頭からかぶされる。
ズボンもはくようにと言われ、どうにも嫌な話だが、幼女を狙う犯罪者が絶えないから肌は出さないほうがいいとのことだった。なんて嫌な世の中だ。
「髪が意外と長いな。」
女が自分の髪を結んでいた紐を取って、私の髪を結い上げる。
「今度切ってやる」
結び終えると、女は自分を軽々と抱き上げ、そのまま風呂場を後にした。
女性に洗ってもらうなんて、気恥ずかしいかと思ったが、犬みたいに洗われたから何も感じなかった。
ただ清潔な自分と清潔な衣類の大切さを改めて知った。衛生とは大事だ。
女は新しい煙草をくわえながら、ろうそく台を片手にもち、片手に私を抱いて薄暗い通路を歩いていく。すごいなと思うが、ぐらぐらしたり不安定さがない。
何も言わないが目的地はあるらしく、一直線に向かっていく。
建物は古く石造りだった。寝ていた部屋とはだいぶ違う。
暗くて使い込まれた感じの石の壁。質素で飾りなんて何もない。
ただ不潔ではなくて、掃除は行き届いている。そんな感じだった。
ひたすら歩いていると、ドアにたどり着く。
「ノックして」
女に言われてこんこんとドアをたたく。
中から歩いてくる音とともに、ドアが威勢よくこちら側に開いた。
「待っていたぞ」
あけたのはルーシーと言っていたあの女だった。
自分を抱えた女は、既に2,3歩下がって待っていた。彼女がやっぱりといった顔をする。
「危ないだろ。いつも言ってるけど」
「興奮してしまった。」
ルーシーはにこにこというより、なんだか気持ち悪い笑みを浮かべている。
「お前、気持ち悪いんだよ。」
くわえたばこの女がちょうど思っていたことを言ってくれた。
「いやー、この年頃の女児は久しぶりだから」
「発言が変態なんだよ。だから風呂に入れるの任せられないんだ」
よかった。
命か何かの危機があったみたいだ。
思わずくわえたばこの女に感謝しつつ、しがみついた。美人のほうが手を出していたからだ。
「ほら、ビビってる」
助けてくれる人がいるというのはありがたい。
「そういうなって、ヒビキ。ほら、代わりにだっこしてやるぞお」
というとくわえたばこの女、ヒビキから勝手にはぎ取られた。
この細腕だとあまりに力がない。とてもじゃないが女の力にも勝てなかった。
ルーシーは嬉しそうに頬ずりをしてくると、私を抱きかかえたまま部屋の中央に進む。
おかしなものが目に入る。
ん?
あれはなんだ。
「君の名前がいまだわからないんだが、我らがステラアート神によると君は我らが女子寮に招かれた仲間だ」
はあ?
頭の中が真っ白になった。
目の前には大きな食卓とそれを囲む数名の女性。
それはいい。
その奥の壁に大きな布に文字が書かれて飾られていた。
『正義』と。正確に言えば、正義という文字は読めないのだが、ステラアートがやったとしか思えないルビがきらきらと表れて、自分にこれが『正義』という文字だと突き付けてくる。
「ようこそ我らが正義寮へ。ともに神の御名のもと、正義の道を歩もうじゃないか!」
くそくらえだ。
声が出ないことを初めて感謝した。
腹の底から叫んだからだ。
くそくらえ!
「では、幼女の入寮を祝して乾杯!」
乾杯と声高らかに響く。
私はもらったコップに注がれた水を見つめながら握りしめていた。
正義。
まさか自分が正義を憎む自分が、今度は正義を貫く側になるだと。
正義なんて腐っている。
正義なんて、きれいごとだ。
正しい義なんて存在しない。
自分は汚いものをたくさん見てきたのだ。
「ほら、お食べ」
あーんとルーシーが自分の口にパンをちぎって持ってくる。
いやほんと、でれでれの顔で膝上に自分を載せたまま何も自由にさせてくれないのをやめてほしい。
「ほら」
食べないでいると、かみ砕いて柔らかくしたものを食べさせようとしてきた。いかに美人だろうと何もうまみがない。
水分が抜けて固くなったパンをゆっくりかみしめながら食べる。
「今日はめでたい日だ。ステラアート神に感謝をしなければな」
「あんなに新人が来たらしめるって言ってたのに」
ヒビキが言うと、ルーシーは全く悪びれずにいった。
「幼女に罪はない」
ヒビキと眼鏡女がため息をついた。
ここにいるのはこのヒビキと眼鏡女とルーシーだ。
他にもいるのか、眼鏡女の名前はなんなのかとか、ここはどこなのかわからないことが多すぎる。
「私の名前を言ってなかったわね。私はルウ。よろしくね」
眼鏡女がいう。
いまは、修道服みたいな服を脱いで、自分と同じようなストンとしたワンピースをきている。
「ほかにもこの正義寮のメンバーはいるんだが、いまは交代制の仕事だったり、遠くに行ってたりするからこれしかいない。そのうちおいおい説明するよ」
ルーシーがパンをひとかけ取りながら、手でくだき、またかけらを自分によこす。
「元気になってよかった。本当はもっと栄養があるものを食べてほしいけど、ごめんね、これが今は精一杯」
ルウが皿にスープを取り分けながら言う。
見た目はそんなに貧相な感じには見えない。食卓も野菜が多くて、健康的と言える。
ただ肉類は少ないかもしれない。
「喉はどうなんだよ?」
「熱もないし、腫れもないみたいだけど、声がでないだけでそのうちよくなると思う。街でも子供たちが風邪を拗らせ気味だから」
メガネの返事にふーんと質問したヒビキが言う。
そうなんだと自分も思ってしまった。
ルウが食卓に座る前に様子を見てくれたが、熱もなく喉もおかしくないらしい。
確かにちょっとのどが、むずがゆくて声がうまく出ない。
「ルーシー、この子に説明はした?」
「いや、まだだ。幼女には色々と説明しなければいけないことがあるな」
ふむとルーシーは考え込んでから、続けた。
「まずはステラアート神の導きによってここにいることを知ってほしい」
ルーシーが言う。
「まずここは教会で、ステラアート神のご加護にある。ステラアート神には、この教会では正義と友情を司る神でとてもフレンドリーな方だ」
ここは教会だったのか。あの
フレンドリー…
あれが…?
「供物は手作りアイスが一番なんだが、昨今の厳しさで材料がなかなか手に入らないからな。よっぽどの時しかできないんだが、この正義寮も活動が増えてきて忙しくなってきたんだ。手が足りないから、ステラアート神に新たな仲間を授けたまえとこの間、少ない材料でアイスを作って捧げたところ君が来たってわけさ」
「塩アイスだけどね。」
めがねがいう。
「それでも牛の乳が余分に取れないから、牛のマッカーサーに頑張ってもらったんだ。彼女もエサが少し足らない中、頑張ったけどね」
マッカーサー…。
メスなのか。
「本当にステラアート神による仲間と決めつけていいのか。彼女の人生に関わるじゃないか」
ヒビキがタバコをふかしながら言う。
教会なのにこの女はたばこ吸ってていいのか。
タバコと時々説明が足りないのは難ありだけれど、このヒビキが一番まともな感じがする。
「ああ、おそらく間違いない。アイスを捧げた後、ステラアート神が私の枕元に立っていったんだ。細くてガリガリの女の子を遣わすと」
「まあ、確かに細くてガリガリだけど、もっとこう表現ないの?」
ヒビキに同感だ。
同じこと二回言ってるし。
あのあほっぽい神なら有りそうとも思ってしまう。
「なかった。その翌朝、門前で幼女を見つけたんだ。それが君さ。ステラアート神が遣わしたわれらが仲間」
ルーシーが嬉しそうに頬ずりをしてくる。
「この子にはなにをやってもらうの? まだ小さいし、色々難しいことも多いと思う」
めがね、ナイスだ。
そう、私はまだ幼くできることなんてないぞ。
この正義を冠する場所になんていたくない。
「うん、まずはルウの手伝いからにしようかと思う。清掃や調理の補助なら、この子もできるだろうし、徐々に覚えていけばいい」
「そうね。無理にとは言わないし、まずはできることからね」
めがねが笑った。
めがね、押しが弱いだろう。そこは無理だと言っておけ。
「だから明日からはルウについて回ってまずこの教会のことを知ってほしい。難しいことを無理にすることはないけれど、体を動かし鍛錬することは心も鍛えるからな。心が鍛えられれば自然と体も鍛えられる。」
うんうんとルーシーがうなずく。
言われてみれば自分を抱きかかえるこの腕もびくともしないし、それに妙に太い。
ルウは体の線がわからないワンピースだが、ヒビキは私を抱えた時も本当に軽々と、しかもずっと安定していた。
まさかね。
こんな時代錯誤な感じの古臭い教会で、体を鍛錬ったってたかがしれてるだろう。
「君はまだしっかり寝たほうがいいから、今日はしっかり食べて早く寝たほうがいい。ヒビキ」
ヒビキが目だけこちらに向けてくる。
「例のあれを」
「へいへーい」
言うと、ヒビキは手のひらを掲げて、タバコをふかした。
「ステラアート神に敬礼!」
え?
と思ってる間に、ヒビキがタバコを口から離すと、机の下を向いて何かを用意し、タバコに向かって吹きかけた。
ぶおおお。
盛大な炎が舞い上がり、部屋を目いっぱい照らし出した。
「歓迎するぞ、幼女! 君もこれで私たちの仲間だ」
めがねがぱちぱちと手をたたく。
「ケーキとかなかなくてごめんね。代わりにおめでたいことがあると、ヒビキの着火芸でお祝いするの」
「着火芸っていうな」
めがねの補足に、ヒビキが怒る。
一瞬にして熱くなった部屋で、呆気に取られるしかなかった。
信じられないことに自分は女子に生まれ変わってどっかの女子寮に住むことになってしまった。