呪われていた王太子と公爵令嬢の恋のおはなし
暇つぶしに読んでやってください。
短いのですぐ読めます(多分)
リシー・ウィリクスはヨディと出会って感情を知った。
苦悩、困惑、喜び、切なさ、そして恋。
「リシーまさか人まで連れてきてしまうだなんて。」
「お母さま、この子私の従者にしようと思いますの。」
そんなやり取りの挙句、リシーは連れてきた孤児と思われる男の子ヨディを従者として迎えた。
本当はそんなに簡単ではなかったが、「普段あまりわがままを言わない子が粘るだなんて」と両親が折れたのだ。
リシーが6歳ヨディが8歳になる初夏に二人は出会った。
リシーの住む西の大陸の大国であるヨダール公国では多くの髪の色、瞳の色の人種が存在する。
彼女の母スエレンは「少し目立つ」とヨディの褐色の肌に黒い髪と瞳、瞳の周りにびっしりと生えた長い睫毛を見てため息をついた。
スエレンの夫レット・ウィリクス公爵は妻にそっと告げる。
「もしかしたら行方不明となったとされる、ペクロイの忌み子かもしれない。」と、娘リシーに悟られないように。
両親がどんな思いがあるか知らず、リシーはワクワクする。
高位貴族とあってか年齢の近い友人がいなかったから。
「読み書きは四則演算はもちろん覚えてね、私のために本を読んでほしいもの。
そのために言葉もきちんと話せるようにして頂戴、少しずつでいいから。
だって、私の従者とあろう者が、自分の名前すら満足に言えないのは困るもの。」
後のリシー同様、ヨディもリシーと出会ったことで住む世界が色付いた。
ただこの世に存在していただけの彼に、衣食住を含む何もかもを与えたのだ。
「そうそう、あなたとはじめて会った時に身に着けていたお洋服はお父様が保管をすると持っていってっしまったの。
いずれヨディが大人になってルーツ?というものを知りたくなったときの為ですって。」
「ヨディ私の背丈に追い付いてきたんじゃない?
こちらに来た時に付けていた指輪はもう小指にも入らいないんじゃないかしら。」
クスクス笑いながら話すリリシーは提案する。
「首飾りのように革紐か何かに通して身に着けていてはどうかしら。あなたにとってお守りのようなものでしょう?」
「お嬢様のために剣術を習いたい。」
領地内なら仮にヨディの姿を見られても問題はないと公爵夫妻も考えるようになっていた。
「少しばかり顔立ちや肌の色は目を引くが、美少年だからという理由でも通る。」だろう、と。
華やかな顔立ちの多いヨダールでも珍しいほど彫りの深い顔立ちに黒ヒョウを思わせるしなやかさのある野性味。
美少年に育ったヨディが大輪を咲かす蕾のような魅力をたたえる美しい少女リシーの傍に控え剣を振るいたい。
「可愛い娘の願いとしても聞いている。」
私とヨディは令嬢と従者であり、兄と妹。
そう思っていた。
私が12歳を迎えようとしていた夏の終わりまでは。
私は侍女のノーイに着替えと髪を編んでくれるよう頼む。
「今日リシー様がお選びになった髪留めなら、編み込みのはじめも良いですが額に差し込んでもよろしいかと。」
「額にしてみて欲しいわ。」
「すっきりとした印象になり、いつも以上に可愛らしくおなりです。」
「私のお陰!と思っているんでしょう、ノーイ。」
二人で笑い合っていれば、私の部屋にノックがあった。
呼び寄せていたヨディだろう。
「手伝いをありがとう、ノーイ。これからね、とっても内密な話があるの。」
「あまり無茶はなさいませんように。」と、ヨディと入れ替わる際にちょっとだけお小言があった。
「お金持ちの商人の娘といったいでたちでしょう?」
立ち上がって新しく仕立てたAラインでスカイブルーのシンプルなワンピースをひらりと見てもらう。
「お似合いです。」
「いつもそれよね。」とむくれてみせる。
「ノーイがね、この髪留めならって額に沿わせてくれたんだけど、髪留めが銀色だから私の髪よりヨディの黒髪のほうが似合いそうだわ。」
自分の蜂蜜色の髪を見た。
「髪の色だけで言えば私のほうが似合うかもしれませんが、その銀の髪留めもお嬢様に使ってもらいたいと言っていますよ。」
彼からすれば、意味のない台詞なのだろうが、何故か急に恥ずかしくずなってしまう。
「そ、そんなことより、ちゃんとお出かけの準備できてるわよね!」
ヨディの姿を見れば濃い目の茶色のパンツに合わせたブーツと白のシャツを纏い、帯剣をしている。
「素朴な姿ね。商人の娘とその護衛って感じするかしら。」
「素朴って何ですか。多分、公爵令嬢がそんなお転婆だとはだれも思わないでしょうから、大丈夫ですよ。」
「素朴って良い意味よ。」
「誰も悪い意味だとは思っていませんが、もう少し言い換えが出来てもよいのではと思いまして。」
「うるさいわね。お転婆は表現力が乏しいの。」
「お転婆と表現の関係性がわかりませんが、お嬢様の用意が整っているのであれば参りましょう。」
差し出された腕に、手を置く。
「お嬢様じゃかなくて、今日はせめてリシーでね。」
「あまり違わない気もしますが、承知いたしました。リシー様。」
「「こっそりとね。」」
二人で屋敷を抜け出した。
「お父様はね、領地に貧困層が出ないようにと心をくばっているそうなの。」
「公しゃ、いえ、旦那様の気遣いは私にも見て取れます。
が、このような内容を他人に聞かれては褒められたことではありません。」
「元々、今こうしていることも褒められたことではないらしいわよ。もっと気軽にこんな風に出かけられたらと思うのはわがままかしら。」
「私には判断はつきかねますが、お心の中はリシー様だけのものです。」
「つまり?」
「本音と建前と言えばいいでしょうか。
そうですね。家を出て今すぐ街に買い物に行きたいな。と思うのは自由ということです。」
「護衛もつれず?」
「はい。今はちょっとだけリシー様の心の中が現実になっているだけです。」
「わかったような、わからないような。」
「行動は責任を問いますが、想像したり考えているだけでは誰も傷つかないということです。
お転婆様には少し早すぎたようです。」
「え、ひどい。ねぇ、ヨディ。つまりあなたは「あちらから美味しそうな香りがしていますよ。」あっ!」
手を引かれるようにして、私の小さな疑問は彼に潰されてしまった。
「あちらにも。「いえ、あちらよ!」」
私たちは会話を楽しみ、あちらこちら視線を移しながら歩く。
私はヨディと二人の時間に浮かれすぎていたのだろう。
我が家の護衛団長から「剣の才能があるようだ。」とも言われていたし。
ついてきてくれているはずの彼が私を見失ってしまっている事に気づかず、うっかり路地裏に入ってしまった。
父の努力もあり所謂貧困層からのゴロツキはいないと軽く考えていたのだ。
しかし『お金持ちの商人の娘』の私は良いかカモに見えたのだろう。
たった一人のゴロツキに攫われそうになる。
「助けて!」
「リシー様っ!!」とすぐさま駆け付けてくれたヨディ。
私をすぐに見つけられたこと、相手が一人だったことも相まって難なく片を付けられた。
騒ぎを聞きつけた自衛団に取り押さえされ、攫おうとした相手は捕まり騒動は終了に見えた。
私とヨディの顔を知る自衛団の一人に「近々、ヨディに話を聞きに行く。」とため息をつかれ本当に終了。
両親に気づかれぬよう ー特にヨディが叱られぬようー 私たちは細心の注意を払い帰路につく。
部屋で待っていてくれたノーイに「このままヨディと二人にさせてもらえないかしら。」と頼む。
ノーイとしても私の表情をみて思うところがあったのだろうが「いつでもお呼び下さい。」と下がってくれた。
自分が悪いとわかっていても、私には大変な恐怖でしかなかった。
ソファに沈み込むようにすわる私の隣にヨディも掛ける。
普段私の部屋で彼は座ることはない。
そのヨディが私の隣に何も言わず座り傍にいてくれた。
「私がお嬢様を見失わなわなければ「そんなことはいいのっ!」」
きっと私が何を言いたいのか理解してくれたのだろう。
私もヨディの言いたいことは分かったつもりでいたから。
「とても怖かった。だから今は何も言わず傍にいて。」
顔を下に向け伏し目がちに話す私に「リシー様。」と言いながら、彼は触れるか触れないかというくらいに髪を撫でてくれた。
恐怖と不安の中、私は別の不安を感じることになる。
私のせいでヨディが私の傍から離れてしまう不安。
離されてしまう不安。
こんな時に、私はやっとヨディへの気持ちが兄として慕っているのではなく男性として慕っているのだと気づく。
ー遅すぎたー
そう思った。
だからずっと私の傍にいてくれたヨディだからこそ理解してくれることを願い彼を見つめ伝える。
「あなたを兄として、兄として心の底からお慕いしております。これから何があろうとも今の気持ちに間違いはありません。」
彼は私の瞳を覗き込み少しだけ考えたように見えた。
気持ちを、意味を、理解してくれたのだろう。
ヨディは銀色の髪留めに触れ、躊躇いながらも頭頂部に本当に軽く唇を落とした。
「ノーイ、もし私の部屋にヨディが来てもあなたはちゃんと部屋にいてね。」
ノーイに告げた言葉はあまり意味はなくなった。
ウィリクス公爵ははじめて自分の娘に激怒したらしい。
しかし私に怒りがぶつけられることは無かった。
「本当なら街に出たことを話合わなければならない。
それはまたいずれにしよう。今はヨディについてだ。」
サロンに呼ばれ両親が隣同士に座っている。
二人の前にあるソファに私を座るように母が優しく促した。
「お父様、私のせいでもうヨディはこの家にはいられないの?」
私は泣かないように必死だった。自分のせいだから。
「それはヨディ本人が決めることだ。
リシー、彼がこの家に来た時に着ていた物を覚えているかい?」
思っていた内容と違い混乱する。
「着ていた物・・・?」
「そうだ。ヨダールではあまり見ない柄と素材だっただろう。」
「えっと、「旦那様、リシーは『事件』のせいでヨディがこの家にいられないと思っているのです」」
母の手助けにより父も私が理解が追い付いていないことを分かってくれたらしい。
「まずは、座って落ち着くといいわリシー。」
母は私に声をかけた。まるで赤子をあやす様にとても優しく。
「ヨディはオアシスの国の王子なんだ。」
「オアシスの国とは言うのはね、西の大陸の南方に位置するペクロイという国のことなの。」
父の言葉に母が付け加えた。
「ヨディが王子様・・・。王子なら何故・・・」
父が続ける。
「きっと本人が幽閉先から逃げ出してきたのだろう。この国でも以前双子は忌み子とされてきただろう。」
「聞いたことあるような・・・」
「リシー、お父様はねはじめからヨディはペクロイの王子ではと思っていたのよ。だから、服を預かり調べてもらっていたの。」
「もちろん、国に帰るかは本人に任せるつもりだ。」
二人の話に私は抗議する。
「ペクロイに行けば忌み嫌るんでしょう!?」
「今は事情が変わったんだ。ヨディの兄が亡くなったんだ。」
「ヨディを捨てた国に、お父様はっ!!」
それ以上何も聞きたくなくて、混乱して、私は部屋に戻りベッドに崩れ落ちた。
ノックがする。
「一人にして。」
「お嬢様。私です。」ヨディだった。
ベッドにあるクッションに顔をうずめる様にして、そのまま無視を決め込んだ。
「もし誰の顔も見たくないというのであれば、このまま私の話をお聞き下さい。
私はペクロイに参ります。
ヨダールに来た際に持っていた指輪をもらっていただけますか。私だと思い、お守りとして。」
ベッドから降り、ドアノブに手をかけるか迷いながら問う。
「何故?」
「リシー様が妹・・・だからと言えば伝わりますでしょうか。
魂が結びついているのであれば、永遠に離れることはございません。」
私は泣き崩れた。
彼を見送らなかった。
ヨディが読み聞かせてくれた小説『魂の恋人』を再度読むことに夢中になっているふりをして。
時折指輪を眺めながら、声を出して読んでみた。
3年後
他国の王太子殿下が即位後の行脚のために公国にも寄ることとなった。
国王主催の祝賀会で私も謁見することになる。
王太子となったオアシスの国と呼ばれるペクロイのヨディ殿下と。
「本日のリシー様はいつも以上にお美しいですわ。
殿方の視線はすべてリシー様に届くことでしょう。」
ノーイの勇気付けを思い出し嬉しく思いながら最上級の礼をとり出席者全員とヨディを待つ。
彼からの視線が以前と変わっていないことを期待しつつ主賓席に現れる姿を私は見つめた。
読んで下さりありがとうございました。