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アトロポス

掲載日:2022/02/20

 ずっと誰かを探していた。

 ずっと誰かを想っていた。

 ずっと誰かに逢いたかった。

 年齢も、顔も、名前も知らない誰か。

 物心ついた時から、その誰かを探し、見つけ出すことが宿命のように思っていた。何をしている時でさえ、心の隅にはその誰かが巣くい、気が付けば視線は宙を泳いで姿の知らない誰かを探している。

 小学校の六年間では見つけられなかった。

 中学校の三年間は空振りに終わった。

 高校の三年間でも、駄目だった。

 それでも諦めなかった。きっとその誰かも僕のことを探している。そんな確信めいたものがあったから。

 いつか逢える。そう信じて、僕は大学へ進学した。



 □□□□



 ずっと誰かを探していた。

 ずっと誰かに見つけてもらいたかった。

 ずっと誰かを想っていた。

 性別すら知らない、どこかの誰か。

 物心ついた時から、その誰かを探し、そして探されているような気がした。誰かを見つけることが宿命のように思っていた。つまらない授業を聞いている時も、好物のお母さんのハンバーグを食べている時も、大好きな読書をしている時でさえ、心のどこかではその誰かがわたしのことを呼び続けているような気がした。でもその叫びは遠すぎるのかわたしの許に届くころには幽かなノイズとなってしまっている。

 それでもわたしは懸命に見つけ出そうと頑張った。

 小学校も、中学校も、高校も、まだ見ぬ誰かを探し続けた。

 だけど駄目だった。諦めようかと思った。思ったけれど、でも頭を大きく振ってその迷いを吹き飛ばす。今ここでわたしが諦めてしまったら、わたしを探している誰かが困ってしまうだろうから。

 いつか逢える。そう信じて、わたしは大学へと進学した。



 □□□□



 だから大学の片隅で君を初めて見た時、僕は落雷を食らったような衝撃を感じた。穏やかな春の陽光に彩られたキャンパス内のベンチの上、君は陽だまりで微睡む猫のようにその小さな身体をより一層小さくして文庫本を読んでいた。あたりに人影はない。その澄んだ空間――いっそ聖域と言ってもいいほど厳かなその場所には、僕と君だけが存在している。豊かに葉を付けた木々、舗装された遊歩道、その間から顔を覗かせる短くもしかし青々と生命力に満ち溢れた雑草たち。僕は肩からズレ落ちたリュックを直すのも忘れ、そんな君のことをずっと見つめていた。度の強いノンフレームの眼鏡の奥で、深い茶色のくりくりと大きな瞳が上下に動いている。そよ風が吹き付け、君の柔らかな前髪を静かに揺らした。

 ふと、君は顔を上げ僕のことを見つけた。ぽかんと見つめてくるその子供のような表情がどこまでも愛らしい。


「見つけた……」


 僕は小さくそう呟いた。

 この十八年の人生の中でずっと探し続けていた誰か。それが今、目の前にいる。

 僕は尋ね人を見つけたと同時、恋をした。



 □□□□



 不意に視線を感じ、わたしはわたしの心を惹きつけてやまない文字列から顔を上げた。顔を上げて、わたしのことを遠巻きに見つめるあなたのことを認識したとほぼ同時、わたしの心臓はいっそ爆発したかのように暴れ始めた。本を膝に投げ出し、慌てて左胸に手を当てた。皮膚と服越しに伝わる規則正しくも激しい心臓の運動。一気に体温が上昇する。口の中がカラカラに乾く。

 それでも、わたしはあなたから視線を外せなかった。誰も居ない大学の一角の陽だまりの中で、わたしとあなたの視線が複雑に絡まり合う。どれほどそうしていたのだろう。男の子にしては少し長めの前髪から覗くその水晶のような真っ黒の瞳が先程から変わらずわたしのことをじっと見つめている。少しだけニキビ跡のある頬が、鮮やかな陽の光に照らされて淡い桃色に彩られていた。


「見つけた……」


 わたしは小さくそう呟いた。

 この十八年の人生の中でずっと想い続けていた誰か。それが今、目の前にいる。

 わたしは尋ね人を見つけたと同時、恋をした。



 □□□□



 それからかなりの時間を掛けて、僕は君との距離を慎重に詰めていった。君のことを見かける度にウザがられない程度に声をかけ、たまに学食で一緒に昼食を摂るようになり、遊びに出かけるようになって、そしてまあ、然るべきプロセスを踏んで恋人同士になった。天にも昇る気持ちって言うのは、こう言うモノだと初めて知った。もうずっと、身体がフワフワとしているのだ。地面に足が着いていないかのような酩酊感、そう言えばいいのだろうか。とにかく幸せだった。

 勿論ずっと順調だったわけじゃない。時には君の嫌なところを見つけたり、時には些細なことですれ違ったりもした。一度だけ、これはもう本当に関係を修復することは不可能なんじゃないかと言うほどの大喧嘩をしたこともある。何日も何週間も、何か月も会うことも連絡をすることもなく僕と君はお互いを遠ざけて過ごした。でも、どうしてだろう。気づけば君の事を想っていて、君を恨む気持ちも何処かへと霧散していたんだ。その代わり胸の内に溜まっていたのは君を愛する気持ちだった。

 それから何処かのカフェで、僕と君は何か月ぶりかの再会を果たし、そしてどちらからともなくごめんなさいと謝った。

 そして、僕はこう言った。


「僕には君しかいない。今までも、これからも、君しかいないんだ。愛してる」


 そんな僕のキザな台詞に、君は僅かに微笑んだ。


「わたしも、あなたしかいない。愛してる」


 


 □□□□


 

 あなたとわたしは徐々に、本当に徐々に距離を詰めていった。まるで、初心な中学生のように手をつなぐことさえ初めは恥ずかしかった。だから、あなたから告白をされた時、わたしは思わず言葉を失い、そして気づけば涙が流れ出ていた。うずくまって嗚咽を漏らすわたしの背中に触れたあなたの手の温かさを今でもずっと鮮明に覚えている。幸せだった。天にも昇る気持ちって言うのはこう言うモノだって初めて知った。インフルエンザに罹った時のようなぼうっとする感覚。酩酊感とでもいうのだろうか。とにかく幸せだった。

 勿論ずっと順調だったわけじゃない。時にはあなたの嫌なところを見つけたり、時には些細なことですれ違ったりもした。一度だけ、これはもう本当に関係を修復することは不可能なんじゃないかと言うほどの大喧嘩をしたこともある。何日も何週間も、何か月も会うことも連絡をすることもなくわたしとあなたはお互いを遠ざけて過ごした。でもどうしてだろう。気づけば、大学内ですれ違うあなたの事を目で追っていたし、ふと夜中に今何をしているんだろうと考えることもあった。いつしか、憎悪は愛する気持ちへと戻っていた。

 それから何処かのカフェで、わたしとあなたは何か月ぶりかの再会を果たし、そしてどちらからともなくごめんなさいと謝った。

 そしてあなたはわたしにこう言った。


「僕には君しかいない。今までも、これからも、君しかいないんだ。愛してる」


 そんなあなたのキザな台詞に、わたしは体温が急上昇するのを感じた。嬉しかった。本当に嬉しかった。わたしは辛うじて笑みを作りながら言った。


「わたしも、あなたしかいない。愛してる」



 □□□□


 

 僕は隣を歩く君を見る。視線に気づいた君が見つめ返してきた。綺麗な茶色のその目を細めて君は笑う。

 その目を見ながら僕は、運命っていうのは本当にあるんだと思った。



 □□□□


 

 ふと視線を感じて、わたしは隣を歩くあなたの方を向いた。あなたはじっとわたしのことを見つめていた。深い黒色のその目を細めてあなたは微笑む。

 その目を見ながらわたしは、運命っていうのは本当にあるんだと思った。














































 ――――――。



 □□□□



 スクリーンの映像が停止する。それと同時、薄暗く照明の落とされていたその大部屋が灯りを取り戻した。その中を美しい女性が一人、自身に満ち溢れた足取りで歩いてきてスクリーンを背後に立ち止まった。彼女は自身の目の前に座っている何人もの人間を見渡し、そしてゆっくりと口を開く。手に持った一円玉ほどの基盤のような物を掲げながら。


「と、このように我が社の開発したこのチップを産まれたばかりの幼児の頭に埋め込むことによって、対となるチップを持つ人間同士は自然な形で結ばれることになります。相手と出会うまでは、あたかも何かを探さないといけない焦燥感を脳に与え続け、無事相手と出会った時には快楽物質であるアドレナリンを大量に分泌させるよう促します。それにより、恋をするのです。強制的に一目惚れをさせると言った方が分かりやすいでしょうか。その後、対象の交際が順調に進むようにこのチップが細かく修正軌道を施し、万が一にも関係に亀裂が入った場合にはセロトニンを無理矢理に分泌させ、相手に対する怒りを沈めます。勿論、対象が一切の不信感を抱かないようにテストにテストを重ねたプログラムによって正確に動作いたしますのでその点はご心配なきよう。これにより日本の少子化問題は解決の一途をたどり、その上選ばれた理想の遺伝子同士を組み合わせることによって我ら人類はさらなる成長を遂げるのです」


 女性はそこで言葉を切ると、ゆっくりと室内を見渡した。女性の話を静かに聞いていた数多の人間の目と視線を合わせていく。


「これにて、株式会社アトロポスの発表を終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました」


 女性が深々と、美しいお辞儀を見せた。少しの間の後、ぽつぽつと湧きだした拍手は直ぐに空気を揺らすほどの喝采へと昇華する。

 スクリーンの中、何も知らない男女はお互いを見つめ合い、幸せそうに笑っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] しいなここみさんのスコップエッセイから伺いました。 冒頭から好みで、期待感にワクワクです(`・ω・´) この運命のふたりの結末はどうなるのだろう……と思っていたら、まさかの展開にびっくり。 …
[一言] おおおおおおお……ぉふぅ♪
[良い点] しいな ここみ様のレビューを読んで来ました!! 素敵な恋愛♡と思ったら、おー、こういう展開が!! [気になる点] 美しい女性。開発から臨床まで携わった年齢には思えないので、まだまだ深読み…
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