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10話 人の心ははかれない 88項「邂逅と焦燥」

 空港出発からおよそ7時間。時刻は午後8時過ぎ。


 千空たちはモーテルで夕食のピザを囲んでいた。


「まさか、本部までそんなにかかるとは……」


 椅子に座りながら渋い顔をする千空。


 現在地は空港を出ておよそ500Kmの地点――荒野のど真ん中だった。


「せっかく初めての海外なのに、行く前から憂鬱な気分にするのも悪いからな」


 そう言って毒島がピザを口に運んだので、千空も彼に倣ってピザを頬張る。この辺では有名らしく、バーベキューソースとチキンのうまみが絶妙にマッチした、ワイルドながらも味に深みのある美味しいピザだった。


 口の端に付着したバーベキューソースを拭っていると、同じくピザを食べていた未來が尋ねる。


「本部はクリストフ特別区にあるんですよね? どうして6日もかけて車で……?」


 それは当然の疑問だった。


 CBS本部――それは、アルメリカ東海岸側のクリストフ特別区という地域にあるらしい。千空たちが降り立ったニューアンジェルスは西海岸側なので、本部に向かうにはアルメリカを縦断する必要がある。


 だが、ニューアンジェルスからクリストフ特別区に向かうとなると、距離にしておよそ4200Kmもの長距離を移動することになる。一日に7時間ほど運転するとしても、6日はかかる計算になるのである。


 なので、普通なら飛行機で向かうところなのだが……どうして自分たちは車で移動しているのだろう。

 そんな疑問に答えたのは、CBS捜査官のアーロンだった。


「本部の最寄り空港に降り立つのは、流石にリスクがありますからね。アイズホープ抜きにしても、常に警戒されている空港なのですよ」


 クリストフ特別区にCBSの本部があることは周知の事実。であるならば、その近辺は常にマスカレードに警戒されていてもおかしくはない。それが、CBSの見解なのだそうだ。


 そんな場所の空港を、顔が割れているアイズホープメンバーが利用したらどうなるか……それは最早、捕まえてくれといっているようなものだった。


「なるほど……だからニューアンジェルスの空港に降りたのね。本部が特別区にあると聞いて、少し気になっていたのよ」


 優奈が納得したようにうんうんと頷く。確かに、言われてみればそうだ。


 本部がクリストフ特別区にあるのならば、アイズホープはそこへの直行便に乗れば良かったはずだ。ニューアンジェルスの空港を経由する必要など全くないのだから。


 それなのにニューアンジェルスに降りたというのは、紛れもなく警戒のためだったのである。


「そういうことなら仕方ないですね」


「だな……っていうか、だったらぶっさんもちゃんと運転手伝ってあげてくださいよ。今日だってずっとアーロンさんが運転してたじゃないですか」


 怪訝な顔で毒島を見る千空。このモーテルまでの7時間、休憩こそ挟んでいたが運転はずっとCBS捜査官のアーロンが担当してくれていた。


 そんな千空に、毒島はさも当然と言わんばかりに反論する。


「仕方ないだろ。ダミーパスポートは用意してもらえたが、ダミーの国際免許まではもらえなかったんだよ」


 不満げに語る毒島。元々持っている「毒島治郎」の国際免許で運転することは出来るが、その場合StPDに提示を求められた際に詰んでしまう。彼がアルメリカで運転できなかったのはこれが理由だったのだ。


「じゃあ、仕方ないか……アーロンさん、大変ですけどよろしくお願いします」


「大丈夫ですよ。もともとそのつもりでしたから」


 全然気にしていないというように微笑むアーロン。宿街の職員もそうだが、アイズホープと関わる人たちは精神面がやけにタフである。いや、そういうタイプの人でないとアイズホープが関わるような仕事には就けないといった方が正しいのかも知れないが。


「あ、ちょっといいかい? さっき見えたコンビニまで行ってきたいんだが……」


 すると突然静也がそんなことを言い出した。


「大丈夫か?」


「なに、すぐに戻るから心配は要らないさ」


 平気平気と、どこか楽観的な静也。今の今までマスカレードに対する警戒の話をしていたのに、あまりにも暢気すぎるのではないかと不安になる。


 とはいえ、すぐそこのコンビニに行くくらいならば襲われることもないだろう。なんと言ったって、ここは荒野のど真ん中。建物など数えるほどしかないし、隠れられる場所もない。こちらを襲うにしたって、相手にとっても都合が悪いはずだ。


 コンビニはモーテルから見える位置にあるし、堂々と襲ってくるようなことはあるまい。


「そうだな。一応、俺が外で見張っておこう。行ってきて良いぞ」


「悪いな、ぶっさん。それじゃあ、任せたぞ」


 そう言って静也はモーテルを出て行った。


「じゃ、俺らはピザ食べて待ってるか」


 千空たちは、静也の分は別にして、若干冷めてしまったピザに舌鼓を打つのだった。







「ふう、空気が乾いているな……」


 外に出た静也が一人呟く。街灯や電気などがないため、辺りには無限の闇が広がっている。


(せっかくなら、この辺りの料理や調味料なんかも調べておきたいからな)


 コンビニへまっすぐと向かいながら、頭の中でそんなことを考える。


 彼の夢はカフェを開くこと。だから、今までも色々な料理を食べ、色々な料理を作ってきた。どんな料理でも出せるカフェなんて、そんな素敵なものを自分が作れたら良いなと。


 だが、やはり日ノ和――それも宿街にいたのでは限界があった。日ノ和内の料理すら網羅していないのに、世界中の料理を作れるようになるなど夢のまた夢だ。現に、先ほど食べたピザのソ―スも……彼の知らない味だった。


 だったら、アルメリカへ来たこの機会にこちらの味も調べておきたい。


 それが、静也がコンビニに向かう理由だったのだ。


(さて、一体どんな食べ物や食材が……)


 その時、静也の肩が掴まれた。


 毒島が何か言い忘れてついてきたのだろうか?


 後ろを振り返る。



 ――誰もいない。



 居るのは、モーテルの外にいる毒島くらい。


 あるのは、依然として肩を掴まれているという感覚。


 すると、耳元で声がした。


「瀬城玲二の息子だな」


「!!」


 聞き慣れない女の声。


 だが、確かにそいつは言った。


 瀬城玲二――それは、紛れもなく彼の父の名前。


 彼は直感で理解した。こいつは、マスカレードの刺客だと。


「ぶっ――」


「騒いだら殺す」


 毒島を呼ぼうとした静也の口元を女が押さえる。気付けば、毒島の死角となっている彼の胸元にはナイフが突き立てられていた。女の姿は見えず、暗闇にナイフの刀身だけが光る。


「いいか、仲間に悟られないように行動しろ」


「……ああ。そうしたほうが良さそうだ」


 女に言われるがまま、一度止めた足を進め始める。


「さて、話を続けよう。瀬城玲二――お前の父は、現在私たちの組織にいる」


「ッ!!」


 思わず声を出しそうになるが、ナイフに力が込められ我に返る。騒いだら殺される。マスカレードの情報を手に入れるまたとないチャンスを、そんなことで無駄にする彼ではない。


「どういうことだ、なぜお前たちの所にいる?」


「お前の父親もまた能力者――お前らが言うキャスターだったからな」


「……」


 どういうことだ、父親がキャスターだっただと? 


 とてつもなく大きな疑問と疑念が、彼の中を駆け巡ったことだろう。


 その時、彼は思い出した。


 千空の父親がキャスターだったこと。そのためにマスカレードに攫われたということ。


 なにより、そのことは息子の千空ですら聞かされていなかったということを。


 そして今、自分の父親がキャスターであることが判明し、組織にいることも知らされた。


(まさか……あいつはボクたちを捨てたわけじゃなくて……)


 思考がもたつく。自分が今まで背負ってきた感情は、間違いだったのだろうか。


「何が目的なんだ」


 自分でも気付かぬうちに、静也はそんなことを口走っていた。


 自分が何をしようとしているのか。このとき彼自身も理解していなかっただろう。


 それは、ただただ自分の心に従ったからなのか、それとも……


 だが、この場においてそれは些末なことでしかなかった。


「私たちに協力するんだな。そうすれば、お前の父親とモーテルに居る連中の安全は保証される」


 返事に時間はいらなかった。


「わかった、協力しようじゃないか」


 それが……彼の答え。


 静也は、自分一人を犠牲にしたのだった。


「明日の朝、モーテル北にある岩陰で待っている」


 その言葉を最後に、再び静寂が訪れる。気付けば、胸元のナイフも消えていた。


「はは……いつになく頭がごちゃごちゃだな……まるでスクランブルエッグだ」


 自嘲するように一人ぼやく。そんなことをしたって何も解決しないと……分かっていても。


(気付かれないようにしないとな。色々と……)


 先ほどよりも遥かに重い足を動かし、コンビニへ向かう静也。


 新しく見つけた調味料の味は、よく分からなかった。

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