10話 人の心ははかれない 85項「歯車は回る」
楓のお見舞いから一週間が経過し、一年も終わる大晦日。
オフィスはいつもの明るさを取り戻していた。
「さあ、キミたち。ボクの新作を喰らうが良い!」
テーブルに色とりどりのマカロンを並べる静也と、並べられたそれに群がる他メンバー。色彩豊かなそれらが、ひとつ、またひとつと彼らの口に運ばれていく。
「へー、面白いな。ぱっと見は普通のマカロンなのに、口の中でどんどん味が変わってくぞ」
「ほんとだ。色によっても味が違うみたい」
千空が口にしたブラウンのマカロンはクッキー&クリームからガナッシュショコラへ、未來が口にしたピンクのマカロンはローズ風味からフランボワーズへとそのフレーバーを変えた。
他にも様々な色があるので、見ても良し食べても良しのなかなか楽しいお菓子である。
「楓姉ちゃんが居れば、すごく喜んだでしょうね」
「ふっふっふ……甘いな真佳クン。これを見たまえ」
そう言って静也がキッチンから持ってきたのは、小さなバスケットに入ったマカロンの詰め合わせだった。可愛いことに、リボンなどの装飾まで施されている。
「こいつを明日のお見舞いに持って行こうじゃないか。一日くらいじゃ味も落ちないはずさ」
「なるほど。これなら楓も食べられるわね」
静也が得意げに鼻を鳴らす。時折思うことがあるが、静也は意外と気が利く男であった。
その後も、わいわいとお菓子を楽しむメンバーたち。
最後のマカロンに優奈の手が伸びる。
その時、丁度オフィスのドアが開いた。どうやら毒島がやってきたようだ。
「お、なんか良い匂いだな」
「ナイスタイミングだな。ちょうど最後の一個だったんだよ」
静也が最後のマカロンを毒島に差し出す。手を伸ばしていた優奈は「……くっ」などと情けない声を漏らしていたが、残念ながらマカロンが彼女の手に渡ることはもうない。
もぐもぐとマカロンを食べる毒島。「おお、なかなか美味いな」とだけ感想を述べると、毒島はいそいそとテーブルの上に資料を並べ始めた。
「さ、腹も満たされたところで、嬉しい知らせがある」
「まあ、資料並べてるところを見るに……あれですね」
「ああ、あれだ。ま、一日早いお年玉って所だな」
もったいぶる毒島。
だが、その内容はここにいる全てのメンバーが予想できていた。
「DAMAGEの記憶が復元できたぞ。そして、いくつか情報も手に入った」
「「おお!!」」
喜びの声を上げるメンバーたち。情報が手に入ったことだけではない。楓の事もあったので、この間の調査が無駄にならなかったことが本当に嬉しいのである。
「それで毒島さん、どんな情報が手に入ったんですか……?」
「まあ焦るな。一つずつ説明していく」
そう言って取り出したメモリを会議机のモニターに接続する毒島。
そして映し出される画像。
「まず、鉱山にいた仮面の男についてだな。あいつこそが『カール』だったらしい」
「カールだって? どっかで聞いたような……」
「ほら、DAMAGEの上司だって言う奴だよ」
寝ぼけたことを言う静也に補足する千空。カールの名前が出たのは2ヶ月前の病院襲撃事件の時なので、流石に失念するのが早すぎる。
「ああ、そうか。そいつの名前だったな。それで、カールについて他にはあるのかい?」
「うむ、奴はマスカレード内でもかなりの幹部らしいな。組織上層部の人間ということで詳しい情報までは手に入らなかったが、とにかく、こいつについては今後も警戒しよう」
カールについての情報は思いのほか少なかったが、前に大村もDAMAGEについて「あいつは下っ端だったみたいだし、重要な情報は殆ど持っていない気がするぜ」と言っていたので、むしろ二つも情報がが手に入ったと満足するべきなのだろう。
「それと、これは補足情報なんだが……今まで何度か車の安全装置が解除されてただろう? あれはDAMAGEの仕業だったらしいぞ。それも、九十九たちには知らせていなかったらしい」
「あ、だからか……」
思わずぽつりと呟いてしまう千空。
「何がだ?」
「ああいや……大村たちってさ、別に俺たちに危害を加えるつもりではない感じだっただろ? それなのにどうして車の安全装置を外すような危険なことしてきたんだろうって思ってたんだけど、今の話で合点がいったというか……」
以前聞いた大村の話だと、彼と各務原の二人はアイズホープに対して危害を加えることを由としていないような雰囲気を感じた。というか、本人もそう言っていたし。
それなのに、鉱山の調査で千空たちは車が事故りかけるというかなり危険な目に遭っていた。一歩間違えなくても普通に死ぬところだったので、どうしてそんなことをしたのか少し疑問だったのだが、今の話で納得できたのである。
つまり、各務原本人は「運転手の意識を奪っても、安全装置が働いて自動運転モードになるから大丈夫」と考えていたのだろうが、DAMAGEが知らぬ間に安全装置を解除していたため、千空たちは危険な目に遭った。
DAMAGEは害意を持っていたようだし、きっとそういうことなのだろう。
「確かに、大村や各務原のことが分かった今となっては不自然だったわな。あの事故は」
「結局あれも、マスカレード側の仕業だったわけね」
そんな頃からマークされていたというのも驚きだが、マスカレードからすれば自分のテリトリーに捜査班が侵入してきたわけで、息の根を止める勢いで阻止してきても不思議ではない。自分たちは、知らず知らずのうちにマスカレードに喧嘩を売っていたのである。
まあ、アイズホープというキャスター相手の任務が多い組織にいる以上、仕方のないことだ。
「よし、カールについては以上だ。次に、敵の本拠地についてだが……これはアルメリカで間違いなさそうだ。DAMAGEは末端の構成員らしく詳しい場所までは知らされていないようだがな」
「アルメリカ、か……」
厄介だなと、誰もが思ったことだろう。牙城が海の向こうではそれだけで捜査が難しいし、 マスカレードのような何でもありのタイプが相手ではなおさら始末に負えない。
今までの経験からして、アイズホープの行動はある程度読まれていると考えた方が良い。となると、飛行機で向かっても船で向かっても、到着したその瞬間を狙われる可能性がある。発着場所が限られているというのは、それだけでリスクが高いのだ。
そもそもマスカレードは周囲の被害を鑑みていないようなので、搭乗中に乗り物ごと狙われる可能性さえある。そんなことをされたら一巻の終わりなので、やはり捜査には難儀しそうである。
そしてもう一つ。アルメリカに拠点があると言うことは、絶対に無視できぬ事実があった。
「アルメリカって、公安連合の本拠地ですよね。それなのに今まで見つかってないって事は……相当ですね」
「そうなのヨ~」
いつの間にかオフィスに居た風見が真佳に相槌を打つ。真佳の言うとおり、公安連合という捜査機関の本部がある地でその目をかいくぐっているという事実は、マスカレードの異常な組織力を物語っていた。
「そういえば、ラヴビルダーの皆はどうやってこっちに来たんだ?」
千空が風見に質問する。この間ラヴビルダーの面々は直接こちらへ来ていたが、飛行機や船で行動するのは危険だし一体どのように来たのだろうか?
「普通に飛行機で来たみたいヨ」
「え、でも狙われたら危ないんじゃ……」
「そんなヘマはしないみたいヨ? 特にこの間やってきたメンバーは、ラヴビルダーの中でもトップの実力者だしネ」
飄々と告げる風見。確かに、言われてみればそんな気もしてきた。
ラヴビルダーはアルメリカという大国にある公安本部直下の機密組織だ。そう簡単に犯罪組織に情報を漏らすとは考えづらいし、ラヴビルダーは設立当初からルミナスを導入していたらしいので、ネットワークから情報が洩れることもないだろう。
そもそもこの間やってきた彼らは総帥直々のチームなので、マスカレードに存在を気付かれることなく今までやってきていても不思議ではない。
「やっぱり、私たちとは全然レベルが違うんだ……」
「しょうがないさ。日ノ和はやっぱりちょっと小さいからな」
「だとしてもさ、なんかアイズホープって、情報全部筒抜けだったって言うか……」
今までのことを振り返り、そんなことを口にする千空。思い返してみれば、鉱山の事件や買い出しでの襲撃、先週のビル調査もそうだ。まるでそこに来ることが分かっていたかのように、敵はドンピシャで待ち伏せしていた。
すると、毒島が頭をかきながら口を開く。
「そのことなんだがな……うちの情報が洩れていたことについて、かなり由々しきことがわかったんだよ」
いつになく険しい顔をする毒島。額のしわが面白いくらいドンドンと増えていく。
「由々しきって、そんなに大変なことなのかしら」
その問いに対する返答を、皆が固唾を呑んで見守る。彼が険しい顔をするとき、ろくな事があったためしがない。
不安が周囲を支配する。
優奈の問いに、毒島は数拍おいてこう答えた。
「どうやら、日ノ和の警察内部にマスカレードのスパイがいるらしい」
オフィス内が震撼する。
警察内部に……スパイ……?!
「ってことは、今までこっちの行動が読まれていたのって……」
「警察経由だろうな」
毒島は至って冷静に、淡々と答えた。
そんな毒島に、慌てきった真佳が悲鳴にも似た声を投げつける。
「まって下さい! ってことは、この間来ていただいたラヴビルダーの皆さんのことも……」
ハッとする千空。そうだ。警察内部にスパイがいると言うことは、ラヴビルダーのことも――それも、あろうことか総帥チームの情報がバレたと言うことじゃないのか!!?
「何がお年玉ですか!? いやそりゃあ情報が分かったのは良いことですけど……そんな余裕ぶってる場合じゃないじゃないですか!」
思わず叫ぶ千空。他のメンバーも動揺を隠せずにおろおろとしている。
そんなメンバーをなだめるように、毒島は静かに答えた。
「まてまて、慌てるな。とりあえず、ラヴビルダーについては大丈夫だ。警察と協力していた段階から、ラヴビルダーについては一言も情報共有していなかったからな。あの日も、来客時間を出雲たちとは長めにずらしていたし」
その答えに、ひとまず落ち着きを取り戻すメンバーたち。そういえば、ラヴビルダーの訪問は午前一一時前の早い時間帯で、警察組の訪問は午後二時過ぎの遅い時間帯だった。確かに、意図的にずらしていたというのは事実みたいだ。
「それにネみんな、今は宿街にもルミナスが導入されているし、警察との関係もシャットアウトされているワ。前みたいに詳細な情報が向こうに洩れることはまず無いわヨ」
風見も毒島に追随する。なるほど、確かにそれならば今後は安全なのかも知れない。
だが、今までのアイズホープに関する色々なことは既に情報として渡っているわけで……
「俺たちの能力はもうバレバレですね……」
そんな千空の呟きから、未來があることに気付く。
「まって! それじゃあ、千空君の『UNISON』もバレてるってコト?!」
「ああーーー!!! そうじゃねえか!!」
絶叫。そうとしか形容できない叫び声を上げる千空。
おいおい、これって、一番バレたらマズい奴なのでは……だって「UNISON」がバレるってコトは千空が彼の父の息子であることもバレるというわけであって――しかも、同じ能力を持ってるってことは、組織に狙われるんじゃ……
「いや、バレているのなら狙われてないわけがない。それに、警察でお前の『UNISON』のことを知っているのは出雲警部くらいだ。芦宮にも話してないからな」
毒島はそう落ち着いているが、千空は気が気でない。
「出雲さんが話すってことは……」
「いや……それは無い。そこは信用できる」
「でも……」
だったらどうして、今まで情報が渡っていたのだ。千空はそう毒島に問い返したかった。
だが、毒島の目を見るとそんな気は失せてしまった。
「……まあ、ぶっさんが言うなら……」
彼が真剣に話をするとき、その眼にはそうと信じさせる何かが宿る。きっとそれは真実なのだろうと、考えるともなく心が感じ取るのである。
彼はキャストを使えないと言うが、これもまた一種の能力であるように千空は思った。
「とりあえず、DAMAGEの記憶から分かった情報は以上だ。各自、資料を読み返しておくように」
そうして、ひとまず臨時の会議は終了した。
今回分かったことで一際大きな情報は、やはり本拠地とスパイについてだろう。その情報のおかげで、今まで無警戒だった警察に気をつけることが出来るし、本拠地の周辺を捜査することも出来る。
一歩前進。このまま続けていけば、きっと父の手がかりも見つかる。
そんな想いを胸に、千空はテーブル上の資料をまとめるのだった。
とある路地裏で、その男は自分たちのボスに通話を掛けていた。
「カールです。ビルに向かわせていたオレキが、能力因子を抽出するための毛髪と念波特性を回収してきました」
『そうか。思いのほかあっさりだったな』
それは、マスカレード幹部の一人「カール」であった。どうやら、楓が爆破されたあの場に部下を向かわせていたらしい。自分たちが必要とする能力を手に入れるために。
「能力を長時間発動しており、回収は容易だったようです」
『なるほどな。わかった、〝我が家〟まで持ってきてくれ。シェルに渡すとしよう』
にやりともせずに、淡々と告げるボス。笑うと言うことを知らないのか、その声はいつも機械音声のように硬く、無機質だった。
『それにしても、よくそこに来るとわかったな』
「アイズホープが入手できる可能性のあるこちらの情報は、NIT社に所属していたDAMAGEが利用していたあそこくらいしかありませんから。手がかりというのであれば、まあそこだろうなと」
さも当然のように語るカール。アイズホープの動向は完全に見透かされていたらしい。
『そうか。ところでだが、ストラの方はどうした。あいつらはペアだっただろう?』
「ストラはニューアンジェルスで待機しています」
『ニューアンジェルスか……隣のラ・ベガにはうちのカジノがあったが、それと関係が?』
「はい。おそらく近いうちにアイズホープはラヴビルダーと接触・合流するはずです。となれば、日ノ和からの直行便があるニューアンジェルスを訪れる可能性が高いでしょう」
情報網が途切れましたから確証はありませんが、と付け加えるカール。今までは宿街にルミナスが導入されていなかったため、職員やアイズホープメンバーの外出状況へアクセスすることで動向を探ることが出来たが、その手はもう使えなくなってしまった。
とはいえ、これまでの彼らの行動のからある程度の動向を予測することは出来る。少なくとも、警戒されやすいプライベート便などは避け定期便で渡航してくるはずだし、ニューアンジェルスに降り立つ可能性が一番高いことも分かっている。
また、ラヴビルダーと合流するであろう場所にも見当はついている。その場所はセキュリティが強固すぎて流石に攻撃することは出来ないが、空港からの道中を狙うことは出来るだろう。
「上手くカジノへ誘導すれば、アイズホープだけでも一網打尽に出来るかと」
『そうだな。能力因子と念波特性を手に入れた今、あいつを生かしておく必要も無いか』
「ええ。ただ、アイズホープがニューアンジェルスへ来ると決まったわけではありませんし、あそこの担当はファルですから……アイズホープを組織として再起不能にすることは出来るでしょうが、殺しはしないかと」
『まあ、それだけで十分だろう。仮にアイズホープを捕まえられた場合、ファルが失敗しても良いように最終的にはこちらが手を下そう。また何かあれば連絡してくれ』
そうして通話は途切れた。
カールは考える。
(ファルがアイズホープ相手にどのくらいやれるのか。まあ、最悪ナポリがどうにかするか。いや、あいつはあいつで信用できないが……というか、まず捕まえられるかが怪しいな)
幾重にも思考を重ねる。だが、結局の所アイズホープがニューアンジェルスに来なければ何の意味も無い。全ての空港を監視対象にはしているが、部下を送り込める人数には限りがあるし、一度見失ってしまえばそのままラヴビルダーと合流されるだろう。
今考えても時間の無駄。
そう判断したカールは、別の任務を開始することにした。
表通りを目指し、歩を進める。
薄暗い路地裏にコツコツという足音が響き、やがて消えた。