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10話 人の心ははかれない 84項「変わるもの 変わらぬもの」

「……みんな、凄いよね」


「何がだ?」


 楓の病室を出てエントランスへ向かう道中、未來がぼそりと呟く。その呟きは、隣を歩く千空に向けられたものだった。


「ほら、みんな何か大切な信念みたいなものを持ってるって言うか……あんな状態の楓さんですら絵を諦めてないし、千空君もお父さんに認められるような作曲家になるって言う明確な目標があるし?」


「まあね」


「私には、そういうのないからさ……作曲に参加したのも私の歌が役立つならって感じだし、なんかぼんやりしてるっていうか……やっぱり、皆って凄いよ。私ももっと変われたらなぁ」


 未來がぼーっと白い天井を眺める。


 ぼんやり、か……


 思うところがないわけではい千空。自分も前まではそうだったから。


 確かに「歌で役に立ちたい」ではなく「歌が役に立つなら」という理由で作曲に参加しているのであれば、それはなんとなくぼんやりした生き方なのかも知れない。


 だが、千空からすれば彼女だってはっきりと持っているものがあるのである。


「未來はさ……キャストを使う時、何を思ってる?」


「なにって……何か手がかりが見つかれば良いなって感じ?」


「じゃあさ、それで手がかりが見つかって、捜査が進んだり事件が解決したり、とにかく役に立てたって時は?」


「そりゃあ嬉しいよ。私にとっては、それが私のやるべきことだし」


 そう語る未来の瞳は、綺麗に透き通っている。別に嘘を言っているわけではなさそうだ。


 だったら、それでいいじゃないか。


 彼女は自分がぼんやり生きているのではないかと気にしているようだが、別にはっきりと生きることが全てではない。自分のすべきことを信じて心からそれを実行するということも、立派な信念の一つである。


 でも……


 千空は、先ほどの彼女の言葉からそこはかとない違和感を受け取った。


「あのさ、一つ聞いていいか?」


「うん?」


 先ほどのやりとりで感じた違和。それは、まさに彼女の不安に繋がるもので――


「セレモニーの時にも、聞いたことだけどさ――」


 だから、自分はこう尋ねるのだ。


「未來はさ、どうして命がけで任務に取り組めるんだ?」







 千空の質問に、未來は数秒答えを見つけられなかった。


 何故……?


 答えなど、わかりきっているはずなのに。


 自分は宿街に生まれ育ったから、キャストを使って人の役に立つことこそが自分のすべきこと。それこそが、自分の生きる意味だから。


 そのはずだった。


 以前の自分ならば、そう答えられるはずだった。


 なのに、彼の質問に答えられないのはどうしてだろう。


 答えを見つけられないでいる未來に、千空は言葉を続けた。


「前に言ってたよな。自分がそういう境遇だからって。でも、そんなの関係ないだろ。未來が人の役に立ちたいって精神を宿してるのは事実なんだから、境遇が違っても、きっと未來にはそんな信念が宿ったはずだ。それとも……キャストで任務に取り組むの、いやいやだったのか?」


「そんなことない!」


 あまりにもなことを言われ、咄嗟に否定する未來。いやいやだなんてことは、決してない。


 だが……彼の言葉に気付く。


 彼の指摘が、当たらずとも遠からずだということに。



 ――いつからだろう。



 最初は、本当にただ役に立てるのが嬉しかっただけなのだ。


 なのに――


 いつの間にか、自分は義務感から半ば強迫的に能力を使っていたのである。


 皆の役に立ちたいから能力を使う?


 違う。


 能力で皆の役に立たなければいけないから使っていた。


 それが――正解だったのだ。


「ねぇ、千空君。千空君はさ、私が義務感から能力を使っていたとしたら、どう思う? やっぱり、自分を持ってないぼんやり曖昧なやつって思う?」


 そんなことを問い返してしまう自分は、酷く滑稽なのだろう。何が言いたいのか、最早自分でも分からない。


 だが、千空はやっぱり千空だった。


「思うわけないだろ。さっきも言ったけどさ、どんな理由だったとしても、未來が誰よりも人のためにキャストを使おうとしてることに変わりは無いんだ」


「……うん」


「ならさ、それでいいだろ。変わろうとするのは良いことだけどさ、大切なのはどうして変わりたいかだろ。皆と一緒になりたいなんて考えで変わろうとするくらいなら、今持っているものを大切にした方が良い。未來だって、十分すぎるものを持ってるよ」


 その時、千空の表情に少しの陰りがあったのを未來は見逃さなかった。


 ほんの一瞬の、微かな変化。


 だが、その顔には見覚えがあった。


 それは、前に鏡の前で見た顔にそっくりで――


(そっか、やっぱり私たちは少し……いや、結構似てるんだ)


 そう思うと、最近覚えていた不安がすーっと消えていくのを感じた。


「……うん。なんか自信出てきたかも。ありがと」


 未來は、あの頃の想いを思い出していた。


 心から人の役に立てることに喜び、心からキャストを使っていたあの頃の想いを。


 いつの間にか、壁はなくなっているような気がした。







「お、二人も来たな」


 エントランスを出ると、他のメンバーは既に全員揃っていた。どうやらシリアスな話をしていたせいで、未來と千空は歩くのが遅くなっていたようである。


「すいません。今日は足が遅い日なんですよ」


「別の意味で頭の足は速そうだな。そんな言い訳をするって事は」


「脳みそ腐ってるって事ですか?」


 下らないやりとりをする千空と毒島。


 とその時、毒島のユーフォに着信があった。どうやら財団かららしい。


 メンバーに一言だけ断り応答する毒島。通話しながら建物の脇へと移動していく。


「ああ……ああ。伏見有理と悠木真白が……まあなぁ……保護区の…………」


 誰かについて話しているようだが、距離が遠くてよく聞こえない。なにやら重要な話らしく、毒島はユーフォのメモに何かを書き込んでいた。


「あ、そうだ」


 何かを思い出したのか、ボディーバッグからごそごそとあるものを取り出す千空。


 そして、未來に手渡してくる。


「ほらこれ、前に言ってたイヤフォン」


「あ!」


 それは、未來専用のモニターイヤフォンであった。


「まだ十日くらいしか経ってないよね? もうできたんだ」


「ぶっさんが父さん繋がりでそっち方面にコネクションあってさ。本当なら結構かかるらしいんだけど、すぐできたみたい」


 依然として電話をしているぶっさんの方へ視線を送る千空。実は、今回作ったイヤフォンは一人一人の耳に合わせたオーダーメイド製――利用者の耳の形を採取して作る、本格的なものだったのである。


 本来ならば、耳型を採取してから納品までにはかなりの時間がかかる。特に今回は業界最大手のメーカーにオーダーしていたので、通常なら3ヶ月ほどかかる予定だった。


 が、流石は毒島……というか千空の父。有名作曲家の繋がりで、融通を利かせてくれたのだそうだ。耳型の採取とオーダー自体はビル調査の前日にしていたので、大体一週間くらいで納品されたことになり、これは業界全体で見ても異例の早さらしい。


 彼の父がいかに凄い人物だったのか、なんとなくだが想像できた気がする。


「GPSも設定できるんだよね?」


「ああ。まあそれはオフィスに戻ってからやろう。色々設定めんどくさいしな。それより、一回耳にはめてみろよ」


 千空に促され、イヤフォンをケースから出し耳に嵌める未來。


「おおぉ……ぴったり……」


「だろ?」


 イヤフォンのフィット感に感嘆の息を漏らす未來。面白いほど耳にぴったりフィットするそれは、彼女に付けていることすら忘れてしまうような装着感を体験させていた。


「これを使って、今後も歌を頑張れと?」


「そゆこと」


 にっ、と千空が笑った。


「……わかった。今度は、仮歌で()()()()()()()()歌うね」


 しっかりと彼の瞳をみて約束する。


「……! ああ!」


 千空が拳を突き出してきたので、未來は自分の拳を重ねて答えた。


 もう、ふらふらしていた頃の自分ではない。


「そういえばさ、未來はあれだけ歌で人を沸かせられる力があるのに、人に聞いて欲しいとか、そういうのはないのか?」


 千空が尋ねてくる。確かにそうだ。そういった能力があるのだとすれば、普通はもっと色んな人に聞いて欲しいとか考えるだろう。未來としても、宿街祭のステージで皆を喜ばせられたことは本当に嬉しかった。


 だが……


「……正直、ちょっといいなとは思った。でも、そんな機会なかなか無いし……」


 宿街に居る限り、それは叶わない。


 どれだけ歌に力があろうと、水槽に閉じ込められた人魚が外に飛び出すことは叶わない。


 未來がしおしおと答えると、千空は「まあ、そうだよな」とだけ返してきた。


「わかってるならなんで聞いたの?」


「いや、なんとなくだよ。なんとなく」


 そういう千空は、どこかつかみ所の無い顔をしていた。何かを考えているようだが、千空がどうこうしたところでネットに歌を投稿できるようになるわけでもない。


 それに、千空のおかげで昔の信念を取り戻せたし、新たな信念も見つけられた。


 今は……それだけで十分なのだ。


 すると、ちょうど通話を終えた毒島が帰ってきた。


「お、それもう届いたのか」


 未來が持つケースを見て、状況を察する毒島。髪で耳が隠れているので、彼女が既に付けていることには気付いていないようだ。


「はい。ありがとうございました」


「いやいや、それは千空の父さんに言ってやってくれ」


「まあでも、連絡とかしてくれたのはぶっさんですし」


 二人がそんな風に感謝すると、毒島は「あー、それもそうか」と首をかいた。毒島の様子を見るに、それは別に照れ隠しでも何でも無いのだろう。


 ちなみに、義手の方で首をかいているが痛くないのだろうか、などというしょうもない疑問が浮かんだことは、また別の話である。


「まあいい。お前らもすまんかったな、急な連絡でな。それじゃあ、今度こそ帰るとするか」


 通話していたことを改めて謝ると、毒島はエントランス前に駐めてあった車に乗り込む。三崎は病院に残るので、運転は毒島が担当することになった。


 車が発進し、後ろの窓から見える病院の建物がどんどんと小さくなっていく。


 今後……マスカレードと戦いを繰り広げる中で、何度この景色を見ることになるのだろうか。


 そんなことは、考えたくない。


 だが、それは現実逃避である。


 考えなくてはならないのだ。


 今回の楓の件をしっかりと胸に刻んで、メンバー一人一人が、自分もああなる可能性を常に意識しなければならない。


 そうしなければ、マスカレードには太刀打ちできない。


 アイズホープも、今までのままでは居られないのだ。


 病院の姿が見えなくなる。


 メンバーを乗せた車は、ただただ中央センターを目指すのだった。

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