1話 天使の宿街 5項「千空の力」
まずは、千空から検査を受けることになった。
ガラス張りの部屋に移動し、検査員の指示に従う。防護服は声をほとんど通さないようで、トークバックのように、喋るときだけマイクをオンにするようだった。
また、防護服を着ていない検査員はマスクのようなものをしている。聞いてみると、それはマイク兼防音装置とのことで、ガラス部屋の中とのやりとりを検査室の中にも漏らさないようにするものだった。普段は別の用途に使っているものらしいが、今回は見学者がいるので、一応使用するのだとか。
ということで、最初に一緒にガラス部屋に入るのは3名の検査員だった。防護服を着た検査員は他にもたくさん居るので、恐らく最初は様子見なのだろう。
「まずはこの装置を体の各部に着けていきますね」
「お願いします」
部屋に入ると、早速検査用の装置を身につけることになった。首に一つ、腕に四対、胴に三つ、そして脚に四対。全部で20カ所に装置を取り付けると、さらに頭に装置がかぶせられた。
「あれ、頭のやつはいつものやつより小さいんですね」
しかし、頭に取り付けられた装置はいつもの装置よりもかなりコンパクトにできていた。いつもの装置は体を持って行かれるほどの重さと大きさがあるのだが、今回の装置はヘッドホン程度の重さと大きさしかなかった。どうしてだろう。
千空が質問すると、検査員の一人が答えてくれた。
「今回の検査では動き回っていただく必要があるので、技術を結集して軽量化したのですよ」
と、検査員は言った。
なるほど確かに。言われてみれば、大量につけられた他の検査装置にも、一つとして体の動きを制限するものはなかった。これならば、普段通りに動き回ることも可能だ。検査用のガラス部屋が広いのも、広々と動き回る必要があるからなのだろう。
装置を取り付け終えると、早速検査が始まった。
検査の内容は肉体に関することが多く、止まった状態で行うものと運動しながら行うものがあった。体育の授業でやった体力測定のような項目が多く、確かに動きづらい装置では検査しづらそうだ。実は昨日の時点で動きやすい服装でと指示があったのだが、それはこの為だったのか。
しばらく検査をしていると、以前聞いた声がまた聞こえた。
(…ぇ…。……君は…………検査…………だ)
聞こえ方的にも、前にも聞いた声で間違いないっぽい。やっぱり周囲の人間の心の声が聞こえるとかそういう能力なのだろうか。
あ、でも、防護服が能力をシャットアウトしているんだった。ということは、部屋の外の人達の声なのかもしれない。ともかく、千空の能力はそういう系統で間違いなさそうだった。
その後ある程度検査が進むと、検査員が千空に声をかけた。
「千空さん、あなたの能力が少しずつ判明してきましたよ」
どうやら、検査員も千空の能力が分かってきたようだ。検査を始めてから大体二十分くらいだろうか。運動量はそこそこあったが、頭を使わない分昨日の検査より大分楽に感じた。
「実は俺もですよ」
「それは凄いですね。では、ここからはそれをさらに確実なものにするために、能力に合わせた検査をしますね」
そう言うと、検査員はガラス部屋の外の検査員に合図をした。すると、外にいた防護服を着た検査員が追加で2名入ってきた。その手には、新しい検査装置も持っている。
「次はどんな検査をするんですか?」
次の検査が気になり、千空は検査員に問いかけてみた。
しかし、それに対する検査員の答えは予想だにしないものだった。
「痛い検査をします」
「……はい?」
千空の問いかけに、検査員はそう答えた。当然ながら、千空はその言葉の意味を理解することができなかった。
いやいや、心の声がどうのという能力なのに、どうして痛い思いをする必要があるだろう。どちらかというと、検査員の心の声を聞くテストとかをするべきだと思うのだが……
「な、何故ですか?」
千空がうろたえながら聞くと、検査員はこう答えた。
「それはですね……千空さんの能力が『身体へのダメージを軽減する』というものだからです」
??
千空の脳内を、疑問符がぐるぐると周りはじめた。
ダメージを軽減する……? あまりにも予想と違いすぎるのだが……
先ほど、確かに千空の頭には周囲の人間の声が聞こえた。しかし、検査員が伝えた千空の能力は、それとは程遠いものだった。なんなら、かすりすらしていない。
「ちょ、ちょっと待って下さい。俺、さっき外の検査員さんの心の声みたいのが聞こえたんですよ。俺の能力って、それじゃないんですか?」
千空は検査員にそう伝える。だって、そうでなければおかしいじゃないか。
そんな千空の言葉を聞いた検査員達は、お互い顔を見合わせた。千空が何を言っているのか理解できなかったのだろう。その様子からは動揺した雰囲気が感じ取れた。
顔を見合わせていた検査員達は、少しの間をおいて千空にこう言った。
「検査ではダメージ軽減の能力が出ていますので、おそらく空耳ですね」
おい! なんかめちゃくちゃ雑に誤魔化されたぞ!?
政府の検査員がそれはまずいのでは……?
「絶対なにか隠してるじゃないですか!?」
千空が問い詰めると、検査員は苦しそうに説明した。
「実際、強く現れた能力に隠れて、他の能力を持っていたという例はあります。ただ、防護服を着ている人間の声を千空さんが聞くということはあり得ません。
また、このガラスにも中からの能力を遮断する技術が施されているので、外の検査員の声を聞いたという可能性もゼロです。恐らく、私たちの服の中から漏れた声が聞こえたのでしょう」
検査員はそう説明した。確かに、ガラスにも防護服と同様の機能があるのならば、部屋の外の人間の声が聞こえるはずがない。となると、服の中の声が聞こえたと考えるのが自然ではある。声が聞こえた気がしたのも二回ほどだし、やはり空耳なのだろうか。
うーん。どうにも腑に落ちないが、それで納得するしかなさそうだった。
「わかりました……じゃあ、痛い検査ですね……」
そう言い、千空は次の検査に向け心の準備をするのだった。
次の検査は、検査員5人によって行われることになった。検査に使う装置も頭部以外取り替えられ、先ほどまでとは全く違う検査内容になっていた。
そして、先ほどの話どおり、端から見たら地獄のような検査が始まった。
まず、検査員が千空の身体の各部位を叩くなどして力を加える。そして、それに対する千空の反応を調べるのだ。見た目で分かる反射や逃避反応だけではなく、心拍数や血圧、脳波など様々な生理現象を調べるという徹底ぶりだ。
最初こそ弱めの力だったが、数回ごとに加えられる力が強くなっていくので、千空は終盤かなり痛い思いをすることになった。しかし、この時不思議なことがあったのだ。
身体に力を加えられた際、初めのうちは普通に痛かった。しかし、同じ強さの力を何度か受けると、数回目にはその痛みがなくなっていくのだ。
また、終盤にかなり痛い思いをしたのは確かなのだが、やはりこの時の強い力でも数回目には痛みがなくなっていた。
初めのうちは身体が痛みに慣れただけかと思っていたのだが、中盤以降はそれでは説明が付かないくらいの力が加えられていた。なんと言ったって、金属の棒で殴られていたのだから。
もちろん身体への安全は考慮されているらしいのだが、それでも痛みをほとんど感じなくなるというのはおかしな話だった。
「やはり、叩いたときに念波が強く現われていますね」
というのは、外でモニターを見ていた検査員の言葉だ。先日の検査室同様、ガラス部屋の中にもスピーカーが付いているので、外の音声もマイク越しに聞こえるのだ。
この感じだと、千空の能力はダメージを軽減する力で間違いなさそうだった。
その後もしばらく検査は続き、千空がこの地獄から解放されたのは1時間半後の話になった。
「結論から言いますと、今の検査で必要なことはすべて分かりました」
検査を終えると、ガラス部屋の中で検査員は千空にそう告げた。その言葉を聞き千空は、あれだけの検査をしたのだからそうでなければ困る、と心の中でつぶやいた。
「それで、俺の能力の詳細はどんな感じなんですか?」
千空はストレートに聞いてみた。なんと言ったって、今日のメインイベントである。
今にして思えば、このイベントは何度も先延ばしにされていた。昨日の検査では能力のタイプしか分からなかったし、先ほどの体力測定じみた検査でも能力の詳細は分からなかった。
そう考えると、やっとか……と思わずにはいられない千空であった。
千空に尋ねられた検査員は、彼の能力について色々と教えてくれた。
「まず、千空さんが身体へのダメージを防いでいる仕組みですが、これが少し複雑だったのです」
そう言い、検査員は千空に詳しい説明をした。
曰く、千空の身体は受けたダメージを身体全体へ分散することで、局所的なダメージを限りなく小さくしているのだそうだ。例えるならば、一カ所に50ダメージを喰らうと怪我をしてしまうというところを、十カ所に5ダメージずつ分散して怪我を防いでいるといった感じだ。
また、現状では能力が発動するまでに数回かかってしまうが、訓練をすればすべてのダメージに対して発動できるようになるらしい。
「キャスターとしての最低条件はそこですかね」
「なるほど……でも、そこまで行くとそれってもう不死身じゃないですか?」
検査員の説明を聞き、千空はそう思った。だって、すべてのダメージをそうやって軽減できるのならば、それはもう無敵と一緒ではないか。
しかし、千空の問いに対し、検査員はそういうわけでもないと答えた。
どうやら、一度に分散できるダメージ量にも限界はあるらしい。70ダメージを喰らった場合、50ダメージ分は分散できるが、残りの20ダメージはそのまま喰らってしまうと言った感じか。つまり、あまりにも強いダメージを受けた場合には、ダメージを小さくしきれずに怪我を負ってしまう可能性があるのだという。
「万能というわけではないんですね」
「そうですね。しかし千空さんの場合、発動さえすればかなり正確に身体を守ることができるので、実戦向きの能力ではありますね」
「俺としては実戦とかしたくないんですけど……」
ともかく、千空の能力とその詳細は完璧に判明した。となれば、今後はこの能力を使いこなせるようにする訓練が始まるのだろう。
それはそれで憂鬱だが、拒否権はないし、現状千空には頑張るしか選択肢が残されていない。
ま、なんとかなるかと深く考えないようにして、千空はガラス部屋を後にしたのだった。