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9話 神も触れば祟りあり 75項「最適解と千里眼」

 自己紹介が終わった両組織のメンバーは、早速本題に入ることにした。


「それで、具体的にはどのような協力を得られるのかしら?」


 優奈が単刀直入に尋ねる。風見の話では通信でのやりとりになることになっていたが、実際の動きがどうなるのかは気になるところであった。


「そうねぇ。まずは、あたしとラトゥーナのキャストを説明するわねぇ」


 ジャスリーンが立ち上がり、ペンを片手にホワイトボードの前まで移動する。


 ペン先でボードをコツコツと鳴らすと、彼女は説明を開始した。


「まず、あたしのキャストね。『MEGASATURN』。簡単に言えば、千里眼よぉ。キャストの範囲内だったら、どこでも見放題ぃ」


「見放題?」


「そうよぉ、見放題ぃ。ビルの屋上に誰がいる~とか、部屋の中で誰が何してる~とか、あたしには全部筒抜けってわけぇ」


 ジャスリーンが図を描きながら説明する。それによると、自身の視界を範囲内のあらゆる場所に移動させることで、そこで何が起こっているのかを完全に把握することができるらしい。範囲は自分を中心に半径5Kmと狭くはあるが、それでも強力すぎる能力だ。


 また、視点の移動方法も極めて単純。その場で幽体離脱したような状態になり、幽霊のように好き勝手移動できるのだという。移動速度が人の歩行速度と同じくらいなのがネックだが、能力の解除は一瞬で行えるので、本体が危険にさらされてもすぐ対処できるとのこと。


「なるほど……静也が手に入れていたら大惨事だったわね」


「……言っておくが、ボクにそう言う考えはないからな? というか、キミはボクを何だと思っているんだい」


「逆に、どう思われていると思っていたの?」


 優奈と静也がなにやら話しているが、ともかく、ジャスリーンの能力があらゆる面で活躍する非常に有用なものであることは、その場にいる誰もが理解できた。


 その時、未來がとある疑問を口にした。


「あれ……? でも、通信での協力……なんですよね?」


 その言葉に「あっ」と声を漏らす千空。気付けばメンバー全員が「確かに」とでも言いたげな顔をしていたので、彼女が言わんとすることはすぐに伝わったようである。


 彼女が観ることの出来る範囲は「自分の周囲」。だが、通信での協力――つまり彼女が日ノ和にいないのであれば、いくら協力してくれたところで日ノ和内の情報は得られない。アルメリカの情報が要らないというわけではないが、一番欲しいのは日ノ和内の情報であった。


 そういうわけでアイズホープの面々は渋い反応をしたのだが、そこまでわかりやすい空気がジャスリーンに伝わらないわけがない。


 だから、彼女はにやりと笑って告げる。


「そう言うと思ったわぁ。でも、大丈夫よぉ。ほぉら、これ」


 したり顔で会議机の上にとある人形を置くジャスリーン。彼女と瓜二つの、言っちゃ悪いが少し気味の悪い人形だ。


「これは?」


 千空たちが人形をのぞき込むと、ジャスリーンは得意げに鼻を鳴らした。


「あたしの血液から培養した人工生体機構を組み込んだ人形よぉ。それがあればぁ、その場に居なくてもあたしは人形から半径2Kmの空間を覗くことができるのぉ」


「え、マジですか? 最強じゃないですか」


「そう。最強なのよぉ」


 思わず目を丸くする千空たちに、緩い口調で自慢するジャスリーン。自画自賛ではあるが、実を伴っているので誰も突っ込むことはしなかった。


「なるほど……確かに、それならアルメリカに居ながらこちらに協力することができるわね」


「そうでしょぉ?」


「しかし、これって言い換えればキャストの拡張ですよね……そんなことができるなんて」


 真佳がぽつりと呟く。


 それに意外な返答をしたのは、毒島だった。


「まあ、NIT社でもインナーローダーなんてもん作ってたくらいだしな。似たような物を今財団でも作っているし、もしかしたら俺らも使えるようになるかもな」


「じゃあじゃあ、未來ちゃんの能力を映像化したりもできるの?!」


「それはもうできるぞ」


「え……? 私それ知らないんだけど……」


 突然明らかになった衝撃の事実に、未來が思わず困惑の声を上げる。当事者も知らぬ間に、謎の技術ができあがっていたようである。


 だが、今大事なのはラヴビルダーとの協力体制について。「まあ、それは追々な」とは、話を元に戻すために放たれた毒島の言葉だった。


「あたしの能力は以上ねぇ。次はラトゥーナの能力についてだけどぉ――」


 そこまで言って、ジャスリーンは視線を移す。その先にあったのは、皆の視線を受けあわあわと震え何か念じている少女の姿であった。


「……あたしが説明するわねぇ」


 賢明な判断だった。ラトゥーナが悪いわけではないが、今の彼女にまともな説明を期待するのは無理がある。できる者がいるのなら、できない者が無理をする必要はない。


 聴衆の視線が再びジャスリーンへと移る。


「彼女のキャストはねぇ……簡単に言えば、最適解がわかるって能力なのぉ」


「最適解?」


「そうよぉ。彼女が知り得る範囲ではあるけれどぉ、一番良い結果になる選択や行動が漠然と浮かんでくるんだってぇ」


 ジャスリーンは、ラトゥーナのキャストについて説明してくれた。


 彼女のキャストは、今までの敵の行動などをもとにあらゆる条件を考慮してあらゆる可能性を模索する。そうして無限大の選択肢の中から、自分たちの目的に一番近づくことのできるものを自動的に判別するのだそうだ。


 たとえば、今まで相手がじゃんけんで出した手やその時の相手、あいこがどれだけ続いたかなどから、次に相手が出す可能性の高い手が無意識に分かる。敵組織の今までの動向から、次の作戦でどのように行動すれば一番確度が高いのか、無意識に分かるのだ。


 ただし、これはあくまでも可能性の話である。浮かんだ最適解の通りに行動すれば必ず良い結果になるとは限らないし、一人犠牲になることが最適解というパターンもあるかも知れない。


 もっと言えば、敵が持つ未知の能力など、本人の知りえない情報を予測して計算する場合、確度はかなり下がる。不確定要素が多い場合、結果と確率を踏まえた期待値が一番高い選択肢が分かるだけである。

 非常に優秀な能力ではあるが、慢心することはできない。


 ラトゥーナの「MICROCOSM」とは、そういうキャストらしい。


「素晴らしい能力じゃないか。ラトゥーナちゃんだっけ? キミのキャストは」


「うんうん、基本的にはそのキャストに従っていれば間違いない感じなのかな?」


 説明を聞いた静也と楓がラトゥーナに声をかける。いきなり二人に詰め寄られ「あ、えっと……」と瞳をぐるぐる回すラトゥーナだったが、覚悟を決めたのか、見えるか見えないかというその瞳を正面へ向けた。


「ありがとう、ございます。あの、でも……本当に、その、100%ってわけではない、ので……なんていうか、その……過信……は、しないでください」


 なんとか声を絞り出す彼女は、見ていて可哀想になるくらいか弱かった。それでも、震える自分を奮い立たせ、初めて会うアイズホープメンバーにしっかりと自分の口で語ることができた少女を、彼らは讃えるべきだろう。


「知りうる情報の中での最適解を取るか、予期せぬなにかに備えるか……難しいわね」


「場合によりきりですね。情報が確実に集まっている場合は、最適解を取った方が良いです」


「逆に、情報が足りない場合はあくまで参考程度にってことね。それでも、0から自分たちで作戦を立てるよりは、何倍も確実だわ」


 真佳と優奈が話している。正直なところ千空にはどうするのが正解なのか分からないので、その議論は頭良い組に任せておくことにした。


「ともかく、これで私たちの戦い方はなんとなく伝わったと思うわぁ」


 ジャスリーンが告げる。彼女曰く、ラトゥーナとジャスリーンのキャストで作戦を立て、レオーネとエルフォードの攻撃特化型キャストで敵を制圧する、というのが基本の流れらしい。この布陣で解決できなかった事案はないと言うので、ラヴビルダーの実力が垣間見えた。


「なるほどな、キミたちの実力は分かったよ。だが、それほどの部隊だったら、アイズホープと協力している暇なんてないんじゃあないか?」


 静也が不思議そうに問うた。それはもっともの意見であり、優奈も「どうなのかしら?」と彼に追随している。


 だが、次のエルフォードの発言により、それは杞憂であることが判明した。


「……俺たちのチームは特殊攻撃部隊なんだ。警察や他の隊では対処できない極めて危険性の高い現場にしか派遣されない。だから、普段はそこまで忙しくない」


 それが、彼の言葉だった。自分たちが出動するのは、自分たちにしか対処ができない状況の時のみ。そのような危険な事案が頻繁に発生するはずもなく、のんびりできる時間の方が多いようである。


 考えてみれば、アイズホープもそうだった。ここ最近は〝あちら〟関係で振り回されているが、それ以前――セレモニーでの事件以前は、もっとゆとりがあったように思う。それこそたまに捜査に協力するくらいだったようなので、通信で他組織と協力するくらいなんてことはなかった。


「それでも、日ノ和に留まってはくれないんですか?」


 千空が尋ねると、総帥が答えた。


「うむ。やはり、自国の緊急事態には備えたい。最終兵器を他国に駐留させたために自国の危機に出動できない……なんてあんまりだからな」


「あ……そりゃ、そうですよね」


 いくら暇とは言っても、自国のために出動できる態勢は常に維持しておかなければならない。通信で協力してもらえるだけでも非常に助かっているのだから、わがままを言うことはできなかった。


「それで、協力の方法についてだが……想像がついている者は居るか?」


 総帥がアイズホープメンバーに視線を巡らせる。


 その質問に答えたのは、未來だった。


「アイズホープメンバーが人形を持って現場に向かい、ジャスリーンさんのキャストで周囲の状況を確認。ラトゥーナさんが情報を元に最適解を見つけ、アイズホープに伝える……そんな感じでしょうか?」


「おお、よく分かったな」


「私のキャストも、ラトゥーナさんやジャスリーンさんと方向性が似ているんです。だから、なんとなくですけど……」


「そうか。えらいえらいだな」


 総帥が立ち上がり、彼女の頭をなでる。端から見ると高校生が中学生に頭をなでられている図だが、不思議と違和感はなかった。おそらく、彼女の本質を無意識に理解しているのだろう。


「さて、協力体制についての話はこれで終わりだ。他に質問がある者はいるか?」


「あ、一ついいですか?」


 今度は千空が尋ねる。


「以前、ショッピングモールでレオーネとラトゥーナに会ったんです。あっちの静也と優奈はジャスリーンさんとエルフォードさんに会っていたみたいですし……あれは一体なんだったんですか?」


 千空としては、そこが気になっていた。あの時どうしてショッピングモールに居たのかとか、どうして自分たちと接触してきたのかとか……そもそも、協力するつもりならどうしてあの時自己紹介してくれなかったのかも気になるし、考え出したらきりがなかった。


「なんだ、そんなことか。まあー、なんというか、あれは本当に偶然だったからな」


 こっちが聞きたいくらいだ、とでも言いたげな顔で、総帥が語る。


「マスカレードの件もあって、こいつらには日ノ和を視察させていたんだ。それで、息抜きに行かせたショッピングモールで、たまたまそっちのメンバーと出くわした。それが真相だ」


 そう言って肩をすくめる総帥に、千空は肩を透かされた気分だった。何か思惑があったのだろうかとずっと気になっていたので、こんなにもあっさりした真相とは思わなかった。


 ちなみに、突然出てきた「マスカレード」という単語については、〝あちら〟に付けられた名前だと風見が教えてくれた。


「そっちのメンバー情報はこっちも持ってたからな。あんときゃまさかと思ったぜ。遊びに来たショッピングモールに、見たことある顔が居るんだからな」


「って、顔割れてるのかよ!」


 突然口を開いたレオーネに思わず突っ込む千空。アイズホープはラヴビルダーの情報を全然知らなかったのに、こちらの情報は向こうに全部筒抜けだったらしい。だが、アルメリカのキャスター組織は規模が大きいと聞いていたし、それくらいの情報収集能力があっても不思議ではなかった。


「さて、他に質問がある者は……いないようだな。それでは、会議はこれにて終了だ」


 その言葉を合図に、ラヴビルダーメンバーがぞろぞろと席を立つ。それを見た風見がアイズホープメンバーにも立つよう促す。


「視察についてはあらかた終わったし、わたしたちも年末にはアルメリカに戻る。今後は通信でやりとりすることになるが、よろしく頼むよ」


「ええ、いい協力が得られそうで何よりだワ。こちらこそ、よろしく頼むわネ」


 総帥と風見が握手を交わし、何故か拍手が巻き起こる。まばらでやる気のない拍手ではあったが、それでも、この握手の意味は大きかった。


 マスカレードという未知の脅威に対して、今まで存在すらも隠し合っていた二国の公安組織が手を組んだ。それは、歴史的にも非常に大きなターニングポイントである。


 今後、アイズホープはさらに険しい道のりを進むことになるだろう。今まで以上に、マスカレードとの戦いに本腰を入れることになるのだから。


 それでも、彼らが怯えることは許されない。


 だって彼らは、瞳に希望を湛える者たちなのだから。

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