9話 神も触れば祟りあり 74項「LOVE BUILDER」
「皆~! タダイマ~!」
千空たちが各々作業を進めていると、突然オフィス内に脳天気な声が響いた。
声の方向へ視線を向けると、そこに居たのは風見だった。どうやら、公安の総会から戻ってきたらしい。
「そうか、そういえば先週末だったな。総会は」
「それで、どうだったの?」
結果を尋ねる静也と優奈。〝あちら〟に関する緊急の総会に出席してきたと言うことは、何かしらの結果を持ち帰っているはずである。
そんな二人に、風見は微妙な顔をして答えた。
「うーん。良かったと言えば、良かったのでしょうネ。海外のキャスター組織が、協力してくれることになったワ。まあ、通信でのやりとりにはなるのだけれどネ」
「「!!」」
その言葉に、歓喜の色を隠せないメンバーたち。アイズホープは、今の今までこの数人だけで活動してきた少数部隊である。海外の組織が協力してくれるというのは、願ってもない話であった。
「とても良い結果なのではないでしょうか?」
「だよな。なんでそんな、歯切れが悪い言い方を……」
だから、風見の様子に違和感を覚えるメンバーたち。
風見は一瞬だけ苦虫をかみしめたような表情をしていたが、意を決したのか、すぐに彼らの疑問の答えとなる事柄を告げた。
「それがネ……協力して貰うのと同時に、宿街にルミナスを導入することになったノ」
「「ルミナス……?」」
何のことかさっぱり分からず、首をかしげるメンバーたち。
そんな彼らに、風見は丁寧に説明する。
それが、最強のファイアウォールであること。
それが、外部との通信をほぼ不可能にしてしまうこと。
ルミナスについての一切を、風見は語ってくれた。
「それは困る」
風見の話を聞いた全てのメンバーが、その感想を抱いていただろう。それも当然の話で、風見の話が本当なのならば、インターネットを介した娯楽の全てが宿街から消えることとなる。
それだけではない。インターネットが使えないと言うことは、任務遂行にも多大な影響を及ぼすことになる。アイズホープは任務の性質上ネットで情報を集めることも多く、それが制限されるというのは甚だ問題であったのだ。
千空としても、作曲にインターネット環境は必須なので、なんとか回避したい問題である。
「じゃあじゃあ、中央センターだけってことにはできないの?」
「場所というよりは、ネットワークに接続するかしないかの話になってくるのヨ」
風見が告げる。
ふと、その発言にあることを思いつく千空。
「なら、宿街のネットワークに接続しない端末なら、普通にネットできるってこと?」
「鋭いわネ、そういうことよ。」
つまり、作曲などを行う個人用デバイスと、アイズホープとして活動する際に使用する公安用デバイスとで分ければ、問題ないと言うことだろうか。
個人用デバイスは、インターネットに接続する代わりに宿街内のローカルネットワークには接続できない。逆に公安用デバイスは、ルミナスに保護された宿街内のローカルネットワークに接続できるかわりに、その他全てと通信できない。
まとめると、そういうことになる。
「それに、ルミナスは範囲内の全ての通信を監視しているから、宿街のネットワークに接続していない端末でも、範囲内にいる限り、明らかに怪しい通信からは守ってもらえるわヨ。」
「なんだ……じゃあ、俺らはほとんど今まで通りでいいのか」
「良かったね、作曲できなくなるわけじゃなくて。私もちょっと息巻いてたから」
「ああ……せっかくできた目標がなくなるところだったよ」
千空だけでなく、他のメンバーも安堵のため息をついている。静也の料理や楓のイラストなどは特にインターネットの必要性が高いし、真佳や優奈もネットが使えないと勉強に困るだろう。全く使えなくなるわけではなくて本当に良かった。
「実際、厳しいのは職員たちなのヨネ。仕事で使う端末が、ネットに接続できなくなるわけだから。外部とやりとりするときは未接続端末を使う必要があるのに、その端末には接続済端末からデータを送れないのだカラ」
千空たちとは違い、未だに渋い顔をしている風見。総裁はどちらかというと職員的な立ち位置なので、ただ任務をこなすだけのメンバーとは事情が違う。毒島なども、この話を知ったらしわを増やしそうである。
「あ、そうだった。丁度この後、来客があるんですよ」
時計を見て、思い出したように口にする千空。風見の話を聞いているうちに忘れていたが、いつの間にか来客時間が間近に迫っていた。
すると、風見が涼しい顔で答える。
「アラ? それは、彼らの事カシラ?」
直後、オフィスに5人の人物が入ってくる。
その顔に、メンバーたちは見覚えがあった。
「「あーー!」」
入ってきたのは、少年一人に少女二人、そして大人の男女が一人ずつ。そのなかでも、ワイルドな茶髪の少年と、おとなしそうなくせ毛の少女、この二人に千空は見覚えがあった。
「よう。やっぱ、また会ったな」
「えっと、ショッピングモールであった人、だよね?」
声をかけられ、驚きを隠そうともせずに未來が尋ね返す。意外にも、オフィスに入ってきた内の二人は、千空と未來がレコードショップで会った人物だった。
さらに、静也と優奈も驚きながら呟く。
「まさか、来客があなたたちだったなんて」
「流石のボクも、これは予想外だったな」
どうやら、静也と優奈は大人二人の方に面識があったらしい。千空たちほどではないが、思いがけない状況にびっくりしているようだった。
「ごめんなさいねぇ。あの時も話しかけるつもりはなかったのよぉ?」
「……少し観察していただけだったのだが、見つかってしまったからな」
靴を脱ぎ部屋に上がりながら、静也たちに説明する大人二人。詳しい事情は分からないが、この集団とアイズホープの間にはなにかしらの関わりがあるとみて間違いないだろう。
すると、誰とも面識がなく一人残されていた少女がやっと声を上げた。
「おいおい、私をほったらかすとは、良い度胸じゃないか」
そう言って他の4人を見据える少女。その眼光は、毒島の比じゃないくらいに鋭かった。
「あっ……すみません、師匠」
「いやいや、お前はいいんだ。私が言っているのは、そこのたわけ三人にだ」
全てを刺し殺しそうな視線を3人に向ける少女。見た目の幼さからは想像もできぬほど強烈な視線に当てられて、3人は堪らず謝罪の意を示した。
「ほったらかしにしたつもりはなかったんだけれどぉ……ごめんなさぁーい」
「……ああ。すまなかった」
「悪かったよ、師匠」
言葉遣いはどうであれ、一人一人反省の言葉を口にする。とにかくこの少女が一番の格上らしい。非常に珍妙な光景だが、怒られなかった少女を含む4人は彼女に命令され、改めて千空たちに向き直った。
そして、少女が告げる。
「紹介が遅れてすまんかったな。私たちは、アルメリカのキャスター組織『ラヴビルダー』のメンバーだ」
「「!!」」
その言葉に、なるほどそういうことかと合点がいくメンバーたち。毒島の話と風見の話が線で繋がっていく。毒島が言っていた来客というのは、協力するに当たって顔合わせに来た、風見の話にあったキャスター組織のことだったのである。
「ハイ! ということで皆、挨拶と自己紹介!」
風見がぽんと手を叩き、メンバーに促す。
そうして、お互いの自己紹介が始まった。
千空が初めてオフィスに来たときのように、一人一人が個性的な挨拶をしていく。いつの間にか毒島も加わり、数分後にはアイズホープのメンバー全員が自己紹介を終えた。
続いて、ラヴビルダー側の自己紹介。
「じゃ、まずはオレだな。オレはレオーネだ。一応能力を持っているが、説明が難しいっつうかめんどくせえからシークレットで。で……えっと、自己紹介って何話せば良いんだ??」
初っぱなから用意が悪いのは、ワイルドな茶髪の少年。千空と未來がレコードショップで会ったうちの一人である。
そんな彼に呆れた声を上げるのは、同じくレコードショップで会った少女。
「考えとかんかったの? 師匠が考えとけ言っとったがん……あ、えっと……私はラトゥーナ……って、いいます。主にサポート……を担当します。あの、能力については、えっと……また後で話します」
流れで自己紹介まで済ませる少女。メンバー以外とはあまり話したことがないのか、恐る恐るといった感じである。眼鏡にかかるほどの前髪の隙間から、おどおどとした瞳が覗いていた。
そんな二人とは対照的なのが、大人組の二人。
「あたしはジャスリーン。あたしも能力でサポートするから、ラトゥーナと一緒に話すわねぇ」
「……エルフォードだ。能力については……炎の能力とだけ知っておいてくれれば良い。レオーネは何も言わなかったが、俺とあいつが戦闘担当だ。……よろしく」
非常にシンプルに、必要なことだけをスマートに語る二人。初めて会ったというのに、これだけで性格や人となりがなんとなく分かったような気さえしてくる。
これが大人の余裕なのかと千空が感心していると、最後に誰とも面識のなかった少女の番が回ってきた。
「うむうむ。それじゃあ、最後は私だな」
皆に注目される中、少女がにやりと笑い……口を開く。
「私は名もなき師匠――ラヴビルダーの総帥だ!」
腰に両の手を当て、ドン!! という効果音でも聞こえてきそうな勢いで告げる少女。予想はできていたが、やはりそうだったらしい。
「じゃあ、ボクらで言うところの風見ネエさんと同じって事だな」
「うんうん。まな君よりも年下っぽいのに、すごいね!」
感心した様子で少女に声をかけるメンバーたち。実際、少女はやっと中学にあがったというくらいの体格をしており、何も知らなければただの子どもにしか見えない。会話の節々から感じる余裕と先ほど見せたあの眼光がなければ、ただついてきただけのキッズとしか思えなかっただろう。
だから、その年でここまでの貫禄をみせる少女に、千空たちは素直に感心したのである。
そんな彼らに、茶髪のワイルド少年――レオーネが告げる。
「いやいや、師匠はこれでも結構な年齢――なんならそっちの副総裁よりも年上だと思うぜ」
おもむろに毒島を指さすレオーネ。そんな彼の言動に、首をかしげることしかできない千空たち。ただの冗談かと思い様子をうかがってみるも、どうやらそうではないらしい。ラヴビルダー側のメンバーは、皆が真面目な表情をしていた。
「え、マジ?」
おもわず口を開く千空。それは、メンバー全員の思いを代弁していたであろう。
「うーん、マジなのよねぇ、これが」
「うむ。『AGELESS』というキャストでな。物の経年劣化を防ぐ能力だったのだが、副作用で自分も年を取らなくなってしまった」
うんうんと頷きながら、キャストについて語る少女。どうやら、サリエルシンドロームを発症したその時から体の成長が止まってしまったらしい。老化も起こらないのが不幸中の幸いだと、少女は嬉しげに話していた。
「そうだったんだ……ごめんなさい、生意気な口きいちゃって」
「いやいや構わん。知らなかったのだから仕方ないだろう」
子ども扱いされたというのに、少女は寛大な態度を崩さない。毒島よりも上という実年齢は伊達ではなく、度量については年季が入っているようだ。
「あー、まあなんだ、そういうことだ。お前ら、くれぐれも失礼のないようにな」
毒島が千空たちアイズホープメンバーに釘を刺し、自己紹介は一区切りとなった。
「さて、それじゃあ……いよいよ次は協力内容についてネ」
「うむ。ここからが重要だな」
総裁と総帥が、満を持して宣言する。
まだまだ昼には届かぬ午前10時半……
国を超えた話し合いは本題へと移ってゆく――




