8話 天宿る里の奉英祭 71項「祭の終わり」
一通りアトラクションを楽しみ、閉場時間である午後4時半。
遊び尽くしてヘトヘトになった千空たちは、心落ち着くオフィスへと戻ってきた。
「どうだった? 初めての宿街祭」
「すげえ楽しかったよ! こんなに遊んだの久々だしな」
「僕も去年まではオフィスでじっとしてましたけど……こうやって回るのも楽しいですね」
千空が楽しげに答えると、真佳も追従した。やはりというべきではないが、真佳は今まで宿街祭に参加していなかったらしい。
「そっか。そういや食堂にも来ないくらいだったしな、お前は」
「そう考えると、真佳君もだいぶ変わったね」
「そうでしょうか?」
「未來が言うんだから、そうだろ。もしかしたら、楓さんの影響かもな」
すると、噂をすれば彼女の声がした。
「たっだいまー!」
入口を振り向くと、勢いよく開いた自動ドアの向こうから楓が飛び込んできた。続いて、静也、優奈、毒島の三人がやれやれと入ってくる。閉場時間となったので、当然カジノも店じまいだった。
千空たちは午後のカジノを見に行っていなかったが、上手くいったのだろうか。
「どうだった?」
「完璧さ。ま、ボクたちにかかればこんなもんだね」
「うむ。予想通り、午後は少人数が居座るかたちになってな。俺が残ったことでディーラーも午前より一人増えたし、かなり余裕を持って運営できたぞ。質だけなら、午前よりもかなり良い」
どうやら彼らの睨んだとおり、運営は順調だったようだ。未來目当ての客が午前に集中した結果、午後はカジノ目当ての客相手に余裕を持って対応できたらしい。余裕がある分、ゲームや料理の質も良かったのだとか。
「あたしが快復してたのも幸いだったわ。じゃないと、ディーラーが一人減っていたし」
カジノ目当ての客が多い午後は、ディーラー二人では乗り切れない。本当に、今日のカジノが上手くいったのは、色々な要素が重なった結果だった。
「よし、この調子で明日明後日も頑張るか」
初日が上手くいったのだから、出来ることなら好調のまま最終日まで突き進みたい……いや、突き進むのだ。これは、そうなればいいという望みではなく、絶対にそうするという宣言だった。
「ねえねえ、明日は午前午後のメンバー入れ替えだよね? だったら私も劇観たい!」
「なら、あたしも付き合うわ。どうせすることもないし」
「俺たちは今日観たけど、すげえ良かったから楽しみにしてなよ」
「ホント!? あー、早く明日にならないかなぁ」
「ったく、キミは気が早いな」
そうして、宿街祭一日目は楽しいまま幕を閉じた。
二日目、三日目も、それぞれが役割を果たしながら、楽しい時間が過ぎてゆく。
アイズホープの宿街祭は、大成功に終わったのだった。
最終日の夜、彼らはE棟屋上にて、遠くとも近くとも取れぬ空を眺めていた。
果てしなく続くかとも思われる静寂の末、向かいの空に一筋の光が昇ってゆく。
闇色のキャンバスに、一輪の花が開いた。
それを皮切りに、いくつもの花火が打ち上げられてゆく。
どこまでも暗かった夜空は、瞬く間に明るいステージへと変貌した。
「まさか、こんな特等席があるなんて」
思わず呟く千空。花火は、中央センターがある丘のすぐ側を流れる天井川で打ち上げられている。河川敷と丘の標高差やE棟の高さが合わさって、花火は目線の近くで花開いていた。
「どうだ、千空、楓。宿街祭の花火は」
「いや、なんていうか、最高としか言えないというか……」
「うんうん、びっくりするくらい綺麗! 場所も完璧だし!」
嬉しげに答える二人は、今日花火があることを先ほど知ったばかりだった。
『ところで、今夜はどうするんだい?』
『『夜?』』
『あれ、もしかして誰からも聞いてなかった? 最終日はね、夜に花火大会があるの』
『え、冬にか? 珍しいな』
『むしろ、冬の方が綺麗に見えるんだぜ』
『そうなんだ! じゃあじゃあ、会場まで見に行くってこと?』
『ううん。いつもここの屋上で観てたかな。天井川の河川敷でやるから、よく見えるんだよ』
そんなやりとりを行ったのが、つい3時間ほど前。花火のことを誰からも聞いていなかった二人にとって、澄み切った夜空に咲く大輪の花は最高のサプライズとなったのだった。
「いやー、本当にそうだな! はっはっは!」
「っとうしいなお前今日はいつになく」
普段に輪をかけてテンションの高い静也が、千空に絡みついてくる。だる絡みもここまでくるとむしろ感心してしまうほどだ。
「あれ、ぶっさん。今年はあんまり飲んでないのかい?」
「ああ、まだ一杯だな」
「なんだ、ボクはもう二杯目を飲みきる頃だぞ」
「あなたのはジュースでしょう」
あほな静也を冷静に往なす毒島と、ツッコミを入れる優奈。その後も静也たちは下らなすぎるやりとりを繰り広げていたので、千空は静かに場所を移すことにした。これでは気が散って仕方がない。
紙コップに注いだジュースを片手に、柵の台座部分に腰を下ろす千空。
すると、隣に未來が座った。
「ありがとう」
「なにが?」
突然感謝されても、なんのことだかさっぱり分からない。
そんな様子の千空に、未來は「あはは……わかってよ」と笑いかけた。
「ほら、まだちゃんとお礼言ってないなーって思って。財団が襲撃された日のこと」
「なんだ、そのことか。てかお礼言われてもなぁ……前も言ったけど、俺は何も覚えてないし」
「まあ、そうなんだけどね」
未來を助けたとは言えそれはもう何年も前の話であり、記憶を失っている千空からすればその出来事はどこか他人事であった。あの事件で千空にとって重要なことは、未來を助けたことではなく、父がどうなったかである。
「ねえ、曲を作るって事はさ、ボーカルも必要だよね」
「そうだなぁ。色んなジャンルを作れるように練習するつもりだし、歌モノを作るときは、そりゃいるよな」
「だったらさ、今後もボーカルは私がやりたいなって」
「え、いいのか?!」
思いも寄らぬ申し出に、思わず立ち上がる千空。彼女は歌うことが好きと聞いているので意外ではなかったが、そういう提案をされるとは考えたこともなかった。
「もともと歌くらいしか趣味もないし」
「それじゃ、お願いするよ。いや、マジで嬉しいよ! ありがとな!」
未來の手を取り、心からの感謝を伝える千空。
すると、夜空に一際大きな花火が咲いた。
赤、白、黄、青――色とりどりの光が辺りに降り注ぐ。
それは、二人の進むべき道を確かに照らしているかのようだった。
「お、あれキャラクターっぽくないか?」
「あれはね、宿街公式キャラクターのアマヤドリ君」
「え? そんなの居たのか?」
そんなことを言っている間にも、花火はドン、ドンと打ち上げられていく。
星空に負けないほどのきらめきが、宿街の空を染め上げていた。
「そう、よかった……能力、使えるようになったんだ」
「はい。精神的にも、十分前を向けるようになったようです」
「本当に、よかった……」
静かな病室に、優しい声が響く。
桜色の病衣に身を包んだ彼女は、残念そうに告げる。
「本当だったら、直接会ってあげたいんだけど……」
「申し訳ございません、お嬢様。流石に、宿街には入れないようでして」
「仕方ないよ」
執事然とした初老の男性が、ベッドの彼女に告げる。
それでも、彼女はその瞳に底知れぬ強さを湛えていた。
(大丈夫だよ、ゆーちゃん。あなたなら、きっと大丈夫)
病室の窓から、かろうじて葉っぱを残した木々を眺める。
その顔には、切なげな笑顔が浮かんでいた。