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8話 天宿る里の奉英祭 69項「望月と毒島」

 千空たちがカジノの運営をしている頃、神木は優奈、楓、三崎とともに屋台を回っていた。


「まさか、神木さんが来てくれるとは思いませんでした」


「うんうん、本当にびっくりした!」


「宿街の所属ではありませんが、NIT社や財団職員は出入りできますからね」


 屋台で買ったオレンジジュースを片手に、神木は答える。透明なカップに入ったそれは、既に氷が溶けてしまい色も味も若干薄くなっている。


「結局、NIT社は神木さんが新代表として続けることになったんですよね」


 三崎が尋ね、優奈も「あたしもそれ見ました」と頷く。神木が九十九の後を継ぎNIT社の新代表となったことは、すでに世間でも大きなニュースになっていた。


「そうですね。代表が元宿街職員の私になったことで、財団との繋がりもより深いものになりましたから……SCの開発はさらに加速するかと思います」


 神木が答え、ストローからオレンジ色の液体を啜る。やはり氷の溶けたジュースは味が薄い。


 あの日NIT社で起きたことは、当然のごとく大規模なニュースとなった。その日のうち……事件発生直後には各メディアで速報が流れ、世間を大きく震わせた。国内最大手の企業が爆発したとあっては、黙っている局はない。


 ただし、その内容は事実とは大きく異なっていた。世間に知らされた内容、それは「NIT社で爆発事故が起こった」である。爆撃されたという情報や凶悪な組織が関わっているといった情報は一切流れていないので、このニュースが「とんでもないテロが起きた」と国中を不安に駆り立てることはなかった。


 当然だが、これは「公安」による指示である。組織による爆撃であったことがメディアに洩れる前に、「爆発事故だった」という偽の情報を世間にいち早く流す。闇の組織の存在を公にすることは出来ないという、国際公安連合の意志だった。


「公安も、かなり周到でしたね。あたしは普段からそう感じてますけど」


「それは私や三崎さんも感じてますよ。私は『元』ですけど、アイズホープの担当でしたから」


 国際公安連合――通称「公安」。それは、アイズホープの上部組織でもある。実際の運営は国際評議会連盟――「国連」の管轄である宿街が行っているが、その所属は公安なのである。以前スタナーを作成した際も、使用者データの管理は公安で行い、実際の作成は宿街の上部組織である国連に加盟している財団が行っていた。


「機材の不具合が原因ってことになってるんだよね? NIT社の評判、落ちちゃわないかな」


「そこは大丈夫です。技術面に関して、今後は財団と提携することになりましたから」


「あれ、今までも協力してたんじゃ?」


「今まではSCに関してのみだったから、公表はされていなかったのよ。まあでも……神木さんが新代表になったのはやっぱり驚きました。あんなことがあったばかりなのに……」


 優奈のその言葉に、神木は少しだけ物憂げな表情を見せる。


 あんなこと……それは、あの事件のことだけではない。


 あの事件の後、神木はとある事実を告げられていた。


 簡単には受け入れられない、ある事実を。







 話は数週間遡り、事件当日。


 満身創痍で宿街のオフィスまで連れてこられた神木は、医務室のベッドに横たわっていた。


 ぼんやりと窓の外を眺めていると、部屋の扉が開く。


 入ってきたのは、毒島だった。


「久しぶりだな。神木君」


「毒島さん」


 大きく足を開きながら椅子に座り、膝に肘を置く毒島。ふーっとため息をつくその顔は、どこか少しやつれているように感じた。


「まったく、お前一人で抱え込みすぎだ」


「すみません。でも、敵を欺くには、味方は少ない方が良いですから」


「限度があるだろう、限度が」


 二度目のため息をつく毒島。しかし、その表情には、怒りや呆れではなく安堵が現れていた。本気で神木を心配していたのだろう。


「ともかく、無事で良かった」


 それは、毒島の本心だった。神木としては、復讐さえ果たせれば刺し違えても良いと考えていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。


 そんな風に神木が思っていると、毒島がぽつりと呟いた。


「もしもお前がどうにかなっていたら、合わせる顔がないからな」


 その言葉に、ちょっとした引っかかりを感じる神木。


「合わせるって、誰にですか?」


 そんな人物が、いただろうか? 考えられるとすればアイズホープのメンバーくらいだが、自分に何かあったとして、毒島が彼らに申し訳なさを抱く必要がない。それも違いそうだ。


 ならば一体……?


 神木が怪訝な顔で毒島を見つめていると、彼は続きを口にした。


「……彼は恩人でね。刑事だったんだが、能力者から私を庇って亡くなった」


 その話に、動揺を隠せない神木。


 だって、それはまるで……


 そんな神木の心を置き去りに、毒島が告げる。


「望月陽大(ひなた)――君の父が庇った容疑者は、俺だ」


「!!」


 衝撃だった。


 頭がどうにかなりそうだった。


「それじゃあ――」


 どうして今まで黙っていたんですか――そう問おうとして、口をつぐむ。


 彼が黙っていたこと。


 それは、決してばつが悪いだとか気まずいだとか、そう言う理由からではないのだろう。


 それはきっと、彼なりの気遣い。


 彼は、「神木遥」が父の敵を追っていることを知らなかった。ならば、今の「神木遥」は、過去に縛られることなく、前を向いて今を生きているのだと、そう思っていたはずだ。


 今更「自分を庇って父が死んだ」などという事実を告げたところで、むやみに過去を掘り返すだけで何の得にもならない。ならば、いっそのこと何も話さずに黙っていた方がいくらかマシだ。冷徹に物事を判断する彼ならば、そういう結論に至っても不思議ではなかった。


「……話してくれてありがとうございます。黙っていることも出来たのに」


「こうなった以上、話す義務があると思ってな」


 そう答える毒島は、やるせない表情をしていた。彼がやつれていた原因は、これだったのだ。


 医務室の窓から、葉が散った木々を眺める毒島。


 少しの間があって、口を開く。


「そのあと財団に入ることになったんだがな……そこで彼の弟に会ったよ。どうやら、財団で働いていたみたいでね」


「え?! そうなんですか?」


「ああ」


 それも驚きだった。先ほどの衝撃が強くて霞んではいるが、世界とは狭いものだなと感じざるを得ない。


「お父さんの弟――ということは、愛緒(あお)君のお父さんですか。会ったことはないですけど」


「ああ。せめて彼の力になりたかったのだがな……なかなか上手くいかないものだな。その3年後、アイズホープが出来て俺は副総裁になったってわけだ」


 まさか、父――というか望月と毒島との間に、これほどまでの繋がりがあったとは……九十九や〝あちら〟のことといい、今日一日いろいろありすぎて、神木はなんだか疲れてしまった。


 ふと、一つ疑問が浮かんだ。


 さきほど毒島は、自分がザラキエル事件の容疑者だったといった。ということは、少なくとも当時、彼もアレになっていたはずである。


 宿街に来ることになる、アレに。


「……毒島さんは、サリエル発症者だったのですか?」


「ああ。キャスターとして覚醒できればかなり優秀な能力だったんだがな、消えちまった」


「私と違って本当に完治した、ということでしょうか? それに、能力がないのに財団に……いえ、もしかして、毒島さんが財団にいた理由って……」


「まあ、なんだ。俺が財団にいたのは、珍しい例だったからだな」


 なるほど、と神木は理解した。今でも財団はキャストの研究のために所属職員やアイズホープメンバーのデータを収集している。研究のためにサリエルが完治した毒島を側に置いておくというのも、うなずける話だった。


「私が財団に連れて行かれなかったのは、既に毒島さんのデータがあったからなのですね。私も、財団から見ればサリエルが完治した例の一人でしたのに」


「いや、それは俺が止めさせてもらった。これ以上、望月の関係者に辛い思いをさせたくなかったからな」


「あ……」


 言葉を失う神木。同時に、疑念が確信へと変わった。やはり毒島は、自分の事を気にかけてくれていたのだという確信へと。


「かないませんね、毒島さんには」


「まあ、年期が違うからな。いろいろと」


「いろいろって、なんですか」


 少しだけ軽口を叩く二人。それによって、重い空気が少しだけ軽くなったのを感じた。


 これが、事件の後、神木に訪れた出来事だった。







 憂わしげな表情を浮かべる神木に、優奈が声をかけた。


「神木さん。前に神木さんがあたしにかけてくれた言葉、覚えてますか?」


「言葉……」


「『後ろを向いて歩いたならば、いずれ何かにぶつかってしまう』」


「!」


 その言葉に、どれほどの人が救われたことか。それは、神木が宿街に勤めていた頃、多くの患者に伝えていた言葉。絶望と罪に飲み込まれそうになっていた優奈を、光ある世界へ引き戻した勇気の言葉。

 それが今、自分に返ってきた。


「そう……ですね。一番忘れてはいけない言葉だったのに」


「ふふ、立場逆転ですね、神木さん」


 三崎が神木に笑いかける。彼女は神木が患者を勇気づけるところに何度も居合わせていたので、同じ言葉で逆に勇気づけられている姿が、少しおかしかったのだろう。


 すると、優奈が口を開く。


「……神木さんの敵はわかりました。だから、あとは任せてくれないでしょうか? あたしたち、アイズホープに」


「!?」


 その言葉に、目を見開く神木。それはつまり、〝あちら〟と真っ向から戦い、父の敵である能力者を……いや、組織そのものをも滅ぼすと言うことだろうか。


 危険すぎる。この間の中央病院襲撃でも分かっているはずだ。敵組織がいかに残忍で凶悪なものなのかを。敵組織がいかに巨大で、狡猾なのかを。


「獅子を、起こすつもりなのですか……?」


「それが、あたしたち〝アイズホープ〟です」


「うんうん、悪い人たちは懲らしめないと!」


 そう答える彼女たちの瞳からは、それこそ獅子のような強さを感じた。自分が九十九たちに対してそうしたように、彼女たちアイズホープもまた、〝あちら〟に対して、臆することなく挑むつもりなのだろう。


 無謀、蛮勇。


 そうとわかっていても、彼女たちが止まることはなかった。


「わかりました。でも、私はNIT社代表ですから。支援は全力でさせていただきますよ」


「助かります。財団だけでなくNIT社も後ろ盾につくというのは、本当に心強いですから。期待しても良いんですよね?」


「全力で期待してください」


 こうなったら、後には引けない。アイズホープが〝あちら〟と戦うというのなら……自分の無念を引き継いでくれるというのならば、それを支えることこそが、今の自分に出来る最善であり、本懐だった。


「じゃあじゃあ、祭を楽しもう! ねえねえ優奈さん、射的とかはないのかな? 私たち、結構上手いと思うんだよね!」


「そうなんですよ、神木さん! アイズホープではスタナーの訓練も始まったんです。きっとお二人も、相当射撃の腕が上がっていると思いますよ」


「それは楽しみですね」


「それじゃあついてきてください、あっちにありますから」


 そうして、4人は次なる屋台を目指し進む。


 せっかくのお祭、暗い話ばかりではいけない。


 こういう日は、楽しんでこそなのだ。

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