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8話 天宿る里の奉英祭 68項「祭の中で」

「オレンジジュース1つと、ウーロン茶2つですね。少々お待ちください」


 オーダーをドリンク係の未來に伝え、ドリンクが届くまでの間に会計の処理を済ませる。未來が用意したドリンクが届いたら、笑顔とともに客に受け渡す。


 その客が向かう先は、真佳と毒島が待つテーブル。そして始まるのは、緊張と興奮の一戦。背後で鳴るビッグバンドのビートは、空間を共有する者の気分を軽快に上げてゆく。


 千空たちは今、宿街祭の出し物――アミューズメントカジノの運営に勤しんでいた。


「うおー、マジか!」


「凄いな、君!」


 テーブルの方から、楽しげな声が聞こえてくる。どうやら、一組目の客には大いに楽しんでもらえているようだった。


 千空と未來はと言うと、することもなくなったので、とあることを話していた。


「それにしてもさ、テーマソングっていつもは作らないんだろ?」


「うん、初めてだね。私が歌うこと自体はあったけど、あんなに大げさなステージじゃなかったし、歌もオリジナル曲じゃなかったよ」


「ぶっさんはさ、今年は来賓が来るー、とか言ってたけどさ……」


 そんなことを話し合う二人。テーマソングを作ることになったのは誰かしら重要な人物が外から来るので、そのおもてなしという意味もあったのだが……


「あの会場に、そんな感じの人いたか?」


「そういえば、それっぽい人はいなかったね」


「ステージの上からも見つからなかった?」


「歌うのに集中してたから……」


「それはそうか」


 実際のところ、千空たちはあの会場でそれらしい人物を見つけることは出来なかった。曲自体は大成功だったから良いのだが、せっかく来賓が来るのならば、ちゃんとあの会場で聴いて欲しかった。せっかく未來の晴れ舞台だったのに、という思いもある。


「まあ、それなりの人が来るんだろうし、忙しかったりもするんだろうな」


「うーん。そうなのかな……?」


「そうだろ、きっと」


 せっかくなら……などと考えても、既に終わったことだ。来賓向けにライブをやり直せるわけでもないので、千空は目の前のことを考えることにした。


「ところでさ……」


「うん?」


「あの人たちってさ、お客さんだと思うか?」


 千空が入口の方へと視線を向ける。そこには、先ほどからコソコソとこちらの様子をうかがっている数人の男女がいた。カジノに入ってくるわけでもなく、こちらを眺めては小声で話し合っての繰り返し。何が目的なのか、見当もつかない。


「うーん。入るか悩んでるんじゃないかな?」


「にしても、悩みすぎだろ? もう数分は居るぞ?」


「それは私も気になるけど……」


 悩むにしたって、限度というものはある。特にこういうお祭りなどのイベントでは、どの出し物を楽しむのか、その場の勢いでさくさくと決めていくのがセオリーだ。もちろん、かかる時間などと相談して吟味するのもまた一興だが、それにしたってこう、10分近く同じ出し物の前にいるというのも、おかしな話だった。


「うーん。ちょっと聞いてくるわ」


「せっかくなら勧誘してきてね」


「まかせろって」


 二人で話していても答えが見つからないので、千空は直接話を聞いてみることにした。


 千空が入口まで向かうと、たむろしていた数人――近くで見ると3人組だった――が、先に声をかけてきた。


「あのー……ちょっと聞きたいんですけど……」


「えっと、どうされました?」


「その、あそこの女の子のスタッフさん? なんですけど……」


「あいつですか?」


「あー、はい……その、ですね……」


 どうにもはっきりしない3人組。


 千空が不思議に思い首をかしげていると、一人が思いも寄らぬことを言い出した。


「あの娘って、さっきの歌姫さんですよね?」


「はい?」


 思いがけない質問が飛んできて、一瞬思考が停止する千空。いや、それはそうだけど……彼女はさっきの歌姫・鍵乃未來だけど、それがどうかしたのかと。それを聞いて、一体何の意味があるのだと。


 だが、すぐに気付く。その質問を口にした一人と他二人の表情を見て、千空は今起こっている事態について、難しい方程式を解いた数学者のように完全に理解した。


 だから、意気揚々と告げる。


「……ええ、そうですよ。彼女こそが、宿街が誇る歌姫です!」


「「おお!」」


「やっぱり!」


 その反応からも分かるとおり、やはりこの三人はアレだったようだ。


 特定の人物や物事に対して、強い愛好の意を向ける者たち。


 熱狂的な、という意味から、そう呼ばれるようになった者たち。


 三人は――鍵乃未來の「ファン」だったのである。


「ちょ、お前あいつらにも教えて来いよ」


「わかった!」


 最上の答えを聞き、わかりやすくテンションを上げる3人。そのうちの一人は、他の仲間にも伝えに行ったのだろう、そのままの勢いで外に飛び出していく。残りの二人も、興奮収まりきらないといった様子でカジノの中を覗いている。


「せっかくですから、見ていってくださいよ」


「「はい! 是非そうさせてもらいます!」」


 だから、二人は千空の誘導に対してもノータイムでそう答える。上手く二組目の客をゲットすることができた千空は、得意げに未來の方を振り向きガッツポーズをする。会話が聞こえていたのか未來は少しだけ苦笑いをしていたが、それでも客が入ることに変わりはない。それに、飛び出していった一人の様子を考えるに、恐らく彼は何人かの仲間を引き連れてくるだろう。


 これは、大繁盛への第一歩。そんな予感がした。ここで良い評判を上げることができれば、午後や明日の成功にも繋がる。是非とも、ここで人気を掴んでおきたい。


 そう考えた千空と未來は、急いで対応準備を始めた。今入ってきた二人の対応を済ませたら、すぐさま調理担当の風見にも伝える。未來のファンがいることが分かった今、想定よりも人が入ってくる可能性は大いにある。余裕があるうちに、出来る準備はしておいた方が良い。


 そうして万全な準備を整えてから、10分ほど経っただろうか。カジノの入口に、先ほど外へ飛び出していった一人が帰ってきた。


 だが、彼が連れてきた人数は、千空たちの想像を遥かに、圧倒的に超えていた。


「ええ?! こ、この人数は!?」


「こ、こんなに?!」


 会議室前の通路には、異様な人だかりが出来ていた。流石に何十人という数ではないが、そこには10を超える数のカジノ客が列をなして並んでいた。既にカジノ内にいる5名と合わせると、その数は20を超える。


「これは、やばそうだな……」


「そだね……私たちは大丈夫だと思うけど、食べ物頼む人が多いと風見さんが大変そう……」


 流石に、この人数は予想外だった。


 当初、千空たちが想定していた人数は一日に多くて100人程度だった。一時間に多くて十数人、30分に7~8人程度来れば大成功だろうと予想しており、設備等もスタッフもそれを基準に準備していた。


 それがどうだ。蓋を開けてみれば、未來の集客効果によって想定を遙かに上回る人数が集まってしまった。10分で20人も集まるなどと、誰が予想できただろうか。


 しかも……


「あ、さっきの歌姫さんですよね!!」


「私、本当に感動しちゃいました!」


「以前も歌われていましたよね?! 自分、また聴きたいなってずっと思ってたんです!」


 そんな感じで、未來が顔を見せるなり、集まった客は一斉に彼女を囲い始めた。まるで餌に群がるコイのようで、客に向かって言う言葉ではないが、千空は彼らが少し異様に思えた。


 ともかく、このままでは未來がつぶされる。彼女は強い精神力を備えているが、こんな大勢に怒濤の勢いで詰められては、流石にいろいろと持たないだろう。


 千空は未來に群がる客を押しのけ、今にも息を詰まらせそうな彼女を中から引っ張り出した。


「ちょっと、芸能人じゃないんですから」


 そう言いつつ、心の中では少しだけ自分も反省する。最初に来た3人を煽っていなければ、ここまで話が大きくなることもなかったかもしれない。


「「す、すみません」」


 千空に軽く注意され、素直に謝る客。自分たちが異様な囲い方をしていたことに気がついたのだろう。一応の常識はわきまえているようだった。


 そんな客に未來が声をかける。


「でも、気持ちは嬉しかったです。私も歌が好きですから」


 本心なのだろう。そう告げる彼女の表情は、実ににこやかなものだった。その彼女を見て、客もまた安心したように息をついていた。


「せっかくです、中へどうぞ。軽食スペースもありますので」


 ひとまず、この大人数を捌ききらないといけない。こんな想定外の事態に対応できるかは未知数だが、自分たちはアイズホープである。困難は、乗り越えなければならない。


 そう自分に言い聞かせ、千空たちは、己を奮い立たせて運営に当たるのだった。







「思ったよりも盛り上がったね」


「だな。俺は宿街祭初めてだけど、まさかこんなことになるなんて」


 カジノ内を見回して、二人が呟く。6台用意されたテーブルの内、ディーラーがいる2台は常に満席で、残り4台の内、客が自由に使える2台もほぼ満席。軽食スペースや休憩用に用意した壁際の椅子も殆どが埋まっている。


 開場1、2時間でこんなにも人で溢れかえるなどと、一体誰が予想できただろうか。アイズホープが用意したカジノは、未來のおかげで大盛況となった。


「こんなことなら、午前も午後も全員で運営した方が良かったかもな」


「そだね。調理スタッフは特に……」


 現在カジノ内にいるのは、午前担当の5人のみ。開始前は上手く分担できたと話していたが、流石にこれほどの反響は想定になかったので、5人という少人数ではやはりキャパオーバー気味だった。


「ま、こうなっちまったもんは、もうどうしようもないだろ。なんとか昼まで頑張ろう」


「うん。あ、次のお客さん来たよ……って、あ!」


 未來が軽食スペースに来た客を見て驚きの声を上げる。なんだろうと千空も視線を移すと、そこには思いも寄らぬ人物がいた。


「出雲警部と……えっと、芦宮さん!」


 それは、任務で度々出会う出雲と、前回の任務で初めて会った芦宮だった。もう一人白衣の男性もいるが、そっちは知らない顔だ。


「カジノは順調ですかな?」


「見たとおり、めちゃくちゃ順調ですよ。それより、宿街入れたんですか?」


「一応、警察の中でもキャスター担当ですからな」


「あ、そっか」


 思えば、前回の任務で保護することになった中央病院の院長も、宿街の存在を知っていた。ある程度国に関わる人物ならば、宿街に入ることも可能なのかも知れない。


「えっと、遊びに来られたんですか?」


「いや、用事があってきたのですがな、顔だけでも見せようと思いましてな」


 未來が尋ねると、出雲がそう答える。


 宿街に用事……? 一体何の……?


 千空と未來が疑問に思っていると、芦宮が口を開く。


「今後の捜査のことですよ。皆さんには追ってお伝えしますので、今はお気になさらず」


「は、はぁ……」


 芦宮の言葉に心底困惑する二人。捜査のことと言われると、気になってしまう。


「って、ちょっと待ってください。こんな大勢が居るところで……」


 我に返った未來が、焦りながら早口でまくし立てる。そういえばそうだ。ここは絶賛盛況中のカジノスペース。関係者以外も大勢居るところで、捜査のことを口に出すのは非常にまずい。


 しかし、それは単なる杞憂だった。


「そちらに関しては問題ございません。私のキャスト『ENIGMA』で、会話は全て隠蔽されていますから」


 そう答えたのは、出雲と芦宮の後ろにいた白衣の男性。その答えを聞いて、二人はなるほどと合点がいった。そういえば、キャスターが所属する組織が、もう一つあったなと。


「財団の方だったんですね。誰かと思いました」


 いかにも、それはMES財団の職員であった。財団には、アイズホープ設立以前にキャスターとして目覚めた者が多数所属している。どのくらい居るのかは分からないが、キャストはアイズホープの専売特許ではなかった。


「安心しました。でも、捜査の事って……?」


 未來が尋ねると、今度は出雲が答える。


「祭りが終わってから詳しくお話ししますゆえ、今は祭を楽しんでいただきたいですな」


「そうですか……」


「だったら、終わってから言ってくださいよ……気になって集中できないじゃないですか……」


 どうにも釈然としないが、向こうが後で話すというのならば仕方がない。そもそも今は静也や優奈たちがいないので、よくよく考えてみれば、今聞いても仕方がなかった。


「あ、次のお客さんが来たみたいですから、私たちはこれで」


 芦宮がカジノに入ってきた客に気づいたので、出雲たちは伝えるだけ伝えてカジノを出て行ってしまった。


「マジで顔見せに来ただけかよ……てか、ぶっさんは最後まで試合してるし……」


「仕方ないよ。午前はあと半分だし、がんばろ」


「そうだな……」


 そうして、千空たちは昼休憩までの残り2時間弱を、若干のもどかしさを感じつつ乗り切るのだった。

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