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1話 天使の宿街 4項「思わぬ巡り合わせ」

 次の日、千空は朝早くに目を覚ました。


 時計を見ると、まだ六時前といったところだ。学校がある日は六時半以降に起きていたので、かなりの早起きだった。とは言え状況が状況なので、早くに目が覚めてしまうのは仕方ない。


 現在千空が居るのは、仮の宿泊場所である。昨日の説明通り、中央センターの近くにあるビルの一つが、患者の一時的な宿泊用にされていたのだ。このビルを仮の宿泊場所として利用できるのはサリエルシンドロームの能力が周囲に影響を与えないタイプの人間のみであるが、かなり快適な設備が整っていた。


 ちなみに、周囲への影響があるタイプの能力を持っている患者は、その患者用の宿泊地で待機することになっている。見た目は普通の平屋だが、いろいろな能力に対応するために様々な機能が備わっており、室内もこの部屋と同様に快適な空間となっていた。


「にしても、ほんと豪華だな」


 部屋を見回して、千空はそう思った。


 装飾こそ最低限といった感じだが、ベッドや椅子、エアコンなどの設備は最高級のものが用意されていた。デスクの上には、テレビで見たことのある公的機関用のタブレット端末なんかも置かれている。


 こんなに待遇が良くていいのかと一瞬疑問に思う千空だったが、自分の境遇を思い返し、これくらいしてもらって当然かと思いなおす。


 ささっと着替えて寝室を出ると、母はもう起きていた。


「あら千空、おはよう。早いのね」


「おはよう母さん。なんか目が覚めちゃって」


「まあ仕方ないわよ。ご飯にしましょ」


 朝の挨拶を済ませると、二人は朝食をとりに行くことにした。いつもは母が料理してくれるのだが、今日は施設側から食事が用意されているのだった。ビルの中にある食堂で配膳されているらしいので、二人はそこへ向かう。


 部屋を出て廊下を行く。廊下はホテルのような絨毯張りになっており、歩き心地が良い。仮の宿泊場所だというのに、かなりお金がかかっていそうだった。


 食堂へ向かうためにエレベーターに乗ろうとすると、自分たちの他にも家族が一組入ってきた。軽く挨拶をすると、母と相手家族の父親が会話を始めた。


「そちらの息子さんがサリエルシンドロームを?」


「そうなんです。そちらは娘さんが?」


「はい……周囲に迷惑を掛けない能力なのが、せめてもの救いですよ」


 そんな感じで会話をする二人。


 相手家族の娘はかなりの人見知りのようで、父親の影に隠れてしまっている。みたところ十歳くらいに見えるので、小学生で間違いないだろう。


 こんな小さな女の子でさえも問答無用で収容されることを考えると、いかにサリエルシンドロームが恐ろしい病気なのか窺えた。


 それに、多分この女の子はキャスター候補ではない。ということは、NIT社の技術が認可されるまでは外にも出られないのだろう。そう考えると、千空はなんだか可哀想に思えた。


 エレベーターが食堂のある階に着くと、相手家族の父親が「よければ一緒に食べませんか?」と提案した。しかし、女の子がこんな状態なので、それはちょっとかわいそうな気がしなくもない千空。


 母も同様に思ったようで、女の子の父親の提案に対しやんわりと断っていた。流石、伊達に年は取っていない。こういう細かな気遣いができるのは、年の功といったところだろうか。


 その後四人は食堂までは一緒に向かったが、それぞれ別々に朝食をとることにしたのだった。




 食事を終え部屋に戻った二人は、施設の人の迎えを待つことにした。昨日はざっくりとした能力の検査をしたが、今日はかなり詳しい検査もする予定となっていたのだ。


 特に、今日の検査では能力がどういったものなのか具体的に調べるのだという。能力によっては検査に数日かかる場合もあるらしいのだが、効果や発動条件などが細かにわかるらしい。また、千空の場合は念波が安定しているので、他の患者よりも早く検査ができるとのことだった。


「それにしても、超能力に組織ねぇ。ほんとにドラマみたいな話」


「ま、現実なんだけどね」


 流石にそろそろ受け入れてきてはいるが、やはりこの状況は現実離れしすぎていた。異能力に政府の組織……何というか、知らない人に話せば妄想のしすぎだと笑われるところだろう。


 何はともあれ、普通の日常とはもうおさらばなのだった。


〈ピンポーン……ピンポーン……〉


 そうこうしていると、部屋のチャイムが鳴った。どうやら施設の人が迎えに来たみたいだ。


 ドアホンを覗くと、そこには神木が映っていた。


『神木さん、おはようございます』


『あ、その声は千空君ですね。おはようございます』


 千空と神木はドアホン越しに挨拶した。千空が出ている間に母が開けに行ってくれたので、挨拶が終わるとすぐにドアが開かれた。


 母がドアを開けると、神木は改めて挨拶をした。


「おはようございます。お迎えに上がりました」


「わざわざありがとうございます。それじゃあ、よろしくお願いします」


 母がそう言うと、神木は笑顔で答えた。


「お任せ下さい。それと、昨日もお話ししたとおり、お家のほうの準備も整いました。ですので、中央センターへ千空君を送った後、お母様はそちらへ案内いたしますね」


 お、新居の方の準備も整ったみたいだ。実は昨日この部屋へ案内されたとき、明日の朝には新居が用意できると説明されていた。どうやらその通りになったみたいでよかった。


「服装も良さそうですし、お二人の準備がよろしければ、早速向かいましょうか」


「あ、じゃあお願いします。もう準備できてるんで」


「そうね、よろしくお願いします」


 朝食の後、迎えが来るまでにかなりの時間があったので、二人とも準備は完璧にできていた。今日は母も一緒に準備してくれたので、この間みたいな忘れ物の心配もない。いや、そもそもそんなに持ち物はないのだが。


「それでは、案内いたしますね」


 そんなこんなで、三人は無駄に豪華な仮部屋を後にしたのだった。




 中央センターに着くと、千空と神木の二人だけが車を降りた。


「じゃあ行ってくるよ母さん」


「行ってらっしゃい。次に会うのは新居ね」


 千空と母が別れの挨拶を済ませると、車のドアが閉まりそのまま発進していった。先ほども言ったとおり、今日センターに用事があるのは千空だけなので、母はその足で新居へと案内されたのだ。


 母が乗った車を見送ると、神木が千空に声をかけた。


「今日の検査はもう一人のキャスター候補の方と一緒なので、まずは紹介しますね」


「あ、昨日お話しされていた方ですね。わかりました」


 今日の検査は通常の患者とは別で行われる。というのも、サリエルシンドロームとしての状態が通常の患者とキャスター候補ではあまりにも違いすぎるからだ。また、おかれている状況も違うため、別々にした方が都合が良かったのだ。


 しかし、今回はキャスター候補が二人居たため、その二人は一緒に検査をすることにしたのだそうだ。もう一人のキャスター候補も千空と同じく組織に入ることになるため、せっかくなら同期として顔を合わせて貰おうということだった。


 今日の検査をする棟に入ると、神木が色々と説明してくれた。この棟はキャスター用の検査棟で、ここの隣の棟がキャスター組織「アイズホープ」の本拠地なのだそうだ。また、この棟には通常の患者や組織に関係ない者は立ち入らないので、それ関係の話をしても問題はないらしい。


「あ、あちらに座っている方がそうです」


 少し歩くと、神木がもう一人のキャスター候補を紹介してくれた。


 しかし、その人物を見て千空は思わず声を上げた。


「え、楓さん?!」


 驚いて大きな声でその人物の名前を呼んでしまう千空。


 なんと、そこに居たのは昨日知り合ったばかりの明日見楓だったのだ。


「あ、あれ? 千空君?」


 千空の声に気付いた楓は、驚いた顔をしながらこちらにやってきた。


「びっくりしたー……ってことは、もう一人のキャスター候補って千空君だったんだ」


「いや、こっちもびっくりだよ。まさか楓さんだったなんて」


 楓はこのミラクルな巡り合わせにかなり驚いているようだった。しかしそれは千空も同じで、もうなんか自分は神の奇跡の下に生まれてきたのではないかと思えてきた。


 そして、この巡り合わせに驚いていたのは二人だけではなかった。


「え……まさか、楓さんと千空君って知り合いだったのですか?」


 そう、神木もこの状況に驚いていたのだ。それもそのはず、そもそも同じタイミングで二人のキャスター候補が現れたというだけも奇跡に近いのに、その上その二人が知り合いだったとなると、驚くなと言う方が無理な話だ。


「はい。昨日ここで知り合ったばかりですけど」


「あ、そうだったんですね。でも、それなら十分あり得る話ではありますね」


 千空の言葉を聞き、安心する神木。本当に昔からの知り合いだったのなら、ここでこの巡り合わせになる確率はもう天文学的な数字になってしまう。宝くじもびっくりである。


 しかし、ここで知り合っただけというのなら、まだ全然可能性はあった。もちろんそれでも確率が低いことに変わりはないが、神木が一瞬想像した超絶やばい可能性よりは断然マシだった。もしその想像が本当だったのならば、なにかよからぬことが起こる前兆ではないかと不安になってしまうところだった。


「とりあえず、知り合いだったのなら紹介は不要ですね。では検査の方案内します」


 そういうわけで、神木は安堵しながら案内を続けた。


「それにしても、なんか検査ばっかりですね」


「国際的な難病ですからね。それに、お二人には今後組織でも活動していただくので、十全な検査は必要不可欠なのですよ」


 千空が正直な意見を口にすると、歩きながら神木はそう答えてくれた。確かに、一個人の力を政府が運用しようとなると、それなりの準備や検証は必要となるだろう。それこそ、異能力なんて得体の知れないもの、不完全な状態で運用できるわけがなかった。


「そりゃそうですよね……」


 まあ、なんというか納得だった。


「まあまあ。検査が多いのは最初だけだと思うよ?」


 千空がそう答えると、楓がそう言った。


 それに続いて、神木もそうですねと答える。


「楓さんの言うとおり、ここまで検査が多いのは最初だけですので、安心して下さい」


「わかりました。それじゃあ、今日を乗り切ればって感じですかね」


 とにかく、検査が多いという事実は変えようがない。別に検査が多いことに不満があるわけではないので、千空はすんなりと受け入れたのだった。


 その後しばらく歩くと、検査室に到着した。昨日の検査室とは違い、かなり重厚な扉があった。


 神木が扉を開きどうぞと促したので、二人は中に入る。


「うわぁ! すごい!」


 部屋に入って早々、楓が声を張った。なんだなんだと千空も部屋の中を見回してみると、確かにかなり凄いことになっていた。


 昨日の検査室は、見た目的には普通の病院と同じ感じで、能力の検査をする別室だけ取調室のような作りになっていた。


 一方、今日の検査室はその構造から違っていた。


 まず、とにかく広い。壁際に機材やモニターが一列に並んでおり、その反対側にはガラス張りの実験室みたいなものがある。中に検査用の装置のようなものが設置されているので、おそらくそこが能力の検査をする場所なのだろう。


「このガラス張りの部屋が、検査をする所ですか?」


「はい、そうですよ」


 神木に聞いてみると、やはりそこで検査をするようだ。


 それにしてもだが……このガラス張りの部屋、あまりにも広すぎる。学校の教室3~4クラス分くらいはあるだろうか。それなのに中にあるのは台の上の検査装置のみなので、かなりというレベルを超えて異質だった。


「なんか、色んな意味ですごい部屋だな……」


「ほんとほんと。どうやって検査するんだろ」


 千空が声を漏らすと、楓がそんな疑問を口にした。


 確かにそうだ。昨日のように検査用の椅子を使って検査をするのならば、話は早い。しかし、ガラス張りの部屋の中にあった装置は、体の各部に取り付けるタイプのものに見えた。


 それに、ただの検査ならばここまでの広さは必要ないはずだ。にもかかわらず、この部屋は十分すぎるくらいに広い。本当に、こんな部屋でどうやって検査をするのだろう。


 そんな風に思っていると、反対側の扉から人がぞろぞろと入ってきた。


「「え……?」」


 しかし、入ってきた人達を見て二人は動揺した。


 なんと、その人達の半数が、強固な防護服を身にまとっていたのだ。それも、ゲームやドラマでよく見るようなものではなく、なんとなく危ない雰囲気を感じ取れるものだった。


 こんな防護服を用意するだなんて、そんなに危険な検査をするのだろうか? いやしかし、そんな説明は今までされていないし、危険な検査をするのならば事前に説明くらいあるだろう。


 一体どういうことなのだろうか…… 


 尋常じゃない雰囲気を感じた二人は、神木に「どういうことですか?」と問うた。


 しかし、その問いに対する神木の返事は、二人の心配をなかったものにした。


「今日の検査は検査員も一緒に中に入るので、念のため能力を通さない防護服を装備しているのですよ」


「あ、じゃあ危険な検査をするというわけではないんですね」


「よかったー……ちょっと身の危険を感じてしまいました」


 神木の言葉に安堵する二人。


 しかし、千空にはその言葉の中に一つ気になる点があった。


「でも、能力を通さないなんてことができるんですか?」


「あ、確かに!」


 そうだ。サリエルシンドロームの能力なんていう未知の力を、科学で防ぐことなんてできるのだろうか。いや、そもそも千空が思っているほど未知の力ではなくて、ある程度解明されているのだろうか?


 千空の問いに対する次の神木の言葉は、その疑問の答えとなった。


「可能ですよ。そのために各国が協力して研究しているのですから」


 なんと、能力を防ぐことは可能なのだそうだ。ということは、思ったよりもサリエルシンドロームに対する研究は先へ進んでいるようだった。そもそも考えてみれば、NIT社がサリエルシンドロームを抑制する装置を開発しているのだ。進んでいないはずがなかった。


「へー、それじゃあ、研究って結構進んでるんですね」


「はい。ただ、この技術に関しては宿街のものではないのですけど」


「まあ、NIT社とかも研究してるみたいですからね」


 そう言い、千空と楓の二人は防護服やその技術について納得したのだった。


「ともかく、そろそろ検査を始めましょうか」


 二人が納得したので、神木がそう言った。


「「お願いします」」


 そんなこんなで、二人の検査は始まったのだった。

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