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7話 運命に垣間見る闇 65項「九十九と神木」

 それは、英暦493年――九十九綾一が九歳の頃の話。


 母子家庭だった綾一の母が、ストーカー被害を受けるようになった。


 チャットアプリのメッセージに始まり、電話、郵便物。母が対策を取っても別の手段で犯人はこちらに近づき、ついには登下校中の綾一にまで声をかけるようになった。


 初めは無視を決め込んでいた母も、これには流石に肝を冷やした。自分だけならまだしも、息子にも被害が及ぶかも知れない。


 母は、藍地県警の生活安全課を訪れることにした。


 だが、そこでかけられた言葉は「実害がないからねぇ」という、非情に冷淡なものだった。被害届を出しに来たというのに、半ば門前払いを喰らってしまったのだ。


 後に聞いた話だと、当時、生活安全課はサリエルシンドローム関係の事件に手一杯だったらしく、人員が不足気味だったのだという。実害のないストーカー事件にまで、回す手がなかったのである。


 結局、警察の協力は得られず、母はストーカに怯える日々を送る。いつ自分や息子が襲われるかも分からない恐怖は、事情を知らぬ綾一には知り得ぬ所だった。


 程なくして、九十九家はストーカーに強襲された。


 母は刺殺され、綾一も母を庇おうとした際に突き飛ばされ右脚に回復不能な傷を負う。


 母を殺すという目的を達成した犯人は、綾一の命まで奪うことはせずに立ち去った。だが、その時の恐怖や母を理不尽に奪われた怒りは、綾一の中に深く刻まれ、後に彼が「CONTRACT」に目覚めるきっかけとなった。


 そんな綾一が全てを知ったのは、彼が高校生の時。


 下校途中、フードを深く被った人物が彼に話しかけてきた。


 それは、彼の運命を大きく変えるきっかけ。


 それこそが、彼らが〝あちら〟と呼ぶ組織との、ファーストコンタクトだった。




 組織の者は、綾一に事件の全容を語った。


 警察が能力者を追っていたために綾一の母は警察に門前払いされたこと、その警察の失態で一般人が能力者に殺されたこと。そして、警察がそれを隠していることを。


 話を聞いた綾一は、酷く憤った。許せないと思った。罪を認めさせたいと思った。


 だが、今の自分に出来ることは何一つない。


 だから、力を手に入れる必要があった。


 その後、綾一は順調に進路を進め、大学を卒業した後、協力することを条件に〝あちら〟から支援を受けNational Instrument Techを立ち上げる。


 かくして、九十九綾一、大村剛、各務原彩花の3名が同じ志の元集められた。




 NIT社が立ち上がってからは、順調に進んだ。


 表向きにサリエルコントローラーの開発を進めつつ、裏では〝あちら〟に応えるべくインナーローダーの開発を進める。そのためにザラキエル事件を起こし、医療関係者も動員した。


 また、表向きとはいえ、九十九たちはサリエルコントローラーの開発にも全力で取り組んでいた。自分たちを苦しめたのが能力者である以上、少しでも同じような被害者が生まれる可能性を消したいというのが、嘘偽らざる本音であった。


 その真逆であるインナーローダーを復讐の道具として利用しようとしたのは、自分たちの怒りや恨みを忘れないようにするため。能力者や警察への憎悪を、いつでも思い出せるようにするため。


 そして、ついにインナーローダーが完成する。


 九十九たちは、復讐のため警官襲撃の計画を練り始めた。警察の内情を調べたり、資金源の鉱山を借り受けたり、〝あちら〟の指示で部下を増やしたりして、ついにその日を迎える。


 これが、NIT社が抱えていた「闇」なのだった。







 話し終えた九十九が、自身のティーカップに紅茶を注ぎ一息つく。小気味良い水の音が静かな部屋に響くと、神木はゆっくりと口を開いた。


「警察への復讐の理由は、そういうことか」


 その問いに、こくりと頷く。


「特に彩花ちゃんは、当時警察が追っていた犯人に両親を殺された。俺の母親を見捨ててまで捜査していたくせに、犯人を捕まえられないどころかさらなる犠牲を出していたんだ」


 それなのに、警察はその全ての事実を闇に葬った。そんなの、通せる道理がない。


 虚空を睨む九十九の瞳は、強い意志を感じさせるほどに透き通っている。だが、その奥底は遺恨に染まっているのだろう。のぞき込んだら抜け出せないほどに、深く暗かった。


 九十九は呟く。


「俺たちは、とにかく認めて欲しかったんだ。警察に、自分の失態で人生を狂わされた人がいるって事を。それが叶えば十分だった。だが、やはり悪いことはするものじゃないな」


 懺悔するように九十九が瞳を閉じると、神木は冷たい口調で問う。


「それで、何人もの命を奪ったと?」


「悔やんでも、悔やみきれないけどね。俺だって、奪うつもりはなかった」


「部下の能力者たちが、能力を制御できていなかったらしいな」


 実際、九十九は部下に対して「殺すな」と命令していたし、作戦にも「殺害」は一切含まれていなかった。一件目の襲撃で警官の命を奪ってしまったKINETICに対して、しばらく行動を禁止していたくらいだ。


 だが、現実が全てである。


「人工的に発現させた能力を運用するなら、もっと慎重にならなければいけなかった。それに、部下の失敗は俺の責任だ。全ての罪は、受け入れるよ」


 覚悟は決まっているという風に、九十九が瞳を開いた。やはりその瞳は、底が見えぬのに爛々と輝くなにかを湛えていた。


「意外と道理をわきまえているんだな」


「せめて最後くらい、警察や政府に出来なかったことをさせてもらうよ」


九十九は静かに笑う。それは、全てが終わった九十九にとって唯一の本懐だった。


「まあでも、分かってくれとは言わないさ」


「それは……?」


「理不尽に奪われることの辛さは、当事者にしか分からないさ」


 静かに語る。その言葉には、この辛さは他人に分かるはずがないという気持ちと、こんな辛さを味わうのは自分たちだけで良いという、二つの気持ちが込められていた。


 九十九の言葉を聞いて、神木の顔が若干こわばる。


 その言葉に思うところでもあったのだろうか。


 すると、声を震わせながら呟く。


「分からない……わけがないだろ……?」


「……? 一体何を……」


 突然様子が変わったことに疑問を抱く九十九。


 そんな九十九を歯牙にもかけず、神木は声を荒らげてその先を口にする。


 それは、重大な事実だった。



「わたしの父は、ザラキエル事件を追っている最中に殺されたんだぞ! それも、能力者に!」



 一瞬の静寂。


 それは、九十九にとっても虚を突かれる内容だった。


 彼女の父がザラキエル事件で殺された。彼女は確かにそういった。


 だが、わからない。九十九たちは、ザラキエル事件では誰も殺してなどいない。彼女が一体なにを言いたいのか、九十九には分からなかった。


「わたしの父は、お前たちの情報をつかみかけていたんだ。だから、殺されたんだ!」


 そう語る彼女の瞳は、先ほどの九十九と同じ瞳をしていた。強い恨みに染められたどこまでも深い瞳。九十九には、彼女の言葉が真実なのだと理解できた。


 となると、考えられるのはあの人のみ。ザラキエル事件で〝あちら〟が殺害したという、たった一人の人物。


 でも――


 そんな九十九の疑問に答えるように、神木が口を開く。


「なるほどね。そもそも、私の正体に気付いていなかったのか。私の本当の名前にも」


「本当の名前……まさか――!」


「そう、受けたんだよ。特定関係者保護プロトコルを」


 神木は、気迫のこもった顔でそう告げた。


 特定関係者保護プロトコル――それは、重大犯罪に巻き込まれた関係者やその家族を保護する目的で設けられた制度である。名前も戸籍も住所も、ありとあらゆる個人情報がまったくの新しいものとなり、完全な別人へと生まれ変わることになる。


 彼女がそれを受けたと言うことは――


「それじゃあ、君の名は……」


 九十九の問いに、彼女は答える。


 それは、忘れもしない――いや、決して忘れてはならない名前であった。



「わたしの名前は望月朱梨。父の名は、望月陽大だ」



 その名前を聞いて、九十九は自分でも驚くほどすんなり納得することが出来た。


 そうか、彼女は最初から自分を捕まえるつもりでここに入ったのかと。


 思えば、彼女は宿街にいた頃からずっとNIT社の訪問に対応していた。NIT社側から引き抜きの話が持ちかけられるように、ずっと前から働きかけていたのだろう。


「いつ頃疑い始めたんだ?」


「父さんが、残してくれていたんだ。絶対に見つからない形で、手がかりを」


 なるほど、と納得する九十九。彼女の父は自分が掴みかけていた情報を、娘に託していたのである。万が一自分が捜査中に殺されても、せっかく掴んだ証拠を隠滅されないように。


「お前たちのメンバーにその能力者がいないことは分かっている。だから、その犯人はお前たちが〝あちら〟と呼ぶ組織の者。そうだろ!」


 神木が言う。その通りだった。


「ああ。でも、すまない。俺は、その犯人についての情報をなにも知らないんだ」


 申し訳なさそうに答える九十九。実際〝あちら〟との情報共有は殆どなかったので、九十九としても、彼女の父を殺した犯人について知りようがなかった。


「なんだと……! 能力者の情報くらいは持ってないのか?!」


「だから、何の能力で殺されたかも知らないんだ」


 どれだけ彼女が問いただしてきても、九十九にはなにも答えることが出来なかった。


「……くそ、せっかくここまで来たのに」


 神木が悔しげに肩を落とす。九十九としても、少しいたたまれない気持ちになった。


 そんなとき、彼女がとあることを口にする。


 それは、九十九にとっても無視できぬ、極めて重要なことであった。


「それじゃあ、私の父さんが氷の弾丸で撃ち抜かれたことも知らないのか?」


「なに!!? 氷の弾丸だと!!?」


 机を両手で勢いよく叩き立ち上がる九十九。


 氷の弾丸……!?


「それは……本当か……?」


「そうだ。わたしの父さんは、捜査中にその能力者に襲撃された。聞き取りのため一緒にいた容疑者候補を庇って、氷で出来た弾丸で殺されたんだ」


「そんな……」


 力なくソファに座り込む九十九。その能力は、大村からよく聞かされていた。


 27年前、世間を賑わせていたサリエルシンドローム患者。


 九十九たちが、能力者を恨むきっかけとなった人物が持っていた能力。


「そいつなんだよ」


「……? お前は何を言って」


「そいつなんだよ! 彩花ちゃんの両親を殺した犯人は!!」


「!!」


 九十九の言葉に、神木も言葉を失う。


 驚天動地。


 この事実は、両者にとってあまりにも大きなものだった。


「待てよ……それじゃあ……それが本当だとするのならば……俺の母さんが死ぬことになった原因は……」


 その時、部屋の窓が轟音と共に割れる。


 ダダダダという音を置き去りに、窓から床、机、壁へと破壊の嵐が吹き荒れる。


 銃撃だった。


「神木君危ない!」

「えっ」


 一瞬。


 それは、一瞬の出来事だった。


 神木を庇い彼女を突き飛ばした九十九が、無数の弾丸に風穴を開けられるのは。


「お……おい!!!」


 神木がなんとか声を出して呼びかけるも、銃撃がやむ気配はない。


 ソファが綿をまき散らしながらはじけ飛び、ティーセットが粉々に砕かれ紅茶が舞う。そこにあるもの全てに、銃撃は牙をむく。


 このままでは死ぬと悟った神木は、窓の反対側にある部屋へ移動する。


「くそっ……」


 どうすることも出来ず悪態をつく。


 その時、ユーフォに着信があった。


「……神木です」


『おお神木君、君の言うとおり例の地下施設まで来たのですがな……』


 それは、出雲からだった。神木は九十九の元へ来る前に、出雲に人工生体機構の研究を行っている施設に向かうよう連絡していた。


 だが、出雲の口から伝えられた言葉は、神木にさらなる悲壮を与えるものだった。


『どうやら、一足遅かったみたいでしてな』


「それはどういう……?」


『鉱山の時のように、爆発で跡形もなくなっておったのですよ』


「な?! それじゃあ、中の人たちは――」


『それは心配要りませんぞ。九十九の指示で、事前に避難していたようでしてな。ザラキエル事件で失踪された方も、全員無事でしたぞ』


「そ、そうですか……」


 一旦は安堵するも、事態は最悪だ。施設の人たちが無事だったのは良いが、これで施設から手に入るはずだった情報は闇へと消えた。ここも長くは持たないので、重要な証拠の殆どが失われてしまったことになる。


 そして、それを肯定するかのように、直後、社長室で大爆発が起こった。


 神木は呟く。


「なんだよ……これ……」もちろん、それで何かが変わることはない。


「ふざけるなよ……」なのに、呟かざるを得ない。


 あまりにも、現実味がなかった。


 それは、突然の出来事。


 神木には、ただ呆然とその光景を眺めることしか出来なかった。

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