7話 運命に垣間見る闇 64項「KINETIC その2」
「よし、こいつを殺されたくなかったここまで上がってこい」
KINETICの指示に従い、入口付近にいた院長が5階まで上がってくる。
本当に後戻りできない状況になってしまった。あと一分足らずで院長はKINETICの元までやってくる。それまでになんとかできなければ、院長は殺されてしまう。
せめて優奈がいれば……と千空は思った。彼女のキャストで中村の腕や歯を一時的に植物化すれば、乱暴ではあるが彼を人質から解放することができた。一番厄介なのは舌を噛みちぎられることだったので、それさえ防げるのなら幾らでもやりようはあった。
だが、彼女はここにはいない。そんなことを考えている間にも、院長は上へと上がってきている。叶わぬことを考えても、残り僅かなタイムリミットを無駄にするだけだ。
「ピコン」
その時、メンバーのユーフォが通知音を鳴らした。どうやら真佳からグループチャットが届いたようで、楓と毒島が内容を確認する。
そんな二人に、KINETICが怒声を飛ばす。
「おいそこ、なにしてんだ! 全員、ユーフォを床に置け。変な真似すんな!」
荒々しい声に、メンバーは急いでユーフォを外す。思いも寄らぬところで怒りに触れてしまったらしい。皆、心の中で冷や汗を滝のように流す。
ともかく、本当に打つ手がない。どうすればいいのかも、わからない。
こんなとき、真佳ならば何か良い案を思いつけたのだろうか。この場に彼がいたのならば、何か突破策を見つけてくれたのだろうか。
そんな風に千空が頭を抱えていると、突然、頭の中に声が響いた。
(千空君! 急ぎだからよく聞いて!)
なじみ深い声がまくし立てる。楓からの「ARIETTA」によるメッセージだった。
視線で相槌を打つと、彼女はメッセージを続ける。
(まな君から連絡来たんだけど……犯人の能力は射程があるみたい! だから、犯人からお友達を引き離せば、操りの効果が切れるんだって!)
それは、大男から聞いたのであろう敵の能力に関する情報。今この場この状況において、突破口を見いだすことが出来る天啓のような報せだった。
引き離せば能力が解除される。ならば、KINETICが中村から意識をそらしたときに彼を奪い返すことができれば、それで全てが解決する。
問題があるとすれば、院長が上がってくるまでにKINETICが隙を見せるか、動けない中村を素早く奪い返すことが出来るかの2点。
だが、そこに関しても楓のメッセージには続きがあった。
(それでね、まな君が言うには――)
そして、確実に人質を奪い返すことが出来るであろう作戦が告げられる。
その作戦は、先ほど考えた優奈がいた場合の作戦よりも、何倍も乱暴で荒っぽいものだった。
それでも千空は――千空たちはその作戦に賭けることにした。
なぜなら、それが一番確実だから。
そうこうするうちに、院長が4階まで上がって来ていた。残る階段は一つだが、そのおかげでKINETICの注意が中村から院長に一瞬逸れる。
やるなら、今だった。
千空が走り、中村の元へと駆け寄る。
驚く中村や振り返ったKINETICをよそに、千空は彼を思いっきり突き飛ばす。
その先は、吹き抜け。
千空は、中村を5階という高さから突き落としたのである。
「おまえ何やってんだ!!」
KINETICが驚愕の叫びを上げているが、千空は何処吹く風。
だって、下には……
「ナイスキャッチ、真佳!」
千空やメンバー、KINETICが吹き抜けから一階をのぞき込むと、そこにはネットのようなものを張り巡らせる真佳と、大男に支えられた中村がいた。
「良かったです。ギリギリ間に合いました」
そう言って、ネットを回収しながら真佳が大きく息をつく。既に中村は能力の効果が切れているようで、床に下ろされると自力で立つことができていた。
実は、先ほど真佳からチャットがあった際、既に彼らは病院に到着していた。院長が到着したとき、どさくさに紛れて院内まで入っていたのである。そして、大男から聞いた能力の弱点をメンバーに伝え、現状を打破する作戦を伝えてきた。
それこそが今回の「人質突き落とし作戦」だったのだ。
「MASSIVE?! どうしてお前がここにいる! まあ無事だったなら良い、早くアイズホープを捕まえろ!」
KINETICが一階の大男に叫ぶ。
だが、その返答は無情なものだった。
「そいつはできないな」
「何故だ?! どういうことだMASSIVE!」
「俺はアイズホープの坊主や嬢ちゃんたちを信じることにした。それだけだ」
「はぁ!?」
KINETICが一瞬だけ両目を見開き、次いで大男を激しく睨む。
「お前……仲間を裏切るのか?」
「裏切るんじゃねえ。これが、俺たちの信念を貫き通せる手段だと思ったんだ」
「……」
KINETICが逡巡とする。しかしそれは一瞬のことで、すぐに元の顔に戻る。
「ならいいさ。一人で任務を遂行するまでだ!」
強い口調でそう言い放ったKINETICは、5階まできていた院長に拳銃を向ける。
しまった! 中村や大男の様子に気を取られすぎて、院長のことをすっかり忘れていた!
KINETICと院長の間に割り込もうと千空が動く。だが、既に拳銃は構えられている。千空ではもう間に合わない。院長が撃たれる。
拳銃のトリガーに指先がかけられ――――それが引かれることはなかった。
その前に、毒島が動いていたのだ。
「うおっ!」
声を出してKINETICが突き倒される。その衝撃で手元から拳銃が離れ、床に転がったそれを毒島が脚で遠くへ蹴り飛ばす。これでもう、拾うことも出来ない。
「やれやれだ。お前、ちゃんと見ていろ」
千空に向かってそう言い放つ毒島。
一瞬の出来事だったが、なんとか片は付いたようだった。
KINETICが気を失ったようなので、毒島が拳銃を回収しに向かう。
院長は無事。中村も、腕を怪我したが命に別状はない。
完璧とは言えないが、最初の目的は達成できたのだった。
あとは、上の組織というのに気をつければ――
そう思ったその時、一階から焦り気味な大声が届く。
「おい、気をつけろ! そいつは罠だ! そいつ、操られているぞ!」
気付いたときには、少し遅かった。
院内に銃声がとどろく。
拳銃を拾った毒島が、千空に向かって発砲したのだ。
「くっ……!」
「千空君!!」
弾丸は防弾ジャケットの守備範囲外、千空の左腕にヒットした。「UNISON」が発動しているとは言え、射程距離内で撃たれた弾丸の威力を打ち消しきれる道理はない。千空は顔をゆがめながら左腕を押さえる。
「ぶっさん、じゃあないなキミは」
「ってことは……犯人が乗り移ったの!?」
静也と楓が額に汗を滲ませて口にする。
二人の疑問に応えたのは、大男だった。
「そうだ。それが奴の能力『依跨贔棄』の『キグルミドール』だ」
真佳を担ぎ跳躍で五階まで上がってくると、大男はメンバーに説明する。
キグルミドールとは、触れた相手の意識すらも奪う技なのだという。デメリットとしては自分の身体が制御不能になるが、意識を奪った相手に入り込むことが可能で、射程も無限となる。
つまり、こういうことだ。毒島がKINETICを突き倒したその一瞬に能力を発動。意識を奪い、毒島の身体を乗っ取ったのだ。
毒島が自分の身体に拳銃を突きつける。
「こいつを殺されたくなかったら、邪魔をするなよ」
メスを取り出し、院長に近づく。ここにきて状況が振り出しに戻ってしまった。しかも先ほどとは違い、距離を取って能力を解除する方法もとれない。
「なにか方法はないのかよ! お前の仲間だろ!」
「乗っ取られている人間が気を失えば解除されるが……」
「それだ!」
メンバーが一斉にスタナーを構える。毒島には悪いが、もうこれしか手段が残っていない。
スタンモードになっていることを確認し、トリガーに指をかける。狙いは装備の隙間。一発でも入れば、毒島の身体は気絶し能力は解除される。
素早く狙いを定めて、トリガーを引こうとしたその瞬間――KINETICが気付く。
「甘いんだよ!」
次の瞬間、毒島の身体が膝を突き、KINETICの身体が起き上がる。
自発的に能力を解除したのだろうか。
いや、違う。切り替えたのだ。先ほどまでと、同じ「アヤツリドール」に。
「む、俺は今なにを……! なるほど、そういうことか」
毒島が意識を取り戻し、状況を把握する。だが、その身体は自由を失いただただ操られるがまま。やがてKINETICから銃を奪い取られると、その喉元にはメスが突き立てられる。
KINETICが銃口を院長に向ける。
すると、大男が銃の射線上に立った。
「そこをどけ、死にたいか」
「死なないぜ。俺は」
「そうか。ならば!」
ダンッダンッ――と、音を立てて弾丸が発射される。その数は2。大男の腹部と左胸にヒットする。
大男がうめき声を漏らしながら片膝を突く。千空と同じく弾丸に貫かれることはなかったが、衝撃だけでもかなりのダメージのようだった。
その時、毒島が叫ぶ。
「千空、俺なら大丈夫だ! とにかくそいつから銃を奪え! 院長、あんたも逃げろ!」
「ぶっさん!? でも!」
毒島の命令に驚きを隠せない千空。院長も状況が飲み込めずおろおろとしている。
だが、そんな彼らを毒島は一喝する。
「早くしろ!」
「は、はい!」
迫力に気圧され、二人は急いで行動する。院長は踵を返し下の階へと逃れ、千空はKINETICの元まで近づく。千空は左腕が痛みで動かなかったので、なんとか右腕で拳銃を奪い取ろうと奮起する。
「ちょっとちょっと、あれ千空君大丈夫なの?!」
「急所は防御できてるし、千空さんの場合キャストがあるから……」
「そうだな。問題はぶっさんさ」
「でも、千空君だって無傷では……」
メンバーたちが強行突破作戦に不安を示している。
そんな中、KINETICが毒島に話しかけた。
「お前、捕まった状態でよくそんなこと言えたな」
「まあな。まったく、人質が俺で良かったよ」
そんな風に語る毒島。含みのある笑みを浮かべているので、単に自己犠牲精神とかそういうわけではなく、作戦的に都合が良かった、という意味なのだろう。
それを知ってか知らずか、KINETICはさらなる言葉を浴びせる。
「そうか。なら、望み通りにしてやるよ! さっきの情けないガキみたいにな!」
その言葉に、千空の眉がピクリと動いた。毒島ではなく、千空の眉が。
「さっきの……なんだって」
足を止め尋ねる千空。俯いているため、その表情は他のメンバーには読み取れない。
「さっきのガキみたいにって言ったんだよ。情けなく喚き散らしてたあのガキみたいにな」
千空に銃口を向け、ぬけぬけと口にするKINETIC。
ふと千空は一階を見下ろす。そこには、包帯が巻かれた腕を押さえる中村がいた。
この男は、彼が受けた痛みを知らずに、そんなことを抜かしているのか。
「よそ見してんじゃねえ。なんならそのガキも撃ち殺してやろうか!」
プツン。
その時、千空の中で何かが切れる音がした。
千空は、俯いたまま歩き始める。
「なんだ、先にお前も殺されたいのか?」
一歩一歩、ゆっくりと着実に歩を進める。
「ちっ、そんなに死にてえならそうしてやる!」
ダンッ! と弾丸が撃ち込まれる。それは千空の右脚に命中したが、千空は怯まない。
「はあ、どうなってやがる! 装甲のない場所に当たってんのに!」
ただ、KINETICの元へと歩む。
「!!」
いつしか、千空は奴の目の前まで迫っていた。
「くそ、こいつ――」
KINETICが何か言おうとする。
その台詞は、最後まで発されなかった。
「うおおおおぉぉぉぉぉっ――!!!」
握りしめられた拳が、雄叫びを上げる。
それは、炎のように激しく燃え上がる怒り。
昂ぶった感情の全てがのせられた、魂の一振り。
それは、逆鱗に触れられた竜のごとく。
千空の怒りは、快刀乱麻の一撃となって炸裂したのだった。




