7話 運命に垣間見る闇 60項「MASSIVE」
「よお。だいぶ久しぶりだな?」
「そうだな。いつどうやって乗り込んだのか、本当に不思議だ」
最大限の警戒をしつつ問いかける毒島。この遥か上空を行く「八咫烏」に、外から人が侵入できるはずがない。当然の質問だった。
男は答える。
「まあ、なんつーかよ。普通にとんできただけだ」
頭をかきながら「普通に」と口にする男。どう考えても普通ではなかった。
「鳥かよ……っていうかさ、前に戦ったときそんなキャストじゃなかっただろ?」
千空が以前戦ったときは、この大男のキャストは「凄まじいパワーと耐久力を発揮する」ものだった。少なくとも、空を自由に飛ぶとか、そういうキャストではなかったはずだ。
そんな千空の疑問に、大男は誤解を解くように補足する。
「とぶって、フライの方じゃないぞ。ジャンプの方だ」
「いやいや、こんな高いところまで跳べるわけ――」
そこまで言いかけて、口をつぐむ千空。そういえば、あの時大男は空から急降下攻撃を仕掛けてきた。まるで、隕石でも降ってきたかのように。
それに、「八咫烏」の航空高度は千から二千メートル程度で、飛行機よりは全然低い。
もしかして……あり得るのかもしれなかった。
「ともかくだ。あー、なんだ、お前らが病院に向かうのを止めないとマズいことになんだわ」
「なるほどな。俺たちの知ったことじゃあないな」
男の言い分を一蹴する毒島。
「まあ、わけを話しても聞いてもらえんだろうな。なら、これでどうだ?」
すると、話を聞いてもらえないと悟った大男が驚きの行動に出た。
――頭部を守っていたフードとマスクを外したのだ。
「「?!」」
突然のありえない行動に、メンバーは言葉を失う。アイズホープがスタナーを持っていることを知っているのなら、フードとマスクは最重要防具のはずだ。それを外すなど、自殺行為に他ならない。
一体、どういうつもりなのだろうか。
「どうだ、少しは話を聞く気になったか?」
「……まあ、話すだけ話してみろ」
そう言って、スタナーを構えつつも話を促す毒島。油断させるためにフードとマスクを外したのだとしても、リスクが大き過ぎる。そこまでして話したい内容だとすると、アイズホープにとっても重要な話かも知れなかった。
「さて、お前さんたちは「人」という字を知っているな?」
「え、なんだいその話?」
あまりに脈絡のない切り出しに、静也がおもわず突っ込む。
男は続ける。
「まあ聞け。あれってよ、お互いが支え合ってるんじゃなくて、片方が片方を下敷きにしてる図なのかもって、最近思うんだよな。お前らはどう思う?」
おそよこの状況で来る内容ではないその質問に、メンバーは警戒を強める。やはり、なにかの罠なのだろうかと。やはり、聞くべきではなかったのだろうかと。
そんな中、真佳が答える。
「極端な考え方ですね。謀略を巡らせる悪の組織にしては、偏狭な思考だと思います」
臆することもなく、いつもの冷静さを以てそう答える。
「ははっ、手厳しいな。だが、俺はそう思った。結局この世は常に誰かが上に立っている。弱者は強者に抗えず、馬鹿は馬鹿として何も知らずに利用される。それが、この世の中だ」
辛辣な返しにも屈せず、男は自分の意見を語る。その目は、何かを悟ったような哀愁を漂わせていた。
「馬鹿は馬鹿として利用されるって部分については、自明の理だな。見たところ俺と同じくらいの歳に見えるが、今更気付いたのか?」
「復讐に命を捧げていたら、遅くなっちまったんだよ。リベンジャーズフェイトって奴だ」
自嘲気味に肩をすくめる男。毒島と会話を繰り広げているが、やはり先ほどから敵意のようなものは感じられない。本当に説得が目的で、戦うつもりはないのだろう。
「ま、そういうわけだ。それでな、俺たちはどうやら馬鹿の側だったらしい」
「なにを……」
「俺たちが今回の任務に失敗すれば、上の組織がさらに大きな事件を起こすかも知れない。だから、今回だけは手を出さないでくれ。これは脅迫じゃない。お願いなんだ」
堂々と言い放つ男。そんな彼の話に、周囲の空気が緊張する。
彼の話は、普通なら「何を都合の良いことを」と軽くあしらうような提案である。要は邪魔をするなと言っているわけであり、現在進行形で事件を起こしている者が口にするにはいくら何でも自分勝手過ぎる。
だが、千空たちメンバーは彼の言葉を無視することができなかった。
彼の言葉に出てきた「上の組織」というものが、気になった。
「もしかして、上の組織というのはお前らが組んでいた仮面の組織のことか?」
「ああ、そうだぜ。流石にわかってたか」
やはり――男の言葉を聞き、メンバーの誰もがそう思っただろう。
つまり、今まで戦ってきた二つの組織には明確な上下関係があり、仮面の組織の方が圧倒的に優位な立場にあるというわけだ。思えば、直接戦った仮面の組織のメンバーは優奈が倒した敵のみなので、アイズホープへの対策はこの男の組織が任されていたのだろう。
「俺たちはな、利用されるだけされてたってわけだ。そうとは知らずにな。人の復讐心ってのは、利用されやすいのかもしれん。俺たちは、所詮『人』の下側だったんだよ」
窓の外を物憂げに眺める男。眼下には、静丘を抜け藍地の町並みが広がっている。
すると、未來が思いも寄らぬことを言い出した。
「私は……そうは思わない、かな。利用されたとかされないとかはわからないけど……」
未來は続ける。
「人って字は、確かに支え合っては居ないと思う。どう見たって、片方が片方を支えてる」
少しだけ目を閉じて、すぐに前を見据える。
「でも、この字は二画で一人の人間を意味してるから……だったら、上も下も、どっちも同じ人間なんじゃないかな」
彼女は、「人」に対し自分が信じる想いを語った。
千空は、未來が言いたいことがなんとなく……いや、しっかり理解できた気がした。
「そうか……人って字の本質は、どっちかがどっちかを支えてるとかじゃない。人は常に誰かを支えていて、一方で支えられているって意味なんだ」
千空の言葉を聞いて、未來が嬉しそうに頷く。
きっとそれは、未來自身が抱く、人という枠組みに対する嘘偽りのない思いなんだと、千空は受け取った。宿街で生まれ、幼い頃からキャスターとして生きてきた彼女だからこそ、そう思えたのだろうと。
「あなたが下だっていうなら、それは同時に上でもあるってこと。あなたを利用する人が居るのならば、あなたを支える人もいる。ううん、支えてもらえば良い。それが、『人』だから」
男に向かって、淡々と、それでいて力強く唱える。その様子からは、いつもの未來とはまた違った芯の強さを感じた。
そうだ、と千空が手を打って尋ねる。
「任務がダメだったら仮面の奴らが来るんだろ? だったら、そいつらも倒せば良い。そりゃあ、一般人にも被害が出る可能性があるし本当は来て欲しくないけど……要は被害を出さなければいいんだ。俺たちキャスターが守れば良い。そんでもって、撃退すれば良い」
千空のぶっ飛んだ発言に、男は目を見開き心底驚いた様子を見せる。上に歯向かうという考え自体が、なかったのだろう。
「お前もキャスターならさ、一緒に剣を抜いてくれよ。キャストってのは、本来誰かのためになれる力なんだから」
その言葉は、発言者の千空自身がよく体現していた。今まで人の役に立つようなことはしてこなかった彼が、キャストを得ることでどれだけ多くの人の役に立てたことか。
「なるほど、な。ありがてえこと言ってくれるじゃねえか、坊主」
千空の言葉に、かすかに微笑む男。
押せば行けそうな雰囲気だからか、他のメンバーも彼に追随する。
「うんうん。それに、今回の事件はおじさんたちの意志じゃないんだよね? だったら、敵は共通だよ!」
「ちょ、二人とも本気で言っているのかい? だって彼は……」
「そうですね。僕も心から納得は出来ませんが……ただ、今は最善策をとるのが優先です。裁くことなら、今回の件が終わった後でも出来ますから」
「……わかったよ。共闘とまでは行かなくても、二対一なら負けないか」
この男たちがしてきた行いを許せるかと聞かれれば話は別だし、客観的に見ても到底許されることではないのは確かだ。
だが、敵を倒すため共に戦うことに、反対する理由はなかった。より大きな悪を倒すために悪と手を組むというのは、ドラマやアニメの中でも定番の展開だった。
「どうするんだ、こいつらはお前の言う上の奴らすら倒すつもりらしいが」
毒島の最後の問いに、男は額に手の甲を当て考え込む。どうするべきか、自分の中で答えを探しているのだろう。
数秒の後、男は口を開いた。
「……やはり俺は警察を許すことができない。それに、俺たちが最も信じられないのは、お前らが言うところのキャスターなんだよ」
苦々しい表情で告げる。それは、差しのばされた手を払ったという意思表明であった。
どうして、と千空が問いかけるも、男は「どうもこうもねえのさ」とだけ言って、それ以上何かを答えることはなかった。交渉は決裂したのである。
「そうか。悪いが、お前らの任務を黙って見過ごすわけにはいかない。俺たちを止めたいのならば、力尽くで止めるんだな」
そう言って、毒島がふいうちでデキャストモードのスタナーを男にぶち込む。いきなりの行動に千空たちは驚いたが、男の次の行動に、彼らはもっと驚くことになる。
「とろいな!」
「なにっ?!」
なんと、男はそのまま毒島の懐まで跳躍し、スタナーを奪ってしまったのだ。デキャストモードの弾を撃ち込まれてキャストは使えないはずなのに、どうなっているのだろうか。
「うそうそ?! なんでなんで?! どうしてまだ使えるの?!」
「一体何が起きたんだ?!」
楓や静也が愕然として声を上げる。千空も急いで男の元まで向かい戦闘態勢に移る。
すると、冷静に状況を分析していた真佳が説明する。
「いえ、違います。キャストは使っていません。あれは――」
「俺自身の、素の身体能力ってわけだ」
自身の太腿をぽんぽんと叩きながら、男が告げる。それは、あまりに衝撃的な事実だった。
慌てて静也もスタンモードのスタナーを撃ち込むが、大男は少しだけ痺れた様子を見せるだけで、気を失う様子は見られない。生身の身体にスタナーを喰らって無事というのは、あまりにも頑丈すぎるのではないか。
そういえば、と千空は思い出す。前に戦ったときも、この大男は優奈の攻撃を喰らっていながらもあまり弱体化した様子が見られなかった。つまりあれは、弱体化していなかったのではなくて、元の身体能力が高かったから弱体化してもあまり影響が無かったと言うことだったのだ。おまけに能力の補正もあるし。
「やばいな、お前」
「ああ、ヤバいぜ」
軽口を叩きあっているが、一方で状況は重い。現在病院では大男の仲間が人質を取って院長を待っている。一刻も早く現場に向かわなければならないのに、大男は完全に足止めモードに入ってしまったのだ。
「どうしても、一緒には戦えないかな?」
「悪いな、嬢ちゃん。そいつは、今の俺らにゃ無理な相談だ」
依然こちらを害する意志は感じられないが、協力する気も無さそう。前に戦ったときも「害するつもりはない」と言っていたし、あの時も手加減していたのかも知れない。その方が長期戦になって時間が稼げるというのもあるだろう。
ただ、能力がなくても強いというのは厄介だった。
「とりあえず、この飛行機は止めてもらおうか」
大男がシートを根元から破壊し、要求する。人には手を出さないが、物には容赦ないらしい。
とにかく、こいつを止めないとマズい。シカトし続けても病院まではたどり着けるだろうが、ヘリポートから病院まで入れてもらえなさそうだ。
その時、真佳が腰のポーチからなにかを取り出し大男に投げた。
何かと思ったが、次の瞬間、煙幕が炸裂する。どうやら、セレモニーの時にも使っていた謎のアイテムだったようである。
辺りに煙が充満し、視界が奪われる。
換気機構により煙が晴れると、メンバーたちの目には驚きの光景が飛び込んできた。
「毒島さん。この人を、外に出せば良いのですよね?」
力んだ声で、そう問いかける真佳。
――彼は、紐状になったシートで大男をぐるぐる巻きにしてしがみついていた。
「おい真佳、何をするつもりだ!」
「この人を、この場から離脱させます」
そう言って、自分の足下に「NEUTRINO」で穴を開ける真佳。直後、機内の空気が勢いよく外へと逃げ始める。
「ちょ、キミ! 流石に危ないんじゃないかね!」
「ま、まな君?! まってよ、何するの?!」
静也や楓が顔を青ざめさせて彼を制止するが、彼のキャストによって開けられた穴はどんどんと広がっていく。
「この人を安全にこの場から退場させることは、僕にしかできません」
力のこもった声で答える真佳。だが、その顔からはいつもの冷静さしか感じられなかった。
「おい坊主、正気かよ……?」
大男も焦り気味に口にする。身体能力は高いが、ぐるぐる巻きにされた上でしがみつかれていては、流石に解くことは困難のようだ。
そんな大男の声を聞いても、真佳は止まらない。
「この紐は、先ほどあなたが壊したシートで作りました。僕らのキャストを知っているなら、その意味が理解できますよね?」
彼のキャストでは、変形はできても切断はできない。いかに座席を変形させて紐状にしたとしても、根元はくっついたままだ。だが、今回真佳が変形させたのは、先ほど大男が破壊して根元から折れたシート。八咫烏の機体とは、もう繋がっていない。
命綱には、ならない。
「つまり、このまま穴から落ちれば……次に僕たちが到達するのは地面というわけです」
真佳は、本気だった。
「真佳! そんなことしたら二人とも死んじまうだろ!」
千空も声を荒らげて静止する。それでも、真佳の意志は揺らがない。
「千空さん。キャストは誰かのためになれる力、なんですよね。だったら、今がその瞬間だと思うんです」
「そうは言ったけど、こういうことじゃねえよ!」
「そうだよ真佳君、もっと安全な方法が……!」
皆が真佳を止める。
だが、もう遅かった。
「これが一番、安全なんです」
そう言って、真佳が床の穴を大きく広げる。
「おい待て坊主――」
「病院は、皆さんに任せましたよ」
そう言い残し、二人の姿が「八咫烏」の中から消える。
二人の身体は、上空千数百メートルに放り出されたのだった。




