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6話 過ぎ来し方の憂いを払う 51項「祭りに向けたアレやコレ」

「キミたち、ルールは分かってきたかい?」


 休憩スペースの真佳と優奈に、キッチンから静也が声をかける。


「そうですね。このゲームのルールはもう大丈夫だと思います」


「ええ、あたしもばっちりよ」


 テーブルを囲みながら答える二人。テーブル上には、トランプのカードが並べられている。


「私も結構できてきたよ!」


 そう答えるのは、会議机で作業をしている楓。いつか買ったキャンバスタブレットをどんと机の上に置き、すらすらとペンを走らせている。


「おお、かなり良いじゃないか!」


「そうでしょそうでしょ、自信作なんだから!」


 タブレットの画面を見て感嘆の息を漏らす静也に、楓が自信満々に答える。画面には、彼女が描いていたカジノ用のイラストが映し出されている。


 夏休みも終わり、退屈な授業や厳しい訓練が本格的に再開された頃。


 現在オフィスでは、宿街祭の準備が着々と進められていた。


「やっぱり、この役割分担で正解でしたね」


「そうね。風見さんやぶっさんの言うとおりだったわ」


 そんなことを言い合う真佳と優奈。宿街祭の準備は、アイズホープ総裁と副総裁である彼らによって役割を分担させられていた。


 料理担当の静也はキッチンでメニューの試作、絵が得意な楓はメニュー表やルール表のデザイン、真佳と優奈は静也から説明されたゲームのルールを覚えたり練習したり。それが二人によって決められた役割分担だったのだが、それぞれの得意なことに合わせて分担されているので、準備はかなり順調に進められていた。


「ボクも良い料理が一つできたところだし、そろそろ次のゲームを教えるとするか」


 料理に一段落ついた静也が、ゲームのルールを学んでいる二人に声をかける。


 しかし、物事というものは全部が全部上手く進むわけではない。ここまですこぶる順調だったので、そろそろ問題が発生してもおかしくない時期なのだ。


「さて、次のゲームだが……っと、しまったな。このトランプじゃあ無理じゃないか」


「あら、そうなの?」


 思いも寄らぬ静也の発言に、優奈たちは不思議そうに首をかしげる。トランプなんてどれも同じなのに、ものによって遊べないゲームがあるのだろうか、と。


「カードに上下があるタイプのトランプじゃないとダメなのさ。引いたときに上向きか下向きかで、結果が変わるゲームだからね」


 どうやら、彼が教えようと思っていたゲームはカードの上下すらも進行に影響するものだったらしい。手にしたカードを見つめながら、彼は困った顔をしていた。


「仕方ない。カードに印をつけるしかないな」


「そうですね。やりましょうか」


 ソファに座り、いくつかのトランプを開封する静也たち。ペンのキャップを開け、トランプに印を付けようとして……その時、オフィスのドアが開いた。


「ただいまー」


「戻ったよ」


 そう言ってオフィスに入ってくるのは、レコーディングスタジオに出かけていた千空と未來だった。二人はカジノで流す楽曲のミキシングのために、外のスタジオを借りていたのだ。


 そう、楽曲のミキシングのために。


「良い曲はできたのかしら?」


「ああ、バッチリだよ」


 ポケットからメモリを取り出し、満足げに答える千空。そのメモリには、おそらく彼がカジノ用に作った曲が入っているのだろう。


 実はあの会議の翌日、千空が「曲は自分が作る」と申し出ていた。レコードがなかなか手に入りそうにないこと、頻繁に外に出るのは怖いことが理由らしく、状況が状況なので仕方なくはあるのだが、あまりにも突然なので他のメンバーはかなり驚いた。


 とはいえ、千空が曲を作るのであればそれに反対する理由は無いし、むしろ願ったり叶ったりだ。なので、皆が快く彼の申し出を受け入れこの状況となったのである。


「で、あっちの方はどうだったんだい? ま、キミたちが無事帰ってきたということは、そういうことなんだろうがね」


「ああ。敵の気配は影も形もなかったよ」


「全然安全だったよね」


 そう言う二人の顔からは、不安のふの字も見受けられない。それもそのはず、今回の二人の外出では、敵からの接触は一切無かったのである。かなり警戒していたにもかかわらず怪しい人物は一切見当たらなかったので、拍子抜けしてしまうほどであった。


「なるほどな。ところでキミたち、帰って早々済まないが、少し手を貸してくれないか?」


 せっかくだと言わんばかりに、静也が二人に尋ねる。カードに印を付ける作業はかなり退屈なので、早く終えるためにもできるだけ人数が多い方が良いのだが……


「あー、悪いんだけどさ、猫の手は売り切れなんだよ。ミックスが終わった曲でレコードに書き込むテストをしないといけなくて」


 静也の申し出に、千空が申し訳なさそうに頭をかく。どうやら彼は彼で忙しかったようだ。


 これまた驚くべき事なのだが、彼が曲を作ると言い出した後、実はレコードに書き込む装置も毒島と風見が手に入れてくれていた。ジュークボックスに続いて驚きの連続だが、用意できた以上は、千空もそのテストをする必要があったというわけだ。


 今まではレコードが見つかるかすらも分からないという状況だったので、千空が曲さえ作ってしまえば確実に手に入るという状況に一変したのは、かなり大きな進展だった。


「そうか。まあだが、曲が完成したというのは素直に喜ばしいことだな」


 そう言って静也がうんうんと頷く。というのも、毒島たちが装置を見つけてきた後、とある意見が出ていたからである。


 それは、書き込む装置があるのなら初めからCD音源や配信されている音源を書き込めば良かったのでは、という至極当然な意見だった。既にある音源を書き込めるのだったら、わざわざ自分で作らなくてもいいじゃないか、という。


 だが、その意見はあっさり毒島に一蹴された。権利的な問題があるから不可能だ、と。


 あまり知られていないが、著作権が切れている曲でも、CDなどの音源をコピーしたり編集したりする場合には著作隣接権というものが絡んでくる。曲ごとにレーベルや権利者が別なので、手続き的な意味でも色々と面倒なのだ。


 特に、宿街は隠された政府の施設である。民間企業とのやりとりは非常にやっかいだし、極力控えたいことでしかない。そうした理由からも、CDや配信の音源をレコードに書き込む、ということは端から無理だったのだそうだ。


 そういうわけで、書き込む装置があったとしても、自分たちで作った曲じゃないと使えないというのが実状だった。千空は作る気満々なので問題は無いが、それでも彼が曲を完成させてくれたのは、準備の進展という意味でも大きなものだったのである。


「それにしてもだが、どうしてテストだけなんだね? どうせ書き込むなら、ミックスが終わった曲は全部レコードに入れちゃえばいいんじゃないか?」


「いや、マスタリングがまだだからな。それにマスタリングは全曲完成した後じゃないとできないから、本番はまだまだ先かな」


「なんだ、そうなのか」


 つまらなそうに静也が返す。彼の家にはいくつかレコードがあり、彼自身も母と共によく聴いていたので、千空が作るレコードも楽しみにしていたのだ。なので、まだまだ先と聞いてがっかりしたようである。


「でも、そうなると手伝えるのは未來さんだけってことですね」


「ま、数があるわけでもないし、すぐ終わるだろうさ」


 そんなことを言いながら、再びペンを取る真佳と静也。


 すると、優奈がとある提案をする。


「ねえ、思ったのだけど、ちゃんと区別があるトランプを買ってきたほうがはやいんじゃないかしら? 敵に宿街を狙われないためにも出かけた方が良いでしょうし」


「うーん……ま、それもそうか。キミの言うとおりだな」


 静也が頷きペンを置く。確かに、手間をかけてまで手書きのマーク付きトランプなどという中途半端なものを作るよりは、最初からしっかり上下の区別があるトランプを買ってきた方がスマートだった。


「なら、風見さんに頼むと良いよ。ぶっさんはこのあと忙しいみたいだし」


「そうなのかい? ぶっさんも大変だな」


「副総裁だし仕方ないのだけれどね。あたし、呼びに行ってくるわ」


 毒島は無理と言うことなので、風見を呼びにオフィスを出ようとする優奈。


 すると、ちょうど毒島がオフィスに入ってきた。


「なんだ、また外出か。なら、お前らが買い出しに向かう前に一つ」


「え、なんですか?」


 メンバーの質問に答えるまもなく、毒島が背後に目配せする。


 毒島が振り向くと、開いたままのドアから二人の人物が入ってきた。


 一人は三崎。いつも通りの制服を着て、いつも通りの顔でオフィスに入ってくる。


 そして、もう一人。三崎の後ろから現れた人物は――


「皆さん、お久しぶりです」


「「「神木さん!」」」


 思いも寄らぬ人物の登場に、オフィス内が盛大に湧き上がる。なんと、オフィスに入ってきたもう一人の人物は、現在NIT社でSCの開発に携わっている神木だったのだ。


「こうして直接お会いするのは、かなり久しぶりですね」


「久しぶりなんてものじゃないですよ、神木さん!」


 ちょうどドアの前にいた優奈が、嬉しそうに神木の手を取る。彼女は神木の事をかなり慕っていたので、特に喜びが大きいようである。


「思いのほか皆さん歓迎して下さっているみたいで、私としても嬉しい限りです」


「そりゃそうですよ。だって神木さん、訪問は担当するって言ってたのに全然来てくれないんですから」


「うんうん。お手紙は嬉しかったけど、こうやってちゃんと会えて良かったよ!」


 千空や楓も喜びを隠せないでいる。この二人は宿街に来た時や訓練の時に彼女の世話になっていたので、優奈と同様に彼女のことを特に信頼していたのだ。


「宿街に来て下さったと言うことは、何か用事と言うことでしょうか?」


「確かに、何か宿街に来る理由があった……ってこと、ですよね?」


「そうですね。千空さんや楓さんもそうですけど、6月入所の患者さんが宿街にやってきてからある程度時間が経ちましたから、そのデータを受け取りに参ったのですよ」


 彼女が言うには、どうやら新しいサリエルシンドローム患者や新入り二人のキャストデータを受け取りに来たのだという。特にキャストデータは重要な機密情報であり電子送信ができないので、直接受け取りに来たのだという。


「なるほどな、つまりそのおかげでこうして会う機会ができたわけだ。データ受け取りの為だけに来るというのはなんとも面倒くさいことだが、この場合むしろ好都合ってことか」


「はい、まさにその通りですね」


 静也が肩をすくめると、神木がにっこりと笑いかける。面倒な仕事を都合の良いように利用しているところを見ると、彼女が今も順調に仕事をこなしていることが伺えた。


「では、皆さんとお話しすることも叶いましたし、私はそろそろ行きますね」


「え、もう行ってしまうの……ですか?」


「はい、一応忙しくはありますから」


 優奈が寂しそうに神木の顔を覗くが、そうしたところで彼女の予定が変わるはずもない。宿街の職員だった時期も多忙だったが、NIT社員となった今も彼女は暇ではないのだ。


「まあ、そういうことだ。来てくれただけでもありがたいと思っとけ」


「そうですね。今回みたいに、タイミングがあればまた来てくれるでしょうし」


「神木さん、また来てね!」


 そして、皆に見送られながら神木はオフィスを後にする。


 しかし、しばらく廊下を進んだところで「あっ」と何かを思い出したようにこちらに振り返る。


 そして、真面目な神木にしては珍しいことを口にする。


「すみません。どなたかユーフォを貸していただけますか? うっかり忘れてしまって」


「え、腕に付いてません?」


「これは会社用のものなのですよ。私的に少し連絡したいことがありまして……」


 どうやら、社用のユーフォは付けていたものの、プライベート用のユーフォを忘れてしまったらしい。それで、連絡に困っていたようである。


「なら、私の予備を使うと良い。付いてきてくれ」


「ありがとうございます、お借りしますね。では皆さん、改めてさようなら」


 そう言って、今度こそ神木は廊下を進み去って行った。


 久しぶりの神木の来訪に、メンバーの誰もが喜びの表情を浮かべていた。


 かつてアイズホープ担当職員だった彼女は、今はNIT社で頑張っているのだろう。


 そんな風に思いながら。


 ――そう、頑張っている。そのことに間違いはない。


 だが、何をどう頑張っているのか。


 彼女の目的を知る者は、まだいない。


 オフィスでは、いつもと変わらぬ時間が流れる。


 誰も、陰には気付かない。

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