表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/150

6話 過ぎ来し方の憂いを払う 50項「撒餌と銛」

 オフィスに集まったメンバーは、例によって会議を開いていた。議題はもちろん、帰り道での事故についてである。


「原因はタイヤのバーストだった。走行中に破裂して制御不能になったわけだが……」


 そこまで言って黙り込む毒島。彼が何を考えているのかは、その場の誰もが理解できた。


「かなり荷物を積んでいたし、過積載が原因とも考えられるけれど……きっとそうではないのでしょうね」


「そうですね。それに、かさがあるだけで重量はそれほどでもありませんでしたから……」


 真佳が憂わしげに語る。タイヤがバーストする原因はいくつか考えられるが、そのどれもが今回のケースには該当していなかった。もちろん、優奈が上げた可能性も。


 ふつう車のタイヤには、耐えられる重量の限度がある。その限度を超えるとタイヤは変形してしまうのだが、その状態で車を走らせ続けると、タイヤが破損しバーストを引き起こすことがある。


 だがしかし、今回毒島が運転していた車にそれほどの重量の荷物は積まれていなかった。かさばりこそしたが、重さで考えれば、寧ろ定員いっぱいの人間が乗っていた方が圧倒的に高重量になる。


 そもそもの話、宿街の車――特にアイズホープに用意された車は、日ノ和内でも最高の性能を誇る特注車だ。前に大男たちに潰された際もタイヤはびくともしていなかったし、最低でもそれくらいの強度はあるわけで、過積載でバーストするような代物では無いのだ。


 では別の可能性は……という話なのだが、


「タイヤが劣化していた、なんてことは……ないかね?」


「うむ、ないだろうな。考えても見ろ、宿街の車だぞ? 整備や点検は、常に完璧のはずだ」


 というように、考え得る可能性は全て否定されてしまうのが現状だった。


「それに、だ。俺の車に乗っていたメンバーなら分かると思うが、バーストの兆候みたいなものは感じなかっただろ?」


「変な匂いがしたり不自然に揺れたり、ですよね。僕は感じませんでした」


「私も私も! 本当に、急にって感じだったよ」


「助手席でも、そんなのはなかったな……」


 毒島の言葉に、彼の車に乗っていた3人が証言する。実際、彼らが乗っていたときも、バーストする直前まで異変は微塵も感じられなかった。


「それにオカシイのはそれだけじゃないワ。宿街で使っている車は最新の安全装置が搭載されているハズなのに、どうして作動しなかったのカシラ」


「そういえば、俺や三崎さんが鉱山行きの車で事故らされた時も……通常通り自動運転モードに切り替わっていたら、あんなことにはならなかったな……」


 風見の指摘通り、宿街の車に搭載されたシステムならば本来、車体の異常などを事前に察知して最適な対応をしてくれる。運転手に警告したり、自動運転モードに移行したり。


 にもかかわらず、なんの前触れも無くタイヤがバーストした。物理的な前兆も、システムからの警告も、こちらがそうと認識できる報せは一切無く。本当に突然に。


 これはつまり、そういうことなのだろう。


「襲われた、な」


 その言葉に、その場の誰もが押し黙る。訪れるのは、これまたいつも通りの静寂。


 ふと会議机の上に置かれた資材が目に入る。真佳のおかげで半分ほどは無事だが、小物類などはへこんだり壊れたりしていて、せっかく買ってきたのになんだか悲しかった。


「ボクらは今回、何もしてないのに襲われた。ということはだな、完全に敵意を向けられたってことじゃないのか?」


「まあそうだろうな。今後は、今にもまして外に出にくくなるだろう」


 静也の言葉が事実だとすれば、今後アイズホープは外に出る度、何をするにも狙われることになる。捜査にしろ買い物にしろレジャーにしろ、外にいる限り安心できる時間は無い。


 その時、あることに気づき千空が尋ねる。


「俺が狙われたってことは、ないですかね。ほら、前に俺のキャストがどうとかって……」


 以前、毒島は千空のキャストが敵にとって魅力的な能力だと言っていた。であれば、アイズホープを狙ったと言うよりも、千空単体を狙ったとは考えられないのだろうか。千空の能力がバレる機会は、いくらでもあったはずだ。


 だが、その考えを風見が否定する。


「いいえ、千空ちゃん。むしろそれは一番考えられないワ。例えばだけど、千空ちゃんが誰かを攫いたいなと思ったときに、その相手が載った車を事故に遭わせたりするカシラ?」


「あ……確かに、そうですね。例えがとんでもないですけど」


 風見の言うとおり、思いつきで発言した千空の理論は破綻していた。千空の能力がバレて狙われたとするのならば、車が崖から転落した時点で彼を攫いにくるハズだし、もっと千空側に安全な方法で襲ってくるだろう。


「でも、逆に考えればまだバレてないってことだよね……千空君の能力」


「それはそうか……そこは喜んで良いんだよな」


「うんうん、喜んで良いところだと思うよ!」


 未來や楓が、こんな状況でもポジティブな考えを見つけてくる。ひとまず、敵が千空も殺そうとしていたということは、能力は確実にバレていないと考えて良さそうだった。


 しかし、次の優奈の発言で場はまた凍ることになる。


「喜んでばかりも居られないわよ。だって『アイズホープ』が狙われたんでしょ? ということは、宿街に攻めてくることはないのかしら?」


「「!!」」


 その言葉に、メンバーの間に衝撃が走る。


 そうか……確かに、そうじゃないかと千空も気付く。


 今まで敵と交戦になったのは宿街の外でのみだった。でも、あくまでそれは千空たちから敵に攻撃されるようなことをしていたからである。セレモニーの時も鉱山の時も、こちらから敵のテリトリーに踏み入っていた。


 でも、今回は違う。アイズホープ自体が狙われているとするならば、わざわざメンバーが外に出たときに襲う必要は無い。直接、宿街へ攻めてこれば良いのだから。


 敵が宿街にも攻めてくる可能性がある。


 それはつまり、安全地帯が無くなると言うことだった。


「実は、俺たちが一番危惧しているのはそこなんだよ。常に万全の警備システムが作動してるから、万が一にも侵入されたりはしないだろうが……未遂があっただけでも、祭りどころじゃなくなる」


 毒島が言うには、宿街には堅牢な警備システムがあるらしい。宿街の入口となるいくつかのトンネル内は勿論のこと、周囲を囲む山々の至る所にレーダーが設置してあり、侵入者をいち早く発見できるというのだ。


 それだけでなく、侵入者や無人機などが警告――退去命令に応じない場合、容赦なく殲滅が行われるのだという。宿街内にいくつかある管制塔から、一斉にレーザー攻撃が行われるとのことで、人間に対しても容赦は無いのだとか。考えてみれば宿街は政府の超極秘施設なので、それくらい、当然なのかも知れなかった。


「なら、宿街内なら一応は安全ってことか……てか、それって逆に患者が抜け出すこともできないってことじゃ……?」


「おう、逃がすつもりは無いぞ」


「ですよね……」


 あはは……と苦笑する千空。敵に備えての警備が厳重と言うことは、逆に言えば内部から逃げることも難しいと言うこと。つまり、本当の意味で宿街は来てしまったら最後なのだ。


 千空たちはなんだかんだ外に出ることができているが、キャスターになれなかったら一生閉じ込められたままというわけで……改めて考えると、かなり非情だった。


「ただな……すぐにここへ攻めてくるとは考えづらい。向こうだって宿街の警備システムについては知っているはずだし、よほどのことがない限り、わざわざそんなリスクを犯さないだろう」


「よほどのこと、ですか……?」


「そうネ。例えば、アタシたちが宿街にこもっちゃって全然出てこない……とかカシラ?」


 その言葉に、静まりかえるオフィス。


 ……なるほど。毒島や風見の言いたいことは、なんとなく分かった。


 つまり、二人はこう言いたいのだろう。


「わざと外に出て、狙われたところを返り討ちにする……ってことですね。冗談じゃ無さそうなのがキツいっすね」


「ご明察」


 その返答に、辺りの空気がさらに重くなる。本当に、アイズホープに心安まる時間はないのかと、千空は天を仰いだ。だが、見上げても見えるのは天井ばかりで、空は見えない。


「こればかりは仕方ない。万が一警備を突破された場合、宿街の住民にも被害が広がる可能性があるからな。おとりという言い方は悪いが、俺たちはある程度外に出た方が良いだろう」


「……いわゆる、いつも通りってやつね。常に最大限の警戒をするってことを除けば」


「そうだな。それと、人通りの多い場所も極力避けるようにしよう。敵が襲ってきづらいだろうし、なによりこっちがキャストを使えなくて不利だからな」


 そうして、今後の方針についてはある程度まとまった。


 ここで、三崎がとあるものを持ってオフィスに入ってきた。


「毒島さん、持ってきましたよ。皆さんの分、しっかり揃っています」


「おお、ありがとう。というわけで、お前ら、こいつを持っとけ」


 そう言って、毒島が三崎から受け取ったあるものをメンバーへ手渡す。手に持った瞬間ずしりとした重みを感じるそれは、今となってはなじみ深いL字型をした小型の武器。


 スタナーだった。


「これって……もう用意できたんですか?」


「全速力で作ってもらったからな」


 千空がグリップを握ると、グリップ上部に埋め込まれたステータスランプが青く点灯した。グリップ部分には生体認証装置が組み込まれているので、千空を所有者だと認識したのだろう。


 つまりそれは、このスタナーが紛れもなくメンバー用のものだということだった。


「あ、付いた付いた! 私のも青く光ったよ!」


「ボクのも、ばっちりさ」


「あたしも問題ないわ」


 他のメンバーも各々スタナーの様子をチェックしている。今のところ、認証失敗とか起動しないとか、そういう問題は発生していないようだ。


「もうちょっとかかると思ってたけど……こんなに早くできて大丈夫なのかな?」


 すると、未來がそんな疑問を口にする。どうやら、スタナーが早く完成しすぎていることに引っかかりを覚えているようだ。


 彼女の言うとおりだと、千空も思った。


 メンバー用のスタナーが作られ始めたのは、鉱山での事件があった後からだ。具体的にいつから作り始めていたのかは分からないが、それでも、大男たちとの戦いがあってからまだ半月程度しか立っていない。


 こんな精密武器がそう簡単に作れてしまって良いのだろうか、もしかして早く作るために手抜きをしているのではないだろうかと、若干の不安は拭えない。本当に大丈夫なのだろうか?


 だが、そんな二人の疑問に風見が答える。


「その点は心配要らないワよ。財団に頑張ってもらっただけだから」


「財団って、またMES財団ですか……なんでもありですね、あそこ」


「うん……それなら納得だね」


 風見の言葉に、気が抜ける二人。どんなに不可解なことでも、財団が絡むとなんとなく納得してしまうから不思議である。


「まあ、スタナーの開発技術自体は海外の公安組織のものだけどな。とりあえず、使い方だけ説明しちまうぞ」


 その後、毒島によるスタナーの説明が行われた。といっても、そこまで使い方が複雑というわけでは無く、大まかに何点か説明されただけだ。


 まず、ロックとアンロック。これは本来の拳銃でいうところの安全装置と同じ位置にあり、このスイッチを切り替えることによってスタナーのオンオフが行える。グリップを握って認証状態にしていないと切り替えられないので、どこかに引っかけて切り替わっていたなんて事故は起こらない。


 次に、スタンモードとデキャストモードの切り替え。これも単純明快で、トリガーの上部にあるスイッチを押すだけで切り替えることができる。現在のモードについては、グリップ部分のステータスランプで確認可能だ。


 最後に、バッテリー関係について。バッテリーは銃身の下半分に装着するスロットがあり、適宜交換するようになっていた。バッテリーの残量は、スロット横側のメモリと、本来の拳銃ならハンマーがある位置の二カ所に表示されるので、どちらかで確認すれば問題ない。


 以上が、スタナーについての説明だった。


「なんだ、ボクにも扱えそうなほど単純じゃないか」


「だから本当は渡したくなかったんだがな」


 静也と毒島の会話を聞いて、確かにとスタナーを見つめる千空。説明を聞いた感じだと、このスタナーという武器は、正直かなり単純な操作性だ。実際に的を狙ったりするのは訓練が必要なのだろうが、弾を撃つだけならば小学生でもできてしまうだろう。


 危険な武器であるにもかかわらずこれほど簡単に扱えてしまう。毒島が子ども組にスタナーを渡したくなかったのはそういう理由からだったのだと、今ならば良く分かる。


「まあなんだ、とりあえず今日の会議はこんなところだ。次の外出までは、ゆっくり祭りの準備を進めるとしよう」


 方針は決まった。スタナーも渡し終えた。これ以上会議を続ける必要も、なくなった。


 なので、今後についての会議はひとまず終了となるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ