6話 過ぎ来し方の憂いを払う 47項「買い出し」
「さて、もう一度確認するぞ。静也と千空は楽器店でBGMに使えそうな素材を、俺と未來、優奈はカジノショップでゲーム用のグッズを、風見と真佳、楓は部屋の装飾用の材料を」
毒島が周りのメンバーに伝えると、メンバーは各々頷く。
ショッピングモールのマップを確認したり、買うものを確認したり。毒島の言葉を受け、それぞれが必要なことの最終チェックをする。
メンバーは今、ショッピングモールへ買い出しに来ていた。
会議の後、カジノをやることがまとまったメンバーはそのまま風見に報告に行った。せっかくスムーズにまとまったのに却下されたらどうしよう、などという不安はあったが、そんなものは要らぬ心配だったようで、特に問題なくカジノ案は受け入れられた。
また、風見と毒島はカジノゲームのルールを知っているらしく、二人が運営を手伝いやすいことも大きかった。「なら、俺らも楽できるな」と、むしろ願ったり叶ったりといった様子だったのだ。
こんなにも上手く事が運ぶなんて、俺ってマジで天才的な案を出したんだな――と、千空はこの状況に、一人そんなことを思っていた。しかし実際その通りで、彼がカジノ案を出していなかったら、未だにオフィスで会議が続けられていただろう。彼のしたことは、非常に意味のあることだった。
「さて、それじゃあ行動開始だ。お前ら良いもん見つけて来いよ?」
というわけで、本日の作戦が開始された。千空と静也も、早速自分たちの買うものを確認し行動に移る。
今回二人が買うものは、カジノで流す用のおしゃれなBGM集だ。それも、ただのBGM集ではない。会議で「ジュークボックスで曲を流したい」という意見が出たので、せっかくならとレコード盤を買うことになったのだ。雰囲気重視というわけだ。
「本当は、キミが曲も任されてくれると良かったんだがね」
「そうは言っても、もう辞めちゃってるからなぁ……」
楽器店の場所を確認しながら、そんな会話をする音楽担当二人。
実は、曲を流すという案が出たとき、千空が作曲を担当したら良いのではないかという案が出ていた。千空は幼い頃から作曲をしていたという話はメンバーにも伝わっていたため、それがいいのではないかと。
だが、千空はそれを断った。彼が作曲を担当しようと思うと、色々と問題があるからだ。
まず、曲をジュークボックスで流すにはレコード盤が必要となる。これは至極当然のことだし、今日レコード盤を買いに来ていることからも明白だ。
では、千空が曲を作ったとして、それをレコード盤にできるのか。今度はそんな疑問が生まれてくる。そして答えは「無理ではないが限りなく面倒」である。
現代においてレコード盤は遠い昔の懐古趣味――いわゆるレトロでしかなく、ある種の遺物のような存在になりつつある。CDショップにはなかなか置いていないし、取り扱っている店を探すだけでも大変だ。
既製品すらなかなか手に入らないのに、果たして自分で作る装置が見つかるのか。それが一番の問題点だった。
勿論、そういった装置が全くないわけではない。オーディオマニアをあたればレコード盤に音を刻むための装置を持っている人がいるかもしれないし、大きなスタジオや古いスタジオならば整備されたものが残っているかもしれない。絶対に無理というわけではないのだ。
だがしかし、装置が見つかったとして千空はそこから曲まで作らなければなけない。しかも千空はカジノに合う曲なんて作ったことがないので、音楽の歴史について勉強するところから始めなければならず、それもかなり大変だ。
そこまでの手間をかけてオリジナル曲を作る必要があるかと考えると、正直なところ首を横に振らざるを得なかった。
そんな理由から、曲については出回っているものから見つけることになったのである。
しかし……
「なあ千空、なんだか全然見つからないが……」
「そうだな。まさかここまで置いてないとは……予想外だった」
楽器店に着いて色々と見て回った二人が、満身創痍で呟く。意気揚々とやってきたのは良いものの、レコード盤なんてものは影も形もなかった。
「ボクから言わせれば、ジュークボックスを用意できたことの方が予想外だがね」
そんな風に肩をすくめる静也。実は、レコード盤は見つかっていないのに、ジュークボックスの方は既に用意が済んでいた。
「マジでそれな。たまたま置いてあったらしいが、一体どうたまたまなのか……」
ぶっさんと風見が言うには、センターの保管室に置いてあったらしいのだが……なんでそんなものが保管室に置いてあったのかはまったくの謎である。とはいえ使えるものは使おうと言うことで、アイズホープで借りることができたのだそうだ。
「まあでも、この店に無ければ今日はもうダメそうだな。他のメンバーと合流するか」
レコードについては一旦諦め、そう口にする千空。事前に毒島から、レコードがなければ他のメンバーの買い物に付き合うよう言われていた。
「なら、キミは風見ネエさんのグループと合流すると良い。ボクはぶっさんの方へ行くよ」
「おっけ。じゃ、別行動だな」
そうして、二人は他のグループの元へ向かうのだった。
真佳と楓、風見の三人は、テーブルや装飾に使う布を探しに手芸用品店を訪れていた。
「ねえねえまな君。これとかどうかな!」
「うーん、それはカジノの雰囲気にはあんまり合わないんじゃないかなぁ」
「じゃあじゃあ、こっちは?」
「あ、それは結構生地がしっかりしてるし、テーブルに良いかも」
「それじゃ、ソレは買いってコトネ」
そんな感じに、どんどんと必要なものを揃えていく三人。基本の流れは楓が見つけて来たものを真佳と風見で判断する感じである。
真佳と風見も色々と見てはいるのだが、とにかく楓があっちへいったりこっちへいったり、どんどんと使えそうなものを見つけてくるので、それだけでもかなりの収穫になった。
他のチームと違い専門的な知識が必要ないこともあり、かなり順調に買い物が進んでいた。
「布類はこれくらいでいいかしらネ。あとは雑貨屋で小物を見まショ」
「はい、そうしましょうか」
「うんうん、それじゃあレッツゴー!」
そして、次の店へと繰り出す3人。面白いほどトントン拍子で買い物が進んでいくので、レコード探しに四苦八苦していた千空たちが見たら、愚痴の一つでも零しそうである。
「あ! この置物とかいいじゃん!」
商品棚を物色していた楓が、金色にギラギラと光る趣味の悪い置物を手に取る。本来こういったものは彼女の趣味ではないが、カジノに合いそうならばどんどんと見つけてくる。
「こういうのも良いんじゃないかな」
真佳も、見つけてきた人工観葉植物を二人に見せる。卓上サイズの地味なものだったが、植物まで派手にしてしまうと収拾がつかなくなるので、選択としては間違っていなかった。
「いいねいいね! でも、種類はそれだけ?」
「今日買うのはあと1、2種類くらいだよ。会場が広いから観葉植物は多めに必要になると思うし、また別の日に専門のお店で買おうと思って。まずは試しで買ってみて、イメージ確認」
他の観葉植物をざっと眺めながら、そう答える真佳。
実はカジノ案が通った日、毒島や風見も交えた会議が行われていた。毒島たちがジュークボックスを用意したのもその時なのだが、そこでカジノを開く会場も決まっていたのだ。
会場は、普段は患者などが立ち入らない職務用であるC棟の2階にある大会議室。宿街祭ではこの棟の1、2階を解放して出し物のスペースに利用するのが恒例になっており、今年も例にならい、そこの部屋を使用することになったのだ。
ただ、大会議室というだけありその部屋はかなり大きい。12×18メートル程の広さがあるので、装飾として観葉植物を置くとなると、卓上の小さなものだけでなく大きなものまで大量に必要となってくる。
それだけの量の観葉植物を専門店でもない雑貨屋で揃えられるはずもないので、真佳の考えはもっともなのだった。
「じゃあじゃあ、今日の所はこんな感じかな? どうかな、風見おネエさん?」
「そうネ。あとは壁紙なんかも見て終わりってトコかしらネ」
「それじゃあ、会計を済ませてそっちも見に行きましょうか」
「エエ。そうしまショ……ぷっ」
すると、突然風見が吹き出した。
今の会話のどこに笑う要素があったのか、何が何だか分からない様子の二人。「どうかしましたか?」と真佳が尋ねると、風見は「ごめんなさいネ」と笑い出した理由を説明した。
「いやネ、真佳ちゃんって誰に対しても敬語だったカラ、楓ちゃんに対しては砕けた口調で話してるのがまだ慣れなくてネ。それに、楓ちゃんと他の人ではモノスゴクきっぱり口調を変えるものだから、ちょっと面白くて」
「そういうことだったのですね。確かに、かなり癖のある基準だと、自分でも思いますから」
「うんうん。まあでも、仕方ないことではあるんだけどね」
風見の釈明に、心底納得する二人。実際、この二人も心のどこかで自分たちの関係が珍しいものだと理解していた。
真佳の家は、もともと由緒正しい家柄だった。目上に対しては身内ですら「母様」や「姉様」と呼ぶほどで、砕けた口調で話せるのは学校の同級生くらい。アイズホープですら年上のメンバーとは丁寧語で話しているほどなので、年上でありながら「姉ちゃん」呼びの楓は本当に特例中の特例なのだ。
彼の両親が彼女を気に入っていたためにその呼び方が許されているという経緯はあるのだが、現状真佳がタメ語で話すのは楓のみなので、やはり異質なことに変わりは無かった。
「さて、アタシが笑っちゃった理由も納得できたみたいだシ、次のお店に行きまショ」
風見が話を切り上げ、二人にそう促す。
話が逸れた原因は解決したので、ここでこれ以上話す必要は無い。特に真佳と楓の二人は、この件について話そうと思うととんでもなく長い話になってしまう。
なので、二人は風見の言うとおり次の目的地、壁紙ショップへ向かうことにする。
三人の買い物は、まだまだ続きそうだ。
「うーむ。思いのほか……大変だな」
「ごめんなさいね……あたしも知識があれば良かったのだけれど」
毒島の泣き言に、申し訳なさそうに答える優奈。
毒島たちのチームは、千空たちのチーム以上に苦戦を強いられていた。
「やっぱりあれだな。静也をレコードの方に行かせたのが間違いだったな」
目の前に広がる数々のカジノグッズを眺める毒島。買う必要のあるものはかなり多いというのに、現在このチームはほぼ毒島一人によって成り立っていた。
というのも、毒島以外に知識のあるメンバーがいないこのチームでは、分担して買い物をすることが困難だったのだ。別々に店内を回ってはいるのだが、すぐに未來か優奈から質問が飛んでくるので、毒島は楓とは違う意味でいったりきたりする羽目になっていた。
「確かに静也君がいれば楽だけど、カジノ関係の話を全部任せるのも……」
「そうね。とはいえ、これだけ大変だと先が思いやられるわ……やっぱり、彼に頼るしかなさそうよ?」
買い物が始まってからそこそこな時間が経過していたが、必要なものはまだ半分ほどしか集まっていない。同じくらいの時間で、千空・静也チームや風見チームは買い物に区切りを付けていたので、そう考えても進捗は芳しくなかった。
「うむ、仕方ない。すまないが未來、静也と交代してきてくれるか? 静也を呼ぶにしても、千空一人にするわけにはいかんからな」
「わかりました」
結局、未來が静也と交代することになり、千空たちの居るレコードショップへと歩いて行った。このままずるずると続けていても埒があかないので、賢明な判断だった。
「最初からこうしていた方が良かったな」
「結果論ね」
「ああ。それも結果が悪かった場合の、最悪のな」
下らない会話をする毒島と優奈。毒島の手には、先ほどまで未來が持っていた商品カゴがしっかりと握られている。
「まあ、静也が来ればきっとサクサク進むだろう」
「そのとおり。ボクが居れば百人力さ」
とにかく、今は静也が来るまでどうすることもできない。
二人は彼の到着を待つことにして――――気付く。
あれ、今の声は?
「って、静也?!」
慌てて後ろを振り向きながら、優奈が声を上げる。彼女が振り向いた先には、まさに今話題に上げていた瀬城静也が手を振りながら立っていた。
「いつからいたのよ?」
「ちょうど今だね」
飄々と答える静也。恐らく本当のことを言っているのだろうが、言い方のせいで嘘をついているようにも聞こえるので不思議だ。
「ふむ、そうか。まさかこんなにもタイミング良く来るとはな。ということは、レコードが手に入った……わけでは無さそうだな」
静也の様子を見て、状況をすぐに察する毒島。ここに来たということは買い物が終わっているはずなのに、彼の手には何も握られていない。つまり、そういうことである。
「その通りさ。レコードに嫌われているのか、どこをどう探しても見つからなくてね。どうしようもないから、他のチームを手伝いに来たってわけさ」
「なるほどな。なかなか上手くはいかんな」
額にしわを寄せながら毒島が唸る。両手が塞がっていて、顎をいじることはできなかった。
「でも、助かったわ。ちょうど静也の助けを借りようと思っていたところなのよ」
「みたいだね。まあ、ボクが来たんだ。大船に乗ったつもりで居ると良いさ」
これ見よがしに胸を叩く静也。若干の胡散臭さは拭い切れていないが、それでもこの状況、頼りになることに変わりは無いだろう。
「では、俺は未來にお前が来たことを伝えてくるから、先に二人で買い物をしていてくれ。あとこれも頼んだぞ」
そう言って、毒島が静也に全ての商品を押しつける。静也が割と嫌な顔で受け取ると、足早に未來を追いかけていった。
そして、ショップには静也と優奈が残される。
「さて、それじゃあ買い物を続けるとしようじゃないか。どこまで終わったんだい?」
「そうね……トランプとかの小物類は先に揃えたから、後は――」
気を取り直して買い物を再開する二人。人数は先ほどまでよりも少ないが、静也がいる分、効率は今の方が上だった。
買う必要があるものはあと半分。
カジノショップでの買い物も、目処がつきそうだ。




