1話 天使の宿街 2項「異能力」
〈瑞波千空さーん。2番へどうぞー〉
しばらく待っていると、彼を呼ぶ声が中待合に響いた。楓と別れてから待つこと四十五分、ついに千空の番が来たのだ。待ち時間が長すぎて半分眠りかけていた千空は、頬を叩いて目を覚ます。
ドアを開けて検査室の中に入ると、検査員が出迎えてくれた。
「千空さんですね。どうぞ」
と、千空に椅子を勧める。
促されるままに千空が座ると、検査員は説明を始めた。
「この検査では、千空さんのサリエルシンドロームの状態を調べます。この検査の結果に応じて、今後千空さんが住む場所や家なんかも決まるので、結構重要な検査なのですよ」
神木に説明されたとおり、この検査によって色々決まるようだ。しかし、どうしてサリエルシンドロームの状態によってそこまで決められるのだろうか。
「どうしてそこまで決まるんですか?」
「ああ、それは単純な話ですよ」
千空が疑問に思い尋ねると、検査員は詳しく説明してくれた。
そもそも、サリエルシンドロームというのは一言で表すならば「異能力」だ。しかし、その異能力の種類や内容は人によって違う。勝手に物を燃やしてしまう人も居れば、単に宙に浮いてしまうだけの人も居る。
宙に浮いてしまうだけなのならば、周囲に与える影響はほとんどない。定期検査の回数も少なくて良いし、それに合わせてある程度中央センターから遠い場所に住むこともできる。
しかし、物を燃やしてしまう人の場合は話が変わってくる。近くにある物が勝手に燃えるということは、とんでもない影響を周囲に与えるからだ。
前提として、まず燃える材質の家には住めない。さらに、定期検査も頻繁に行う必要がでてくるので、必然的に中央センターに近い場所に住まなければならなくなる。
そういったことから、この検査で今後のことが色々と決まるのだそうだ。
「まあその辺はこちらで調整しますので、あまり深く考えなくて大丈夫ですよ」
「そうですよね。それじゃあお願いします」
今後のことが決まると言っても、千空にできることは一切ない。ただただ目の前の検査員に、言われるがままに検査をしてもらうだけだ。だってこれは、健康診断や体力測定などとは違うのだから。
そう思い、千空は検査員の指示に従い別室に向かった。
別室の中を覗くと、刑事ドラマなどでよくある取調室のようになっていた。入るのは千空一人だけらしいので、設備も検査用の椅子と机が一セットあるだけだ。
検査員に促され、椅子に座る千空。椅子にはいろいろなセンサーが付いており、座り心地は正直最悪だった。頭が来る位置には脳波測定用の大きな装置も備え付けられていて、機能性だけを追求したような作りだ。
千空が椅子に座ったので、検査員が千空の頭に測定用の装置を取り付けた。学校などで使うものをさらに大きくした感じで、まあまあな重さがあってこれまた窮屈だった。
装置を取り付け終えると、検査員は千空にリストを渡した。
リストには「燃えろ」「凍れ」「浮け」等の言葉がたくさん書かれており、中には「毒よ出ろ」みたいな物騒な物まである。一体コレは何なんだ……
千空が困惑していると、検査員が説明を始めた。
「ここでの検査では、このリストを使います。私たちが別室で指示を出しますので、その指示に従ってこのリストにある言葉を頭の中で念じてください。黙読するのではなく、本当にそうなれーと、しっかり念じてくださいね」
説明を聞き、わかりましたと答える千空。とにかく念じればいいわけだ。しかし、一つ疑問があった。どうして部屋の中は千空一人なのだろうか? 普通はその場に検査員もいるはずだ。
気になった千空が尋ねると、簡単なことですよと検査員が教えてくれた。
「火炙りにはなりたくないですからね」
それだけ言って、検査員は隣の部屋へ移動していった。
なるほど確かに。さっきの説明でもあったが、患者には物を燃やすなどの危険な能力を持っている人も居る。そんな人達にいろいろと念じさせる訳だから、そりゃあその場も危険極まりない空間になるだろう。検査員が避難するのも納得だった。
その後、別室の検査員から室内放送で必要な説明が十分になされ、いよいよ検査が始まった。事前の説明通り、検査自体はとても簡単な物で、放送で指示のあった番号の言葉を頭の中で念じるだけであった。
しかし、この検査の恐ろしいところはここからだった。待ち時間の長さやリストの量から若干察していたが、念じる項目が多すぎたのだ。十とか二十とかそんな甘い物ではない。その数まさかの百超えである。
しかも、一度やった項目はそれで終わりというわけではなく、ランダムで何度も出てくるのだ。おそらく、試行回数を増やすことで正確に測定するのだろう。
だとしても、やはりこの量は圧倒的だった。一項目十秒だとしても、百項目やるには大体十七分くらいかかってしまう。実際は百項目すべてやるわけではないらしいのだが、それでもかなりの時間がかかりそうだった。
また、この検査は時間がかかるだけではない。毎回毎回強く念じなければならないため、体力的にもかなりハードなのだ。正直なところ、学校のテストよりも疲労感が半端ない。
頑張ることはないと思っていたのに、とんだ誤算であった。勘弁してくれよと心の中でつぶやく千空なのであった。
「お疲れ様でした。どうでした? 結構疲れたでしょう」
「疲れたなんてものじゃないですよ……」
検査を終え元の部屋に戻ってきた千空は、労ってくれた検査員にそう告げた。時間的には十五分くらいで終わったのだが、内容が内容だけにかなり疲れていた。
「それで、どうだったんですか?」
千空は検査の結果を聞いてみた。サリエルシンドロームを発症していること自体はわかっているが、実際に自分がどういう力を持っているのかはまったくわからなかった。
この検査でそれも判明するのならば、かなり気になるところである。面倒な能力でないと良いのだが……
「そうですね。どうやら千空さんは、外への影響は考えなくてもよさそうです」
「と、言いますと……?」
検査員の説明によると、千空の能力はこうだった。
千空自身の身体には能力による何かしらの影響があるが、周囲に対しては全くの無干渉、なんの影響も与えないのだという。
「それじゃあ、ここに通う回数も少なくて良いってことですね」
ラッキーだった。とんでもなく凶悪な能力とかだったらどうしようとか思っていたが、どうやらその心配はなさそうだ。
「あ、いや……ちょっと言いづらいのですが……」
千空が喜んでいると、検査員が申し訳なさそうに言った。
え、言いづらい……? まさか、何か問題でもあるのだろうか……
「な、なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「今の検査では、千空さんの脳波……厳密には念波というものの様子を調べました。そしてその結果、能力のタイプを調べることができました。しかし、その念波の様子が普通のサリエルシンドローム患者と大きく異なっていたのですよ」
と、検査員が言った。他の人とは違っていた……? 一体何が?
「どういうことですか?」
「そうですね。具体的に言うと、普通の患者よりも念波が安定していたのです」
その言葉を聞き、疑問に思う千空。
安定しているのなら、むしろ問題ないのでは?
「なにか不都合があるんですか?」
「不都合……そうですね。千空さんにとっては大問題となります」
自分にとっては……ということは、施設側からしたらやはり都合が良いのだろう。しかし、こちら側には都合が悪い。一体どういうことだろうと、千空はわけがわからなくなってきた。
千空がパンクしているのをよそに、検査員は説明を続けた。
「念波が安定していると言うことは、能力が暴発する恐れはないと言うことです。逆に言えば、自発的に能力を制御することもできる」
うーん。説明を聞いても、やはりメリットがあるようにしか思えない。
本当になにが問題なのだろう……。
そう思った千空だったが、検査員の言葉を反芻するうちにとある考えが頭をよぎった。
まてよ……制御することができる……?
ということは、もしかしたら……
そして、その考えを肯定するかのように、検査員が次の言葉を口にした。
「つまり、千空さんは自身の能力を自在に操れるポテンシャルを秘めているのですよ」
マジか。
いや、マジか。
大事なことなので二回頭の中で繰り返す千空。
それもそのはず、検査員の言葉が本当ならば、自身が能力者になることも可能となるのだ。
今までもサリエルシンドロームのことは異能力のように認識していたが、まさか自在に操ることまでできるとは……夢の世界みたいじゃないかと、千空は興奮した。
「それ、めちゃくちゃ凄いことじゃないですか!?」
「はい。とても凄いことなのですよ」
その言葉に、再度興奮する千空。まさか、自分がアニメに出てくるような異能力を手に入れることになるなんて……本当にこれは現実なのだろうか。
しかし、そのとき千空は先ほどまでの疑問を思い出した。
あれ? では、なぜ検査員は自分にとって大問題だと言ったのだろうか。さっきも思った通り、問題どころか、メリットしかない気がするのだが……
そんな千空の様子を見て、検査員が口を開いた。
「千空さんは、UMCについてご存じですか?」
検査員は、千空にそんなことを聞いてきた。何でいきなり、オカルトの話が出てくるのだろうか。UMCなんて今は何の関係もないというのに――
いや、まてよ。
UMC……?
何かが引っかかり、千空は思案を始めた。
確か、UMCというのは政府の秘匿する超技術に関するオカルトだったはずだ。この前も有栖と雪希が触れていたし、それは間違いない。で、その技術がいろいろなところで役に立っているらしいが、詳しいことは解明されていないのだそうだ。
そういえば、とあるSF作家が定義したこんな法則もあった。確かその法則によると、十分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かなくなるのだという。
そこまで考えて、千空ははっとした。
では、その逆は……?
「まさか、UMCって――」
「そうなのです。UMCの正体は、能力を制御できるサリエルシンドローム患者なのです」
検査員はそう告げた。
そうか、そうだったのか。
その言葉を聞き、千空は完全に理解した。
たまにネットで話題になるUMC。
政府が秘匿する超技術とされているそれは、ガセでもなんでもなかったのだ。
その後の検査員の話は、本当に一方的だった。
まず、世間でUMCとか呼ばれている超技術。それは紛れもなくサリエルシンドローム患者の能力なのだそうだ。組織に写真も見せてくれたので、それは疑いようがない。
では、なぜ政府がサリエルシンドローム患者を利用しているのかだが、それも単純明快。異能力なんて便利なもの、どう考えても利用しない手はないのだから。しかも制御可能でデメリットもないときた。まさに至れり尽くせりである。
「つまり、僕は政府の組織に入れられるってことですね」
「申し訳ありませんが、そうなります」
検査員がそう謝るも、千空は素直に謝罪を受け入れることができなかった。だって、検査員は別に悪くないし、そんな検査員に謝られてもどうしようもない。悪いのは、明らかにもっと上の方だ。
「拒否権は?」
「残念ながら」
どうやら断ることもできないらしい。まあ、それに関しては想像通りだ。そもそも、サリエルシンドローム患者としてここに来たときだって、そうだったのだから。
千空は大きくため息を吐いた。何というか、展開が急すぎて疲れてしまったのだ。いや、先の検査で疲れはしていたが、違う意味でも疲れてしまったのだった。
「なんか、めちゃくちゃですね。政府って」
そんな千空の口からは、愚痴がこぼれた。まあ、こんな状況では無理もなかった。
「私が言うのもなんですが、そんなものですよ。政府なんて」
苦笑いしながら検査員はそう口にした。その顔からは、それが本心から発せられたものだということが感じ取れた。多分、この人も苦労しているんだろうなと、千空は思った。
「それに、キャスターの方には悪いですけど、私もこれが仕事ですからね」
なんというか、政府側の検査員がそれを言うと一気にきな臭くなる気がする。この人も大変なんだなと、千空は労ってあげたくなった。
「検査員さんも大変なんですね……」
「お気遣いありがとうございます」
この感じだと、本当に大変なんだろうなと思う千空。
「ところで、キャスターってなんですか?」
労うと同時に、千空は検査員の言葉にあった単語について聞いてみた。さらっと出てきたのでスルーしそうだったが、誰のことだろう。先ほどの説明でも出てこなかったような気がするし。
千空が尋ねると、検査員は説明してくれた。
「ああ、キャスターというのは、能力を自在に操れる患者のことですよ」
その説明は実にあっさりしたものだったが、なるほど必要なことはすべて伝わった。
要するに、能力を制御できるサリエルシンドローム患者のことを、他の患者と区別して「キャスター」と呼んでいるのだろう。語源はわからないが、確かに何かしら呼び方がないと困る。毎回毎回「制御可能患者」とか呼ぶのは大変だろうし。
「じゃあ僕ももうすぐキャスターですね」
「そうですね。一応訓練してからにはなりますが」
「でも、正直納得いかないですよ。ちょっと前まで普通の高校生だったのに、自分の意志とは関係無しに政府の犬にされるなんて」
「そう言われてしまうと、返す言葉が見つかりませんね」
そんな感じで検査員と会話する千空。そのとき、あることに気付いた。
「そういえば、僕たち長話してていいんですか? 僕の後にも検査する人が居たんじゃ……」
「あっ」
千空が尋ねると、検査員はしまったという顔をした。
うん、これは多分ダメだったやつだ。
「いや、そうですね。検査に時間がかかったことにしましょうか。念波が安定していたから慎重に調べたとでも言えば、信憑性高いですよ」
あ、誤魔化すつもりだ!
とはいえ、この人もなんというか苦労人みたいだし、そもそも自分も共犯者だ。なので、千空は検査員の嘘に合わせてあげることにしたのだった。
「それじゃあ、検査に時間がかかったってことで」
「助かります。あ、それとなのですが……能力が制御できることやキャスターのことについては、基本的には施設内であっても口にしないようにお願いします。大変なことになりますので」
と、最後に検査員にそう釘を刺された。まあ、確かにそうだ。冗談抜きで異能力だし、外で口にしようものなら混乱待ったなしだ。いや、そもそも信じてもらえるかわからないけど。
「わかりました。それじゃ、ありがとうございました」
検査員に感謝の言葉を伝え、千空は検査室を後にしたのだった。