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5話 宿街の休日 41項「自然の中で」

「さて、テントが張れたことだし、次はバーベキューの準備をしましョ!」


 千空たちがテントを張り終えると、風見がそう言って手を叩く。


「でも、バーベキューって何を準備すれば良いんだ?」


 風見の言葉に、アウトドア知識の無い千空が呟く。人と出かけることが少なかった千空は、当然アウトドアの経験も乏しかった。


 そんな千空に、静也と優奈が答える。


「そうだな……グリルとか鉄板とか、あとは炭も必要だな」


「道具は一通りレンタルできるわね。値段はするけど、炭もここで購入できるわ」


 二人が言うには、バーベキューに必要な道具は全て管理棟で手に入るという。確かに、それならアウトドア用品を持っていなくても気軽に楽しむことが出来ていい。


「なるほどな。でも、色々道具持ってきてるみたいだし、レンタルは殆ど必要ないよな」


 先ほど風見が持ってきた荷物を眺める千空。両手に抱えるほどあるその荷物は、かなりの量である。これだけ持ってきていれば、わざわざレンタルする必要があるのは鉄板くらいだろう。


「そうだな、ここで調達するのはグリルと炭だ。俺はグリルのレンタルに行くから、あと二人くらい来てくれると助かるんだが……」


「なら、ボクと優奈が行くよ」


 すると、静也がそんな申し出をした。確かに、静也と優奈はキャンプの知識がありそうだったし、良い人選かもしれない。たかがレンタルに複数人で行くというのも、これだけの人数だとグリルも大きい物になるので、運搬のことを考えると賢明な判断だった。


「それじゃあ、あとは炭か。せっかくだし、俺、行ってみようかな」


 流れに乗って、千空も申し出る。アウトドアの経験がない彼からしたら全てが新鮮なので、どうせなら色々と経験しておくのも悪くは無い。


「なら、私もついていくね。キャンプは何度か来たことあって、炭の選び方も少しだけ知ってるから」


 どうやら未來は千空に着いてきてくれるらしい。炭に選び方なんてあったのかと一瞬焦ったが、それを知っている彼女が来てくれるのならなんの問題もあるまい。


「それじゃ、残りのアタシ達はそのあいだ他の道具を洗ったりしてるわネ。ということで、早速行動開始ヨ!」


 そして、千空たちはそれぞれの役割を開始するのだった。







 管理棟に着いた千空と未來は、早速炭を選び始めた。


 ……が、炭選びは一瞬で終わった。


「これが黒炭で、こっちが白炭。あと……これはなんだろう。まあいいや。黒い方は扱いやすくて、白い方は扱いづらいけど料理に向いてるタイプ……だったかな」


「だったら、白い方で良いんじゃないか? 静也が居るんだし、なんとかなるだろ」


「そだね。私もそう思う」


 そんな感じに、一瞬で購入する炭が決まったのだ。もしこれが千空一人だったのならばどれを買えば良いのか分からなかったことだろうが、未來が居たおかげで迷う必要など無かった。


「じゃ、さっさと買って戻るか」


 炭を手に取り受付へ向かう千空。結構な値段がしたが、そこは毒島の財布なので問題なし。炭の購入を終えたらもう管理棟に用はないので、二人は寄り道せずに風見たちの元へ戻る。


「それにしても、炭は炭でも色々種類があるんだな。俺一人じゃ絶対選べなかったなアレ……」


「私もちゃんとした知識があるわけじゃないけどね。特徴くらいはなんとなく知ってた程度」


「それでも、ついてきてくれて助かったよ。ありがと」


 テントまで戻る間、そんな会話をする二人。本人は少し知っていた程度というが、千空にとってはかなり貴重な情報だったので、彼は未來が色々知っていて本当に良かったと思った。


 そうして会話をしながらテントまでの道のりを歩く二人。そんな二人に、山の冷たい風が吹き付ける。


「やっぱ木富県のキャンプ場ともなると夏なのに涼しいな。むしろ少し肌寒いまであるかも」


 風を受け千空が呟く。このキャンプ場は標高1000m以上の所にあるので、夏なのにかなり涼しかった。所謂、避暑地という奴だ。


「半袖だと、確かに寒いかもね」


 そう言う未來はばっちり長袖を着ている。というか、涼しいことは分かっていたので、真佳や優奈、三崎なども羽織るものを何かしら持ってきていた。


 しかし、多分だが未來が長袖を着ている理由はそれではない。なぜなら……


「お前ってさ、いつも長袖着てるけど、そんなに冷えやすいのか?」


 そう、未來は普段から長袖を着ていたのだ。それこそ、千空がアイズホープへ来た当初から今に至るまで、一日たりとも半袖を着てこなかった。7月になっても、8月になっても、着ているものは長袖オンリーだ。


 冷房で冷えやすいからと夏でも長袖を着ている人は多いし、未來もそう言うタイプなのだろうか。そういう疑問もあって、千空は軽い気持ちでその質問を未來にした。


 そんな千空の質問に、未來は少しだけ考える素振りを見せる。少しの間神妙な表情で袖の方を眺めると、彼女は意を決したかのようにそれをまくり始めた。


「実はね、海が嫌だった理由って、これもあるんだ」


 そして、彼女の腕が露わになる。


 ――そこには、驚くほど大きな傷跡が広がっていた。


 彼女の腕には、右の肩から二の腕にかけて、想像を絶する怪我をしたのであろう印が刻まれていた。女の子の身体にあるにはあまりにも酷なそれは、彼女がなぜ普段から長袖を着ていたのかを、如実に物語っていた。


「ぶっさんが事件で腕と眼を失ったって言ってたでしょ? 私もね、その事件に巻き込まれたんだ」


 そう語る未來の眼は、どこか捉えどころの無い雰囲気を放っていた。それは、思い出したくない感情から無理矢理目を背けているかのような気配さえ感じ、千空はこの質問をしたことを後悔した。


「……悪い、無神経だった」


 彼は自身の口からその言葉が出るまで、途方もない時間が流れたように感じた。実際には2秒3秒といったところだが、彼女の言葉を反芻している時、彼は時間がゆっくり流れているような感覚に陥った。


「ううん。怪我については隠すつもりなかったし、事件のことも私が話そうと思って話したことだから」


 そう言って、未來は袖を戻す。


 千空も、誤魔化すように言う。


「そうか……そうだ! 実はさ、俺も背中とかにでっけえ傷跡があるんだよ!」


 それは、未來と同じように千空もあまり考えないようにしていたことだった。千空は事件ではなく事故に巻き込まれるという形だったが、小学生の頃大けがをして入院していた。その時の傷が、背中などに大きく残ったままだったのだ。


 だから、未來と近い経験を話せば、少しでも彼女の気が楽になるのではないかと思った。


「プールとかはいつもラッシュガード付けてたんだ。だからさ、ほら、あれだよ、おそろい!」


 空元気だった。自分でも情けないほどに、それが分かるほどに。


 しかし、千空の話を聞いた未來は「えっ」と驚いた様子こそ見せたが、彼の不器用さに気付いたのだろう、思わず笑みを零す。


「そうだったんだ……そだね。おそろい」


 千空は、アイズホープに入ってから人の辛い過去を聞くことが多いように感じた。いや、アイズホープに入ったからと言うのが、正しいのかも知れない。


 千空がサリエルを発症して宿街に来たように、宿街に来る人は皆、言ってしまえば人生を呪われている。そんな中で、サリエルを自分のものにした者が集められたのがアイズホープだ。


 その時点で、アイズホープのメンバーは他者とは違う特異な運命を背負っていたのかもしれない。はたまた、そんな運命を背負っていたからこそ、サリエルを自分のものとし、キャスターとして覚醒できたのか……


 千空がそんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。


「おーい、キミたち。何をしているんだ?」


「こっちもレンタルが完了したぞ。はやくテントに向かおう」


 毒島チームだった。千空と未來がオロオロやっている間に、グリルを借り終えたようだ。


「そうだな、早く行くか……って、ずいぶんデカいの借りたんだな」


 毒島達が借りてきたグリルを見て、思わず口にする千空。彼らが借りてきたグリルは二つで、一方は長辺が一メートルくらいある大型のグリル、もう一方は直径30センチくらいの蓋がついたグリルだった。


「9人も居るのだから、これくらい大きい方がちょうど良いわ」


「まあわかってはいたけど、いざ実物を見ると、思いのほか圧巻でさ」


 あれだけの人数だ。大きめのグリルを借りるであろうことは誰にでも想像できる。しかし、まさかここまで大きなものを借りてくるとは、千空も予想できなかった。


「って、それは白炭じゃないか! 二人が選んだのかい?」


 すると、静也が二人の持つ炭をみて嬉しそうに問いかけた。


「うん、炭の特徴はなんとなく知ってたから。扱いづらいみたいだけど、大丈夫だよね?」


「任せたまえよキミ。伊達に料理人やってないってことを、見せてあげようじゃないか」


 そう言って、皆にウインクをする静也。フラグにならなければいいが、彼のことだ、こと料理に関して心配は要らないだろう。


 そんなわけで、今度こそ千空たちはテントまで戻ることにした。


 だがしかし、ここでまたしても思いもよらぬ事態が発生する。


 遠くの方で、何かが水に落ちるような音がした。かなり小さな音だったが、千空の耳には確かに水の音が聞こえた。


「? なんか今聞こえなかったか?」


「ああ、確かに聞こえたな。あっちの川の方だろうか?」


 毒島も聞こえていたようで、千空の言葉に反応している。彼らが居るところから林を挟んだ反対側には川があるのだが、音が聞こえてきたのはその方向からだった。


「誰かが釣りでもしていて、バケツか何かをひっくり返したんじゃないのか? キャンプならよくあることだと思うぞ」


「そうだといいけど、少し気になるわね。ぶっさん、川の様子を確認できるかしら?」


「ああ、今からするところだ」


 そう言って毒島が林の向こう、川の方へと視線を移す。だが、林までは50m、その林も数十メートルの厚さはある。その距離を目視で確認するなんて不可能ではないだろうか。


 そんな千空の心配をよそに、毒島は確認を進める。その様子を見るに、どうやらしっかりと視認できているらしく、どんな視力をしているんだと千空は不思議に思った。


 だが、そんな疑問が千空を支配していたのは一瞬だった。そういえば、毒島の目は片方義眼だったなと思い出したのだ。毒島は最新式の義眼を使用しているはずなので、ズーム機能などの便利な機能が搭載されていても不思議ではなかった。


 なるほどなーと千空が勝手に納得していると、突然毒島が叫ぶ。


「おい、子どもが溺れているぞ!!」


「「「ええ!?」」」


 大変だ! なんと、先ほど聞こえた水の音は子どもが川に落ちる音だったのだ。


 聞いたことがある。子どもは溺れるとき、バシャバシャと音を立てたりせず静かに溺れるという。だから、水に落ちた音は聞こえても、人が溺れているとわかるような音はしなかったのだ。


 とにかく、早く助けなければ。このままでは、その子どもが死んでしまう。


「未來と三崎は管理棟に、静也は風見たちに伝えてこい! 浮き輪のようなものがあればそれも借りてくるんだ! 優奈と千空は俺と一緒についてこい!」


「「了解!」」


 毒島の指示で、各人が動く。一刻を争う事態だ、誰もが即座に毒島の指示に従った。


 毒島はグリルを固定していたロープを解き、千空と優奈を連れて走り出す。


 3人は全力でキャンプ場を駆け、林を抜けて川まで向かう。川に着くと、毒島の言葉通り、確かに小さな女の子が溺れていた。しかし、周りに大人の姿はない。親は一体何をしているんだと、千空は憤る。


 だが、怒っている暇はない。まさに今この瞬間、女の子は川に流されつつあるのだ。どうにかして助けないと……


 すると、優奈が女の子に声をかけた。


「大丈夫! 今助けが来るから!」


 その声に、女の子はかすかに安心したような表情になる。その様子を見て、千空はすぐに理解した。助けるにも相手がパニックになっていてはどうすることもできない。まず相手の不安を取り除くというのは、救助において大切なことなのだろう。


 逆に、こちらが取り乱してもいけない。それは相手に不安を与えるし、最適な行動がとれなくなる可能性もある。まずは、皆が落ち着かなければいけないのだ。


 千空がそのことに気づき気持ちを落ち着かせていると、毒島がロープを女の子へ投げた。先ほどグリルから解いてきたものなので、強度も長さもバッチリだ。毒島のロープは無事女の子を捉える。


「そのロープに掴まるんだ!」


 毒島が女の子に呼びかける。しかし、溺れている女の子はうまく身動きがとれず、すぐそこにあるロープに掴まることができないでいる。


 まずい。川の流れによって、ロープと女の子がどんどんと引き離されていく。毒島はロープをたぐり寄せもう一度近くに投げようとしているが、女の子が溺れ始めてからかなり時間がたっている。体力的に、そろそろ水面に顔を出すのも困難になってきているはずだ。


 このままでは、最悪の結果になってしまう。一体どうすれば……


 そのとき、千空の頭にある考えがよぎる。


 そういえば、自分のキャストはダメージを軽減する能力だった。それはつまり、体へ加わった力を軽減できるというわけだが……ならば、自分にぶつかる水の力を軽減して、川の流れに逆らうことはできないだろうか。


 試してみる価値は、ある。


 そうと決まれば、早速千空は生身で川へ突入する。


「おい、千空やめろ! お前まで溺れたら助けきれない!」


「千空、もどって! 泳いで助けにいくのは、一番ダメな行動よ!」


 岸の二人が千空を制止する。


 だが、水に入った千空は感覚で理解した。やっぱり、思った通りだったと。


 千空が川に入ったとき、千空は水の流れを感じなかった。まるで湯船につかったときのように、まるでプールに入ったときのように、千空の体は穏やかに川に受け入れられた。


 岸にいる二人も、千空の異様な状況に気付いたようで、先ほどとは真逆に千空を応援し始めた。二人は千空のキャストについて知っているので、千空の状況を理解したのだろう。


 千空は二人の声援を受けながら、女の子の元を目指す。深いところまで来ると流石に水流を感じるが、キャストのおかげで流されるほどではなかった。


 女の子の元までたどり着いた千空は、呼吸ができるようにその子を仰向けに浮かせる。女の子が安心したところで、千空はその子を岸まで運んだ。途中、風見たちが空のクーラーボックスを持ってきてくれたので、それを浮き代わりにしてかなりスムーズに女の子を岸まで運ぶことができた。


 岸に上がった千空は、未來たちが持ってきたタオルを羽織り、一際大きな息をつく。


「はあぁ、マジでどうなるかと思った」


「お前が川に入っていったときも、どうなるかと思ったがな」


 すると、千空は毒島に突っ込まれてしまった。まあ、当然の反応である。


 そして毒島だけではない。


「ほんと、びっくりしたよ。救命スタッフさんを連れてきたら、千空君まで川の中だもん」


「そうネ。まさかそんな無謀なことをするなんて思わなかったわ」


「本当に、キミはいつも無茶ばかりするな」


 と、千空は他のメンバーにも散々な言われようだった。だが、それは皆が千空のことを心配してくれていたからこその発言だったので、千空も一応は反省することにした。


 とはいえ、千空の行動のおかげで女の子を助けられたのは事実だ。なので、そこについてはアイズホープメンバー、そしてスタッフや後から来た女の子の親を含めた全員が、千空に感謝の言葉を贈っていた。


 その後、優奈が女の子の容体を診て応急処置などをしていたが、どうやら心配はないようだった。発見が早かったので、水もほとんど飲み込んでいなかったのだという。


 何はともあれ、この騒ぎはアイズホープのおかげで犠牲者が出ることなく収束した。


 そして、メンバーたちは気を取り直して、バーベキューの続きを開催するのだった。

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