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4話 鉱山と仮面の男 39項「NOISE その2」

 大男が千空たちの元へ突っ込み、地面を鳴らしながらえぐる。先ほどの急降下攻撃よりも威力は弱いが、それでもこちらの体勢を崩すには十分であった。


 地面に手をついた千空たちの元へ、フードの女が走る。その邪悪な腕が、彼らに迫る。


 だが、一足早いのはやはり真佳だ。


 袖を紐状に変化させ女の腕を絡め取り、動きを封じる。無理な体勢で放った紐はすぐに振りほどかれてしまったが、こちらが体勢を立て直すには充分の時間を稼ぐことができた。


 しかし、息をつく暇はない。


 再び大男が攻撃を仕掛けてくる。千空たちは散開してなんとかそれを回避するが、回避した先にも今度は女が待ち構えている。


 大男がメンバーの体勢を崩し、その隙に女の方がキャストで確実に仕留めに来る。そういう作戦なのだろう。敵は二人だというのに、いや、二人だからというべきか、かなり的確な連携をしてきていた。


 対して、こちらの作戦はかなり即席だ。


 千空が大男をなんとか押さえ、真佳が女の動きを封じる。その隙に、毒島がスタナーで仕留めるという算段になっているのだが、これがなかなかうまくいかない。


 それもそのはず、現在戦えるのは、千空、真佳、毒島の3名のみ。優奈は静也がダウンした今どうすることもできないし、未來と楓はそもそも非戦闘員である。数ではこちらが勝っているとはいえ、総合的な戦闘能力では圧倒的に相手が上なのだ。


 真佳が変化させた袖で動きを封じにいっても、すばしっこく動き回る女はなかなか捕まってくれない。たまに掴んだとしても、その時は大男が千空を無視して真佳を攻撃しに来るので、そちらに意識が向いた一瞬で女は袖から脱出してしまう。


 もちろん、真佳への攻撃は千空が頑張って防いでいる。それはもう、気合いで防いでいる。


 だが……


「くぅッ……!」


「おいおい、あんま無理すんな。砕けちまうぞ」


 いかに千空のキャストがダメージを軽減する能力だとしても……いかに大男が優奈の能力で弱体化しているとしても……アスファルトにクレーターを創るようなパワーの攻撃を、ノーダメージで防げる道理はなかった。


 大男の拳を防いだ千空の腕がミシミシと音を立てる。まだ致命的なダメージは負っていないが、千空の骨が砕かれるのも時間の問題だ。


 真佳は真佳で、なかなか女を捕まえられずにいる。それどころか、女が真佳の隙を狙ってキャスト攻撃をしてくるせいで、逆に真佳が防御に徹しなければいけない状況になることもある。


 真佳が女の動きを封じなければ、毒島がスタナーを撃ち込むこともできない。そのため、勝利の兆しも全く見えてこない。


 圧倒的な戦闘力の差。それを全身で感じながら、千空たちは戦うしかないのだった。






 千空たちが激しい攻防を繰り広げる中、未來は考えていた。


 自分にできることはないのだろうか、と。


 もちろん、未來の仕事はあくまで過去の情報を手に入れることだ。だから、戦いは未來の役目ではないし、戦いになったら安全な場所に隠れて最後まで無事でいるというのも、立派な任務の内だ。


 だが、必死に戦う千空たちをみて、未來は何かしたいと思った。いや、しなければ気が済まなかったのだ。自分がそうしたいという自分本位で独りよがりな考えではあったが、それでも未來は、この強敵を倒すことに協力がしたかった。


 ふと隣をみると、悔しそうに歯を食いしばる優奈の姿があった。


 彼女は敵を弱体化させることが仕事だったのだが、一度目の攻撃ではそれは中途半端に終わった。しかも、静也がやられてしまったことで、キャストも発動できなくなった。


 もしも自分があの大男をしっかり弱体化できていれば、状況は違ったかもしれない。きっと彼女はそんな風に考えているのだろうと、未來にはなんとなく理解できた。


 とにかく、なにか協力できることを探そう。


 とりあえず、潰された車をみてなにか使えそうなものがないか探す未來。すると、潰された車の下の方、とあるものが目に入った。


 それは、車体がめちゃくちゃに歪んでいるにも関わらず、原型を維持し続けているタイヤの姿だった。


 これ、どうにかして使えないかな……?


 何かをひらめきそうな未來。


 すると、楓から「ARIETTA」にて相談が来た。


(未來ちゃん、優奈さん。ちょっと、いいかな――?)


 ――そしてこの相談が、この絶望的な状況を打破する決定的な作戦を生み出すことになる。






「くっ……」


 千空が大男の拳を受け止める。だが、何度も何度も必殺の一撃を受け止めていた千空の拳は、すでにダメージの限界が近かった。


「もうやめとけって。別に俺らは、お前らを怪我させたいわけじゃないんだからよ」


「……っ、言っとけ!」


「だー、これだから若いやつは」


 防戦一方。だが、千空が限界に近い今、それももう崩壊しそうになっていた。


 そんなとき、楓からキャストによる連絡が入る。


(みんな! 今から私が言うこと、よく聞いて。あのね――)


 楓が千空たちに、とある作戦を伝える。


 そして、彼女の作戦を聞いた戦闘メンバーが、瞳に希望を取り戻す。


 ……いける。これなら、こいつらを倒せる。少し心配ごともあるが……倒すことはできる。


 彼女から伝えられた作戦は、この状況を打破することが出来るものだった。


(だから、絶対に感づかれないように気をつけて! もうすぐ準備が整うから、準備ができたら3からカウントダウンするね!)


 楓の言葉に、千空たちは心の中で頷く。つまり、カウントダウンまで耐えしのげば、千空たちの勝利である。


 切迫したこの状況の中。


 希望は、見えたのだった。






「お前よう、もうちっと自分を大事にしたらどうだ」


 拳をたたき込みながら、大男が千空に言葉をかける。千空の拳は、もう折れる一歩手前というほどにダメージを受けており、途中から彼は足も使い始めていた。


 だが、千空はそれに作り笑いで返す。


「大事にしてるさ。俺は俺自身の、お前らを捕まえたいって意思をな」


 それが本心からの言葉なのか、千空自身にも分からない。あいにく千空には、任務への信念とか責任感とか、そういう類いのものはまだない。


 では、どうしてそんな言葉が出たのか。


 それは多分、千空の中に焦りが生まれたからであった。


 千空には、何もない。もちろん、家族がいて友達がいて、そう言う意味では幸せ者だし満たされているのだと思う。だが、それ以外の部分がからっぽなのだ。


 彼には誇れるものが何もなかった。他のメンバーのように、信念を持って任務に臨んでいるわけでもないし、キャストを使って活躍できているわけでもない。趣味だった作曲も中途半端に終わってしまったし、誇れるものは一つたりとも持っていない。


 彼の父は、それはそれは誉れ高い人物だったと聞く。作曲家として大成し、それだけでなく、人柄や能力も評価され他の分野でも活躍していたという。


 それなのに、自分はどうだろうか。他のアイズホープメンバーが活躍する中、自分だけが何もないまま取り残されている。


 千空は焦ったのだ。メンバーからだけでなく、自分で自分を認められるほどにならなければと。意識はしていなくとも、千空の奥底で、そんな焦りが生まれたのだ。


 だからだろうか、ここでこいつらを捕まえる。そうすれば、少しは自分を認められるのではないかと、心のどこかでそう思ったのだ。


 それが、千空の口から出た言葉の正体であった。


「……そうか。まあ、それならいいんじゃねえの? だが、文句は言うなよ!」


 大男の攻撃がさらに激しくなる。


 大男はもはや、真佳を狙うことはせずに千空のみを狙っていた。というのも、キャストを使い続け体力を消耗してきた真佳が、防御に精一杯で女を捕らえる回数が極端に減ったからだ。


 大男の攻撃の回数が増えたことで、千空の腕にはさらにダメージが蓄積される。防御に使い始めた足も、いつまで持つかわからない。それに、足で受け止めれば体勢を崩してしまい隙を生むことになる。


 そして、案の定バランスを崩し地面に膝をつく千空。しかも、大男の拳を受け止めた足がしびれてしまって、すぐに立つことができない。


 千空に生まれた大きな隙に、大男が拳にパワーを溜め始めた。数秒後、すべてを破壊する一撃を、そのブルドーザーのような拳から繰り出すつもりなのだろう。


 足はもう使えない。だが、次の一撃を受け止めたら、おそらく千空の拳は粉砕される。


 万事休すか。


 しかし、このタイミングで天の声が届く。



(いくよ、3!)



 楓だ。楓たちが、準備を整えたのだ。



(2!)



 カウントダウンが進む。


 だが、大男も力をため終える。



(1!)



 全てを砕く拳が千空に迫る。


 だが……それが千空に到達する前に、カウントダウンは終了した。



(0!!)



 次の瞬間、楓がありったけの声を出して叫ぶ。


(わああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!)


 しかし、それが千空たちの耳に届くことはない。楓は、自身のキャスト「ARIETTA」を大男と女のみに適用して、敵にだけ聞こえるように大絶叫したのだ。


 突然発せられた金切り声に女と大男が一瞬ひるみ、辺りを見回す。ほんの一瞬、ほんの少し生まれた隙であったが、それを真佳は逃さなかった。


 真佳が袖を変形させたロープで女を縛り、フードを外す。そこへ毒島がスタンモードのスタナーを撃ち込むと、女の身体が重力に委ねられた。どうやら、スタナーがうまく決まったようである。


 千空たちは、やっとのことで敵の一人を捕らえることに成功したのだ。


 だが、まだ終わりではない。


 大男が、再度千空に攻撃を加えようと迫る。それに対し、千空はその場で両腕をクロスさせて防御の姿勢を取るのみ。


 千空の目の前に大男の拳が迫り――そのとき、千空の身体が浮かぶ。


 先ほどまで地面に跪いていた千空が、勢いよく後方へ飛んでいく。それは、真佳がもう片方の袖を千空に巻き付け、高速で引き寄せたからであった。


 そして、今まで千空がいた地面にとあるものが転がってくる。


 それは、先ほど未來が注目した車のタイヤだった。


「なに!?」


 大男はタイヤに気付きとっさに拳を止めようとするが、時すでに遅し。勢いのついた大男の拳は制動を許されることなく、まっすぐに車のタイヤを穿つ。


 アスファルトと大男の拳に挟まれたタイヤが、おかしな形に圧縮されていき――



 タイヤが、限界を迎えた。



 パンッ!! という、耳をつんざくほどの乾いた音が辺りに響く。


 その衝撃波は直前までそばにいた千空にも届いたが、真佳のおかげで十分に距離がとれていたため、本人の「UNISON」だけで防御可能な威力であった。


 だが、衝撃波を直接食らった大男は無事では済まない。爆風によって押し戻された拳が、勢いをそのままに持ち主の顎へとクリーンヒットする。


 自分の拳にアッパーを食らった大男が、眼をぐるぐると回しながら片膝をついた。


 どうやら、勝負あったようである。






 楓からの相談に、未來はとあることを思いついていた。


 それは、このタイヤを犯人に破壊させてはどうだろうか、ということだった。


 聞いたことがある。タイヤというものは、破裂したときに凄まじい衝撃を発するという。ならば、あれだけ頑丈な大男にも、ダメージを与えることが出来るのではないだろうか。


 だが、懸念がないわけでもない。それがどのくらいの衝撃なのか分からないため、もしかしたら大男に重篤なダメージを与えてしまうのではないか。そもそも、破裂してパーツが吹き飛んだりしたら、こちらのメンバーも大けがをするのではないか。


 そこで未來は優奈に小声で相談した。真佳も毒島も戦っている今、こういうことは優奈にしか聞けない。


(そうね……確かに、いかに敵とはいえ取り返しのつかない怪我をさせるのは、ね。それに、こちらにも危険が及ぶのなら、なおさらだわ)


 その作戦が危険を孕んでいるのならばあまりにも無謀だ、というのが優奈の回答だった。


 彼女には、能力の暴走で一人の人生を台無しにしてしまったという過去がある。だからこそ余計に、こういう人の命に関わることには敏感なのだろう。


 そうだよね……別の方法を探すしかないよね。と、未來は諦めることにした。


 しかし、そんな未來に優奈が小声で告げる。


(大丈夫よ未來。あたしはまだ、危険だなんて一言も言っていないわ)


(え、それじゃあ……)


(あの大男の耐久力なら、間近で破裂を喰らったとしてもまったく問題ないわ。他のメンバーに関しても、千空のキャストなら防御可能でしょうし、真佳やぶっさんも車の陰に隠れれば怪我の心配は無いわ)


 逆に言えばダメージにはならないでしょうけど……とも付け加えているが、優奈は「その作戦で行きましょう」と未來の作戦に乗っかってくれた。


 別にダメージを与える必要は無い。ひるませることが出来れば、スタナーを撃ち込むことができれば、それで十分なのだ。


 こうして、作戦は実行されたのだった。






「真佳、フードを外せ!」


 毒島が叫び、デキャストモードのスタナーを大男に構える。これだけ身体が頑丈だとスタンモードは効かない可能性もあるので、先ほど女に打ち込んだ後すぐに切り替えていた。


 真佳が言われたとおり、千空を引き寄せた方の袖を器用に動かしフードを外しにかかる。これでもう、あいつも終わりだろう。


 とはいえ、今回はやばかった。本当に、やばかった。この戦いの最中、千空は真面目に命の危険を感じていた。それも、前回の戦いの時よりも。


 前回の戦いでは、敵のキャスト能力こそ凶悪だったが、命に関わる部分に関しては静也のキャストで完全ガードできていた。


 しかし、今回の戦いはそう上手くはいかなかった。敵の気絶攻撃には静也の能力が効かず、もう一人の敵は完全な脳筋物理アタッカー。こちらの命に直結する部分に、何の対策もできていなかったのである。


 マジで死ぬかと思った……そう思いながら千空が車の方へ視線を移すと、未來たちが安堵の表情でこちらを覗いていた。潰された車の車高は、彼女たちの身長よりも幾分か低くなっていた。


 それにしても、楓から「タイヤを破裂させて攻撃する」なんて作戦が飛んできたときは、本当にどうなることかと思った。だって、タイヤの破裂ってかなりの威力があるらしいし、生身の人間が食らったら最悪死ぬんじゃないかと、千空は思ったのだ。


 実際のところ、本当に敵キャスターが死んでしまったとして、アイズホープメンバーにお咎めはない。アイズホープには、敵キャスターの人命を無視して公共の安全とメンバーの生命を優先できる権利があるから。


 つまるところそれは「敵なら殺してよい」ということを意味するのだが、メンバーがそれをよく思うはずがない。許されるとはいえ、それは人としての領域を超えてしまっている。どんなに大罪人であろうと、人の死を人が決めていいはずがないないのだ。それが出来るのは、神とその使いだけである。


 だから、この作戦を最初に聞いたとき、千空は少し心配に思った。仮に成功したとき、この大男は無事なのか? と。きっと、他のメンバーもそう思ったことだろう。


 でも、この作戦が届いたとき楓を通して優奈が大丈夫だと告げた。あの大男の耐久力ならば、確実に死ぬことはない。重症を負う可能性はあっても、重体にまでは絶対にならないと、彼女はそう断言したのだ。


 だから、信じた。能力越しに伝えられた優奈の「大丈夫」という言葉を、彼らは信じたのだ。だからこそ、今この結果があるのだった。


 正直、今回の勝利はほとんど彼女たちのおかげと言っても過言ではなかった。なので、千空は最大の感謝を込めて彼女たちに手を振った。



 ――そう、千空が彼女らに手を振った、まさにそのとき。



 フードを外され太陽にさらされた眼が、こちらをギョロッと睨んだ。


 大男が、意識を取り戻したのだ。


 確実に脳震盪は起こしていたはずなのに……あまりにも早すぎる復帰に、皆が愕然とする。


 真佳がとっさに身体を縛ろうとすると、大男は両腕を地面にたたきつけ、十メートルほど後方へ跳躍した。そして、車の反対側にいる未來たちの方へ目を向ける。


 まずい。


「真佳ァ!! 俺を未來たちの前へ!!」


 千空が叫ぶ。一瞬で状況と彼の考えをくみ取った真佳は、彼を彼女たちの前へ放り投げる。


 なんということだ。大男が、今まで気にも留めていなかっただろう彼女たちに狙いを定めてしまった。


 彼女たちは訓練を受けているとはいえ、非戦闘員だ。優奈は一応戦闘員ではあるが、現状戦うすべを持たない。あんな化け物相手に、なにができるはずもなかった。


 千空を放り投げた真佳と、スタナーを構えた毒島も彼女たちの前に立ちはだかる。


 なんとしてでも、自分たちが守らなければ。メンバーが欠けることは、許されない。


 しかし、そんな千空たちに大男が告げる。


「別に、嬢ちゃんたちを狙おうってわけじゃねえさ。ただ、羨ましかっただけでな」


「……何が言いたいのだ、貴様は?」


 毒島が問うも、大男は目を閉じて首を振るのみ。


「さて、どうやら目的の時間は稼げたようだ。さっきそこのボロボロ君にも言ったが、別に俺はお前たちに危害を加えたかったわけじゃねえ。てなわけで、もうここに用はない。それじゃあな、少年」


「待て、お前たちは一体なんなんだ?! それに、鉱山にいたあの仮面の男は――」


「仮面の男……? さあな。お前たちに答える義理はねえよ」


 毒島の問いも虚しく、大男はそう言い終えると、フードを深くかぶり地面を蹴って森の奥へと消えていった。その時ほんの一瞬だけ、大男が捕まった女の方に目をやり悲しげな表情をしていたことに、千空たちは気付かなかった。


 その場の空気が、木々のさざめきで満たされる。


 一体何だったんだと、顔を見合わせる千空たち。


 だが、彼らはすぐに大男の行動を理解することになった。



 ――直後、例の鉱山がある方向から巨大な爆発音が響いたのである。



 その場にいる誰もが、何が起こったのかを一瞬で把握していただろう。


 なぜ今回、新たな能力者をけしかけてきたのか。なぜその能力者は、千空たちにとどめを刺さずに、この場を去って行ったのか。


 その後、出雲警部たちと合流した千空たちは、例の鉱山に向かった。


 だが、そこは既に捜査が行えるような状態ではなかった。


 財団に引き渡した女も、前回の犯人と同様に記憶を喪失していた。


 捜査は阻止され、敵には逃げられ、証拠も隠滅された。


 完膚なきまでに、アイズホープの敗北であった。


 千空は思った。どうするのが、正解だったのだろうかと。この強大な敵に、どう立ち向かうのが正解だったのだろうかと。


 答えは――――出なかった。







 その男は、ため息をつきながら電話を切る。


 そして、先ほどまでの会話を思い出す。


(これで二人目か。しかも、鍵乃未來を危険にさらすとは……)


 忌々しそうにユーフォを眺める男は、憂鬱げにつぶやく。


「まだ戦力は残っているが……例の技術について必要なものは全て揃った。潮時、だな」


 ふと机の上を見ると、電話に出る前に確認していた資料が目に入る。


(それにしても、この能力……以前から調べてはいるが、やはり普通の能力とは性質が違う。もしかして、あれは……)


 男は資料を手に取ると、少しだけ考え込む。だが、すぐに手放して机の上に戻してしまった。


(まあ、焦る必要は無い。ゆっくり調べれば良いだろう。だが、アイズホープ……ラヴビルダー程ではないが、やはりあれも厄介だな。ふむ……)


 しばらく思案すると、男は何かを決めたのかおもむろに立ち上がり、窓際まで移動する。


「芽は、若い内に」


 そして……


「駒は、使える内に」


 不敵な笑みを浮かべ、その男は眼下に広がる大海を眺めるのだった。


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