4話 鉱山と仮面の男 36項「続・鉱山へ」
鉱山へ向かう車の中で、千空は不満げに窓の外を眺めていた。
「それにしても、理由も言わずにいきなり来いだなんてぶっさんも大概酷いですよね。それに、今回はメンバーじゃないって言ってたのに……」
流れゆく景色を目で追いながら三崎にそう零す。車は現在崖道を走っており、道の下には鬱蒼な森がこれでもかというくらい広がっていた。
「そうですね。でも、アイズホープに与えられる任務の性質上、仕方無いことではあるんです」
千空の愚痴に、申し訳なさそうに答える三崎。
「そうなんですか?」
「基本的にアイズホープの任務は警察の捜査に協力することですし、現場に行って初めて分かることもありますからね。そうなると、今回は必要ないと思っていたメンバーが、唐突に必要になるということも多々あるんです」
「あー、確かにそう言われると納得かもしれないです」
警察の捜査でも、現場に行ってからあれが必要だこれが必要だとなることはあるだろう。普通の事件の捜査でも起こりうることなのだから、特殊な事件の捜査をしているアイズホープで起こらないわけがなかった。
「ところで、何か飲まれますか? さっき買っておいたんです」
千空が納得したところで、三崎がクーラーボックスを取り出し問いかける。
今でこそ崖道を走っている千空たちの車だが、つい先ほどまでは高速道路を走っていた。目的の鉱山は奈香野県の北の方にあるので当然なのだが、その道中で千空たちはSAに寄っていたのだ。毒島だけのときは現場まで直行らしいので、三崎が居てラッキーだった。
ちなみに、急ぎで捜査に向かっているのに悠長なものだなというツッコミをしてはいけない。
「ありがとうございます。じゃあ、水で」
「どうぞ」
ボックスからミネラルウォーターを取り出し、千空に手渡す三崎。冷却機能のついたボックスにしばらく入っていたので、驚くほどキンキンに冷えていた。
キャップを開け、飲み口に口を付ける千空。凍らない限界付近まで冷えたミネラルウォーターが、千空に身体に流れ込もうとして――
突如、車が大きく揺れた。
「ぶはっ!? っめた! な、なんだ?」
水を飲み損ない、思いっきり胸元にぶちまける千空。キンキンに冷えていたことが災いして、千空は氷水を浴びせられたかのごとく凍えることとなった。
〈危険運転を確認しました。注意して走行してください〉
あまりの冷たさに千空がぷるぷる震えていると、車内にそんな警告音声が流れた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
急に真顔になり、運転席の方へ駆け寄る三崎。千空も、何があったんだろうと座席から頭を覗かせ、運転席の方を確認する。
「!? ちょっと、大丈夫ですか?! 聞こえますか?!」
すると、三崎が突然大きな声をあげ運転手の肩を叩いた。
「え、ど、どうしたんですか?」
「運転手が気を失ってしまったみたいなんです!」
「ええ!?」
必至にハンドルを持ちながら三崎が説明する。どうやら、運転手が突然気絶してしまったようである。先ほどの揺れはそれが原因だったのだろうか? だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
余計なことを考えている間にも、アクセルが踏みっぱなしになった車はどんどんと加速していく。まずは車を停めるのが先だ。
「おかしい、本来ならこういうとき自動運転モードに移行するはずなのに……とにかく、一旦運転手さんをどかして私が運転します。千空さん、手伝ってください!」
「わかりました――って、三崎さん、前!!」
千空が気絶した運転手をどかそうと三崎の側まで行くと、前方の一大事に気付く。
なんと、崖道の向こう側から他の車が迫って来ていたのだ。
「こ、こんなときにですか!?」
「やばいですよ三崎さん!」
現在走っている道は、一般車両2台半程度の道幅しかない。舗装こそされているがセンターラインすら引かれていないようなところなので、本当に狭い道路なのだ。
それに加えて、こちらは宿街のバンなので縦にも横にも大きい。停車せずにすれ違うことすら困難なのに、こんな横からハンドルを握っている状態で上手くすれ違えるはずがない。
かといって、運転手をどかして三崎が運転を代われるほど時間に余裕もない。
このままだと、確実に正面衝突する。なのに、どうすることも出来ない。
千空は、大事故を確信した。自分一人なら「UNISON」で助かったかもしれないが、三崎や気絶した運転手、相手車両に乗っている人たちは無事では済まないだろう。
千空が最悪の事態を想定して震える。
だが、そうはならなかった。
「千空さん、しっかり掴まっていてください!」
三崎がそう叫び、強引にシフトレバーをPに入れハンドルを壁際へ切る。動力の途絶えた車は脇の砂利道へと突っ込み、強い衝撃と共に車体側面を壁に擦り合わせる。
「おおおおぉぉぉぉ!!」
壁へ接触する直前に緊急ブレーキが作動し、車が大きくスリップする。だが、一度崖に擦り付けた車は、そのまま車体側面をガリガリと削りながら数秒で停止した。
「ふう……無事なんとかなりました」
「無事……なのかは分からないですけど、とりあえずは助かりましたね……」
前方を見ると、こちらの異変に気付いた対向車が停車していた。かなりやばい状況ではあったが、なんとか危機は脱したようである。
「運転手の様態が心配ですし、私は救急車を呼びます。千空さんは毒島さんへ連絡を」
「わかりました」
そうして、三崎と千空はそれぞれが連絡すべき所へと電話するのだった。
「とんだ災難だったな」
「最悪ですよまったく……意味も分からず急に呼び出されたかと思ったら、これですよ?」
連絡を聞いて迎えに来た毒島に、千空が愚痴る。事故が起きたのは毒島のせいではないので彼に愚痴るのはお門違いというものなのだが……もう今日は誰かに愚痴らなければやっていられない千空であった。
三崎はというと、救急車が到着した後、そのまま運転手の付き添いとして同乗していった。彼女がいなくなってから千空はずっと一人で毒島を待ち続けなければいけなかったので、これだけ荒むのも無理もない話だった。
「まあ、とりあえずは助かったから良かったじゃないか」
「結果論じゃないですか」
「いいんだよ、結果が良けりゃ結果論で」
「酷い理論ですね」
実際、三崎の判断が早かったから事なきを得たが、もしもあと少し判断が遅れていたらただでは済まなかっただろう。二台の車は正面衝突に近い形で接触、千空以外の搭乗者は大けが、最悪死者が出ていたかも知れない。
本当に、三崎の判断に感謝しなければならなかった。
「だがな……聞いた話だと、運転手は突然気を失ったんだろう?」
「はい、そうですけど……」
すると、毒島が急に真面目な顔になる。本当に突然真顔になるので、若干怖かった。
「ちょうど昨日、似たようなことがなかったか?」
「もしかして、未來のこと言ってます? でも、それがどうかしたんですか?」
「これ、他の誰かの仕業ってことは無いのか?」
「え……?」
毒島の言葉に、鳩が豆鉄砲を喰らったようになる千空。
「誰かって、誰ですか?」
千空が問い返すと、毒島は話を続ける。
「俺たちが今している捜査は、キャスターが絡んでいる違法鉱山の捜査だ。だが、その所有者は当然俺たちに捜査されたくないだろうな」
「それってつまり……」
「キャストは人に対しても影響を与えうる。それは前回の事件でよく分かっただろう。だったら、こういうことも出来るんじゃないのか?」
「人の意識を奪う……そんな能力を持ったキャスターによる攻撃だった、そういうことですか。でも、それじゃあ今回の敵は、俺たちのことを知っているってことですか?」
敵が捜査されたくないから未來や千空たちを襲ったと考えると、そもそも敵はアイズホープのことを知っていたと言うことになる。
千空たちの乗っていた車が襲われたのは、まだわかる。だって、千空たちの車は今まさに鉱山に向かっていたのだから、敵からすれば捜査に来たと思われても不思議ではない。
だが、未來が襲われたのは鉱山とは全く関係の無いショッピングモールである。アイズホープを知らない人に、未來が鉱山の捜査に関係する人物だなんて分かるはずがなかった。
「とにかく、その話はまた後だ。まずは捜査に向かうぞ」
「ちょっと待ってくださいよ。これが敵の攻撃だったってことは、この後捜査に向かっても敵が来る可能性があるんじゃ……?」
「来るなら、そこで迎え撃とう。鉱山で敵が来たとして、意識を失わせるだけの能力ならば危険は無い。人数も多いし、むしろ来ると分かっている今叩くべきだろう」
「えぇ、そんなもんですかね……?」
若干不服気味の千空だが、文句を言ったところでこの状況をどうすることも出来ない。
なので、千空はとりあえず毒島と共に捜査に向かうことにしたのだった。
千空が毒島に連れられ鉱山に到着すると、車から出たところを静也たちが迎えてくれた。
「やあ、千空。災難だったな」
「毒島さんから聞いたとき、びっくりしました」
「でもほんと、無事で良かったよ」
口々に千空に声をかけるメンバーたち。
そんな千空は、既にお疲れモードである。
「いや、もうなんか早く捜査終わらせて帰りたいよ……」
覇気の無い声でそう答える千空。その様子に他のメンバーは色々と察したようで、気遣うように言葉を発する。
「そうだね。早く終わらせちゃおっか」
「ま、千空が来ればすぐ終わるさ。さ、坑道へ向かおうぜ」
そんなわけで、鉱山について早々、千空は坑道内へ向かうことになった。
「で、捜査はどの辺まで進んでるんだ?」
「えっと、一度千空さんに観て貰いたいものがあって。それで呼んだんです」
目的の場所に向かいながら話す千空と真佳。どうやら千空に観てほしいものがあるようだが、それならそうと毒島も言ってくれれば良かったのにと、千空は思った。
「それにしても、キャスターの攻撃を受けたんだろう? ということは、また戦闘になるということか?」
「まだわからないけど、本当にあれがキャスターの攻撃だったのだとすると、いずれ戦うことになるんだろうな。ぶっさんもそう言ってるし」
「そっか……この前戦ったばっかりなのにね」
先日の戦いからまだ数日しか経っていないというのに、もう次の敵キャスター。キャスター関係の事件が重なるのは、他のメンバーにとってもかなり心労が大きそうだった。
そんなことを考えながら坑道内を進むと、千空たちはすぐに目的のポイントについた。坑道に入ってすぐの所だったので、歩いた時間の大半は坑道の外であった。
「よし。じゃあ未來と千空、頼むぞ」
「うん。いくよ、千空君」
未來が千空の手を掴み、「REAXTION」を発動する。
目を閉じて集中する未來。しばらくすると、千空の目にも映像が飛び込んできた。
「あ、発動できたよ」
「なに、本当か!?」
未來と毒島がそんなやりとりをする。いや、そりゃ発動できるだろうよ……何言ってるんだろうと不思議に思う千空。
そして、映像を確認しながら質問する。
「で、どこを観て欲しいんだ?」
「あ、えっと……どこですか、毒島さん?」
「え、ああ、そうだな……さて、千空。今何が見える」
勿体ぶっているのか、そんな質問をする毒島。早く帰りたいんだからさっさと教えてくれよと零しそうになるが、千空はぐっとこらえる。
「そうですね……みんなマスクとフードをしていて、顔は分からない感じですかね」
「ふむ。他にはどんな感じだ?」
「他には特にめぼしい物はないですね。入口付近ですし、みんな奥に行くか外に出るかって感じで――あ、なんか変な仮面を付けた人……体格的に男っぽいですかね? が、奥から出てきました。でも、他の人と少し会話したらすぐに外の森に向かっちゃいましたね」
「……! よし、そうだな。もう一度、俺も確認してみるか」
そう言って、毒島が千空と交代する。映像を観ながら、手帳に色々と書き込んでいるようだ。時々「この仮面……」とか「いや、だが……」とか小さく呟いているが、一体何が気になったのだろうか。書き込んでは少し考え、映像を観ては少し考え、なんだか忙しそうである。
その様子は、何というか、今初めて映像を観たのかのように千空は感じた。
「あの、ほんとに俺が来るまで捜査してました?」
疑念を抱いた千空が、毒島に問いかける。しかし、毒島は集中していて聞こえていないようなので、その問いに答えたのは真佳だった。
「はい。それで、千空さんに聞きたいことが――」
「つってもさ、一体ぶっさんは何を聞きたかったんだよ……」
今のところ、ぶっさんの口からその辺りに関する話は一切出ていない。自分がどうして呼ばれたかも未だ分かっていないので、いい加減千空はうんざりしてきた。
すると、背後からいきなり声をかけられる。
「映像を観て貰った上で、細かい部分について分かったことがないか聞きたかったのですぞ」
「あ、出雲警部」
それは、千空がついたときには姿が見えなかった出雲警部であった。警察車両はあったので居るんだろうなとは思っていたが、いつの間にこちらへ来ていたのだろう。
出雲警部の言葉に、毒島も映像の確認を切り上げこちらへやってきた。てか、聞こえてたんかい。
「そうだな。俺たちではあの映像からめぼしい情報を見つけられなかったが、山での捜査の時、お前は細かいことにも気付いてくれたからな」
「なんだ、そういうことだったんですね。でも、それならそうと早く言ってくださいよ」
「すまんな。次は気をつけるとしよう。で、気になったことはあるか?」
「もう少し観てみないとわらかないですね」
そう言って、もう一度映像を見せて貰う千空。相変わらず、未來の手を掴むか逆に掴まれるかしないと映像は見られない。まあ、そういうキャストだから当たり前なのだが。
さてさてと、映像を確認する千空。今度は細かいところまで観てみる。
恐らく、注意すべきポイントはあの仮面の人物だ。他の人物はみなマスクとフードなので、一人だけ仮面となるとやはり怪しい。
仮面の人物に注目して映像を確認する千空。すると、あることに気付く。
それは、仮面の人物が他の人物と会話しているときのことだった。
「なんか、この人会話中に手元でなんかやってますね」
「なに、どれ、見せてみろ」
毒島も再度映像を確認する。
仮面の人物は、他の人物と会話している最中、右手と左手を動かしてなにやらやっていた。そして、右手と左手の間を何かが移動しているのだ。
一体何だろうと千空が手元で真似をしてみると、静也が口を開く。
「もしかして、それってマッスルパスじゃないか?」
「マッスルパス?」
「手の中でコインをはじいて別の手でキャッチするマジックの技法さ。手の動きが最小限で、コインが移動するところも見えづらいから、観客は知らないうちにコインが別の手に移動したかのように錯覚するんだ」
静也が言うには、このマッスルパスというものは結構難しい技法なのだという。根気よく練習する必要があるみたいで、マジシャン以外で使える人は基本いないらしい。
「では、その仮面の人物はマジックをやっている、もしくはやっていた人物と言うことでしょうか?」
「マジックをやっているかは分からないが、手癖としてマッスルパスをする人物なんてなかなか居ないだろう。それだけでも、十分収穫だな」
それに、と。
「一人だけ仮面を付けていたり、他の人間に指示を出したり、他の人間とは違う何かがこいつにはある。こいつがキャスターっていう可能性も、低くはないんじゃないか?」
そう言って、毒島は千空の肩を叩き「今回もお前のおかげで情報が手に入ったな」と感謝の言葉を述べる。だが、既に疲れている千空は、役に立てたならもうそれでいいですと、特に嬉しくもなんとも思わなかった。
「さて、ここに来るまでに色々あった千空がそろそろ限界だ。深いところの安全対策が終わるのも明後日になるみたいだし、今日の所はこの辺にしておこう」
そんなわけで、本日の鉱山での捜査はこれにて終了となるのだった。




