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4話 鉱山と仮面の男 31項「ショッピング」

 静丘県某市、ショッピングモールOZONEにて。


 目の前の少女は、入口から中へ入るなりかなり高いテンションではしゃいでいた。


「うわー! こういうとこに買い物に来るの、すごく久しぶりだなぁ!」


 キョロキョロと辺りを見回しながら飛び跳ねるその人物は、紛うこと無き明日見楓である。


「落ち着きなさいよ、まったく恥ずかしいわね……」


 そんな楓をたしなめるのは、やはり佐久真優奈であった。


 とはいえ、一度テンションが上がった楓はなかなか収まらない。


「でもでも、優奈さんも結構ワクワクしてるでしょ?」


「まあ、つまらないと言ったら嘘になるけど……」


 そうは言いつつも、いつもよりどこか明るい表情をする優奈。長く一緒に居ないと分からない程度の変化ではあるが、人間観察の得意な未來にはそれがすぐに分かった。


 実際、このショッピングモールはかなりワクワクするところだった。小高い丘の上にそびえ立つその建物は最近出来たばかりであり、中に入っている店も巷で話題の有名店が多いのだ。


 駐車場もびっくりするほど広く作ってあり、一体何台止められるのか最早見当もつかない。駐車場は建物よりも低い位置に作られているので、店に入るためにはかなり長い階段を上る必要もあるのだが、それを差し引いても魅力的な場所であることに間違いはなかった。


 ちなみに、必要な人は専用のリフトを使うこともできるので、しっかりバリアフリーである。


「二人ともこんなところで止まってないで、はやく行かない?」


「そうですよ、お二人とも。時間は有限なんですから」


 入口付近で立ち止まっていた二人に、しびれを切らした未來と三崎がそう促す。時間は待ってはくれないので、無駄話をするのなら歩きながらにしたほうが断然良かった。


「そうね、それじゃあ行きましょう」


「おおーっ!」


 そして歩き出す4人。賑やかなショッピングモールを縦横二列で進んでいく。天井がガラス張りになっているので、日の光が差し込みかなり明るい雰囲気である。


 エスカレーターを一つ上ると、早速優奈が別行動に移る。


「あたしは少し見たいものがあるから、三崎さんは二人をお願いします」


「まっかせて下さい! こう見えても、神木さんと同じくらいの能力はあるんですから!」


 そう言って胸を張る三崎。普通なら無能フラグが建ったかと思うような台詞だが、三崎は普通に有能なので心配する必要は全くない。


 三崎の返事を聞いた優奈は、それじゃあといって上の階へ消えていった。取り敢えずで付いてきた感じの優奈であったが、一応見る店は事前に決めてあったようだ。


「それじゃ、私たちも早く目的のお店に向かいましょうか」


「そうですね。えっと、楓さんが言ってたお店って……」


 案内板を確認する未來。しかし、未來が店を見つけるよりも先に楓がその方向を指さした。


「あっちだよ!」


 言われるままに楓が指さす方へ視線をこらす未來。数秒目線の先を探ると、その店はすぐに見つかった。なるほど、事前に楓が見せてきた写真と同じ店がそこにはあった。


「よし、じゃあ行きましょう!」


 そして、目的地を見つけた3人は、無駄話をしながらも目的の店へと歩を進めるのだった。







「こ、これが画材屋さん……!?」


 カラフルな陳列棚を眺めながら、思わず感嘆の声を漏らす未來。


 未來達が来た店は、楓の望み通り画材ショップであった。暖かな木を基調とした店内に色とりどりな絵具やパステルなどがこれまたきれいに並べられており、まるで絵本の中に居るかのような雰囲気であった。


「どうどう? すっごく綺麗でしょ? 三崎さんも、これすごいと思わない?!」


「確かにこれは……すごいですね。 私はこういった店には縁がありませんでしたので、本当にびっくりです。画材屋って、こんなに綺麗なのですね!」


「私も、こんなに綺麗だなんて思わなかったから、結構驚いたかな」


 楓の問いかけに答えつつ、店の中をさらに見回す未來。絵具やパステルのコーナー以外も、木製の道具やキャンバスなどが内装とマッチするように並べられている。


 正直、びっくりした。画材屋って、こんなに綺麗なものなの?


 世界って広いんだ……と、未來は自分がいかに狭い世界で生きてきたのかを思い知った。


 そんな風に未來が一人打ちひしがれていると、楓が本題に入る。


「さて、それでね、今日私が買いに来たものなんだけど……ちょっとついてきて?」


「うん? いいけど……」


 はっきりしない言い方に疑問を抱きつつも、言われるままに楓に付いていく未來と三崎。絵本のような店内を、楓を先頭に一切の迷い無く進んでいく。


 そうしてしばらく進むと、未來達はとあるコーナーへとたどり着いた。


 そして、商品の一つを手に取った楓が嬉しそうに未來たちにそれを見せる。


「じゃーん! キャンバスタブレット!」


 楓が二人に見せてきたのは、イラスト専用のデバイスであった。デジタルイラストを描く際に使用するもので、画面に直接描くことの出来る液晶タブレットというデバイスであった。


 楓が見せてきたものはその中でも特に性能の高いタイプで、キャンバスタブレットと呼ばれているものだ。専用のペンを使用することでアナログの書き心地をリアルタイムでシミュレートすることが可能らしいのだが、どうやってそんな機能を実現しているのかは謎だった。


「これってプロが使うような機材だよね……? もしかして楓さんって、イラストレーターとか目指してたり?」


 気になった未來が楓に尋ねる。こんなに気合いの入った買い物をするのなら、趣味だけでなくそういう職業を目指していても不思議ではなかった。


 それに、イラストの仕事ならアイズホープの仕事をしつつ引き受けることもできる。考えてみれば、結構現実味のある業であった。


 そういうわけでそんな質問をした未來だったのだが、楓はそれにいともあっさりと答えた。


「ううん? 好きで描いてるだけだよ? それに今まではアナログで描いてたし」


「え、じゃあどうして……?」


 なんと、楓はあくまで趣味として絵を描いているだけなのだという。あまりにも簡単に否定されてしまい、未來は拍子抜けすると同時にさらに疑問を募らせる。


 そんな未來に、楓が理由を答えた。


「ほら、アイズホープに入ってから、オフィスに居ることが多くなったじゃん? でも、絵具だと空いた時間じゃなかなか描けないし……せっかくならデジタルデビューしようと思って!」


 うーん。絵の仕事を目指したりしてるわけではないみたいだけど、話を聞く限り、確かにデジタルでイラストを始めるのには良い機会なのかも……?


 でも……


「その意気込みはとても素敵ですけど、せっかくで買うような代物では無いかと……値段的にも、経費で落ちないレベルじゃないですか」


 未來が口にするよりも先に、三崎がその疑問を投げかけた。


 そうなのだ。楓は簡単に買うとか言っているが、このキャンバスタブレット、目玉が飛び出るような値段であったのだ。それこそ、さっき歩いているときにちらっと見えた高級水彩色鉛筆とかいう商品が数セット買えてしまいそうなほどである。


 しかし……


「アイズホープがいっぱいお金くれるし大丈夫!」


「あー、確かにそれはそうかも……」


 そんな楓の一言で、未來はものすごく納得してしまったのだった。


 未來たちが所属するアイズホープだが、前に静也が言っていたとおりメンバーに対してかなり羽振りが良い。危険な任務に就いていたり厳しい訓練を受けたりしているのだから当然ではあるのだが、おそらく日ノ和での平均収入の倍以上は貰っていた。中央値でも最頻値でもなく平均値の倍なので、そこからもかなりの金額であることがわかるだろう。


 それに加えて、センターでは昼食が無料で食べられるし、用意された住宅に関しても税金は免除で管理費などは宿街が全額負担。おまけにサリエル患者がいる世帯にはサリエルシンドローム手当が支給されているので、生活費もそれで補って余りある。


 正直アイズホープメンバーである限りお金に困ることはまず無かったし、ぶっちゃけ未來も預金額がとんでもないことになっていたので、楓の言い分で全て納得してしまったのだった。


「でもでも、流石にこんなに高い買い物は滅多にしないよ?」


「してもらったら心配になるんだけど……」


 お金があると言っても、無駄遣いの是非に変わりは無い。なので、ちゃんと考えて使うようにして欲しいなと思う未來なのであった。







 タブレットの購入を終え店の外に出てきた未來達は、休憩所にて優奈を待つことにした。


 一階の中央辺りに作られた休憩所はかなり広々としており、上も吹き抜けになっているので、人が多くても全く窮屈に感じなくてよかった。


 とはいえ、同じく人を待つ人で賑わっているのは事実だ。なので、上を見上げながら歩いていた未來がほかの客とぶつかって謝っていたというのは、ここだけの秘密なのである。


「あ、ここたくさん空いてるよ」


 そうこうするうちに空席をみつけ、並べられたクッション性の高い椅子に沈んでいく3人。


「それにしても、楓さんが絵描きだったとは」


「そうですね、私も驚きです」


 ふかふかの椅子に身体を預けながら、未來と三崎が口を揃える。二人とも、真佳に構うか何か食べてるかの二パターンの楓しか見たことがなかったので、やはり意外に思ったのだった。


 すると、楓がニコニコと答える。


「趣味の範囲でしかないけどね。でも、描いてると楽しいよ!」


 買ったばかりのタブレットが入った紙袋を眺めながら、目を細める楓。その様子を見るに、彼女にとってお絵かきとは想像以上に大切なものであるようだった。


「それにしても、今までずっとアナログで描いてたんだよね? デジタルで描こうとは思わなかったの?」


「あー、うん。宿街に来るまで、私お金がなかったから」


 過去を思い浮かべたのか、さっきとは色の違う表情を浮かべる楓。


「確かに、デジタル用のイラストデバイスって、安いものでも結構しますもんね」


「そうそう。それに、安い奴はパソコンに繋げないと使えないんだけど、パソコンなんて高いものそれこそ買えないじゃん?」


「確かに、それだと無理そうだね」


 なんとなくで聞いたことだったが、実際デジタルでイラストを始めるのは金銭的なハードルが高かった。


 楓が今回買ったものは最上級のものだったので高くて当然なのだが、液晶タブレットは下位モデルでもかなり高いのだ。


 画面が付いていないタイプのタブレットならそれなりに安いのだが、その場合、別途性能の高いパソコンが必要になってくるので、なんなら液晶タブレットよりも高く付いてしまう。


 なので、お金がない場合始めたくても始められないというのが現実であったのだ。


「アナログならタダでいくらでも描けるから、私はそれで描いてきたんだよね」


「いや、タダってことはなくない?」


「あ、そういやまだ言ってなかったっけ。私、施設で育ったんだ」


 すると、楓が唐突に自身の過去を明かした。


 え、そうなの? 全然知らなかったけど……


 未來がびっくりしていると、三崎が楓に続く。


「言う機会がありませんでしたからね。楓さんは幼い頃お母様を亡くされて、養護施設で育たれたのですよ」


「そうそう。ちなみに、まな君とは施設に入る前からの付き合いだよ」


「そうだったんだ……全然気付かなかったよ」


 そんな過去があっただなんて……普段底なしに明るい分、かなり意外だった。


 母親が亡くなって施設に入ったってことは、父親は……これは考えない方が良いか。


「でねでね、施設だと絵具とか画用紙とか使い放題だから、それでお絵かきしてたってわけ!」


 確かに、養護施設なら教育にも関わってくるようなものならいくらでも使える。つまり楓は、それを最大限利用していたという訳であった。


「そっか、それでお絵かきが好きになったんだ」


「……ううん。それは違うんだ」


「え? それじゃあ……」


 未來が楓に続きを聞こうとすると、ちょうどその時後ろから声をかけられた。


「お待たせ。結構待たせちゃったかしら?」


 振り返ると、そこには重そうな袋を抱えた優奈がいた。けっこういっぱい入っているみたいだが、何を買ったのだろうか。


「大丈夫だよ。さっき来たとこ」


「それなら良かったわ。ところで、何の話をしていたの?」


 優奈が聞いてくる。結構盛り上がっていたので、何を話してたのか気になったのだろう。


「あ、私の趣味の話だよ!」


「そうなの? それ、あたしもちょっと聞いてみたかったのよね」


「じゃあじゃあ、もう一回説明するね」


 そして、今までの話のあらましを優奈に説明する楓。話を聞き終えると、優奈は「そんなことがあったのね」と感心していた。


「それじゃあ、絵が好きになったっていう理由は……?」


 説明も終わったところで、いよいよ話の続きに入る。


 とは言っても、それはすぐに終わるものだった。


「別にそんなたいそうな理由でもないんだけどね。お母さんがさ、私が絵を描くと喜んでくれたんだ。学校のいらないプリントの裏とかに描いたものだったけど、それでも、凄く喜んで褒めてくれて」


 懐かしそうに空を見上げる楓。きっと、空の向こうに母がいるのだろう。


 それにしても……絵が彼女にとってかなり大切なものだということは感じ取っていたが、まさかこんな理由があったとは。高級なデバイスを買うのも納得である。


「それで、そんなに高いものを買ったわけね」


 優奈が楓のもつ紙袋に視線を落とす。優奈はそれが高いものであると知っていたようだ。


「そういえば、優奈さんは何を買ったの?」


 楓の話も終わったので、未來は先ほどから気になっていたもう一つの疑問を優奈に投げる。袋は一つだが、けっこういっぱい入っているみたいなので何を買ったのか気になっていたのだ。


「あたしはちょっと本をね。ほら」


 すると、優奈が袋から買ってきた本を取り出し紹介してくれた。



『裁きを待つもの』



 優奈が取り出したのは、エッセイであった。なんとなく優奈が読みそうなイメージの本ではあるが、彼女は普段オフィスで勉強系の本ばかり読んでいるので、こういう本も読むのだと未來は意外に感じた。


「次はこれ」


 続けて優奈が本を取り出す。



『贖罪に生きる』



 ……ん? またそういう感じの本だろうか? これも小説ではなくてエッセイみたいだ。

 こういう系の本が好きなのかなと未來が疑問に思っていると、優奈はどんどんと本を取り出していく。



『罪』



 ……うん。今度も随筆。同じ感じの。



『懺悔と後悔』



 …………うん?



『地獄の呼び声』



 ………………うーん???


「ゆゆゆ、優奈さん?! 悩みでもあるの?! 大丈夫?!」


 次々と取り出される闇の深い本を目の当たりにして、思わず楓が優奈の肩を揺らす。未來も内心かなり疑問符を浮かべていたが、先に楓が大きな反応をしたことで少し冷静になれた。


「楓さん、落ち着いて。まだ一冊あるみたい」


「あ、うん。そだね……」


 一度深呼吸をして、気持ちを整える楓。


 水面のように穏やかになったところで、もういちど問い直す。


「優奈さん。最後の一冊はなに買ったの?」


 すると、優奈が意外なことを口にする。


「ええ。ちょうど真佳に良さそうな本があってね」


「え! まな君に!? どんな本だろ?」


 予想外の答えに、急にテンションを上げる楓。一体どんな本が出てくるのだろうかと、ワクワクが止まらないようである。


 そんな楓の様子を見て、にやりとしながら最後の一冊を袋から取り出す優奈。


 果たして、その本とは――



『必見! ダル絡み回避方法100選! これであなたも自由に!』



「優奈さん?!!」


 楓が優奈に泣きつく。


 いや、まあ、確かにこれは…………予想もしないクリーンヒットに、楓はかなり精神をえぐられたようだった。


「冗談よ。まあでも、あんまりベタベタするのもほどほどにね。じゃないと、いつか本当に嫌われちゃうわよ?」


「そうなったら死にます」


「死なないで!」


 そんな二人のやりとりを眺め、知らぬところでもいじくり回される真佳が不憫に思う未來。


 未來が苦笑していると、三崎がはいっと手を叩いた。


「さて、買い物も済みましたし、おかしなことを言ってないで帰りますよ」


「あ、そうですね。二人ももういいよね?」


「私はオッケー!」


「あたしも大丈夫よ」


 と、目的を果たした二人が未來と三崎に頷く。未來はまだ何も見ていないが、彼女は買い物に来たのではなくみんなについてきただけなので、他のメンバーの買い物が終われば他に目的もないのだった。


 そんなわけで、目的を達成した4人はショッピングモールを後にすることにした。


 大きな建物を出て、駐車場へと向かう階段を降りる。


「ねえねえ、すっごく楽しかったよね!」


 階段を降りながら、楓がみなに問いかける。


「そうね。あたしも色々見て回れたし満足だわ」


「また来たかったら、いつでも呼んでくださいね。引率しますから」


「いつでもは無理でしょう?」


 優奈や三崎もかなり楽しそうに答える。久々の任務以外の外出だったのでかなり気分転換になったみたいだし、買い物をしなかった未來もみんなと回れただけでかなり楽しめていた。


 なので……


「そうだね。また機会があったら――――あれ?」


 みんなで来よう――と言いかけて、未來は自身の異変に気づく。


 あれ……? なんか、私の身体……うまく動かない――――


 未來の様子に気づいた三崎が血相を変えてなにやら言っているが、もう声も聞こえない。


 そして、未來の意識はそのまま闇に飲み込まれるのだった。

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