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4話 鉱山と仮面の男 30項「みんなの趣味」

 うーん。素晴らしい。実に素晴らしい朝である。


 自室で目を覚ました千空は、そんな言葉を思い浮かべながらベッドから降りる。


 セレモニーでの戦いから三日。既に疲れは取れ、心身共に羽が生えたように軽くなっていた。


 あの戦いの後、千空達は一度センターに戻り色々と検査を受けた。


 とは言っても、宿街に来たときのような大きなものではなく、戦いでのダメージやキャスト使用による影響を調べるだけである。なので、検査自体も普段の健康診断と同じ感じで行われ、30分足らずで終了したのだった。


 そして、戦いで疲れているだろうと言うこともあり、千空達はその日そのまま解放され、2日間の休みを与えられたのだ。決戦が日曜日ということもあり、土曜も準備で忙しく丸々一週間休みがなかったので、やっと休めるといった感じであった。


 そんなわけで、しっかり休みを堪能した千空がうきうき気分でリビングに向かうと、すでに母がいつものように朝ご飯を用意してくれていた。


「おはよう、千空」


「ああ、おはよ、母さん」


 母の挨拶に、手を上げて応える千空。なんてこと無いやりとりだが、ここしばらく事件のことでピリピリしていたので、そんなやりとりさえもなんだか懐かしい。


 そんな風におだやかな時間を感じながら席に着くと、千空は朝ご飯を食べ始める。代わり映えのしない朝ご飯だが、気分的に落ち着いてご飯を食べられるのも、結構久しぶりである。


「それにしても、あれだけ頑張ったのに二日しか休みがないのね」


「まあね。でも、もう夏休み入ってるから授業はないみたいだよ。それこそ、部活みたいな感じかな」


「ふーん。確かに、夏休みも部活はあったものね」


「そそ」


 二人の会話の通り、世間ではすでに夏休みに突入していた。アイズホープでは8月が夏休みと言うことになっているので、その期間は学校と同じで授業はなくなるのだ。


 とはいえ、決戦がちょうど夏休み初日だったので、千空的には出鼻をくじかれた感が否めなかった。終わったことなので気にしても仕方ないが、やはり初日を潰されるというのはなんだかむずがゆいものがあったのだ。


 まあ、潰されたのが初日だけだったのは不幸中の幸いだろう。あの事件が一週間二週間と続いていたら、せっかくの夏休みもまったく気が休まらなかっただろうから。


「てかさ、家に居ても特にすることないし、どうせならセンターのみんなと居た方が時間潰せるでしょ」


「そうね。お母さんも家で仕事しないといけないから、居て貰っても困るものね」


「なんだよ、邪魔者扱いかよ……」


 母の突然の裏切りに愚痴をこぼしながらも、朝ご飯の最後の一口を口へ放り込む千空。


「じゃ、ご飯も食べたし俺はもう出るよ」


「はい。いってらっしゃい」


 そうして、平和な日常のありがたみを感じながら、千空はセンターへ向かうのだった。






 センターに着き千空がオフィスへ向かうと、中では既に何人かのメンバーが集まっていた。


「なんだ、千空か」


「なんだとはなんだよ……ったく、なんか今日は朝から扱い酷いなぁ」


「まあまあ、おはようございます、千空さん」


「ああ、おはよ」


 話しかけてきた静也と真佳に挨拶を返す千空。部屋を見回した感じ、居るのはこの二人だけみたいだ。


「他のメンバーはまだ来てないのか?」


「いや、とっくに来てたぞ。他の三人はさっきショッピングに出かけたのさ」


「ああ、それで……」


 なるほど。他の三人……すなわち未來、楓、優奈はどうやら買い物に出かけたようだった。宿街の外に出るには資格のある職員がついていかないと行けないので、多分三崎もついていったのだろう。


 せっかく事件も一段落付いたのだし、たまには外へ遊びに行くのも悪くはなさそうだった。


「それにしても、ショッピングか。なんというか、女子って感じだな。でも、うちにそういうタイプ居たか?」


 千空が思ったことを口にする。女子三人――三崎も数えると四人だが――でショッピングと聞くと別に不思議でもなんともないが、それがアイズホープのメンバーだとなると少々首をかしげてしまうのだ。


 未來は言うまでも無いが、優奈もショッピングとかそういうことにはあまり興味がなさそうに思える。残る楓も、真佳以外に興味があるのかはなはだ疑問であった。


 となると、誰がショッピングに行こうと言い出したのかまったく見当が付かなかったのだ。


 すると、他の二人も千空と同じように思っていたようで、彼の言葉に頷いた。


「まあ、そう思いますよね。というか、僕もそう思いましたし」


「そうだな。未來も優奈も、通販で済ませるタイプだからね」


「じゃあ、一体誰が?」


「それが、実は楓姉……楓さんなんですよ」


「え?!」


 真佳の口から飛び出た言葉に、目をぱちくりさせ驚く千空。


 まさか、あの楓が……? 自分からショッピングに行こうなどと……?


 いや、だって……と、千空は自分の中の楓の像を思い返してみた。


 普段の楓は、大きく分けて二種類のモードがある。


 一つは、真佳分摂取モードだ。言うまでも無く、常に真佳にべったりのモードであり、基本的にはこのモードである。


 そしてもう一つは、栄養分摂取モードである。食べることも大好きみたいなので、昼の時間や静也がお菓子を作ったときなどはこのモードになる。


 そんなわけで、楓は大体この二つのイメージが強かったのだが……ショッピングとかそういう趣味もあったのだろうか?


 千空が疑問に思っていると、静也が説明してくれた。


「ショッピングに出かけたというよりは、必要なものを買いに行ったってのが近いな。どうやら、画材を買いに行ったみたいだぞ?」


「画材?」


「楓……さんは、昔から絵を描くことが好きだったんですよ。処分されていなければ、僕の実家にもいくつか残っていると思いますよ。」


「そうなのか。そういえば、幼なじみって言ってたもんな。あと、別にいつも通りの呼び方で良いよ」


 無理に楓さんと呼ぶ真佳に普段通りで良いと促しつつ、納得する千空。


 なるほど、つまりこういうことか。絵が趣味の楓が画材を買いに行きたいと言ったので、せっかくなので未來や優奈も付いていくことにした、と。確かに、そういった流れならばアイズホープメンバーがショッピングに向かったと聞いても納得がいく。


「にしても、真佳にご飯にお絵かきか。結構多趣味だな」


「僕を趣味としてカウントしないで下さいよ。それにご飯は別に趣味じゃ無いと思いますよ」


「え、ああ……そうなのか……」


 ぽろっと零しただけの発言を全力で否定され、ちょっぴり寂しい気持ちになる千空。


「まあでも、打ち込める趣味があるのは良いことですよ。僕なんか、本を読むっていう受動的な趣味しか無いですし」


「確かにキミはいつも本を読んでいるね。いや、ボクはボクで料理ばかりしているから、人のことは言えないか」


 そんな風に、趣味トークを繰り広げる三人。少人数とはいえ、人の数だけ色々な趣味があるので、話も広がって結構面白かった。


「でも、俺も買い物行きたかったなぁ。電話してくれれば良かったのに」


 トークの最中、千空がそんなことを口にする。3人は千空が来る前にここを出たみたいだが、彼も色々とみたいものがあったので、買い物に行くのならば一言欲しかったのだ。


 すると、真佳が不思議そうに告げる。


「しましたよ? 何度も」


「え」


「もっとも、キミはユーフォの電源をオフにしていたみたいだがね」


 二人にそう言われ、すかさずユーフォを確認する千空。すると、二人の言うとおり千空のユーフォの電源は切られていた。というか、バッテリーが切れていた。


「しまった! しばらく充電してなかったら、寝てる間に切れてたのか!」


「最後に充電したのいつですか? というか、朝確認しないのですか?」


「……多分二週間くらい前。家では別のタブレット使ってるから、気付かなかったんだよ」


 千空は普段、家ではユーフォではなくタブレットを使用していた。ビデオ通話などはPCを使うが、寝ながら動画を見たり、ネットを確認したりなどにはもっぱらタブレットを使用していたのだ。


 なので、ユーフォを使うのは連絡や電子決済、本人確認など、主に外出時のみであった。特に宿街に来てからは使う機会がより一層減ったので、充電が切れそうだったことにも気付かなかったのである。


 というか、任務中に切れてたらヤバかったな……ぶっさんあたりが予備のバッテリーを持っているだろうか?


「ま、仕方ないさ。今回は諦めるんだな」


「そうだな……完全に俺の落ち度だし……」


 がっくりとうな垂れる千空。また今度行こうにも、引率の職員が居るときでないと外に出られないので、せっかくの機会を逃してしまった形になり結構ショックだった。


 そんな千空を気遣ってか、真佳が別の話題を切り出す。


「そういえば、千空さんは何か趣味とか無いんですか? 前にネットアイドルのことは聞きましたけど……」


「そうだなぁ……。今はもうやってないけど、音楽繋がりで少し作曲したりはしてたな」


「作曲? キミがか?」


「ああ」


 そして、そのことについて色々と語り始める千空。


「父さんがさ、結構人気の作曲家だったらしいんだよ。それで、小さい頃から音楽を教えられてたみたいでさ」


「でさって、自分のことだろ?」


 静也に突っ込まれる千空。確かに自分のことなのに他人事のような口ぶりなのでおかしな話ではあったのだが、千空は「まあ昔のことだし」とだけ答えて話を続ける。


「それで、自分も曲を作るようになったんだけど……色々あって結局やめちゃったんだよね」


 そうして、切ない目をして窓の方を眺める千空。その表情には、やるせなさのようなものがたたえられていた。


「色々、ですか?」


「まあ、色々だよ。先に言っとくけど、それが何故かを俺は言わないよ」


「キミが言いたくないなら、ボクも聞くつもりはないさ」


 ならちょうど良いと、千空は頷いた。自分から話題にしておいてなんだが、千空は、あくまでも「色々」の部分についてこの二人に話すつもりはなかった。


 千空が作曲を止めた理由。それは、現在作られている曲の多くが手抜きであることに気付いたからであった。


 自分で作曲をするからには、当然それ用の機材やソフトウェアなんかを使用する。しかし、最新のソフトウェアの殆どには、とんでもない機能が搭載されていたのだ。


 それは、超高性能なAIであった。そのAIがあれば、作曲の流れの殆どを、ほぼほぼ完璧にこなしてくれるのである。細かい部分を自分好みに調整するだけでまあまあな出来の曲ができあがるので、知識が無くてもアマチュア程度のものなら誰でも作ることが出来てしまうのだ。


 そして、千空は最近のヒットチャートにそういった曲が多いことに気付いた。だから、知識を駆使して曲を作ることが馬鹿らしく思えてしまったというのが、千空が曲作りを辞めた要因であった。


 AIに関しては海外のCYBERSKYという会社がその技術の筆頭となっているらしいが、音楽業界でもその力を大いに振るっているようで、幼い頃から音楽理論を教わっていた千空としてはなんとも複雑な思いであったのだ。


 また、音楽だけでなく、AIの猛威は他の芸術分野でも振るわれていた。特に顕著なのはデザイン関係で、アニメ系のイラストはともかく、プロダクトデザインなどは完全にAIの独壇場となっていた。


 その流れで音楽業界も憎きAIに侵食されていた訳なのだが、それは純粋に音楽を楽しんでいる人たちに伝えるようなことでも無いので、千空はそのことについて聞かれても答えるつもりはなかったのである。


 それに、その浸食が始まったのもここ最近の話である。千空の父が現役で活動していた頃の曲を聴いても全然そんな気配はないので、全部が全部悪いわけでもないのだ。


「まあ、作るのをやめたとは言っても、聴き手として楽しむ分には全然問題ないよ。雪希ちゃんの曲とか、チャートに載ってくる曲とかは聴いてるし」


「ま、キミはそうだろうね」


 知ってた、と言わんばかりの顔をする静也。千空の性格的に、作曲を辞めたからと言って聴くことまで嫌いにはならないだろうと察していたのだろう。


「そういや、真佳は普段どんな本読んでるんだ?」


「あ、僕はですね、歴史の本を読んでいます」


 千空が自身の話を切り上げ真佳に話題を振ると、今度は彼が普段読んでいる本を千空達に紹介してくれた。


「へー、結構難しそうなの読んでるんだな……俺にはさっぱり分かりそうもないよ」


「真佳は本を読むっていっても、大体歴史の本さ。まったく、真面目君だろ?」


「別に真面目も不真面目もないですよ。でも、確かに殆ど歴史の本しか読みませんし、本を読むのが趣味というよりも、歴史を知るのが趣味といった方が良いかもしれませんね」


 そう言って、珍しく笑う真佳。


 実は、楓が来てから、真佳はちょくちょく笑うようになっていた。それまでは能面のような表情を貼り付けているばかりだったので、やはり、親しい人間がいるのといないのとでは、精神的な部分で大きな違いがあるのかもしれなかった。


「よかったら少し教えましょうか?」


「え、いいのか?」


「おいおい、やめておけ千空。頭が痛くなるぞ」


「大丈夫ですよ。そこまで難しいところまで解説しませんし」


「じゃ、頼もうかな」


 そして、真佳が二人に歴史の解説を始める。


 そんなわけで、オフィスでの趣味トークはこの後もしばらく続くこととなるのだった。

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