3話 不善なる能力者 28項「能力の名前」
「そういえば、一つ話そうと思って忘れていたことがあったな」
帰りの車の中で、毒島が突然そんなことを口にする。
「なんですか?」
「ああ、能力についての話だ」
その言葉に、メンバー全員が毒島に注目する。能力についてって……今更何か話すことでもあるのだろうか?
「お前ら、宿街の職員が能力や能力者のことをキャスト、キャスターと呼んでいるのを聞いたことがあるだろ?」
あー……そういえば、ここに来た当初はその呼び方だったな。でも、結局アイズホープではみんな能力とか能力者としか呼んでなかったし、職員の間でしか使われていない感じだったけど。
「聞いたことあるっていうか、訓練の時はその呼び方だったよね、千空君?」
「ああ、うん。アイズホープでは誰もその呼び方してなかったけどな」
「そういえば僕も、当初はそう聞いていましたね……便宜的に使っている感じですか?」
楓や真佳も千空と同じように思ったようで、口々に意見を言っている。
「ボクは聞いたことがないな」
「うん。私も同じかな」
「あたしは、三崎さんや神木さんが使っているのを聞いたことがある程度ね」
逆に、静也や未來、優奈はあまり聞いたことがないようで、たまに職員が言っているのを聞いたことがあるくらいだそうだ。
「そうだな、大体5年前くらいから職員の間で使われ出したから、それ以降に入った真佳、千空、楓はよく知っているかもな」
なるほど、そういうことか。そういえば前に真佳は4年前に入ってきたって言ってたし、千空たち3人のみがキャスターという言葉になじみがあったのも納得である。
逆に言えば、他の3人は5年以上前からここにいたってことだよな……まあ、他の3人は結構長い付き合いみたいな雰囲気があったし、未來は生まれたときからだって聞いているから、別に不思議ではないけど。
「でなんだがな……実は能力について、正式にその名称がつくことになってな」
すると毒島がそんなことを言う。
正式にその名称がつく……つまり、能力はキャスト、能力者はキャスターという呼び名で統一ってことだろうか? でも、別にだからどうという話ではない気がするのだが……
「別に、今まで通り勝手に使えばいいんじゃないですか?」
千空が、俺らには関係なくねと主張する。
すると、毒島が申し訳なさそうに答えた。
「いや、今後はお前らにもその呼び名を使ってほしいんだよ」
「え、どうして?」
毒島の言葉に、千空たちは疑問符を浮かべる。
だって、それってつまりアイズホープ内でもキャスト・キャスター呼びしろってことじゃないのか……? なんか面倒なことになってきたぞと、千空たちは眉をひそめた。
「おいおい、今更過ぎないかい?」
「だよね……私たちはずっと能力って呼んでたし、どうして急に……?」
静也や目を覚ました未來が毒島に問う。二人の言うとおり、今までずっと呼んできた名前を突然変えろと言われても、正直困ってしまうのだが……
それに対し、毒島は真面目に答える。
「本当は今回の任務の前に言うべきだったんだがな……ほら、最近UMCの話題とかも多いだろう? それで、能力について感づいたような書き込みもちょくちょく出始めたんだよ」
「それとこれに、なんの関係が?」
「うむ。今のところ能力についての書き込みは妄言扱いされているから、能力者についてバレてはいないんだが……今後外で能力者がどうこうって話になったとき、それを外部の者に聞かれるとまずいだろう?」
あー、なるほど。なんとなく理解できた気がする。
つまり、今までは「UMCは能力」という説が出ていなかったら、外で能力とか能力者とかがどうのと言ってもあまり問題なかったが、「UMCは能力だ」という説が出てきてしまった今、うかつに外で能力について話せなくなったというわけだ。
これまでだったら外で能力について話しても「痛い連中だな」ぐらいにしか思われなかっただろうが、今後は若干怪しまれる可能性が出てくるかもしれないから。
要するに……
「キャスト、キャスターを隠語として使うってわけね。確かに、それなら万一聞かれたとしても、知らない人からしたらなんのことかさっぱりね」
「その通りだ」
ま、そういうことだわな。正直なところ理にかなっている気はするし、そういうことならまあ、新しい呼び名を使うのも仕方ないのかな。
「いいんじゃないですか? そういうことなら、別に俺は構いませんけど」
「うんうん。私は逆にキャスター呼びに慣れてたから、全然気にならないよ」
千空と楓が賛成すると、他のメンバーもこれに呼応する。
「ま、二人もいいって言ってるし、ボクとしては反対する気はないさ」
「そうだね。突然ではあるけど、私もそれでいいと思う」
「ですね。僕も正直、呼び名が変わったところでって思いますし」
「そもそも、反対したところで無駄でしょうね。逆に、今までよくそのままだったわね」
と、呼び名を改めることに対する反対意見は一つも出なかった。
「全員納得みたいだな。それじゃあ、改めて正式名称を発表するぞ」
そして、毒島が能力の新たな呼び名を口にする。
「『超応力』それが、能力の新しい呼び名だ。そして、その使い手は『能力者』となる」
超応力――キャストと、能力者――キャスターか。
説明通りというか、千空としては訓練の時によく聞いていたなじみ深い名前だった。
「現実を超えて意思に応える精神の力。そういう意味でつけられた名前だ。今後はオフィスでもこいつを使っていくことになるからな、頼むぞ」
なんか名前の由来まであるみたいだが、とりあえず今後は能力のことはそう呼べばいいみたいである。しばらくは能力呼びしてしまいそうだが、まあ、すぐに慣れるだろう。
すると、毒島はもうひとつ、と話を続けた。
「さて、千空と楓。お前らも能力――キャストをマスターした頃だと思うが、他のメンバーのキャストについて何か気付いたことはないか?」
「え?」
「気付いたこと?」
思いがけぬ質問に、うーん、と考え込む二人。
気付いたこと……急にそんなこと言われても、千空は特に何も浮かばなかった。
「今日あったことを考えてみたらどうだ?」
「うーん、そうしてみるか」
とりあえず、今日の出来事を振り返ってみる。
まず、静也が『INSIDE』を、優奈も自身のキャストを発動し、優奈が反動で動けなくなった。静也は普通に動けたが、犯人に掴まった。
次に、未來が地下街で『REAXTION』を発動し、こちらも反動で動けなくなった。その後犯人を追い詰めると、真佳が『NEUTRINO』を発動。犯人逮捕に至る、と。
気になる点といえば、反動がある者とない者が居るってことくらいだが……それは事前に説明されていたし、毒島が言いたいこととは多分違う気がする。
では、他に何か気付くべきポイントがあったのだろうか?
千空が悩んでいると、先に楓が正解を口にした。
「あ、わかった! 能力……じゃなくてキャストに名前が付いてる!」
楓の答えを聞き、毒島が満足そうに頷く。
なるほど……確かに言われてみれば、他のメンバーのキャストには楓や千空とは違い名前が付けられていた。異能力に名前が付いているというのがなんとなく自然だったので、全く気が付かなかった。
「それでだな。お前らにも、自分のキャストに名前を付けて欲しいんだ」
そして、二人にそんなお願いをする毒島。
そうか……キャストに名前か……。
確かに、自分のキャストにはこれからもずっとお世話になるだろうし、それなのに名前がないっていうのはあんまりな気がした。それに、他のメンバーは皆名前を付けているし、千空や楓もキャストに名前を付けるのが自然な流れなのかも知れなかった。
「じゃあじゃあ、私ひとつ考えたよ!」
すると、早くも楓がキャストの名前を考えたようである。いくら何でも早すぎるので良い予感はしないが、一応どんな名前なのだろうか。
千空が身構えていると、楓が自身の考えた名前を発表する。
しかしそれは、意外にも良いものであった。
「『ARIETTA』っていうのは、どうかな?」
彼女の言葉を聞いて、千空は息を呑んだ。
『ARIETTA』……それは、なかなかどうして、彼女のキャストによく似合う名前であった。
彼女のキャストは、声を相手に直接届ける能力だ。その透き通るような声は天使の歌声のごとくであり、『ARIETTA』というのはまさに彼女のキャストにうってつけの名前であった。
「良いじゃない。素敵だと思うわ」
「そうだな。実に君らしいんじゃないか?」
と、他のメンバーからも好評な様子。この感じだと、楓のキャスト名は『ARIETTA』で決まりそうである。
「僕もすごく良いと思うよ」
「ほんとに?! うわぁありがとう!」
「ちょ、楓姉ちゃん……車の中そんな広くないんだから……」
楓がまな君モードに入り彼の頭をなでまくる。今日は朝から別行動だったので、多分真佳分が足りてなかったんだろうな……と、千空は彼を哀れに思った。
「あはは……そうだ、それじゃあ、千空君はどんな名前を付けるの?」
千空が真佳に哀れみの視線を送っていると、今度は彼が名前を決める番がきた。
楓はかなり良い名前を付けていたし、ここは流れに乗って自分も良い名前を付けたいところである。
だがしかし、千空としては今名前を付けるのには乗り気ではなかった。というのも千空は、キャストの名付けってめちゃくちゃ大事なことだし、じっくり考えたいと思っていたのである。
なので、ここで名前を付けるのは止めておこうと思ったのだが……
「俺は帰ってからゆっくり――」
ゆっくり考えるよ――そう言おうとしたとき、とある単語が千空の頭をよぎったのだ。
一瞬ではあったが、その単語は鮮明に強烈に千空の頭に焼き付く。
ぱっと浮かんだだけで、自分のキャストとはあまり関係性がないその単語。しかし、このときの千空には、何故だかその単語に運命的なものを感じてならなかった。
だからだろうか。
「『UNISON』……なんてどうだろう?」
気付けば、その単語を口にしていたのだった。
その時の周りの反応は、どうしてその名前なのかとか、どういう意味なのかとかいうものが多かったように思う。千空としても、どうしてその名前にしたのか意味が分からなかったので、その質問には答えようがなかったのだが。
しかし、それでも千空はそれをキャストの名前にしようと思った。理由は分からずとも、その名前が一番良い、そんな気がしたのだ。
世の中には、わからないことが多すぎる。
なぜ自分がキャスターになれたのだとか、サリエルシンドロームってなんなのだとか……
そして、どうしてこの名前が頭に浮かんだのかだとか。
だけど、わからないからこそ、このときの千空はそれを運命だと信じることにしたのだ。
UNISON――
ぱっと浮かんだだけの、だけどどこか運命を感じたその言葉。
それが、これから千空が共に歩む超応力の名前になるのだった。
とある夜、とある建物のとある部屋にて。
その人物は、ある情報を求めコンピュータを解析していた。
モニターの明かりを布で覆い隠しながら、その人物はひたすらデータ解析を進める。
しかし、いくら解析しようと、目的の情報にはなかなかたどり着けなかった。
なんとしてでも今情報を手に入れなければならないというのに、セキュリティを甘く見過ぎたかと、その人物は過去の自分を省みる。
とはいえ、修理業者が来てしまったらここへの侵入は困難になるので、目的の情報を手に入れるには今しかタイミングがなかったのも事実。
焦るのも仕方ないというものだった。
そうこうするうちに、部屋の外にある階段室のドアが開いた。
「異常は無いか?」
「はい。問題ありませんよ」
壁と窓を一枚挟んで、二人の警備員がいつも通りのやりとりをする。常にこの部屋は警備員に監視されているのだが、すでに何人かはこちら側である。なので、どうやら部屋の外にいた警備員は上手く誤魔化してくれたようである。
「よし、では交代の時間だ」
「あれ、この後は山田さんでは?」
「ああ、なんかあいつ身内が急病らしくてな。代わってやったんだよ」
「そうなんですか……では、お先に失礼します」
そう言って、今までいた警備員がエレベーターに乗ってその場を去って行く。
さて、困ったことになった。本来はこの後の時間帯もこちら側の警備員が担当するはずだったのだが、急用で別の警備員が来てしまった。しかも、代わりにきた警備員は、まだあちら側である。
このままここで作業を続ければ、見つかるのは時間の問題である。そうなれば、情報が手に入らないどころか、完全にゲームオーバーになってしまう。
こうなったら、一か八か賭けるしかない。
そして、その人物は慎重に警備員に近づき、とあるキャストを発動するのだった。




