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「なんてことない日々」(後編)

 翌日学校へ行くと、なにやら先生たちが慌ただしく動いていた。普段先生が揃い出すのは大体予鈴が鳴ってからなので、この時間は割と静かなはずだった。何かあったのだろうか。


「よっ!! 千空!」


 不思議に思っていると、驚かせるかのような調子で後ろから声をかけられた。その拍子に下駄箱に靴を入れ損なってしまった千空は、朝っぱらからなんなんだと憂鬱になる。半ば萎えながら後ろを振り返ってみると、案の定というか何というか、それは中村だった。


「お前かよ……てか、今日は俺の方が早かったな」


「俺は遅刻しなけりゃそれでいいからな。それより、これなんかあったのか?」


 このイレギュラーな状況について中村も不思議に思ったようで、千空に問いかけてきた。この様子だと、中村も何も知らないようだ。今日は一日中特別な予定はなかったはずだし、本当に何かあったのだろうか。


「昨日の検査でサリエルが出たとかだったりして?」


「なわけねーっしょ。四万人に一人だぜ?」


 冗談のつもりでそう言ったのだが、真面目に返されてしまった。


 中村の言うとおり、サリエルシンドロームは四万人に一人という割合でしか発症しない。これが少ないのか多いのか千空にはわからなかったが、少なくともこの学校内に発症者が現れる確率は相当低いはずだった。


「だよな」


 なので、千空もそんな感じで適当に返す。まさか自分の学校から発症者が現れるはずもないし、先生が慌ただしいのも、どうせ生徒の誰かが問題でも起こしたのだろうと考える千空。


「ま、それはいーか。そーいやお前、昨日の配信観たか?」


「あー、まとめだけちょっと」


 中村ももう先生たちへの興味をなくしたみたいだったので、二人は昨日観たネット配信について話しながら教室へ向かうことにした。


「にしても、UMCについて取り上げるとはなー」


「前々からオカルト系の話自体はしてたし、不思議じゃないよ。」


 昨日の配信では、有栖と雪希はUMCというオカルトについて話していた。UMCとは政府が秘匿している魔法のような超技術のことで、まあネットのガセネタみたいなものだ。


「でも、すごい盛り上がりだったらしいじゃん」


「マジそれな。何万人視聴者居たっけなー。コメントの勢いもやばかったぜ」


 そうなのだ。多くの人がガセネタだとわかりきっているというのに、昨日の有栖たちの配信はめちゃくちゃ盛り上がっていたのだ。千空はリアルタイムで配信を見たわけではなかったのだが、SNSなどでその盛り上がりは確認していた。


 確かに、オカルトはその殆どがガセネタだ。とはいえ、やはりオカルトというものは人の心をくすぐるのだろう。得体の知れないものが近くにいるかもしれないというそこはかとない非現実感が、人の心を惹き付けるのだ。


 そういった意味ではアイドルにも似たようなところがあるし、そんなアイドルがトークの題材にするのだから、相乗効果で配信が盛り上がることは間違い無しだった。


「そう考えると、テーマの選び方もやっぱプロなんだな」


「だな」


 そんな話をしながら教室へ向かう二人。すると、またもや落ち着きのない先生とすれ違った。ここまででも何度かすれ違ったし、一体これで何人目だろう。数えてはいなかったが、やはりなんとなく気になる二人であった。



 教室に入ると、担任の葛木先生がいた。


 あれ? 葛木先生? いつもはこんな時間から居ないのに。


 千空のクラスの担任葛木は、とにかくマイペースなことで有名だった。学校に来るのはいつもホームルームの時間になってからだし、授業も大体遅れてくる。


 テストの時くらいしかまともに時間を守れない葛木先生が、どうしてこんな時間から居るのだろうか。やはり珍しい。


「先生、なにかあったんですか?」


「ああ瑞波……」


 千空が先生に問いかける。こういうときは直接聞けば早いだろうと思ったからだ。しかし、それに対して先生は唸ったりしていてなかなか返さなかった。そんな先生の様子を見て、本当になにかがあったっぽいぞと感じる二人。それも、生徒に言いづらいなにかが。


 先生はその後も少しの間悩んでいるようだったが、決心したのか堅く結んでいた口を開いた。



「――瑞波、悪いがちょっと一緒に来てもらっても良いか?」



 先生の口から出た言葉に、千空は戸惑った。少しとかいうどころではなく、それはもうかなり戸惑った。隣に居た中村なんて、驚きを隠すこともせず先生と千空を交互に見回している。


……えっ、まさかこの騒動の原因って、俺?


 わからない。知らず知らずのうちになにかやらかしてしまったのだろうか……自覚はない。しかし、この慌ただしさや先生の様子からすると、かなりの問題を起こしてしまったのだろうか。


 不安だ、不安で仕方がない……


「はい、構いませんけど……」


 突然のことに逡巡する千空だが、先生の問いには一応答える。答えなくては話が進まないから、仕方なく。


 そうして千空が答えると、先生は一度大きく息を吸い込み、吐き出した。呼吸を整えると、先生はそれ以上何かを口にすることもなく、千空を別室へと案内し始めた。


 不安そうな中村に見送られながら、千空は教室を後にしたのだった。




「ごめんな瑞波、急に」


 別室で椅子に座らされた千空に、先生はそう声をかけた。その声色は菩薩のごとくとても優しいものだったのだが、それにも気づかぬほど千空は気が気ではなかった。


 それもそのはず、担任の葛木と一対一だと思っていたのに、「ちょっとまっててくれな」と待たされている間に、他の先生がどんどんと部屋に入ってきたのだ。生徒指導部に進路指導部、学年主任に養護教諭、極めつけには校長と教頭まで。それはもう勢揃いだった。


「あ、いえ……それよりも、俺、なにかやってしまいましたか?」


 千空は恐る恐る聞いてみた。その発言一つにどれだけの勇気が必要だったか、この場に居る誰の想像にも難くはなかった。


 そんな千空を安心させるためか、葛木がそれに答える。


「いや、そういう感じじゃないんだ。お前はなーんにも悪くないんだよ」


 お前はなにも悪くないのだと強調して、葛木は千空にそう伝えた。それで少し安心した千空だったが、ではなぜ今こんな状況になっているのかが理解できなくて、逆に混乱してきた。悪いことが何もないのであれば、こんなことにはなっていないはずである。


「えっと、じゃあ、どういう……?」


 千空が聞き返す。とにかく、先生達の真意が知りたかった。


 しかし、次の先生の言葉を聞き、千空は自分の耳を疑うことになる。


「その、な……お前はもう学校には通えないんだ」


 千空には、それがどういう意味なのかよくわからなかった。なぜ、自分は学校に通えなくなるのだろうか。問題はなにも起こしていないし、学力も悪くはない。授業態度も特段悪いわけではないし、課題もきっちり出していた。そもそもさっき担任は「千空は悪くない」と言っていたし、では、一体なぜ?


 そんな風に考えていると、先生の一人が扉を開け、どうぞと誰かを通してきた。今度は何なんだと入り口の方へ目をやる千空。そして、そこに現れた人物を見て、またしても千空は驚くことになる。



 ――入ってきたのは、不安そうにこちらを伺う母と、白衣を着た一人の男性だった。



 どうして母が、ここに居るのだろう。仕事に行ったはずでは? どうして……。


 突然現れた実の母に驚きを隠せない千空。


 だがしかし、その驚きはすぐにもう一つの思考によって塗りつぶされていくことになる。


 一緒に入ってきた白衣の男性。その男性に、千空は見覚えがあった。そして、いつ彼を見たのかを思い出した千空は、なんとなく察しがついてしまったのだ。


 自分でもあり得ないと否定していた、この現状についての察しが。





 その日は授業を受けることなく、母と一緒に帰宅することになった。


 空を眺めると、まだ太陽は真上に居た。こんなに早く家に帰るのはテストの時くらいのものだと考える千空。いや、早退したことも何度かあったっけ。


 顔を見てすぐにわかったが、あの白衣の男性は昨日の検査員の人だった。それも、サリエルシンドロームの検査をしてくれた人。そこから導き出される答えは、おおよそ限られている。


 現実味がなさ過ぎてまだ受け入れられていないが、理解すること自体は簡単だった。



 ――どうやら自分は、サリエルシンドロームを発症してしまったらしい――



 正確に言うと『伝子干渉型超現実症候群』。意思に関係なく、超能力的な影響を周囲に与えてしまうという病気だ。その辺は前に中村と話していた通りである。つまり、自分はそこに居るだけで危険な存在となってしまったわけだ。


 当然のごとく、そんな危険な存在が普通に学校に通い普通に生活を送れるはずがない。検査員の人の話では、これからの人生を千空は施設で暮らすことになるのだという。非情すぎるその事実は、まだ十六の千空の心にとてつもない不安を抱かせた。



 母と一言も交わすことなく歩いていると、いつの間にか家に着いていた。


 なんてことはない、いつも通りの家。千空にとっては生まれたときからここが自分のホームであり、唯一の心安まる場所であった。


 しかし、この家とはもうすぐお別れだ。実感はないが、確かにそうなのだ。


 玄関のドアを開けて中に入ると、部屋がいつもと違うように見えた。なんというか、友達の家に行ったときのような感覚に近い。自分の家なのに自分の家じゃないみたいで、実際には同じなのに、心の持ちようでこうも見え方が変わるものなのだろうかと、自分の心境に驚く千空。


「ただいま」


 試しにそうつぶやいてみたが、やはりどうにもおかしかった。心が空っぽになってしまったかのようで、いつもの「ただいま」とは明らかに何かが違っていた。


 そんな千空の心境を察してか、いや、察していようがいなかろうがそうするつもりだったのだろうか、学校を出てから自分からは一切しゃべらなかった母が口を開いた。


「おかえり」


 それだけ口にすると、母は千空のことを抱きしめた。なにがどうとかいうわけでもなく、母はとにかく千空のことをただただ抱きしめた。力強く、すべてを包み込むかのように。


 千空は思った。こんな風に誰かに抱きしめられるのは、一体何年ぶりだろうかと。奥に奥に閉じ込めていた感情が一気に押し寄せてくるようで、どうにかなりそうだった。そんな千空のほおを、いつの間にか涙が伝っていた。



「ありがとう、母さん」


 千空は一言、母にそう伝えた。


 母の胸に抱かれているうちに、千空の中にあった不安や恐怖は幾分か楽になっていた。



 もう大丈夫だと、涙を拭い母から離れる。


 別に死ぬわけじゃない。それに、むしろ面倒くさい勉強から逃れられたんだ。そう考えれば、これも悪くはない。きっとそうだと、千空はポジティブに考えることにする。どちらかというとそれは現実逃避なのだが、今の千空にはこれが一番良いのだった。


 今の千空には、現実を受け入れるだけの力がなかった。だからこそ、これからゆっくりとその力を身につけていかねばならないのだ。なってしまったことにくよくよしていても仕方がない。それをどう乗り越えるかが、今後の千空にとっての鍵となるのだ。


 人生は何があるかわからない。しかし、だからこそ面白い。


 ならば、こんなところで挫けるわけにはいかない。



 千空の人生は、まだまだ始まったばかりなのだから。


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