3話 不善なる能力者 26項「BATTERY その3」
犯人を追跡し、地下街を奔走する3人。
地上と違い楓の情報伝達は無いが、距離が近いので目視だけで十分に追跡可能だった。
また、既にB3入口以外は封鎖されているので、犯人の逃走経路は既に決められているも同然だった。犯人は何処へ逃げれば良いのか困っているようで、その証拠にかなりキョロキョロと辺りを見回しながら走っている。
とはいえ、これまでの行動から犯人はかなり抜け目がないということはわかっている。静也を捕らえたときも、北口やアパレルショップでのときも、一瞬の隙を突けるような準備を犯人はあらかじめ行っていたのだ。
なので、有利な状況とは言え、油断だけはしないように追跡をする3人。
しばらく走ると、B3入口が近づいてきた。
「あとは犯人がB3が開いていることに気付くかだが……」
犯人がそれに気付いてくれればそれでよし。気付かなくとも、地下街にはもう逃げ場がないので反対側の終端で捕まえるだけである。
どちらにせよ犯人の命運は尽きているのだが、3人の先を走る犯人が選んだのはB3から外に逃げるという道であった。
「外に逃げましたよ!」
「やった! これなら出雲警部たちが捕まえてくれるはずだ!」
「お前ら、急いで合流するぞ!」
犯人に続き、急いでB3入口から外に出ようとする千空、真佳、そして毒島。
ついにこの捕物にも終止符が打たれるのか……
そんな、希望の光に満ちた地上に飛び出す3人。
……しかし、そこで3人が見たのは想像もしていなかった光景だった。
「な、なんだよこれ……!?」
「う、うそ……ですよね?」
地上に出た千空達が目にしたもの。
それは、うごめく街路樹によって身体の動きを封じられた出雲警部達の姿であった。
大きく成長した広葉樹の枝と根が、覆面パトカーを押しつぶし、警部達を締め上げている。怪我をしている様子はないが、通信機器の類いは全て壊されており、毒島に連絡する暇も無かったようだ。
「だ、大丈夫ですか?!」
出雲警部達に駆け寄ろうとする千空。
しかし、そんな彼に対し怒鳴りを上げる毒島。
「千空!! 今は犯人が優先だ!!」
「あ、すいません!」
そうだった。せっかく犯人にここまで追いついたのに、ここで立ち止まっているわけにはいかなかった。犯人にまた距離を取られ建物に入られてしまったら、今度こそ逃げられてしまうかも知れないのだから。
「すみません警部。先に犯人を追います!」
聞こえているのかは分からないが、一応警部にそう伝えてから犯人の追跡を開始する千空。一瞬立ち止まってしまったが、幸い犯人との距離はそこまで離されていなかった。
「おい、楓、聞こえるか!? あの街路樹はいつからああなった?!」
3人が追跡を開始すると、毒島が楓に尋ねる。楓は外の状況を知っていたはずなので、何かしら分かることがあるかも知れなかったからだ。
しかし、そんな毒島の質問に、すぐに返答は帰ってこなかった。
「……あれ、楓さん聞こえてる?!」
(あ……えっと……)
千空が声を掛けると、返事こそするがどこか虚ろな感じの声が届いてきた。
一体、どうしたのだろうか?
「……楓姉ちゃん?! 大丈夫?!」
(あっ……! ご、ごめんね! あまりにも衝撃的すぎてちょっと声が出なくて……!)
珍しく真佳が大きめの声で彼女の名を呼ぶと、はっとしたように楓から声が届いてきた。どうやら気を呑まれてしまっていたようだが、確かにあの惨状をリアルタイムで見てしまったのなら無理もなかった。
(街路樹だよね? えっとね、犯人が出てくるちょっと前から暴れ出したよ!)
「なるほどな、ありがとう。取り敢えずお前は、犯人の逃走経路を伝え続けてくれ」
(おっけー!)
なんとか気を持ち直した楓が追跡に再度参加したので、一気に犯人を追い込みに掛かる。
既に犯人は4回以上能力を使っているので、蓄えた生命力ももう残り少ないと考えて良いはずだ。ならば、今の千空達でも十分追いつけるはずである。
先ほどよりも距離は縮まっているし、この調子なら……
すると、犯人が路地裏に入った。
「逃がすか!」
毒島が叫び犯人を追って路地裏へ突入したので、千空と真佳もそれに続く。かなり狭いので走り辛く、慣れない千空は四苦八苦してしまったが、なんとか付いていく。
すると、そんな千空に毒島から指示が飛んだ。
「千空! 次の角でお前は反対側に回れ!」
毒島が示す先には路地裏から抜けられそうな脇道がある。なるほど、千空だけ一度路地裏から出て、犯人の予測逃走ルートに先回りしろというわけなのだろう。
「りょ、了解です! 挟み撃ちですね!」
毒島の指示通りに脇道に入り路地裏から一旦抜ける千空。
そして、全力で通りを駆け抜ける。
間に合ってくれよと祈りながら全力疾走する千空に、今度は楓から連絡が入った。
(千空君、前方百メートル付近、ビルの路地から犯人が出てくる! 急いで!)
くそ、マジか! こっちはルート予測して先回りしてるのに、犯人早すぎるだろ!
「わかってるよ!」
そう言い、全力を超えて通りを駆ける千空。
先ほどからずっと全力で走っているので、既に息は上がっている。だがしかし、なんとしてでもここは間に合わせなければいけなかった。だって、ここで逃がしてしまえば、静也や優奈さんの努力も、未來の想いも無駄になってしまうのだから。
「うおおおおお!」
だから、走る。無理をしてでも、千空は走るのだ。いくら息が切れようとも、この脚を決して止めないという覚悟を決めて。
そんな甲斐あって、なんとか犯人が出てくる前に指示された路地にたどり着く千空。路地の奥を見てみると、どうやら真佳がなにかしらやったみたいで、犯人がこちらに向かって走ってきた。
これで、完全な挟み撃ちは成功した。あとは犯人を拘束すれば、任務完了である。
すると、犯人が出口に立ち塞がる千空に気付いたようで、悪態をつく。
「ちくしょう……蓄えた生命力は残り少ないってのによお!」
思った通り犯人が蓄えていた生命力は残り僅かだったようで、これ以上生命力を与える力は発揮できなさそうな感じであった。
「さあ、おとなしく――」
「だが、神はまだ俺を見放しちゃ居ない!」
しかし、それでもなお犯人は諦めなかった。
後ろを振り返り、そこにあった低木に触れ能力を発動する犯人。そして今まで同様、意志を持ったかのように低木の枝は千空達に襲いかかった。
どうしてこんな路地裏に低木があったのか。どうして、よりにもよってこの状況、このタイミングで。神など存在しないのではないかとさえ思えるほどに、運命は犯人に味方をした。
なんとか枝の攻撃を回避する3人。千空は能力を活かし真っ向から枝をはじき返し、真佳は袖を変形させて枝をなんとか押さえる。毒島は経験値の高い身のこなしで、狭い路地裏だというのに枝を華麗に躱していく。
しかし、犯人の目的はあくまで彼らが枝に時間を取られることだ。3人の足止めに成功した犯人は、急生長を始めた低木に掴まりビルの上へと逃げ始めていた。
枝から逃げ切った毒島がスタナーで追撃しようと試みるも、残念ながら既に射程外。当たったとしても効果を発揮しない距離まで犯人は遠ざかっていた。
だが、千空は千空でまだ諦めない。
攻撃してきた枝の一つを踏み台にして、その勢いを利用し高く跳躍する。生長を続ける低木にしがみつくと、犯人の元までよじ登っていく千空。そんな千空の身体は、十秒後には地上十数メートルという高さにまで到達していた。
「……危ないですよ、千空さん!」
「おい千空、さすがにお前の能力でもその高さはやばい! 早く降りろ!」
下の方から二人の声が聞こえるが、断じて降りる気は無い千空。
そのままどんどんと犯人に迫っていく。
しかし、ここで犯人が千空に声をかける。
「じゃあな!」
千空にその言葉が届くのと同時、犯人が操っていた低木の枝の一つが千空の胸に直撃した。
極太に成長した枝による一撃をまともに食らった千空は、思わず手を離してしまう。
「しまった――」
かなりの高さから落下を始める千空。
地面に落ちていく途中、体勢を立て直してなんとか腕を伸ばす。ギリギリではあったが、ビルの縁に腕が届きなんとか掴まることに成功する。
だが、これ以上はどうしようもなかった。低木はもうすぐビルの屋上に到達しそうだし、今から登っていっても間に合わない。
「蓄えた生命力は底をつきそうだが、俺自身の生命力を使ってこのまま逃げ切ってやる!」
そして、三人への攻撃をやめ低木を生長させることに集中する犯人。
「ど、どんどん逃げていきます!」
「くそ、射程距離外だが、こうなったらスタナーで……」
もはや万事休す。どうすることもできないのだろうか……
すると突然、木の生長が止まった。
「な、馬鹿な! 何故止まる!」
慌てて低木をのぞき込む犯人。そんな犯人に、声をかける者がいた。
「どうやら、生命力を与えられるのはそこまでみたいだな」
犯人に声をかけた人物が、通りから路地裏へ入ってくる。
その場にいる全員が、その人物に注目する。
そして、その人物は……
「せ、静也?!」
なんと、そこにいたのはまごうことなき瀬城静也だったのだ。
先ほど犯人に捕らえられていたはずなのに、一体どうして……というか、これは一体……?
「ば、馬鹿な! お前は確かに捕らえたはず……それに、どうして木が生長しない!」
「一度にいろいろ聞かないでくれよ……まず一つ目だが、優奈が体力ギリギリのところでボクを助けてくれたのさ。一応連絡したかったけど、すぐに優奈が気を失ってしまったから、君たちには連絡できなかったけどね」
そう言って、千空たちに視線を向け肩をすくめる静也。
なるほどな……優奈が助けてくれていたってわけか。でも、すぐに彼女が気を失ってしまったから、俺たちには連絡できなかったと……優奈のユーフォは彼女本人にしか使えないし、静也のユーフォは壊されたみたいなので、それは仕方のないことだった。マスクを借りるのはちょっとあれだし。
勢いに乗ったまま、静也は犯人の二つ目の疑問にも答える。
「そして二つ目だが、簡単なことさ。お前のこの能力をみたときに、なんとなく生命力をほかの生物に与えてるんじゃないかって思った。そして、見事それが的中したってだけだな」
どうやら静也は犯人の能力について、公園で実際に食らった際になんとなく察しがついていたようだ。多分、連絡してきたときに伝えようとしていたのはそれのことだったのだろう。
しかし、能力については千空たちもわかっていた。毒島が最初に気づいたし、何度もその攻撃を食らっていたから。
それでも、千空たちには能力を止める方法を見つけられなかったのだ。
なのに、静也は一体どうやって……
「ではなぜ俺の能力を止められた?! 能力の仕組みがわかったところで――」
「だから、ボクはお前に掛けたままにしておいたんだ。ボクの能力『INSIDE』をね」
すると、静也が淡々と告げる。千空にはその言葉の意味が理解できなかったが、能力者本人である犯人には、その意味がしっかりと理解できたようだった。
「『INSIDE』…………ッ、まさか!!」
「気付いたようだね。そうさ、ボクの能力『INSIDE』は、人の状態を正常に保つ能力。だから、止められたんだ。お前自身が持つ生命力が減ることをね」
「!!」
そうか、そういうことか!
犯人は今まで、あくまで人から奪った生命力を植物に与えて成長させたりしていた。だから、問題なく能力を使うことができていた。
しかし、奪って蓄えた生命力が枯渇した今、犯人は自らの生命力をほかの生命に与えようとしていた。だから、能力が発動しなかったのだ。自身の生命力を与えるということは、すなわち自身の生命力を減らすということになり、それは静也の『INSIDE』によって封じられていたのだから。
「く、くそ!」
「それと、気をつけるんだな。今までと違ってその低木はエネルギー供給の真っ最中だった。中途半端に生長を止められたその低木の強度なんて、たかが知れてるんじゃないのか?」
「ってことは……よっと!」
ビルの縁に掴まっていた千空が、低木を思いっきり蹴り飛ばす。
すると、先ほどまで活きのいいタコのようだった低木は真っ二つに折れ、干からびたように崩れ落ちていった。
「! し、しまっ……」
足場にしていた低木が崩れ落ち、そのまま落下する犯人。なんとかビルに掴まるも、すでに彼の命運はつきていた。
「射程距離に入ったな。真佳、落ちてくるあいつを頼むぞ」
「はい、任せて下さい」
真佳が袖を網状にして犯人の下に設置し、毒島が何の躊躇もなくスタナーを撃ち込む。
そうして、長かったこの大捕物にもようやく幕が下りるのだった。




