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3話 不善なる能力者 22項「記念セレモニー」

 いくつかの夜を数え、やってきたセレモニー当日。


 イベントは県警の敷地内ではなく、隣の公園で開催されていた。


 県警の建物を正面に向かえる緑豊かな広場にて、アイズホープのメンバーはそれぞれの役割に基づきセレモニーの様子を見守っていた。


(これさあ、本当に犯人来るのか?)


(どうかな……こればっかりは、誰にも分からないよ)


 ぼそぼそ声で会話をする千空と未來。あたりには人がかなり多いので、一般人に聞かれないように気をつけてのことだった。


「お二人とも、そんなに小声で話す必要は無いですよ。このマスクがありますし」


 しかし、実はその必要はあまりなかった。というのも、今回の任務では「マスク型マイク」なるものを支給されていたからだ。


 見た目はただのマスクなのだが、マイクが付いているため他のメンバーとの自然なやりとりが可能という優れものだ。しかも遮音機能まで付いており、マスクをしている限り何を喋っても周囲に声が漏れることは無かった。


 なので、別にぼそぼそ声で会話する必要は無かったのだが……犯人が見ていた場合マスクの動きで怪しまれるという可能性もあるので、完全に無駄というわけではなかった。


「あ、そういやそうだったな。でもよ、真夏にこのマスクはちとキツいな……」


「そうだね……気温を下げる装置は動いてるみたいだけど……」


 現在すでに夏真っ只中の八月。会場にはミスト噴射機や人工雪を降らせる装置などが設置されてはいるが、焼け石に水というかなんというか、あまり効果が無いというのが実情だった。


 そんな中でマスクを強いられているのだから、結構厳しいものがあったのである。


「他のチームはうまくやってるかな?」


「現状こうして周囲を警戒するくらいしかできませんし、よほどのことが無い限り、何かを失敗することは無いと思いますよ」


「だな。犯人に見つかって不意打ちされたりしなければ、大丈夫だろ」


 そんな風に会話しながら、周囲を警戒する二人。


 現在、アイズホープメンバーは三つのチームに分かれて行動していた。


 一つは、言わずもがな千空と未來、真佳のチーム。もう二つは、優奈・静也のチームと、毒島・楓のチームである。


 不思議な割り振りだが、理由は単純だった。各チームに、犯人確保役のメンバーが入るように構成された、ただそれだけである。


 千空達のチームでは、千空と真佳が確保役だ。千空は物理的な攻撃に対抗できるし、真佳の能力があれば服の袖や周辺のものをロープ状にして犯人を拘束できるので、確保役としてはうってつけであった。


 次に優奈・静也のチームだが、どうやら優奈の能力ならば犯人を確保する手助けが出来るとのことだ。ただ、どういうわけかそれには静也の能力も必要になってくるらしいので、この二人はペアにするほかなかった。


 そして最後に毒島と楓のチームだが、このチームでは毒島が犯人の確保を担当する。楓の能力では戦えないし、毒島はスタナーを持っているので、レストランでシェフが調理を担当するのと同じくらい当然のことであった。


 そんなわけで3つのチームに分かれて行動しているのだが、さらにチームごとに別々の役割も決められていた。


 千空たちのチームが任されていたのは、現在進行形で行っている会場の監視だ。怪しい人が居ないか見張ったり、不審物がないか探したりするのが仕事である。


 次に優奈たちのチームだが、彼女たちが任されていたのはターゲットの護衛である。犯人が毒物を使う可能性もなくはないので、この役割は「INSIDE」が使える静也がいるチームに任命された。


 そして最後に毒島たちのチームだが、こちらのチームは車の中で情報を整理するのが仕事だった。会場の上空にドローンが飛んでいるので、そちらの映像や他の二チームからの情報をまとめる役割を担っている。整理した情報を楓の能力で他のチームへ送ることも出来るので、まさに適任であった。


 そうして、イベントが始まり各々のチームが任務に就いてから既に2時間以上経過している訳なのだが、犯人達が現れる気配は一向になかった。


 あたりを見回しても、特に怪しい人物はいない。一度だけスリを見つけて会場スタッフの警官に突き出していたが、他にめぼしい収穫もない。


 事件が起きなければそれに越したことはないのだが、千空たちのチームはかなり退屈な時間を過ごしているのだった。






 優奈たちのチームは、常に気を抜けない状況であった。


 現在広場では県警職員による演奏会が行われており、ターゲットの警部補はステージの南西方面にあるテントで休憩中である。テントには常に職員が何名かおり、犯人が襲いに来る可能性は低いのだが、職員の中に犯人が紛れ込んでいないとも限らなかった。


 一瞬の油断でターゲットが殺される可能性もあるので、かなり神経をとがらせてターゲットを見守る必要があったのだが……


 そんな状況にもかかわらず、静也はアホだった。いや、彼自身は今回の事件のことをかなり真剣に考えているし、オフィスでの言動からもそれは疑いようがないのだが……やはりどうしても根の部分がいいかげんなので、こういう状況でもそういった面が出てきてしまうのであった。


「ちょっと、あんたなに聴き入ってるのよ!」


「え……? ああ! 悪いな。あまりにも素晴らしい演奏だったものだからつい」


「何、回、目よ、それぇ……!」


 彼の両頬を引っ張りながら叱り飛ばす優奈。気の抜けないこの状況で、静也はターゲットから目を離しイベントの演奏に聴き入っていたのだ。


「いや、悪かったって。今度こそちゃんと見守るから」


「あんたが犯人に能力を発動してくれないと、私の能力も発動できないんだから……本当に頼むわよ……」


「ああ、まかせてくれ」


 この流れでよくまかせてくれなんて言えたなと内心呆れる優奈。しかし、そんな彼女も一応は彼のことを信頼していた。


 静也はアホでお調子者ではあるが、こういう真面目なとき、特にアイズホープとしての任務で失敗したことはただの一度も無かった。だから、今回もなんだかんだ上手くやってくれるのだろうと、そこはかとない期待があったのだ。


 なんなら先ほど演奏に聴き入っていたのも、演奏者の中に怪しい人が居ないかとか目を光らせていた可能性だってある。もしそうなら、彼には悪いことをしたなと優奈は少し反省した。


「それにしても、なかなか動きはないわね。結構長い時間張り込んでいるから疲れてきたわ。」


 長いため息を吐く優奈。既に監視を始めてから二時間近く経過していたので、あまり体力の無い優奈はすでに疲れ始めていたのだ。


「普段からよく遊ぶようにすれば、自然に体力も付くさ。キミは勉強しかしてないだろう?」


「うるさいわね。遊ぶことしか考えてないあんたには言われたくないわよ」


「手厳しいな」


 信頼しているとは言え、静也には当たりの強い優奈であった。


「大体、運動なんてあの『体育』で十分過ぎるわね」


「確かにあれはキツいな。正直ボクも、アレで体力が付いたと言っても良いくらいさ」


 二人が体育と称しているのは、アイズホープで行われている実戦訓練のことである。普段の授業の中に「体育」という科目があるのだが、そこではスポーツではなく警察や自衛隊が受ける訓練の簡易版が行われていたのだ。


 能力者とはいえ、警察の捜査や活動に参加する以上は、ある程度体力を付ける必要があるということなのだが……それにしてもかなりハードな内容だったので、メンバーはその訓練に対し割と嫌な印象しか持っていなかった。


「だが、その疲れ方を見るにあれじゃあ足りなかったみたいだな」


「馬鹿言わないで。あれ以上厳しくなるなんて冗談じゃないわ」


 そんな感じに、無駄話をしながらもターゲットの周囲を警戒する二人。


 すると、ターゲットである警部補からトイレに行きたいとの連絡があった。


「警部補がトイレに行きたいみたいだぞ」


「そうみたいね。私たちで護衛しないと」


 流石にこの状況で警部補を一人トイレに向かわせるわけにはいかないので、二人は彼の護衛の準備を始めた。彼に近づきすぎると犯人が警戒して現れない可能性もあるので、割と慎重に行う必要があった。


「ま、何事も無いだろうがね」


「その油断が命取りなのよ」


 そんなわけで、二人も自然な風を装いながら警部補に付いていくことにしたのだった。






「あ、優奈さんたちが動いたみたいだよ!」


「ターゲットがトイレに行くみたいだな」


 モニターを見ながら、そんな風に言葉を交わす楓と毒島。


 毒島たちのチームは現在、車の中で上空からの映像を確認していた。公園の西口付近に停めたセンターの車の中で情報を整理したりするのが、二人の仕事だったからだ。


 そして今回車を止めた場所だが、これには今回の作戦が大きく関わっていた。


 まずこの公園だが、東口方面に藍地県警の建物がある。北口は地下街のある大きな通りと面しており、西口は裏道に、南口は駐車場に繋がっていた。公園内の中央部から少し南に大きなステージもある。


 次に各入口の位置関係だが、北口はステージからまっすぐ北に、東口は公園の北東部に、南口は公園の南東部に、最後に西口はステージからまっすぐ西に位置していた。


 また、セレモニー中は公園の南西部から西口にかけて関係者以外立ち入り禁止になっている。これは、アイズホープメンバーが能力を発動できる場所を確保するためであった。


 さらにさらに、駐車場には一般人を装った出雲警部の部隊が控えている。覆面パトカーで来て貰っているので、恐らくばれる心配は無かった。


 なので今回の作戦は、ターゲットの警部補には基本南西部で待機してもらい、犯人が現れたらメンバーが追跡、西口へ誘い込み挟み撃ちにする、という流れになったのだった。


 そんなわけで、二人はいつ犯人が現れても良いように映像を確認していたのだが……


「それにしても……やっぱり、上からの映像じゃあんまりわからないなぁ……」


「確かに、これじゃあ怪しい奴は見つけ辛いわな」


 二人の言うとおり、上空のドローンからの映像ではあまり有意義な情報は得られなかった。


 というのも、ドローンが撮影した映像は基本的に真上からの俯瞰構図になってしまうので、顔も分からなければ服装もよく分からないのだ。おまけに木の陰が死角になっていたりするので、これでは誰が怪しくて誰が怪しくないかなんて皆目見当も付かなかった。


 一応、怪しい動きをしている人物を判定するAIは導入しているのだが……一般客の人数に比例して怪しいと判定される人物も増えていくので、その中から犯人を見つけるのは不可能に近かった。


「だが、一度犯人が分かれば寧ろこの視点が一番良い。犯人に逃げられても、ほぼ死角がないからな」


「あ、確かに! 普通に追ってたら建物の角で見失っちゃうし!」


 この視点の利点はズバリ、特定の人物を追いかけやすいという点であった。


 上空からの視点なので、犯人が逃げてもまず見失うことはない。しかも、一度犯人を登録してしまえばAIで自動追跡が出来るし、なんなら逃走経路の予測まで可能だった。


 木の陰に隠れたくらいならば自動追跡は途絶えないし、一度犯人を特定してしまえば、後はもう超が付くほど簡単に追跡が可能だった。


「屋内に逃げられない限り、見失うことはなさそうだよね」


「そうだな。まあ、そうなったらなったで、いくらでもやりようはあるがな」


 仮に建物に入られたりしても、入ったところを見ていれば追跡は可能だし、出入り口をよく監視しておけば出てきた所も簡単に把握できる。なんなら、建物自体を封鎖して逆に犯人を袋のネズミにすることも可能だ。


 なので、今回のような捕物では、ドローンで撮影した上空からの映像を監視するというのはかなり有効な手段だったのだ。


 その後も、なにか情報を掴めないかと上空からの映像を確認する二人。


 すると、とあるものが目に入った楓が申し訳なさそうにつぶやいた。


「なんか、いいのかな。私たちだけこんなに楽で」


 ドローンの映像を見つめながら、そんなことを言う楓。彼女の視線の先には、かなり疲労した様子の他チームが映っていた。


「今更何を言ってるんだ。皆、納得して役割分担していただろう?」


 無愛想ではあるが、優しく楓に声をかける毒島。


 しかし、楓は自分の任務に対して思うところがあったようである。


 毒島のチームは、他のチームとは違い唯一車内での任務だ。なので、他のチームが暑い外で頑張っている中、自分たちだけ空調の効いた快適な環境で任務に当たれていた。


 なんなら座り心地の良い椅子に座ることも出来るので、他のチームとは比べものにならないほどにこのチームは楽だったのだ。


「まな君も大丈夫かなぁ」


 また楓の場合、真佳のことも彼女の心がざわつく要因になっていた。楓の中で彼はなによりも優先すべき事項になっていたため、そんな彼が大変な思いをしている中、自分だけが楽な思いをするというのがどうしても納得いかなかったのだ。


「あいつなら大丈夫だ。それにお前はお前だろう? あまり強迫的になるのも良くないぞ」


「別にそういうわけじゃなくて…………うん、そだね」


 彼女としても色々と複雑な思いはあるのだが、任務に支障を来してもいけないので、ここは取り敢えず毒島の言うとおり一旦切り替えようと考え直す楓。


 それに、今あれこれ考えても仕方なかった。大体、今の真佳が一人でも大丈夫だと言うことは、アイズホープに来てから彼とよく接したことで彼女自身もよく分かっていた。


 ならば、そもそも心配すること自体が不要なのである。


 そんな風に納得しようとする楓。


 すると、ちょうど二人の元に通信が届いた。



 ――そしてそれは、事態急変の報せだった。


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