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3話 不善なる能力者 19項「殺意の手」

「ここか……」


 人気の無い通路の陰で、千空は思わず声を漏らした。


 薄暗い照明が、短めの通路を不気味に照らす。ここは被害者が当日乗った路線のとある駅、そこの従業員用通路であった。


 あの後、警察によって該当する駅の監視カメラの映像がくまなく調べられた。そして、映像から被害者が消えたのがこの駅構内であることが判明したのである。どの出口の監視カメラにも被害者が駅から出る姿が映っていなかったので当然だ。


 その後、その他のカメラの映像からこの従業員用通路が怪しいという結論に至ったのだ。当日、最後に被害者が映っていたのがこの従業員通路と接する利用者用の通路だったので、考える必要も無くここであった。


 ちなみに、メンバーは山での捜査の時と同じである。


「思った通りではあるが、証拠という証拠は残っていないな」


 毒島が通路を見回し肩をすくめる。


 残念ながら、通路には証拠なんてモノは何一つ残っていなかった。


 それもそのはずで、現場は今の今まで何事もなかったかのように使われていたので、人は通るし清掃はされるしで現場保存なんて到底無理だったのだ。監視カメラもないので、カメラの映像にも頼れない。


 しかし、今回はそれで何の問題も無かった。だって、千空達が頼るのは監視カメラの映像ではなく、未來の能力『REAXTION』の映像なのだから。


 未來の方を見てみると、既に能力を発動して過去の映像を調べ始めていた。流石だなと千空が感心して眺めていると、あっ、と声を漏らし目を開ける未來。どうやら、早くも犯行の瞬間を見つけたようである。


 未來の能力だが、サーチ方法は条件によって色々と左右される。


 まず、彼女が目を閉じている間は、所謂再生や逆再生で過去の映像を遡り目的の瞬間を探しているらしい。早送りや早戻しをしながらじっと目的の瞬間を待たないといけないので、彼女が疲れるのも納得である。


 しかし、再生や逆再生を始めるタイミングは自由だった。6時から12時までの間を探したいのならば6時から再生できるし、3日以上前の映像を探したいのであれば3日前から逆再生を始められる。今回の場合だと、最後に被害者がカメラに映っていた時間から再生すれば良いわけだ。


 つまり、今回のように初めからある程度時間が分かっていれば、比較的簡単に目的の瞬間を見つけることが出来るのだった。


「犯人はどんな感じだ?」


 映像を見せて貰った毒島の視線が、従業員通路入り口から通路の壁際に移動する。


 千空には見えていない犯行現場をしばらく観察すると、毒島はおもむろに口を開いた。


「なるほどな。抵抗する被害者を押さえつけ、隙を見て絞首か……」


 彼が口にしたのは、犯人がどのようにして被害者を殺したのかであった。千空も毒島に続いて映像を見せてもらい、その様子を確認する。


「……鬼畜の所業ですね」


 映像を観て、思ったことを口にする千空。映像には、犯人が被害者を無理矢理この通路へ連れ込み、暴れる被害者を押さえつけ首を絞める様子が映し出されていた。勿論、連れ去る際は被害者の口元に布のようなものを当て、声が漏れないようにしている。


 オーソドックスな殺害方法ではあるが、実際に見てみるとかなり凄惨な様子であった。


『首絞めだって? 死因は分からなかったんじゃないのか?』


 二人の意見を聞いていた静也が、画面の向こうからそう問いかける。


 実は、今回はビデオ通話にてオフィスと現場を繋いでいたのだ。山の時は情報が少なかったしオフィスでも資料の調査があったので繋がなかったが、今回は犯人に迫る情報が手に入りそうだったので、少しでも情報の解明が出来るようにとユーフォで繋ぐことになったのだった。


 そして、今静也から出た言葉はまったくもってその通りであった。


「うん。でも、映像だと首を絞められて亡くなったみたい」


 最初に犯行現場を確認した未來が、静也に答える。しかし、そう答える彼女もどこか不可解な面持ちであった。


 そうなのだ。事前の情報だと、被害者の死因は特定できていないとのことだった。


 それなのに、映像に映し出されていたのは紛れもなく絞殺。窒息なんて初歩的な死因ならば司法解剖すれば一発で判明するはずなので、これはおかしな話だった。


『ということは、死因を偽装する能力……とかでしょうか?」


「うむ……あり得ない話ではないな」


 画面の向こうから真佳が述べた意見に、毒島も賛同する。


 そもそもの話、遺体がきれいな状態で残っていたにも関わらず死因を特定できないという状況がおかしいのだ。遺体から検出されない毒薬などは存在するが、それでも毒によってどの身体機能が破壊され死に至ったのかは解剖で特定できるのだから。


 直接的な死因が絞首であるならば、遺体に何かしらの細工をしたと考えるのが妥当であった。


「でもでも、犯人も酷いことするよね。だって、こんなに暴れてた被害者さんが、首絞められて一瞬で大人しくなっちゃうんだもん」


 千空の後に映像を観ていた楓が、そんな意見を漏らす。


『首を絞められて一瞬で?』


 すると、話を聞いていた優奈が楓に問いかける。


「そだよ。被害者さんは激しめに抵抗してたんだけど、首に手をかけられてすぐにぐったりしちゃったの」


『それって、何秒くらい?』


「4、5秒くらい」


 そんな風に、詳細な情報を画面の向こうへ伝える楓。先ほど千空が見ていた映像通りの説明で、やはり何度聞いても酷い話であった。


 すると、その話を聞いた優奈がとある指摘をした。


「それ、おかしいわよ。首を絞められても、そんなすぐにぐったりはしないわ」


 そして、どういうことなのかメンバーたちに伝える優奈。


 彼女の話では、人間は首を絞められてもしばらくは抵抗できるのだそうだ。首を絞められれば呼吸が阻害され体の力は抜けていくが、抵抗する力を失うのには2、30秒はかかるのだという。


 首の締め方にもよるが、少なくとも5秒で気力を失うなんてことはありえないらしい。


「確かに、言われてみればそうだな。先入観で気付かなかったが」


 優奈の指摘に毒島も頷いているので、その知識に間違いはないのだろう。


 それにしても、ドラマとかで首絞められてすぐ死んでるのはただの演出だったんだな……初捜査の廃墟の時もそうだったが、フィクションの知識でものを考えるのは今後はやめた方がいいかもしれない。何が正しくて何が間違っているのか自分では判別できないから。


 というか優奈はよくそんなこと知っていたなと、千空は彼女の知識に感心した。


「でも、それじゃあ犯人はどうやって被害者さんを殺したんだろう?」


「確かにそうだよな……未来、もう一回見せてもらえるか?」


「あ、うん。どうぞ」


 能力を発動し千空の腕を掴む未来。千空の視界に、再び犯人たちの映像が飛び込んでくる。


 死因が映像通りの絞首ではないのだとすると、他に何かしらの死因があるはずだ。まずはこの映像からその手がかりを見つけなければならない。それこそ、絞殺でないのならば、遺体に細工したのではなく能力で直接殺したという可能性が高い。


 そう思い映像をくまなく観察する千空。他のメンバーとも交代しながら、映像を隅々まで何度も何度も調べ尽くしてゆく。


 しかし、何度映像を確認したところで、犯人がしたことと言えば先ほど楓が優奈に説明した通りのことだけであった。


 一、被害者の口元に布を当てた。


 二、無理やり通路に連れ込んだ。


 三、被害者を押さえつけ首を絞めた


 つまり、この三つの内のどこかで能力を使い、被害者を殺害したというわけである。


「うーん……」


 その場で悩みこむメンバーたち。如何に能力者と言えど、見たことのない能力を見破るのはかなり難しかった。常識にとらわれない思考はできるが、それとこれとは別の話なのだ。


「うーむ……一体どんな能力を使ったのやら……」


 毒島がわからないといった様子で唸る。それは他のメンバーも同じで、各々が色々と考え事をしているようだった。


 そんな中、画面の向こうから静也がこんな意見を口にする。


『思ったんだが、やっぱり触れた相手を何かしらの力で殺す能力じゃないのか?』


 どうやら彼は、犯人の能力が触れた相手を殺すという凶悪なモノなのだと言いたいようだった。死体に細工なんて小賢しいものではなく、もっと直接的な能力なのだと。


 実は、千空もその考えは浮かんでいた。だって、この状況ではそれ以外には考えられないのだから。


 この状況で殺害方法を考えるとすると、一番に浮かぶのは被害者の口に当てた布に毒が仕込んであったというものだ。


 しかし遺体には毒物でやられた痕跡は残っていなかったので、その場合犯人の能力は死体に細工する能力だった言うことになるのだが、この説はあまり有力ではなかった。


 というのも、口に当てた布に毒を仕込んでいたのならば、わざわざ首を締める必要が無いからだ。ただでさえ被害者は抵抗しているのに、口と首を押さえるのに両手を使ってしまうと、犯人は無防備になってしまう。それでは逃げられる可能性が高くなるだろう。


 それならば、首を絞めるよりも毒を吸わせて弱るのを待った方が得策である。そうすれば片腕が空くので、被害者が抵抗してもなんとか出来る可能性が高くなる。


 つまり、犯人が自分の身体をがら空きにしてまでも被害者の首を掴みに行ったのは、首を掴めば確実に一瞬で仕留められるという確信があったからである。となれば、やはり静也も言ったとおり触れた相手を殺せる能力であるというのにも納得できる。


 そんな考えもあり、千空も静也の意見に完全に同意だったのだが……そう考えた場合、不自然な点がいくつかあったので言わずにいたのだった。


「俺もそう思ったんだけどさ、だったら他にも手とか顔とか掴むところがあるだろ? どうして、首じゃないといけなかったんだ?」


 そうなのだ。被害者は抵抗していたのだから、その時にその腕や手を掴んで能力を発動すれば、それで殺せたはずなのだ。それなら首にこだわる必要がないので、やはり触れただけで殺せる能力ではないのではと千空は考えたのだった。


「うーん。首じゃないと能力が発動しないとか?」


 千空の言葉に、楓がそんな風に答える。


 そんなバカなと言いたいところだったが、意外にも毒島が楓の答えを肯定した。


「能力は元を辿ればその人物の念波だ。強力過ぎる能力は念波も強く、使用者本人にも悪影響を及ぼしかねない。となれば、能力が強力であればあるほど何かしらの制限を受ける」


「制限?」


 毒島に聞き返す千空。


 確かに、強力な能力が強い念波を発生させるなら、使用者本人にも何かしらの害があっても不思議ではない。というか、おそらくそうなのだろう。


 では、制限とは一体何なのだろう。能力が強すぎるから使いすぎないように制限が掛かるというのはなんとなく分かるが、使用者の意思で自由に使えるのにどうやって制限が掛かるのだろうか。


 不思議そうに毒島を見つめる千空に、未來が説明した。


「例えば、私の能力だと映像が鮮明すぎない、とかかな」


「あー……確かに、それは制限っぽいな」


 なるほど。つまり彼女の場合だと、過去を見るという強力な能力故に、映像を荒くすることで使用者本人への負担を軽減しているというわけか。それでも能力使用後はかなり疲れるみたいだし、彼女の能力がいかに強力なのかが理解できた。


 もしかしたら疲れるというのも制限の内の一つかも知れないが、どちらかというと能力が強すぎて制限をかけてもなお疲れるというのが正解なのだろう。どのみち、乱発できないことに変わりは無かった。


『ま、君の能力を悪用すれば、人のプライバシーなんてなくなるからな』


『そんな使い方、静也さんしかしませんよ』


 未來が能力を悪用するとは思えないが、確かに能力って人によっては全然悪用も出来るんだよな。だったら、強力な能力は制限を受けた方が平和のためか、と千空は思うのだった。


 すると画面の向こうの優奈が、毒島の最初の説明に補足する。


『制限についてだけど、使用者の精神状態によって制限がかかる場合もあるわ』


「精神状態?」


『ええ。例えば、使用者が能力に対して強いトラウマや罪悪感を持っていたら、能力に発動条件が付いたりするのよ。こういう状況じゃ無きゃ、発動できないっていうね。例えば、「特定の場所に触れないと発動できない」とかかしら』


「あ、つまり『首』に触れないと殺せないってこと?」


『可能性はあるわね。首なんて触れづらくて乱発できなくなるでしょうし、肉体的にも精神的にも負担を抑えるには良い制限だわ』


 そうか……だから先ほど毒島も楓の意見を肯定していたのか。確かに、能力が制限を受けるという話を聞いた後だと、楓の突拍子もない意見も辻褄が合う。


 触れた相手を殺すなんて能力、相当強い念波が発生するはずだ。となれば使用者本人にもかなりの悪影響があるはずなので、乱発は出来ないように制限する必要があった。


 そしてそれが、首に触れなければ能力を発動できない、というものなのだろう。そうすれば、簡単に発動することはできないし。


 それにしても、優奈も結構色々と知っているんだな。普段から落ち着いているから、博識でもイメージとは合うけれど。


 千空がそんな風に思っていると、未來がさらに他の可能性を指摘する。


「私の能力でも、使用後はかなり体力を消耗するの。でも、映像を観たところ犯人が疲れている様子はなかった。ってことは、他にも大きな制限があるんじゃないかな?」


 確かに、未來の言葉にも一理あった。


 映像の中の犯人は、被害者を殺害した後に疲れている様子は全くなかった。触れた相手を殺すという強力な能力を使っていたにもかかわらずだ。本来ならそんな能力を使えば、過去の映像を観る未來の能力よりも疲れていて当然なのである。


 ということは、能力使用後に「疲れる」というデメリットが発生しないくらいには、他の大きな制限が掛かっていても不思議ではなかった。


 しかし、そこまで考えてその説の矛盾に気付く。


「あれ、でもそれだとおかしくないか? 疲れるっていうのは、つまり強い念波による反動なんだろ? だったら、どれだけ能力に制限が掛かっていたとしても『人を殺す』という力を発揮している以上、絶対に疲れるんじゃないか?」


 そもそも、身体や精神への負担が大きいから乱発できないように制限が掛かる訳なので、いくら制限が多かったとしても、人を殺すなんて能力を発動した時点で有無を言わさず疲れるはずである。犯人の能力の場合は、あくまで発動できる機会を減らしているだけで、「殺す」という能力の強さ自体は変わっていないのだから。


 ……ということは、やはり殺すまでは行かない能力なのだろうか? うーん……かなりこんがらがってきてしまった。


 とはいえ、やはり現状それ以外の能力は考えられなかった。それに能力者が相手となると、相手が危険な能力を持っていると仮定して動いた方がいい。なので、相手の能力は常に最悪を想定しておきたかった。


「とりあえず、犯人は殺人能力持ち。その線で考えるとしよう」


 とにかく、まずは相手が殺す能力を持っていると仮定して対策を練る必要があるのだった。

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